ぽんすけ
2025-05-24 20:57:52
3140文字
Public ウルデプ
 

甘いのはお好き?


ウェイドの目の前のトレイには色とりどりのドーナツが積み上げられていた。
ふんわりとした粉糖に包まれたミルクチョコレートがけのもの、ストロベリー風味のどピンクのチョコレートにきらきらのアラザンが星のように散りばめられているもの、これぞ大人の特権とばかりにとんでもない量のカラースプレーがまぶされたもの。
いずれもはち切れんばかりのメルヘンさとカロリーを兼ね備えたそれらは次々とウェイドの口の中に押し込まれていく。
ちょうど先日新発売だという人気商品らしいが、ウェイドはそれらを味わうことなくことなくごくんと嚥下した。
ヒーリングファクターを酷使した後は兎に角お腹が減る。
受けた傷はすぐさま治るとして、その分のエネルギーを補うべく大量のカロリーが欲しくなる。
これまでも任務後家に直帰せず、一旦ケイブに立ち寄って帰り道に買い込んだピザ、フライドチキン、ドーナツ、ケーキ等々ハイカロリーなものを黙々と食べることはよくあった。
最近変わったことといえば、甘いものの占める割合が顕著に増えたことだ。
その理由にも心当たりがあって、ウェイドは生クリームがたっぷり挟まったこれまた今季の新作を頬張りながら苦い顔をした。
そもそも、このところヒーリングファクターがフル稼働するような怪我が増えた。
元々自分の身を犠牲にしがちなウェイドではあったが、明らかに怪我の頻度と程度が激しくなっており、それは仕事上の相棒でもあるローガンにも諌められていた。
もっと自分を労われ。
無茶な戦い方をやめろ。
ローガンにそう言われるとウェイドのこころの深いところがつきりと傷んだ。
それは相棒として?それとも同居人?友人?――そんな面倒くさい質問が口をついて出てくる前に、ウェイドはお喋りな口を閉じる意味でも甘いものを口に押し込み続けた。
ウェイドは、ローガンが好きだった。
勿論このアースを救う前からウルヴァリンはウェイドの憧れのヒーローではあったけれど、ワースト・ウルヴァリン――ウェイドにとってはベスト・ウルヴァリンだが――に心を奪われていた。
傍にいたい、笑顔にしたい、笑いかけてほしい。
そんな自分の気持ちに気がついて、ウェイドはそれらを心の奥底にしまった。
どう考えても、ウェイドではローガンに釣り合わないと思ったからだ。
新しいアースで、これからやり直そうとしている彼に煩わしい思いはさせたくなかった。
せめて友人として、仕事の相棒として彼の傍にいられれば。
これまでそうしてきたようにウルヴァリンの一ファンとしめ彼の活躍を見守れれば。
どうにかそう割り切ったつもりのウェイドだったものの、兎に角この恋心は厄介だった。
少しでも気を抜くと顔を出そうとするそれを、ウェイドは甘いものと一緒に腹の奥へと押し込み続けた。
甘いものを選択したのは自分の出来損ないの恋心が安っぽくて甘ったるくて、市販のハイカロリースイーツみたいに胸焼けするものだったからだ。
物理的に口に押し込むそれらを自分の恋に見立てて、出てこようとするのを飲み込み続ける。
そうすることでうっかりローガンに気持ちを吐露してしまうことを徹底的に避けていた。
その行為は一種の暗示に近かったかもしれない。
しっかりと飲み込んだのだから、ローガンに必要以上に熱を込めた視線を送ることはないし、何気ないボディタッチに大袈裟に反応することもない。
そうしていないと折角手に入れたローガンの隣の位置さえ危うくなるように思えた。
とはいえ、理由もなく突然甘いものばかり食べていても怪しまれてしまう。
そこでウェイドが取った選択肢が任務中に敢えて大きな怪我をする、だった。
ヒーリングファクターが働くとお腹が空くのはローガンもよく知っているから、不審に思われないだろうと思ったのだけれど。
