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0087aa
2025-05-25 04:28:44
3360文字
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春の日
ルドベキア自陣のED後小話
ネタバレあるので少し下げます
@自陣の皆様 口調等違ったら本当にすみません!!!そのときはこっそり教えてください!!!!
Tips: ガランサス、別名スノードロップの開花時期は1,2月で、春を告げる花とも言われているそうです
春と自由の話
Wie der Hrisch schreit nach frischem Wasser,
So schreit meine Seele, Gott, zu Dir.
----鹿が涸れ川に清水を求めるように、神よ、私の魂はあなたを希求して止みません。
「父と子と聖霊の御名において、アーメン」
ミサの始まりを告げる祈りの句が、小さな教会に響く。彼が日曜日の朝に教会へ赴くようになってから、もう何年が経っただろうか。洗礼も受けておらず、これといった信仰も持たない彼は、しかし廻転セルに所属してからミサへと通うようになった。そこに一体どのような意味が込められているのか、彼が人に語ったことは未だない。
ミサは、まるで川の水が絶えず流れるように、静かにつつがなく進んでいく。静寂と聖歌の繰り返しの中で、彼は先日の一件を思い出していた。我がセルのリーダーである彼女に害をなそうとしたあの女。神は、そして彼女は、きっとあの女にも赦しを与えるのだろう。ホスチアを受け取る信者たちを見ながら、自分は到底赦しなど与えられないだろう、と彼は考える。
それで良い。これは役割分担だ。彼女は赦しを、自分は罰を、それぞれ担っているだけ。
閉祭の挨拶があり、ミサが終わる。時刻は午前十時、窓に切り取られた日差しが教会の十字架を照らす頃だ。人々は十字架に見守られながら、席を立ち教会の出口へ向かい始める。
彼もそれに倣い、席を立とうとしたその瞬間だった。周囲の人間が突然動きを止める。話し声も止み、時が止まったのかと錯覚するほどの静寂が訪れる。十字架を照らす陽光だけが、穏やかにゆらめく。
「動くな、ロザリオ」
聞き慣れない、そして敵意を含んだ声が真後ろのチャペルチェアから聞こえる。無数の棘に囲まれているような感覚。誰だかは知らないが、おそらくワーディングの主であろう男が、彼を牽制していた。彼はあまり顔が広い方ではない。であれば、名前を知っているこの男は。
「ガランサスという名を、知っているな?」
やはり、と彼は得心する。ガランサス。それは、もうしばらく口にしていない、そして今後呼ぶことはないであろう名前だった。
彼はガランサスからの勧誘を断っていたことを思い出す。UGNになど行くつもりは毛頭ないが、それでも、あのような人間こそUGNにいるべきなのだろう、とは思っていた。そしてその小さな灯火も潰えた今、もはやあの組織に何の良心が残っているのだろう。
「ええ、知っていますよ」
「やつは、お前をUGNに勧誘していたそうだな」
「
……
そうですね、毎回お断りしていましたが」
「じゃあ、なぜ!」
男は突然声を荒げる。皮膚を切り裂くような鋭利な叫び。その声は、未だ生々しく血を流す傷口の熱を帯びている。
ワーディングはそんな怒りの音さえ吸収する。外からは長閑な小鳥の囀りが聞こえる。誰も動かない、切り取られた空間。しばしの沈黙ののち、細い声で男が彼に問いかける。
「なぜ、あの日ばかりはやつを見逃してくれなかったんだ
……
」
いつもなら、見逃していただろう、と男は続けて呟く。
分かり合えないな、と彼は思う。そもそもUGNとFHだ。それまでの経緯がどうであれ、相対したタイミングで殺し合いが発生することに疑問を挟む余地はない。むしろ、それまで始末しなかったことこそ、彼の気まぐれであったのだ。
あの場でガランサスを始末したのは彼ではない。だが、それを止めなかったこと、正確に言えば止める気がなかったこともまた事実だった。阿蘇野七生に共感したことなど一度もないが、あの時の彼女の判断を否定するつもりはない。それこそがFHで保証されている「自由」だからだ。
「冬が終わったからでしょう、ガランサスが死んだのは」
