吾妻
2025-05-25 01:09:33
4625文字
Public アークナイツ
 

Sit on my lap

テキ博♀。いちゃいちゃしているだけ。膝の上に乗っかる話が書きたかった。少し品がない。

 下方から伸ばされてきた大きな掌に両頬を包まれ、思わず息を飲んでしまった。
……ドクター」
 呼びかけてくる声は上質な酒のようになめらかで、しっとりと甘みを含んでいる。
 天色の双眸が、こちらをじっと見上げている。特殊なアーツでもかけられたかのように、その瞳から目を逸らせない。
 やがてその青はゆっくりとこちらに近づいてきて――
 
「口、開けて」
 
 挨拶程度に重ね合わされた唇から、低く掠れた囁きがこぼれ落ちてきた。
 求められるままにうっすらと唇を開けば、濡れた舌が待ちかねたとばかりにその隙間から滑り込んできた。熱を持った舌先は、あっというまにこちらの舌を絡め取り、呼吸すら危うくなるほどの熱烈さで貪ってくる。
 
「ん、ン……、ちゅ……
 
 舌の表を。上顎の裏側を。
 幾度も丹念に舐められる。
 くすぐったさと同時にぞわぞわと興奮を煽ってくるその遣り口は、あまりにも巧妙だ。
 彼は、どうすれば恋人を悦ばせられるのかを熟知している。
 
「は、……っ、ふ、ぅ……、ン……
 息継ぎがうまく出来ず、クラクラする。思わず腰が引けそうになっても、しっかりと両頬を押さえ込まれていては、どうしようもない。
 
「逃げないで、ドクター。ほら、もっとしよ?」
 
 息継ぎの合間に、からかうような、咎めるような、甘い声。
 再び唇を塞がれて、角度を変えて何度も貪られ、かと思えば誘い出された舌先を甘噛みされて。
 解放される頃には、すっかり全身の力が抜けていた。
 
「は……
 浅く息をついて、呼吸を整える。
 好き放題に舐められた唇は、まだひんやりと冷たい。
 涙で滲んでいた視界が徐々にクリアになると、少し下の方にある青年の瞳と目が合った。
 薄水色の瞳は陶然とした輝きを湛えていて、口の端にも柔らかい笑みが浮かんでいる。
 どうしてそんなに〝満足そう〟な顔をしているのだろう?
 そんなにこのシチュエーションが楽しいのだろうか?
 
 自分が今どこで、何をしているのか。
 思い出したら恥ずかしさがぶり返してきた。
 深夜の執務室の。ソファに座る恋人の膝の上――に、なぜか向かい合う体勢で座っている。
 いや、冷静に考えて、どういう状況だ?
 
 どうしてこんなことになったのか?
 きっかけは他愛のないやり取りだった。
 テキーラは本日、上司の代理として取引先との会食に赴き、やや難度の高い商談をうまくまとめて帰ってきた。
 深夜の帰艦にも関わらず、忠犬よろしく報告にやってきた部下兼恋人を、執務室で出迎えたのだ。
 仕事を無事に終え、程よく酒も入って、テキーラは機嫌が良さそうだった。
 本来であれば自分が出向くはずだった商談だ。どうしても片付けねばならない仕事があり、彼に代理を頼む羽目になってしまった。その申し訳なさもあり、「何かお礼を考えないとな」と口にしたのだ。
 すると、ソファに座っていたテキーラが、自身の膝を掌でポンポンと叩いてみせた。
 それだけでは流石に意図を汲み取れず、首を傾げたところ――
 
――膝の上ここに座ってほしいな。
 
 太陽の如く眩しい笑顔と、蜂蜜の如く甘い声で、とんでもないことを要求してきたのだった。
 
 
            *
 
 
 それから、多少の問答はあったものの、結果はこの通り。
 最終的に丸め込まれて、膝の上に乗る羽目になってしまった。
 断りきれなかったのはなぜか? それは自分がテキーラの――エルネストのおねだりに滅法弱いからに他ならない。
 
