アランは買い物のため、レッドルースター農場へ向かう街道を歩いていた。急ぐような用事でもないから、のんびりと徒歩だ。リムサ・ロミンサ随一の生産量を誇るあの農場では、新鮮な野菜や肉が安く手に入るとあって、いつも商人たちが詰めかけている。が、こちらの用事はせいぜい二人分のそれである。売れ残りでも十分だ。
しばらく依頼で旅を続けていたので、家と手持ちには古びた保存食しかない。腐ってはいないだろうし、それだけで十分な食事にはなるが、せっかく美食の街である海都に戻ってきたのだから、新鮮な野菜や肉も加えて豪華なディナーにしたい。久方ぶりに会えるだろう弟子もきっと喜ぶ。
そう思っていれば足は淡々とラグザラン街道を進み、二つ穴のあいた眼鏡岩を通り過ぎる。野生なのか逃げ出したのか家畜なのか、結局よく分からないドードーたちがのんびりと土をつつく中を、慣れた足取りで農場へ向かう。と、青々と草の生えた道端に、何か黒っぽく大きなものがぺちゃりと落ちていた。
そう、落ちている、というのが表現として全く正しいような倒れ方だった。長い手足を力なく投げ出し、くたりと首を曲げ、仰向けに転がっている。特徴的な黒い角に同色の鱗、シンプルな装飾の武器と黒いシンプルな服。
「……アウラだ」
アランは足を止めた。もしや死んでいるのだろうか。街の付近だから危険な魔物もいないはずだが、そこはそれ、個人の事情にも依るし、極稀には討伐指定が出るような魔物も出現することもある。あるいは何かしら無茶をやったのかもしれない。複数のグゥーブーにまとめて喧嘩を売るとか。
本来であれば無料で仕事はしない主義だが、若い冒険者が倒れていればさすがに哀れみが湧く。買い物は中断して、せめて街まで連れて行ってやろうと近づいた時、そのアウラの腹からグゥゥ……と、比類ないほど大きな音がした。
アランは目を瞬く。その後ろを、なんともいえない顔をしたドードーが通り過ぎていった。
ラドミールは呆れていた。それも久方ぶりの最高潮に。というのも、数ヶ月ぶりに師が家に帰ってくるというからわざわざ訪ねにきたというのに、その家には知らない先客がいるし、師ときたら湯気の立つ大皿を持っているのだから。
「ラドミール! 久しぶりだな」
アランは空っぽになった皿を手早く重ね、大皿をテーブルに置いた。熱々のそれは、香ばしく焼けてカリカリになったパン粉がたっぷり掛かっている。先客が目を輝かせながらスプーンを入れると、とろりと溶けたチーズが尾を引いた。どうやらポポトとチーズのグラタンのようだ。
「久しぶりだなじゃないだろ、なんだこの大騒動は」
テーブルの上には他にもスープや薄切りの堅焼きパン、サンドイッチ、たっぷりの鳥肉のコンフィ(なんと半分以上食べられている)が置かれ、傍らにはラドミールの大好物なのに滅多に作ってくれない干しコッドのムースらしきもの(もうほとんどない)。そして、見知らぬ客人は何の遠慮もなしにひたすらカトラリーを動かし、それらの在庫を減らしていく。
「拾ったんだよ、レッドルースター農場の近くに落ちてたから」
「はあ?! あんたまた……はぁ……」
少年は長々としたため息を吐いて額を押さえた。そんな気はしていたが、やはりそうだった。師の悪癖というか、職業病というか、そういうものがまたも発揮されたらしい。
冒険者であるアランの主な仕事は回収である。勿論、冒険者が請け負いそれが業となるくらいなのだから、ただの物品回収であるはずはなく、その前には(誰もあえて口にはしないが)でかでかと「死体の」が付く。
今や大冒険者時代である。成功すれば実入りが大きく自由な職業に誰もが夢を抱き、憧れを募らせ、あるいは現状の打破を求めて、それまでの全てを捨てても冒険者ギルドへ入会する。が、当然ながら成功する人間は一握りであり、ほとんどの新参者は夢破れて去ることになる。
そもそも冒険者は傭兵の流れを汲んでおり、荒事や汚れ仕事、野良仕事も多い。敵対するのは魔物の他、ならず者、異種族、帝国の兵器と幅広い。そんな中に右も左も分からない新人が入ってくれば――ごく一部の例外を除き、結果は言わずとも知れている。
そしてそんな彼ら――怪我人であるか、遺体や遺品であるかは場合によるが、圧倒的に後者が多い――を待っている人のところまできちんと連れ帰る仕事にもまた大量の需要が生まれるわけである。
