夜明 奈央
2025-05-25 16:12:26
10130文字
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探偵社員がセッ⚪︎スしないと出られない部屋に閉じ込められた!

⚠️えち展開ありません。主に密室サバイバル
⚠️カプ要素は谷崎兄妹と敦鏡のみ
⚠️下ネタのオンパレード

 5月2日、金曜日の就業間近のことだった。翌日からはゴールデンウィークの4連休を控え、早く仕事を終えて帰宅しようと各々事務処理に格闘している。
 わけはない。自席のコンピュータに向かって懸命にキーボードを叩くのは敦と谷崎くらいだった。鏡花は敦の、ナオミは谷崎の横で仕事を見守っている。乱歩は棒付き飴を舐めながら、賢治とお菓子談義に花を咲かせているし、与謝野はその横で時折その話に加わりながら爪の手入れをしている。太宰に至っては、机にだらんと上半身を預けて時間が過ぎるのをただただ待っている。
 平和な日々が続く時期の探偵社なんて、概ねこんなものだ。追われる程に抱えた業務もなく、定時間際には各々好き勝手過ごす。有事の際には休日や定時などという概念もなく働き続けることになるから、これはこれでバランスが取れているといえる。
 廊下から戻ってきた国木田はその自由極まりない姿を見て一瞬片眉をぴくりと反応させたが、もう就業時刻までは5分を切っている。今から手をつけて定時までに終わる仕事というのもそうあるものではないし、無闇に残業するのも望ましくない。小言は喉の奥に飲み込んで、今しがた開けた扉を後ろ手で閉じた。その途端、部屋に暗闇が落ちた。
 突然のことに、皆反射的に天井を見上げた。
「あんた何したんだい」
「何もしとらん!」
 与謝野が揶揄い混じりに責任を押し付けてこようとするのに、国木田はすかさず反応した。
「停電でしょうか?」
 賢治が首を傾げた。鏡花は敦に身を寄せ、攻撃に備えて己の得物に手をかける。
 日没は近いが、まだ夕暮れ時といっていい時間帯だった。部屋の電灯が消えたところでこんなにも暗くなることはあり得ないはずだ。それなのに、部屋はコンピュータの画面に照らし出されるだけだ。少し視線を動かせば外の景色が見えるはずだが、窓は真っ黒に塗り潰され、何も見えない。
「外が見えなくなっているのでしょうか」
 谷崎が不安そうに妹のナオミを引き寄せた。

「お前たちをセッ⚪︎スしないと出られない部屋に閉じ込めた! 出してほしければ異能開業許可証を寄越せ!」

 突然何者かの声が響いた。何人かが驚いて息を呑む。声は不自然に反響し、発生源がわからない。各々周囲を警戒するが、怪しい人影などは見つけられない。自分たち以外の気配もない。
 そんな中、代わりに見つけたのはーー
「あの、あれ……
 ある者は呆れて、ある者は驚きで、ある者は気まずさで声を出せずにいる中、主張したのは賢治だった。皆の視線の先にあるのは何やら見慣れない額縁。薄暗いので見間違いかもしれないと僅かな願いを込めて携帯端末の灯りで照らすと、はっきりと浮かび上がる文字。
『セッ⚪︎スしないと出られない部屋』