 彼は〝おねだり〟を滅多にしない。
 自身は周囲を細やかに気遣い、可能な限り人々のニーズに応えようとするにもかかわらず、だ。
 別に、無欲でもなんでもないくせに。
 彼は己の本音を隠す術に長けている。
 そんな、無私を装うのが得意な男が、近頃は徐々に甘えを見せるようになってきた。
 しかも、彼がそんなふうに甘えるのは、観測できている限り自分に対してだけなので。余計にそのおねだりを許容してしまいたくなる。
 ――その結果が〝これ〟なのだが。
 
 内腿に、クッションとは違う弾力を感じる。
 服越しに伝わるぬくもりで、今自分が腰掛けているのが彼の太腿なのだと、否が応にも〝理解〟させられてしまう。
 そのせいで、先程から重心の置き場に困っているのだ。
 いくら「もう少し体重を増やした方がいい」と言われる身であっても、最低限の質量はあるわけで。それを全て彼の上に乗せてしまえば、やはり多少は重いだろうし。それに、しっかりと彼の上に座るのはなんとなく、こう、抵抗感があるというか。決して嫌なわけではないが、とある状況を連想してしまうというか。
 
 そんな逡巡を知ってか知らずか、エルネストの両手が頬を離れ、こちらの腰に移動する。しっかりとした力で腰を掴まれれば、とうとう逃げ場がなくなってしまった。
 更に、こちらの頬に愛おしげに頬ずりまでしてくるものだから、動悸が跳ねっぱなしで一向に収まらない。
 
(今日はどうしたんだ、本当に……
 
 商談をうまくまとめた安堵感? 飲酒による酩酊?
 それとも疲労やストレスによってハイになっているのだろうか?
 なにか嫌なことでもあったのか? 詳しく聞いてあげたほうがいいのだろうか。
 そこまで考えてはみたものの。
 
「ドクター……
 
 甘えた声が呼びかけてくるものだから。
 まぁいいか、と思ってしまった。
 特に理由なんてなくてもいい。
 甘えたいと思ったときに、素直に甘えてくれるなら、それでいいのではないか? ただでさえ一人で何もかも抱え込んでしまうのだから。
 
 手を伸ばし、青年の額に掛かったままのサングラスに触れる。
 人前に出るときはほとんどと言っていいほど身につけている、彼のトレードマーク。外面オン素顔オフを切り替える、一種のスイッチ。
 せっかく二人きりなのに、まだ彼がそれを身につけているのはなんだか面白くなかった。
 そっと、サングラスを抜き取ってやる。その間、エルネストは抵抗もせず、疑問も挟まず、まるで「待て」をされた犬のように大人しくしていた。
 ただ、わずかに熱っぽさを宿した瞳だけが、じっとこちらを見上げていた。
 
 ここまできたら、目一杯甘やかしてやろう。
 急に、そんな気分になった。
 妙に繊細でプライドの高い男だから、明日には自身の振る舞いに恥ずかしくなって落ち込んでしまうかもしれないが。
 大きな尻尾がしょんぼりと垂れ下がるのを見るのもまた一興だろう。
 
 抜き取ったサングラスをそばのテーブルに置いて、改めてエルネストに向き直る。
 青年の柔らかい髪に指を差し込み、普段に比べて丁寧にセットされている髪をぐしゃぐしゃに掻き乱してやった。
 お行儀よく襟元まできちんと留まっているシャツのボタンを上から2つほど外してやると、はだけた隙間からしっかりと厚みのある胸が覗く。
 
……ドクター?」
「家に帰ってきたんだし、もう余所行きの格好なんてしなくていいだろう?」
 
 こちらから攻勢に出れば、ご機嫌で擦り寄ってきていた大型犬も少々怪訝そうな声を出す。ぐいぐいと迫ってくる割に、押し返されると弱い。エルネスト・サラスにはそういう一面がある。
 
