草枕
2025-05-26 10:22:33
931文字
Public syzygy
 

syzygy_overweight+01.マリア・セシル

マリア・セシル(葬式さん:@So_KZ_kyozyu )について

医療に従事する人間は非常に合理的である。
と、シルーが思っているのは、マリア・セシルの影響に他ならない。人生で最も縁深い医者、と言い切ってしまうには、軍人というものが負う大小様々な傷の多さが邪魔をするかもしれない。それでも、シルーにとって医療とは至って合理的で、マリア・セシルもまた、合理的な人間なのである。
これはシルーの話ではなく、友人の……世間一般の話だが、歯科医師は、怖い。治療しなければならないのは分かっていても、あの、ドリル。他にも、骨折の治療を見るのも、初めシルーは怖かった。必要性は分かる。だが、折れた骨を正しい位置に戻す時の、音。幼い子どもの予防接種。枚挙に暇がない。──まだ怪我人を直視できない訓練兵の前で、素早い動きで治療を施していた姿。必要性があれば、躊躇わず動く姿。その顔に、感情を見たことがなかった。この人は、どんなこともできるのだと思った。

そして、ある時思ったのである。
以前とは様変わりした、柔らかな雰囲気さえ纏って微笑む姿を見た時に。
──この人は、必要だと思えば、それが妥当だと思えば、自分の感情を抜きにして、なんだってやってしまうのではないか?

シルーには到底及ばない事だ。シルーは、自分の望みの為に行動している。妥当性や、正当性や、合理性を考えたことのない、とびきりの希望。その為にシジーへの転属を願い出た。まるで、在り方が違う。

だから、その在り方の違いを盾に、こんな不遜を抱いたのだ。

この人が心からやりたくないと思ったことを、『それはやるべきじゃない』と、止めてくれる人が居たら良いのに、と。やるべきだから、とは違う欲、あるいは、やるべきと思ったことをやる心良さを、間近で見せられる人が居たら楽しいだろうに。

勝手な願い、憐れみでさえあると思う。彼女の在り方が、彼女が望んだ在り方ではないと聞いた訳ではないのに。シルー自身、過去の出来事についてとやかく言われるのは得意ではないのに。

だからこれは、花のようであれ、と思う。
例えば、医務室の入り口に置かれた見舞いの一輪みたいに。舞い散って髪に付いた花弁みたいに。受け取った側が、気軽に捨てるか飾るか選べるような。

そんな祈りを、持っていた。