玄関を潜って、扉の鍵を閉める。廊下に香る、魚が焼ける匂いと、出汁の香り。そのままキッチンに向かえば、愛おしい人がコンロの前で味噌を溶かし入れていた。
「ただいま」
自分たちの家に愛おしい人――荒船がいて、安心したような、心が温かくなる。するりと出た帰宅の言葉は、嬉しさが乗せられていた。
「おかえり、鋼」
火を使っているからか、荒船はこちらを向いて挨拶を返してくれた後はすぐに鍋に向き直ってしまう。しかし、こちらを向いた荒船の表情も嬉しさが隠しきれてなかったので、少しの寂しさはすぐに消えていく。
「悪い、もう少しで出来るから」
「いや、大丈夫だ。荷物置いてくるよ」
愛おしい背中にそう告げれば、おう、と返事が返ってくる。荷物を部屋に置いたらすぐにでもキッチンに戻って荒船を抱き締めたいが、きっと準備の邪魔になって怒られてしまう。それならば、少し我慢して荷解きをしよう。
肩にかけたボストンバックを背負い直して、村上はキッチンを後にした。
◆
スカウト遠征に出かけていて、久し振りの帰宅だった。
家に戻ってくる前に本部と鈴鳴支部へそれぞれ帰還の報告をしていたのと、今日明日は荒船が休みだと言うので、今日の夕飯当番は荒船だった。本部を出て鈴鳴支部へ向かうところで一旦荒船に連絡を入れていたので、帰宅に間に合わせるように用意をしてくれていたのだろう。
遠征に持って行った荷物をある程度片付けて、洗濯物を抱えて洗面所へと持っていく。洗濯籠に一旦入れてから、キッチンへと戻った。
「待たせたな」
ダイニングテーブルに味噌汁のお椀を置きながら荒船が言う。それに首を振りながら「いや、少し荷解きできたから」と言えば、荒船はそうか、と頷いた。
テーブルの上には、鯖の塩焼きに冷奴になめこの味噌汁に筑前煮が並んでいる。茶碗も並んでいるが、白米は入っていなかった。
「ご飯、盛るか?」
荒船にそう聞けば、荒船はテーブルの上に鍋敷きを置きながら「いや、いい」と首を振る。
「炊飯器にはないからな」
そう言いながら荒船は鍋掴みを手にはめて、コンロに戻っていく。コンロの上に乗っていた蓋をしたままの土鍋を掴むと、「熱いの行くぞ」と言いながら土鍋を持ってきて、それを鍋敷きの上に置いた。
「土鍋?」
鍋をするときに主に使う土鍋は、あまり蓋をしたまま使用することがない。中身は鍋なのだろうか? そのわりにぐつぐつと煮えている音もしない。
首を傾げながら荒船を見れば、荒船は口角を上げて、「見てろよ」と土鍋を指差した。荒船が、ゆっくりと土鍋の蓋を開ける。
「う、わ」
途端に広がる湯気と白米の焚き上がった香りに、思わず声が漏れる。目に入るのは、ツヤツヤと煌めく美味しそうな白米。
「上手く炊けてるか?」
土鍋の蓋をシンクに持って行った荒船が、杓文字を持って戻ってくる。それに頷けば、荒船は土鍋を抑えながら白米をさっくりと混ぜた。
「蒸らしも十分っぽいな」
村上の茶碗を持って荒船が炊き立ての白米を山盛りに盛る。あ、おこげ、と言えば、そこも一緒に盛ってくれた。
荒船も自分の分をよそっても、土鍋の中の白米はまだまだたくさんある。白米好きの村上のことを考えて多めに炊いてくれたのだろう。そういう優しさも嬉しい。
テーブルに向かい合わせに座り、揃って「いただきます」をする。まず、茶碗を持って美味しそうな湯気が昇る白米を一口分。
「熱いから気をつけろよ」
荒船のその声に、ふーふーと軽く息を吹きかけてから、口に入れる。熱くて、はふ、と息を吐いた。
「はふい」
「言っただろ」
外の空気を取り入れて少し冷めたご飯をもぐもぐと咀嚼する。程好い硬さともっちりとした触感に優しい甘さと、自然と笑顔が零れてしまう。
「うまい……!」
もう一口、口に入れて幸せを噛みしめる。普段使っている炊飯器も美味しく炊ける物を選んだのだけれど、土鍋で炊くとこうも味が変わるのかと感心する。
「そりゃよかった」
荒船の声が嬉しそうで、顔を上げて荒船に視線を向けると、荒船は顔を綻ばせて村上を眺めている。その荒船の表情に幸せが見えて、村上も頬を緩めた。
「土鍋で炊くとこんなに美味いんだな」
ご飯のお供が無くても白米が進む。これなら自分も炊き方を調べて、定期的に土鍋でご飯を炊くのも悪くない。そう思いながら白米を口に運ぶ。やめられないとまらない美味しさ。
「それなら、また土鍋で炊いてやるよ」
荒船が、自分の茶碗を持ちながらそう告げる。
「うん」
「そうだな、次は半年後くらいか?」
半年後、なにかあっただろうか。首を傾げながら白米を口に運ぶ。美味しい。少し考えて、あ、と思い出した。
「……うん、そうだな」
半年後、村上は近界遠征に同行することに決まっていた。とは言っても、大規模なものではなく、周辺国家の調査のみで、短期間で帰ってくる予定である。
同行者には遠征慣れしている太刀川や当真も含まれているため、滅多な事にはならないだろう。それは、荒船もわかっているはずだ。
これは、荒船の優しさだ。遠征で疲れている村上に、好物の美味しい白米を用意して待っていてくれる。それがわかっていれば、村上も遠征頑張ろうと思えるし、絶対に荒船が待つ家に帰ろうと思うからだ。
「そうだな、楽しみにしてる」
作り方を調べるのは無しだ。これは、荒船に作ってもらうのが一番美味い。
美味しくて温かくて、あまくて、やさしいその味を噛みしめて、村上は幸せな笑顔を荒船に向けた。
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