「そういやさっきそんなこと言ってた気がするね」
 与謝野が呆れたように言った。
「閉じ込められたということか?」
 国木田が信じられないとでも言うように先程閉めたばかりの扉のノブを回そうとするが、ぴくりとも動かない。鍵が閉まっていても普通なら存在するはずの遊びがなく、ノブがガチャガチャと音を立てることさえない。
「窓も開きませんね」
 谷崎が近くの窓を動かそうとしたが、こちらもびくともしない。
「太宰」
「はーい」
 国木田の呼び掛けに、太宰が応じた。
 探偵社には異能力無効化という対異能力者最強の切り札がいる。本人もそれを自負しているからか、元々の性格からか、焦った様子もない。国木田の近くに移動して扉に手を掛けるが、異能力を発動した時特有の光が現れることはなかった。
 当然、ノブが動くこともない。
 探偵社員の間に、ようやく緊張が漂い始めた。
「敦、鏡花、賢治。異能で窓を壊せ」
「はい」
 国木田の指示に従って敦は虎化の異能、鏡花は夜叉白雪、賢治は手近なパイプ椅子で窓の破壊を試みた。しかし窓は何かで守られているかのように傷ひとつつかない。派手に捻じ曲がったパイプ椅子は、もう使い物にならないだろう。
「万事休すか」
「そろそろ状況を理解してくれたようだな」
 国木田の呟きに応じるように、この騒動の犯人と思しき不思議な声が響いた。
「お前たちをここに閉じ込めた。出すための条件は異能開業許可証を渡すことだ。なに、今すぐじゃなくていい。その部屋の中でじっくり時間を掛けて考えればいい。俺はお前たちが許可証を渡す気になるまでいつまでだって付き合う」
「異能開業許可証は絶対に渡さん!」
「そんな強がりもいつまで言えるかな」
 国木田はすかさず吠えたが、犯人からすれば予想通りの反応だったのだろう。慌てた様子はない。かなりの自信があるということだろう。
「なんとかしてあの不届者を捕まえなければならん。まずはここから出なければ。何か案のある者は」
 国木田が全員に投げかける。すると、今までの様子をのんびりと観察していた乱歩が、口の中で転がしていた棒付き飴を出した。
「この部屋なんだけど、『出られない部屋』だから、外からは簡単に開くと思うんだよね」
「そう、なんですか?」
「確かにそういう解釈もできますね」
 国木田が代表して疑問を呈すと、太宰が賛同する。それが正しいかどうかを確かめるには実際に外から開けてもらうか犯人に教えてもらうかしかない。当然だが犯人がおいそれと答えを教えるようなことはないだろう。
「なるほど。では誰かに連絡して」
「端末は圏外だよ」
 一縷の望みが生まれたと思ったが、細い糸はあっさりと切れてしまった。通常は停電したからといって電波まで通じなくなることはない。窓の外の景色が見えないところから、停電や電波障害は犯人の異能力による副産物とも考えられる。この部屋が外部と隔絶されているのかもしれない。
 あるいは、犯人がこちらを追い込むために電波障害や窓の封鎖などをしている可能性も考えられる。どちらにしろ、外に救援要請するには何某かの対応が必要ということだ。
「困りましたね。連休明けの水曜日までの4日間、おそらく誰も来ません」
 谷崎が沈んだ声を出す。外から開くというのが事実にしろそうでないにしろ、外から異変に気づかれるのは早いに越したことはない。ゴールデンウィーク目前というこの日取りは、間違いなく犯人の計算の上だろう。
「誰か、休みの間に友人知人と会う約束をしている者は?」
 国木田がまた問い掛けるが、各々顔を見合わせるばかりで返事はない。仮に約束していたとしても、すっぽかしたからといって職場まで様子を見にくる奇特な人物は少ないだろう。
「太宰は何か当てがあるんじゃない?」
 乱歩が問い掛けると、太宰が投げやりに応じる。
「ないこともないんですが、あまり期待しないでほしいですね。確証がありません」
 全く望みがないわけではなさそうだが、それだけに頼るのはリスクが大きい。別の角度からのアプローチも考えておくべきだろう。
「何か他に案がある者は?」
「案っていうか、セッ⚪︎スすれば出られるんじゃないの?」
「そこにでっかく書いてあるしね」
 国木田の再度の問いに、太宰と与謝野が茶化すように言う。
「お前ら! 未成年もいる場で少しは口を慎め!」
 国木田が顔を真っ赤にして怒鳴ると、「はいはーい!」と元気な声が割って入った。賢治だった。先生に質問するように片手を上げて主張している。
「なんだ?」
「セッ⚪︎スってなんですかー?」
「なっ……! それは……
 国木田が言葉に詰まると、皆の注目が国木田に集まった。揶揄い混じりの視線を向ける者、純粋に答えを求める者、居た堪れなさそうに俯く者、と各々反応は様々であったが、皆が国木田の答えを待っている。興味がなさそうなのは棒付き飴に夢中の乱歩くらいだ。
「それは、その、子供を作るためにすることで……