「今は私だけのものなんだから」
 
 いつもは見上げることしか出来ない頭頂部の垂れた耳。ふわふわとした毛並みに唇を寄せて、秘密の話をするように囁きかける。
 更に、ぺろりとめくり上げた耳の内側に、わざとリップ音を立ててキスをしてやれば、青年が僅かに体を強張らせて「ん……」と呻きを噛み殺す気配がした。
 
「ほら、もっとおねだりはないの?」
 
 日頃奪われっぱなしの主導権が自分の手元に転がり込んできたのが楽しくて、ふわふわの耳を弄んでいると、エルネストが頭をこちらの首筋に擦り寄せてきた。
 ぐりぐりと頭を擦り付けてくる仕草はまるで子犬だ。たまにはこうやって、撫で回してやるのも悪くない。
 などと、すっかり調子に乗っていたら、耳元に寄せられた男の唇が、
「じゃあ、もっとしっかり座ってよ、ドクター?」
 と、熱っぽい囁きを落としてきた。
 
…………しっかり、とは」
「もっと俺の方に寄って、体重をかけて、膝の上に腰を下ろして?」
「それ、は……

 少々状況が変わってきて、体が強張る。
 確かに今、できる限り重みを預けないようにしているのは事実だ。できる限り浅く腰掛けているのも認める。
 それでも、要求どおりに座り直すのは気が引けた。
 なぜなら、これ以上密着してしまったら――

「いや?」

 形勢逆転を察知したのか、エルネストはここぞとばかりに上目遣いで見上げてくる。
 たとえそのあざとさが計算されたものであっても、可愛いものは可愛い。彼の容姿だけを愛しているわけではないけれど、容姿が限りなく好みなのもまた事実。エルネストもそれを知っているからこそ、こうやって武器として使ってくるのだ。ずるすぎる。

……体重をかけたら重いだろ」
「全然。軽くて心配になるくらいだよ」
「そろそろ君も疲れてきたんじゃ……
「大丈夫。これでもちゃんと鍛えてるから。それに、ドクターだって知ってるでしょ?」
「何を……?」
「もっと長い時間、君を抱えていられるって」
…………

 吐息が触れる距離で、目元に色香を含ませて、思わせぶりに囁いてくる。
 言外の意図を察するのは簡単だった。つまり、ベッドの上ではもっと長時間、こんな体勢でいることもあるだろうと言いたいのだ。
 それはそう。身を持って知っている。だからこそ、こんなに恥ずかしいのだ。彼の上に座り込んで、ぴったりと密着して、幾度も快楽を貪った。その記憶が鮮烈だからこそ、尻込みしているのに。
 顔が火照るのを感じる。反論もできず、恨みがましくエルネストを見つめ返せば、青年は柔らかく微笑して、こちらの頬に啄むようなキスをして。

「ドクターだって、いつもはもっと、ちゃんと俺の上に座れてるでしょ?」

 爽やかな声でとんでもない爆弾を投げ込んできた。
 慰めてくれるかと思ったのに!
 びっくりして、「ひえ」と情けない声が出てしまった。
 あれは、ちゃんと座れているというか、物理的に密着しているというか。あの姿勢でいられるのも、理性がすっかり蕩け切った後だからだ。
 だが今はどうだ? ここは自室のベッドなどではなく、執務室のソファの上だ。理性を捨て去る勇気はない。

……これ以上くっついたら……、そういう、気分になるから、だめ……

 ようやく、蚊の鳴く声で本音を吐露した。
 これ以上近づけば。愛する人に身を寄せてしまえば。もっと先が欲しくなる。
 エルネストは、自身の膝の上で小動物のように震えている恋人を、目を細めて眩しそうに見つめた。

「そうだね。ここはお仕事する場所だから、そういう気分になるのは良くないかな。でも――

 男の唇が、柔らかく耳朶を食む。
 ちゅ、ちゅ、と何度も耳の内側にくちづけを落として、それから。

「俺の部屋のベッドの上ならいいでしょ? ■■?」

 吐息に濡れた声で、今夜一番のおねだりを寄越した。

 

【おわり】