彼は、自分が今返せる言葉はこれだけだろう、と考える。男を納得させるような返答を、彼は持ち合わせていない。人はいつか終わりを迎えるし、季節が終われば花も枯れる。これはただ、それだけの話だ。
あるいは、男もそんなことは全て分かっているのかもしれない。
男が静かに泣く音だけが、教会に響き渡る。男がガランサスとどんな関係であるのか、UGNなのかそうでないのか、彼は知らない。知らなくて良いことだとすら思った。今ここで重要なのは、男が死を悼んでいるということだけだ。
こんな風に死を悼んでくれる人間がいるということも、また幸福と呼ぶのだろうか。彼は目の前の十字架に心のうちで問いかける。十字架は今この瞬間も、美しく微笑んでいた。
ローヌ産のシラーがグラスに注がれる。彼はさしてワインの品種にこだわらない方だが、今は赤が飲みたい気分のようだった。口に含めば、鋭い刺激が鼻腔を抜け、タンニンがはっきりと舌に残る。聖書において、葡萄酒とは人生の喜びを表すそうだ。この渋みも含めて、人生の味わいだというのだろうか。彼は聖書に思いを馳せつつ、グラスを傾けていく。
「わ、昼間からお酒ですか、これだから大人は
……
」
「あ、もう戻ってたんだ、おかえり〜」
ドアが開く音に続いて、砂谷依理也が、呆れ果てたような、あるいは愛想をつかしたような顔で、彼に声をかける。その後ろから、セルリーダーである隠善蓮がひょっこりと顔を出す。どうやら、彼女たちは二人で買い物に出かけていたようだった。
「今日は休息日ですから、葡萄酒を飲むべき日ですよ」
「いや、オリヴィエリさん、洗礼受けてないですよね」
彼はその指摘を曖昧な笑みで受け流す。依理也はただの口実をそのまま飲み込んでくれるほど優しくはないが、行為自体は咎めない程度の優しさを持ち合わせている。あるいは諦められているのかもしれないが、それは神のみぞ知るところだ。
依理也がため息を付きつつ、奥へ荷物を運びに行くため彼の元を離れると、今度は蓮が側に寄ってきた。いつものように笑みを湛えている彼女の視線は、彼の手元のグラスへ向いている。
「一杯いかがですか?」
「う〜ん、今はいいかなぁ」
「そうですか、それは残念」
そう返し、彼が再びグラスを口元に近付けたその時、彼女は彼を覗き込むようにして、一言告げる。
「また、何かあったんだねぇ」
彼は一瞬、手を止め僅かに目を見開く。それは彼をよく知る者でなければ気付かない程度の変化ではあったが、しかし目の前の人間は彼のことをよく知っている。彼を見つめるその透き通った丸い目は、まるで内心までもを見透かすようだった。
「いいえ、何も」
「ふぅん、まあ、そういうことにしておこっか」
彼の望みは、今日もこのセルが昨日と同じ平穏の中に在ることだ。自分の身に何が起ころうと、内心で何を考えようと、先日の事件の関係者と接触しようと、平穏を脅かさないのであれば何事もないのと同じだ。言う必要などない。彼はそう判断する。
「
……
何か問題でもありますか?」
「ないよ、なぁんにも」
問題などない。今日もセルは正しく運営され、彼女の目的は果たされない。昨日と同じ日々、彼の望む停滞した日々。内心の揺らぎをキリストの血とも称される赤ワインと共に飲み込む彼の癖は、彼女だけが知っていれば良いことだった。
=====
「私が廻天セルのリーダーだよ、と言ってもこの間立ち上げたばっかりで、まだメンバーは私だけなんだけどね。良かったら君もどう?」
これは、暗い血に塗れた人生で、初めて、自分に向けて差し出された手だった。
自らを実験台とした組織であるUGNのことはもちろん嫌いだが、だからと言ってFHを居場所だと思えたことはなかった。欲望に忠実なのは良いが、あまりに短絡的に自滅する人間が多すぎる。死は、人に何ももたらさないというのに。
そんな醜いオーヴァードたちの中で、彼女はあまりに軽やかだった。これこそが、自分が求めた「自由」なのだと、錯覚するほどに。
気付いたら目の前の手を取っていた。今こそ、残りの人生を賭けるべき時だ。
「
……
よろしくお願いします、オリヴィエリ、と申します」
「オリヴィエリ、くん? 鳩が似合いそうな名前だねぇ」
そう言って、春の訪れのように笑った彼女の笑顔は、今も目の奥に焼きついている。
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