 圧力に負けて国木田がごにょごにょと答え始める。先程までの威勢はどこへやら。あまりに小さな声は果たして賢治のところまで届いているのか怪しい。けれど賢治にはきちんと聞こえていたようで、ぽんと大きく右手の拳を左の掌に打ちつけた。
「ああ! 交尾のことですね!」
「そそそ、そうだ!」
 意外にもあっさりと納得してくれたことに国木田が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。ついでにその様子をはらはらと見守っていた谷崎も安堵のため息を漏らしたが、太宰と与謝野の顔は面白くなさそうだった。
 気を取り直すように、おほん、と大きく咳払いをしてから、国木田が宣言する。
「それを試すのは最終手段だ。最低でも連休が明けて外から開ける手段を試してからだ。それまでは可能な他の手段を探る。手始めに皆所持品を出してもらおう。何か使えるものがあるやもしれん。場合によっては4日間籠城することになる。一般的に飲まず食わずで人間が生きられるのは72時間が限度と言われている。飲食物は全体で管理させてもらう」
「え〜〜〜! お菓子食べちゃダメなの〜?」
「すみませんが、ご容赦ください」
 すかさず乱歩が悲壮に暮れた声を上げた。けれど流石の乱歩も事態は把握しているらしく、大人しく机や鞄からごそごそとお菓子を出す。他の者も各々が仕事の合間に食べようとしていたお菓子を取り出し、それらは1箇所に集められた。ガムやチョコレート、煎餅や炭酸ジュースなどがこんもりと1つの机に山を作る。
 合わせて非常持ち出し袋も取り出し、乾パンやアルファ米、飲料水などをそこに加える。全員の腹を満たすには心許ないが、餓死する程ではない。
「うむ。これだけあればどうにか凌げるだろう」
「しっかし、非常持ち出し袋の中身が貧弱すぎやしないかい? 非常時にこれで切り抜けられるのかい?」
「その通りだな。出られたら中身の見直しをしよう」
 与謝野の指摘を受け、国木田が手帳に「非常持ち出し袋の見直し」と書きつける。探偵社にとっての有事は災害だけに限らない。そのことを今身をもって体験しているので、通常より豊富に準備しておいても無駄ではない。
「飲料水が不足してるね」
 ジュースの類を除けば、水は非常持ち出し袋に入っていた2リットルペットボトルが3本しかない。ここには8人の男女がいる。未成年も2人含まれているが、体格は大人と比べても遜色ない。実際に持ち運ぶ時の利便性を加味すればこれくらいが妥当ともいえるが、一般的には大人1人で1日3リットルの飲料水が必要だと言われている。どんなに節約したとしても、8人の4日分としては不十分だ。残念なことに、水道は隣の給湯室に行かねば使えない。そして給湯室は閉じ込められてしまったこの部屋の外だ。
「そうだな、その時は俺の手帳で」
「えっ?」
 幾人かの視線が再び国木田に集中する。
「な、なんだ」
「国木田さんの異能って、水も出せるんですか?」
 代表して敦が質問した。
「俺の異能の条件は俺が見たことのあるもの、手帳より小さいことの2点だけだ。水も携帯食料も可能だ。手帳より小さいサイズのものに限るがな」
「それじゃ、食料が尽きても大丈夫ってことですか?」
「手帳は有限だ。あまり頼りにされても困る。それに太宰は手帳で出した物は使えん。やはり尽きる前にどうにかせねばならん」
 社員の間に安堵の空気が流れる。ひとまず飢える心配はしなくても良さそうだ。
「でも国木田くん1人なら問題ないわけでしょう? 『うっかり洗剤買い忘れてた〜』みたいな時は手帳で出せるってこと?」
「俺はお前とは違うからそんなことにはならん!」
 太宰が茶化し、国木田がぎゃーすかと怒鳴る。いつものやり取りに、敦と谷崎が苦笑いを溢した。閉じ込められてからずっと漂っていた深刻な空気が、だんだんといつもの長閑なものに戻ってきている。
「それよりトイレの方が深刻じゃないのかい? お互い様だし多少配慮はするにしても、その辺に垂れ流すのは尊厳の問題があるだろう?」
 が、与謝野の冷静な突っ込みでまた現実に引き戻される。普段は廊下のトイレを利用している。つまりこの部屋にはない。最大で4日。その間十分な飲食ができないからといって、1度も排泄をせずに済むとはとても思えない。
「非常持ち出し袋に携帯トイレがある」
 国木田がごそごそと袋の中身を漁ってパッケージを取り出す。そこには「5回分」の文字。
「わぁ〜みんな、5回もできるんだって〜」
 太宰の茶化す声が空虚に響く。
「これを超えたらゴミ袋にしてもらうしかない。緊急事態だ、やむを得ん。幸いなことにゴミ袋と新聞紙は豊富にある」
 せめて見られないようにとの配慮で衝立の向こう側に携帯トイレが設置された。が、皆の心は同じである。なるべくあそこで用を足したくはない。
「さて、これで長期戦になってもどうにかなることは確認できたが、ならないに越したことはない。脱出手段を考えよう」

