揚げたてのトンカツを菜箸で押さえながら包丁を入れるとザクリと良い音がした。トーストした食パンにカラシマヨネーズを薄く塗り、千切りにしたキャベツとトンカツを乗せる。挟んだ食パンを上からギュッと押さえつけて半分に切りラップで巻いているともう一枚のカツも良い揚げ加減になっている。朝から揚げ物をしている兄に、起床した合歓は驚いていたが、自分の弁当箱にカツサンドが入っているのを見て喜んでいた。余分に揚げたカツと卵焼き、昨夜合歓が用意していた味噌汁と炊きたての白米を朝飯とする。深夜に帰宅して朝すぐ出て行くことがここ数週間続いていたが、そろそろ目処がつきそうだと話せば、じゃあ落ち着いたら簓さんを連れてきてね。一緒にご飯食べようと約束した。登校する合歓を送り出したあと、二つ作った握り飯とカツサンドの入った紙袋を抱えて、左馬刻も事務所へと向かう。毎朝、吸殻が山のようになっていた灰皿や散乱していた資料はすっかり片付けられていた。窓は開け放たれ、爽やかな朝の空気が循環している。二人で集めた資料やらその他もろもろ、あんなに雑然としていたテーブルにはファイリングされた厳選した資料とノートパソコンだけが乗っている。向かいのソファで横になっていた簓が左馬刻に気づき、起き上がって大欠伸をした。
「おはよぉ」
「はよ、片付けたのか」
「なんや興奮してもうて」
なはは、と笑って「そんでさっそくなんやけど」とノートパソコンを引き寄せるので、待て、と抱えてきた紙袋を簓の目の前に置いた。
「食ってからにしろ」
「えっ、なになに?おにぎりと、カツサンドや!作ってきてくれたん!?」
「ありがたく食え。俺様はコーヒーを入れる」
「さすがオレサマサマトキサマや〜」
出前もコンビニ弁当も美味いのは美味いけど飽きるんよなぁ。紙袋から出したラップに包まれたおにぎりとカツサンドを両頬に当てて、まだあったかいわぁ、と簓はご満悦に笑っている。
ドリップしたコーヒーの香りが部屋を満たす。美味い美味いとはしゃいでいる簓の声を聞きながら、取られた領土も必ず取り戻せるだろう、と左馬刻は確信する。
どうしても外せないオーディションがあり、しばらく会えないと簓から伝えられて一ヶ月が経とうとしている。オーディションの準備に集中したいため、この期間は簓からの連絡は一切ない。売れっ子芸人である簓はどこにでもひっぱりだこで、山のような仕事の合間をぬってオーディションの準備をすることになる。目指すものがある時、簓のこだわりや努力、集中力は凄まじいものである。今の左馬刻には、その姿を見ることも知ることもなく、ただ、テレビに映る笑顔の簓を見ている。イケブクロで二人、同じ目指すものに向かってがむしゃらに走っていた日々がよぎる。
簓が今いる世界で戦うこと、左馬刻には何もわからない。簓も左馬刻の今いる世界のことはわからないだろう。少しだけ考えてみる。お笑い芸人をやっている二人、ヤクザをやっている二人。
どっちもねえな。
パチリと油が弾ける。決戦の前の日、ここへやって来る簓のために、左馬刻はカツを揚げている。
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