通常の依頼をこなして日銭を稼ぐ冒険者たちからは、「回収屋」「禿鷹」「腐肉漁り」「死体で飯を食っている」と罵倒されることもあるが、要するに華やかな話題に事欠かない冒険者業の裏を支える仕事であり、汚れ仕事の中の汚れ仕事、それが回収である。どっとはらい。
そしてアランはそんな回収業を長くやっているからか、たまにこうして行き倒れている人を拾ってくることがある。そんなところまで職業病を発揮しなくてもいい! とラドミールは思うが、その職業病によって自身も命を救われ、彼に口利きされて冒険者として生きているのだから、何も言えずため息を吐くしかない。
「そう怒らないでくれ。腹が空いているみたいだったから、古くなっていた保存食の消費に協力してもらってるんだ。とはいえ、この勢いは予想外だったが…」
なるほど確かに、並んでいるのは保存食を調理したものばかりだ。ラドミールは料理をあまりしないからはっきり覚えていないが、それらを購入したのは結構前だった気がする。であればいいのか? と思いかけ、そんなわけがないだろと首を振り、いい加減にしろと言うため、腹に力を入れた。
が、怒鳴ろうとした相手である行き倒れは今も素晴らしい勢いで口に食べ物を突っ込み、むぐむぐと咀嚼してはぴかぴかの笑顔を見せ、これ以上ないというくらいまで皿を空にして、またせっせとカトラリーを動かす。
前言撤回、確かにこれは怒れない、と少年は思った。本当に嬉しそうな、美味しいという感情が伝わってくる、これ以上ないというくらいの幸せそうな顔。さらに太く黒い尻尾は料理を口に運ぶたび、ぶんぶんと嬉しげにソファの上を泳いでいる。きっと、というか絶対、悪いヤツじゃないんだろうなという気配が、ビシビシと心に突き刺さる。
「…………手伝うよ」
空中に溶けてしまった怒りの代わりに、ラドミールはアランに申し出た。師も笑って、じゃあ洗い物を頼むよ、と答えた。
「オイシかった!」
「それはよかった」
アランは笑い、すっかり元気になったらしい客に茶と菓子を勧めた。へにゃっと笑う顔は、強面が多いアウラ男性では珍しく、人好きがしそうだ。山のようになった皿を洗って少々疲れただろう(しかも彼自身は結局何も食べれなかった)ラドミールもこの相手には怒る気力が起きないらしく、なんともいえない顔でお茶を飲み、カナッペをつまんでいる。
「それで、なんであんなところで倒れてたんだ?」
「エーット、おれ、オルカ。おれ達、あんまりお金ナクて……あんまり、ゴハンたべてなくて……」
口調がたどたどしく、聞き取るのには少し時間を要したが、簡単に言えば『ここ数日、金欠であまり物を食べられておらず、食べ物が安いという農場まで買い出しに出たが、たどり着く前に力尽きた』ということだった。
なるほど、とアランは納得する。通りで怪我や病気でもなさそうなのに倒れていたわけだ。とはいえあのまま放っておけば夜になって気温が下がり、ますます動けなくなっただろうから、良いタイミングで拾えたのだろう。
「オユちゃんにも、食べてほしかったくらい、オイシかった!」
「ありがとう、こちらも保存食の消費に付き合ってもらえて助かったよ」
とはいえ、消費と言うには元気すぎたが。出した料理はほとんど食べ尽くされ、もう保存庫も手持ちも空っぽで、逆立ちしても何も出ないから出すのを止めただけだ。もうテーブルの上にあるカナッペと少し残ったサンドイッチがなくなれば、明日の朝食もない。
さてどうしようかとアランが首を捻っていると、考えていることを察したのか、オルカがしょんぼりと肩を落とす。
「デモ、食べすぎタ? ゴメンなさい」
どうやら状況に気づいたアウラに対し青年が何か言う前に、隣に座って憮然とカナッペを食べていたラドミールがフンと鼻を鳴らす。
「いいよそれはもう。だいたい、コイツが誰彼構わず拾ってくるのがまず悪い」
「え」
アランは驚いて固まった。別に誰彼構わず行き倒れを拾っているつもりはない。回復すれば元気そうで、さらに言えば後腐れもなさそうな人だけだ。ラドミールだってそうだし、この前知り合いになったシュガだってそうだ。だがそれが伝わっていないとは!