最初こそ騙されてくれていたローガンも、流石に最近のウェイドの怪我の頻度を疑問に思ったらしい。
気をつけなくてはいけない。
もっと自分を労われ、という彼の言葉から心配してくれているのが分かったけれど、それはきっと相棒としての言葉で。
それなのに、ウェイドのぽんこつな恋心はローガンが心配してくれた!と勝手に喜ぶのだから始末に負えない。
ウェイドは素直に彼の言葉を喜べない自分が嫌で、そしてローガンに呆れられてしまうのも怖くてこれからどうしたものかとため息を零した。
もうすっかり今日の任務で失った分のカロリーは補填されていて、手に持った食べかけのチョコドーナツが途端に美味しくなさそうに映る。
もう捨ててしまおうか、と思っていると唐突にケイブの扉が開いて、入ってきたのは一緒に任務に当たっていたローガンだった。
彼の黄色いスーツも所々汚れてはいるが、大きな怪我をした様子はない。
ウェイドだけが酷い有様で、ケイブに寄ってから帰ると声をかけてTVAで別れたのだ。
ローガンの様子からして一度家に帰った風でもないし、状況が飲み込めずにぽかんとして見ていると、ローガンはウェイドの正面の椅子にドカリと音を立てて座った。
アダマンチウムボディの洗礼を受けて安物の椅子が悲鳴を上げて、積み上がったドーナツが不安定に揺れる。
ローガンはちらりとウェイドに視線をやると、徐にトレイのドーナツを鷲掴んで口に運び出した。
ああ、気付かなかったがもしかして彼も怪我をしていたのだろうか、だからカロリーが欲しかったとか?気づかなくて申し訳ないことをした、と思っていると僅か二口ほどでドーナツが消えていく。
形の良い唇がドーナツを囓り、咀嚼するのをぼうっと見つめる――いや、見惚れるが正しいか。
不自然にならないようにそこから無理やり視線を引き剥がし、コーヒーでも淹れようか、と言いかけて
「無茶な戦い方をやめろ」
少しの苛立ちと一緒に投げかけられた言葉にウェイドの胸が苦しくなる。
ウェイドだって、こんなことはしたくない。
でも、そうしないとローガンにきっと迷惑がかかる。
「俺ちゃんがどう戦おうが俺ちゃんの勝手だろ。それは相棒としての言葉?ローたんに面倒かけたつもりはないんだけど、ローラに何か言われた?」
返した言葉は思っていたよりも平坦で、酷く冷たい物言いになってしまったことに焦る。
きっとウェイドを心配して言ってくれているのに、機嫌を損ねてしまっただろうか。
恐る恐るローガンに視線をやって、ウェイドはひゅっと息を呑んだ。
ローガンのヘイゼルアイがじっとウェイドを見ていた。
睨んでいる、ともまた違うそれが落ち着かなくて、手に持っていた残りのドーナツを無理やり口に押し込む。
ずっと持っていたせいでチョコレートのコーティングが溶け、唇や指先にべとりとくっついた感触がする。
ペーパータオルでそれを拭おうとしたところでローガンが身を乗り出したものだから、新しいドーナツでも手に取るのかと思っていたウェイドは濡れた感触がべろりと唇を這ったのに固まった。
「!?」
もう一度ダメ押しのように唇を何かがなぞって、そして何より焦点が合わないくらい近くにローガンの顔があって。
ローガン睫毛長いなあ、なんて他人事のように感心していると少し距離を空けたローガンがニヤリと笑ってチョコレートのついた唇を拭った。
「俺が食う時甘すぎるのは困るんでな、怪我もヤケ食いも程々にしろよ」
「え、あ、ちょ、それってどういう――
混乱しきっているウェイドを他所にローガンは席を立つとさっさと出て行ってしまった。
「えー俺ちゃんどうすりゃいいの……
残されたウェイドは赤くなった顔を手でぱたぱたと扇いで、それからもう必要なくなったらしいドーナツの山をローラのお土産にすべく箱に詰め直した。