荒船のログはほとんど確認している。
…と言ったら、凄い顔をされた。
荒船のログは攻撃手だった頃のものも、狙撃手に転向した後のものも、全て見ている。少しでも知らないログがあれば貪るように見ていた。
「また見てるの?」
「犬飼か」
映像のログは申請さえすればある程度自由に確認が出来る。特にランク戦などで戦う前に対戦チームのログを見るのは当たり前だ。
だがここ最近の村上のログの履歴はなかなか偏執的だった。
「
……正直さ」
村上の隣に座って、彼の見ているログをのぞき見する。それは何回か前の試合のログで、犬飼もこのログは確認していた。犬飼は荒船が目的ではなく、玉狛第二のログとして確認したのだが。
「荒船のこと、そんなに見る必要ないんじゃないの?」
「
……」
犬飼の言葉には、言外に「もうとっくに友情とか師弟の域は超えてるよね」という意味が込められている。村上はその意図に気づいて無言だった。
玉狛第二と戦った時の荒船隊は、完全にしてやられていて、その中でもどうにか一点をもぎ取った判断の速さは良いかもしれないが、それ以外の点については翻弄されてしまっている印象で、何度も確認するほどでもないのだろう。一般的には。
「そんなに気になるの?」
「
……あぁ」
荒船の戦い方をこれでもかとトレースしている。夢の中で何度も反芻出来るくらい、彼の動きはよく見ている。たぶん、次に戦ったらよほどの奇襲でもない限り負けることはないはずだ。それくらい、荒船のログばかり何度も見ている。
「
……難儀だねぇ、鋼くんは」
犬飼の言葉に、その時の村上はただ笑うしかできなかった。
別の日。
その日も荒船の出ているランク戦のログを見ていた村上は、背後に気配を感じて振り返った。
そこにいたのは紛れもなく荒船本人で。
「
……っ、荒船
……」
「よう、うちの隊のログ見てんのか?」
「
……あぁ」
犬飼から聞いたのだろうか。
荒船はそれ以上特に何も言わず、自分の隊のログを村上の後ろから眺めることにしたようだった。本人を前にしてランク戦のログを確認するのは少し、いやかなりこそばゆい気分だ。
いたたまれず、何度となく後ろを気にする村上に、荒船はぼそりと呟いた。
「こっち見んなよ。ログに集中しろ」
「
……何か用があったんじゃないのか」
「特にねぇよ。興味があっただけだ」
「興味?」
「なんでうちのログばっか見てんだ?」
荒船の言葉に、村上は息を止めて反応してしまった。自然と生唾を飲み込んでしまう。
明らかにおかしな間があった。
「
……勉強してるんだ」
「狙撃手しかいない隊のログをか?」
「
……」
「うちのやられ方なんて大体決まってる。狙撃手の弱点の近接で、寄られて終わりだ。そんなのわかってんだろ?」
「
……荒船は、違うから」
確かに荒船の言う通り、狙撃手しかいない荒船隊は、近接攻撃に極端に弱い。位置が特定されるとジリ貧になってしまう。その時に打開できるのは元攻撃手の荒船だけだ。その一瞬で弧月を抜く姿は鋭く美しく見える。
「とはいえ、だろ」
「
……」
背後の荒船は、獲物を待ち構える肉食獣のようで、村上は勝手に身を竦めている。
「白状しろよ、鋼」
荒船のその言葉に、村上はぞくりと肌が粟立つような感覚に襲われた。
荒船は、まるで何かの言葉を知っていて待っているかのようだ。
村上は、本能的に察した。
気づかれている、と。
ひた隠しにしているつもりだったその感情。出来るだけ名前をつけたくないその感情の名前。それを、今ここで、荒船は曝け出せと言っている。
「
……荒船」
いつから気づかれていたのだろう。思い返してもわからない。
荒船に対する感情が特別重いと気づいたのはだいぶ前の事だ。狙撃手に転向した荒船に、卒業しろと宣告された。免許皆伝と言えば聞こえはいいけれど、そんなわけがない、とその頃の村上は思っていて。
逃げられた、と思った。
それがすごくショックだった。
今までもずっとサイドエフェクトのせいで人間関係がおかしくなってきた。だけど表向きはそのショックを隠すことが出来ていた。だけど荒船のときはダメだった。とにかく泣いたし、もうこの世の終わりくらいのダメージだった。
あんまり胸が痛くて、あんまり泣くものだから来馬が動いて動画を撮ってきてくれた。その動画は今も村上のスマホの中に保管されている。
おかしいというのは、わかっている。
だけどそれを、今。
本人に促されて白状するのか。
「
……荒船」
本当にいいのだろうか。
荒船はどうしたいのだろう。今はまだ、元師弟で、同学年の親友という立場だと思っている。だがどう思っているかを白状してしまったら、もうそのままではいられない。少なくとも、村上は。
「
……荒船の、弧月を抜く瞬間が、好きなんだ」
話しはじめてもまだどうすればいいのか、悩みながら。
「戦っている時の目も好きで
…すごく好戦的で、見ているとワクワクするような
……興奮する」
語るその言葉は、今までずっと口には出さず、自分の中に抑えこんでいたものだった。言語化してみれば、明確に意味を持って形をなしてくる。
「狙撃手の時の、冷静に狙いすましているところも、すごく好きで」
「
……」
村上の言葉に、荒船は無言だ。
「判断の速さとか、
……たぶんずっと、どこかでは冷静なんだろうな、と思うと、そこも好きで」
語りだしたらたぶんキリがない。
「ログを見返してたのは、勉強の為っていうのも、本当だけど。
……確認してたんだ。自分の、気持ちを」
言語化して初めて気づく。
自分の中で整理したい感情の確認作業。そう気づけばわかる。
「
……俺は、荒船のことが
……」
「タイム」
「え?」
「
……それ以上は、もういい」
「
……荒船」
「
……絶対、振り向くなよ」
荒船の言葉に、村上は背筋を伸ばしてしまった。
「なんで
……」
「いいから」
荒船の声音にはいつになく動揺している気配を感じた。もしかして、照れていたりするのだろうか。
顔を真っ赤にしているのだろうか。あの荒船が。
いつも涼しい顔をしていて、時に好戦的な様子の彼の普段と違う様子。
村上は、制止されるのも構わず振り返った。
「おいっ、見んなって言ってんだろ」
「
……無理だよ」
思わず、力なく笑ってしまった。
真っ赤な顔をした荒船が恥ずかしそうにキャップで顔を隠して俯いている。
その姿は村上にとっては初めてで、心臓が高鳴るのを感じる。どくん、どくん、とこれでもかというくらいに高鳴る心臓に、やっぱり特別だ、と村上は改めて認識した。
「くそっ、笑ってんじゃねぇよ」
「
……だって、こんな荒船初めて見たから」
先ほどまでの肉食獣のごとき気配はどこへやら、今ではすっかり照れているその姿に。
格好良いなと思うばかりだった荒船に対し、可愛い、とか、抱きしめたい、とか、やっぱり好きだな、とか。
そんな気持ちがたくさん溢れ出る。
きっとその感情は、表情からも溢れ出ていたのだろう。荒船は、キャップを目深にかぶりなおして顔を隠して、もう一度言う。
「もうお前、その顔でこっち見んなよ
…」
「無理だよ」
そう笑いながら、村上の手が荒船のキャップのつばに届くまであと少し。
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ひむり
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