 それから各々手分けして、物理的に破壊できる場所がないか、外部へ連絡する手段はないかと試行錯誤を繰り返した。が、成果は芳しくない。電話やメールはもちろん、緊急信号も通じない。どうやら外部と干渉する手段は断たれているらしく、普段なら聞こえてくる風の音や救急車のサイレンもなく静かだ。壁や窓を叩いて救急信号を発してみても周囲からの音沙汰はない。最もこれは、周囲に人がいないと成り立たないため、定時も過ぎて尋ねてくる者のいなくなったこの部屋では聞こえていたところであまり意味はないかもしれない。
 次第に思いつく手段も減っていき、やがて皆諦めて座り込んだ。本当に長期戦になるのなら、ある程度体力を温存しておいた方がいい。皆が探索をやめてしまったため、非常用電灯も電池の節約のために消された。そうすると、室内は最低限の灯りしかなく、皆の気持ちも引きずられるように暗くなる。

「ところで、社長は帰ってこないんでしょうか」
 賢治の主張は尤もである。外部に連絡することができなくても、本日出掛けていて不在だった社長がここに立ち寄れば万事解決するはずだ。しかし、事はそう上手くは回らないものだ。
「今日は依頼人のところに泊まるって言ってた。横浜に戻ってくるのはどんなに早くても明日の昼過ぎだ」
「でも、昼過ぎに帰ってくるなら……
「休みだからね。何か急用でもない限りここには来ないんじゃない?」
「そう……です、よね」
 心配して様子を見に来てくれそうな人物がいないか、改めてひとりひとりの連休の予定を確認してみたが、美容院、ショッピング、映画と、どれも期待できないものばかりだ。唯一賢治の“畑仕事の手伝い”だけは可能性があると言えるが、本人曰く「僕が探偵社員だってことも知らないんですよねー」とのことだ。
「しばらくはこのまま助けを待つにしても、いよいよとなった時にどうするかは考えておいた方がいいかもしれないね」
 与謝野が額縁に掲げられた『セッ⚪︎スしないと出られない部屋』の文字を見上げながら呟く。皆、多かれ少なかれ思っていたことだ。誰かがセッ⚪︎スしないといけないかもしれない。
「いざとなったら私と兄様で……
 ナオミがすかさず声を上げた。否定するかと思った谷崎も苦笑いを溢すだけではっきりと否定しない。皆薄々思っていたことではあるが、この兄妹、やはりそういう関係のようである。既に関係がある者同士で事に及ぶ方が、無作為に選ぶよりは不都合が少ないだろう。
「私、あなたとならしてもいい」
 今まであまり話し合いに参加せずに見守っていた鏡花が敦の袖を小さく引いた。その表情は決意に満ちていて、一同に動揺が走る。当然言われた本人も同じだったが、返事をしようとした敦を国木田が大きな咳払いで遮った。
「それは最終手段だ。少なくとも外から開けてもらうという手段が不発に終わるまでは絶対にせん!」
「つまり連休明けまでそのまま待機ってことかい?」
「そうだ」
 幸いにも連休明けの営業開始すぐに依頼の予約がある。端末も時計も生きているから時間感覚がなくなる心配もない。中から様子がわからなくとも、成功したかどうかの判断はつく。それまで他の手段がないか検討しつつ待つ、という作戦は理に適っている。
「しかし、本当にそれで大丈夫でしょうか? 食糧も十分とはいえませんし、ここでしっかりと休めるとも思えません。その状態で4日も過ごした後、となると……。ほら、その、体力使いますし……
 谷崎が明後日の方向を見ながらもはっきりと異を唱えた。しかもその提案は控えめながらも至極真っ当なものだ。自分の身に降りかかることを覚悟しているのだろう。誰も率先して自分が代表になりたいとは思わない。犠牲になってくれる者がいるなら押し付けたいし、押し付けるのであれば最低限本人の希望くらいは叶えてやるべきだ。
 反論できる者はおらず、その場はしんと静まり返った。
「まずは定義をはっきりとさせておくべきだと思うんだよね」
 太宰がのんびりと間延びした声で話題を転換させた。
「ひと口にセッ⚪︎スって言っても、世の中にはオーラルとかレズとか色々あるわけじゃない? もし陰茎を膣に挿入れるのが必須だと仮定すると、この中でセッ⚪︎スするなら誰か避妊具を持ってるのかっていう別の問題も発生する。ねぇ、そこのところどうなの、犯人さん?」
 太宰は大胆にも犯人に話しかけたが、当然ながら返答はない。
「まさか国木田くんともあろう者が避妊具なしでのセッ⚪︎スを許可するはずがないし、誰も持ってなければそもそも最終手段さえ危ういってことだ。ってことで国木田くん、ちょっとあっちで自慰してきてよ」
 あっち、と指差されたのはトイレを設置した衝立の影である。突然話の展開が変わって、ある者は目を見開き、またある者は怪訝な顔を向けた。名指しされた国木田は当然たまったものじゃない。
「なんでそうなる」
「だって自慰で開くならダメージゼロじゃない?」
「ゼロなわけないだろう」
「わかった。わーかった。国木田くんの喘ぎ声が聞こえないようにこっちは大声で歌っててあげるから」
「何がわかったんだ!?」
 太宰が国木田といつもの戯れ合いのような喧嘩を始めた所為で、深刻だった空気が少しだけ緩む。ある程度落ち着いたところで国木田が仕切り直すようにごほん、と咳払いをした。
「しかし、太宰の指摘は尤もだ。未成年もいる場であまり具体的な話をするのは避けるべきだろうが、誰がどういった手法を取るにしても最低限避妊具は必要だろう。性病に感染して二次被害を起こすなどという事態はあってはならない。持っている者がいれば全体の資産として提供してほしいが……
 言いながら国木田が太宰の方をちらりと窺う。
「なあに?」
「いや、このメンバーでお前以外にそんなもの持ち歩いている奴がいるのか……?」
「やだなぁ、偏見はダメだよ。こういうのは意外な人物が持ってるものだよ」
「そ、そうか?」
 国木田は再び全員に視線を向けるが、反応する者はいない。
「いないみたいだが」
「みんなの前では言い出しにくいんじゃない?」
「それもそうか」
 国木田はふむ、としばらく考え込む。
「もしあの指示を実行するとしても、今夜すぐにする必要はない。箱か何かを設置しておくから、持っている者はこっそり入れてくれ。名乗る必要はない。期限は明日の日の出までとする」
 それから適当な箱を探す。小さすぎるだの大きすぎるだの蓋付きの方がいいだのと口々に言い、決まったと思えば今度は設置場所についてやれここはみんなから見えすぎるだのあまり離れていると入れに行ったのがバレるだのと盛り上がる。