が、衝撃を受けるアランをよそに弟子はオルカに指を突きつけた。
「で、あんた、オルカって言ったか? あんたのツレは今どこにいるんだ? 探してるんじゃないか?」
「あ」
オルカが尻尾をぴーんと立てる。あんまり驚いてそれ以上は声も出ないらしく、見開かれた目はこぼれ落ちそうだ。ぴしりと固まった大柄の男二人の間で、聡い少年は呆れたように頭を掻き、大きなため息を吐いた。
「とりあえず戻ろうぜ、農場にさ。で、お互い買い物したらいいだろ。全部それで解決だ」
それもそうか、とアランは立ち上がり、おろおろするオルカをよそに、残ったカナッペとサンドイッチをさくさくとまとめ、布でくるむ。
「買い物ついでに農場まで送っていくよ。勝手に運んだのはこっちだし、食事を勝手に出したのもこっちだ。君は何か思う必要はない――まあ、今度からはあんまり倒れないようにしたほうがいいけれど」
これはその『オユちゃん』へのお弁当。君に出した残りで悪いけど、と青年は笑う。ラドミールは革の水筒に冷めた茶を詰めて、同じく差し出した。
「もう行き倒れたりすんなよな」
さて、所変わってレッドルースター農場では、待ちぼうけを食らったオユンがイライラしながらオルカを待っていた。チョコボ・キャリッジで送ってもらったオルカと送っていったアランとが彼と一悶着起こすのも、そのあと渡したお弁当の味でかなり喜んでもらうのも、また別の話である。
□おまけ
久々に帰ってきた家での片付け料理
材料
・しおれたポポト
・豆(水で戻して使う)
・古いボンバライス
・ハーバーヘリングの酢漬け
・たまねぎのピクルス
・干し肉(ドードーのササミ、バッファローのモモ肉)
・干しキノコ
・油漬けの肉(ドードーのもも肉)
・コッドの干物
・干した野菜(トマト、にんじん)
・芽の出た野菜(たまねぎ、にんにく)
・食べる機会のなかった堅焼きパン
・古いチーズ
・ワイン
・干した果実
・バター
□メニュー
・ポポトのグラタン(堅焼きパンをすり下ろしたパン粉がカリカリ)
・ハーバーヘリングの酢漬けのサンドイッチ(堅焼きパンを薄く切った上に、タマネギのピクルスと共に載せる)
・干し肉と干しキノコのリゾット(いい出汁が出て味わい深い)
・ドードーのもも肉のコンフィ(前に油で煮ておいたものを出してきた。表面はカリカリ、中はじゅわー。豆の煮込みを添えて)
・干しコッドのムース(水で戻した干しコッドを水やニンニクと共に煮てピューレにしたもの。堅焼きパンと一緒に食べるとおいしい)
・干し野菜と芽の出た野菜のスープ(干したドードーのササミ入り)
・水で戻したり塩抜きした野菜や肉と堅焼きパンのチーズフォンデュ(上記で消費しきれなかったものの残り)
・フルーツバターのカナッペ(バターは結構しょっぱいので、ワインで伸ばした大人味)
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