 その騒ぎには参加せず、少し離れて見守っていた鏡花が、敦の様子がおかしいことに気づいた。
「どうかしたの?」
 敦はすぐに返事をせず、鏡花が手を引いたことでようやく反応を示した。
「どこか、具合でも悪い?」
「あ、全然、大したことじゃないんだ」
「本当に? 無理しちゃダメ」
「いや、ほんとに大したことじゃなくて……トイレ我慢してるだけっていうか……でもまだ少しくらいなら我慢できるから……
 閉じ込められてから、4時間が経過しようとしていた。通常なら数回用を足していてもおかしくない時間だ。トイレの話は話題に上るが、実際にトイレに行きたがる人は今のところ誰もいない。他の人が我慢しているのかまだ尿意を催していないだけなのかは判別がつかないが、先陣切ってあの携帯トイレを使用しに行くのは小心者の敦には荷が重い。できるなら誰かの後にしたい。けれど帰る前には1度用を足したいと思っていた矢先の閉じ込め事件だった。そろそろ限界も近い。
「あ、あの」
 敦は意を決してトイレの使用を申し出ようとしたが、それは国木田によって掻き消された。
「よし、これでいいだろう。避妊具を持っている者は、ここに入れるように」
 国木田が大きな声でそう宣言したのと、外から扉が開くのはほぼ同時だった。
 救世主の登場である。扉を開けた者に皆の視線が一斉に注がれる。予想外の注目を浴び、扉を開けた本人も何事かと驚いている。
「やぁ、安吾! 君なら来てくれると思ってたよ」
 扉を開けたのは、安吾であった。安吾は正直、来るべきではなかったかもしれないと一瞬にして後悔していたところだった。何せ扉を開ければ探偵社員が集まり暗闇で避妊具の話などしているのだ。しかも扉を開けた途端、部屋中に明々と電気が灯る。安吾は呼び掛けられても状況が理解できず、目を丸くして立ち尽くすしかない。
「安吾さんありがとうございます。恩に着ます!」
 その横を、ずっとトイレを我慢していた敦は疾風の如く駆け抜けた。どうして安吾が来たのかとか、密室から解放された安堵だとかはもうどうでもいい。とにかくこの尿意をどうにかしなければならなかった。
「ど、どうしたんです?」
 安吾は未だ状況を理解できないままその後ろを見送る。
「細かい説明は後だ。それより先に犯人を捕まえないと」
 太宰に言われ、全員がこの状況に至った原因を思い出した。
「犯人は隣の用具倉庫だよ」
 乱歩がのんびりと告げたのを聞き、国木田が真っ先に駆け出す。そこらの悪党なら国木田1人でも十分すぎる程の戦力だ。残された面々が追うかどうか悩んでいる間に、国木田はあっさりと犯人を捕らえて戻ってきた。
「特務課がいるなら都合がいい。このまま引き取ってくれ」
……事情を説明していただいても?」
 未だ何の説明もされていない安吾はぽかんとしている。どうやら如何わしい場面に乱入してしまったわけではなさそうだが、状況は全く理解できない。
 国木田が説明しようとしたところで、トイレに駆けていった敦が戻ってきた。そして安吾の両手を力強く握った。
「安吾さんありがとうございます。お陰で助かりました!」
 感謝の言葉を述べる敦の目には、薄らと涙が浮かんでいる。
「だから何があったんです?」

◇ ◇ ◇

 事情を聞いた安吾は特務課に連絡し、一帯は一時騒然となった。犯人の護送が済み、騒ぎも徐々に落ち着きを取り戻し始めている。今は1人ずつ順番に事情聴取を受けている最中だった。
「それで、坂口はどうしてここに? 当てがあるなら何故最初から言わなかった?」
「だって確信はなかったもの」
 国木田の追求を太宰はいつもの如く有耶無耶にしようとしたが、乱歩は許さなかった。ラムネ瓶を振り、ビー玉でカラコロと涼やかな音を鳴らす。
「特務課がモニタリングしてたお前の心拍が途絶えたからでしょ」
 太宰はムルソーに入った時に付けられた心拍のモニタリング装置を外していなかった。探偵社から全ての通信が途絶えていたということは、もちろんそのモニタリング信号も届いていなかったということだ。
「やっぱり乱歩さんにはバレてましたか」
 モニタリング装置には心拍の停止時や通信エラー時の異常通知機能がついているはずだが、元々想定していた用途での使用はとうに終了している。安吾がその機能をオフにしていないとも、気づいたからといってアクションを起こしてくれるとも確信はなかった。
「友達ならもっと信用してあげてもいいと思うけど」
「太宰くんはそれくらいでいいんですよ」
 ふふふと意味深に笑う太宰に代わって、安吾が会話に割って入った。事情聴取がひと段落ついたのだろう。
「今回の異常に僕が気づいたのはたまたまです。個人端末も探偵社の固定電話も繋がらないので様子を見に来ましたが、偶然手が空いていただけで忙しければ無視していたかもしれません。あまり当てにされても困ります」
 安吾は疲れたような顔でため息を吐く。
「なるほど、それがお前たちってわけか」
「まあそういうことです」
 乱歩が納得したように呟くのを太宰がいい加減に終わらせた。普段より帰りは遅くなってしまったが、無事ゴールデンウィークを迎えられそうだった。


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