こゆ
2025-05-24 19:20:38
2933文字
Public
 

ファーストキスをもう一度

キスの日のペンシャチ2025です
ファーストキスに罪の意識を持ってるペンギンのしっとりめの話


※1081話以前の話でポーラータング号内です
※ノベロ1ベースで行間の捏造過多なので下記の内容ご注意ください
・両親健在時からペンシャチは付き合ってる
・高波に襲われたあの日がファーストキスの日

※AI学習無断転載禁止







真夜中、ペンギンとシャチは自ら見張りを買って出て甲板に出た。ポーラータング号は、新月の真っ暗な海の真ん中で停泊中だ。外に出ているのは自分たちだけで、頭上の星だけがぽつぽつと光っていた。波の声がさざめいているだけのゆっくりとした時間。
「水は必要だな」
「そうだな、ポーラータングが火傷したら大変だ」
シャチは外したサングラスを手元でゆらゆらと遊ばせながら、掃除用のバケツに海水をたっぷり汲み上げる。
ペンギンもシャチに続いて夜眼を効かせるために、帽子の鍔をくっと上げた。普段隠されているペンギンの瞳が少しだけ険しくなったのをシャチは見た。
「今更だけど……ここって花火禁止かな」
「流石に甲板で花火しようぜってやつはおれたち以外にいねーよなァ」
まあいいか。と、先導していたシャチが手すりに寄りかかって小さな手持ち花火を広げた。ぺりぺりと包装を剥がして、線香花火が五本ずつ入ったセットのうち一本だけつまんで、ペンギンを振り返る。ペンギンはこつんと足元に蝋燭台を置いた。
「シャチ、着火したらバケツの上な。バレたら流石に部が悪い」
「だなー。ってかこれ先月のペンギンの誕生日のときのやつじゃん」
「そうそう正解」
数字の『8』の形の蝋燭に手早くライターで火をつけるペンギン。くすくすと笑いながら、シャチは手元の花火を嬉しそうに眺めている。
昼間に島をぶらぶらしていたときに立ち寄った店で、おまけにやるよってもらった線香花火。潜水艦の中で保管は難しいからさっさと使っちまおう、と今に至る。それを差し出してきた問屋のおやじをニコニコと見たまま、シャチは右手でペンギンの袖を引いて、左手でそれを受け取った。
スワロー島でも短い夏に花火をした思い出がある。シャチはあの島の一瞬で過ぎ去る夏が好きだったとペンギンは記憶している。高波で一度すべてを失ったあの日も、酒や歌に盛り上がる大人たちから少し離れて、ふたりで花火を楽しんだり、木の上から夜光虫を探したり、短い夏を楽しんでいた。その後に全てが海に飲み込まれることも知らずに。
花火、それはあの頃の夏の象徴だ。毎年、短い夏を子どもたちに満喫させようと両親が準備していたのを知っている。そして、幼いころからシャチがそれを楽しみに話していたことも。
ペンギンそんなことを思い出しながら、花火を受け取ったシャチに、「いいよ、今晩するか」と答えた。


シャチが線香花火の持ち手に火をつけようとしているのを見て、ペンギンはその手を引っ張った。
「あぶねーだろ、逆だ逆」
「そーだっけ? 久しぶり過ぎて覚えてねー」
シャチは上下をひっくり返して、蝋燭の前にしゃがみ込み、再び火種へと手を伸ばす。バケツに張った水の上で、ジジっと震える火の玉が徐々に太り出してパチリと火花を散らした。線香花火の火花が弾けるたびに、嬉しそうに揺れる後頭部をペンギンは見ていた。
「おー、以外とちっこいのに燃えるな」
ぱちぱちとした光を前にシャチの声が弾む。
最初は赤っぽかった光が途中から黄色っぽく肥大に変化していく火の玉。それが僅かに揺れる度に、シャチはおお、と感嘆した声をあげて、燃え尽きて光が消えたら、あーあバイバイっと言いながらバケツにジュっと沈めた。
そして。
「ペンギン、一緒にやろ」
そう言って愉しそうに、ペンギンに一本渡してきた。海風の壁になるようにふたりで並んでしゃがんで、ジジジった震える火の玉を見守った。
「くっつける?」
「チビのころ、よくやったよなァ」
二つの花火の玉が吸い付くように重なり、ジジっ、バチっと震えながら光った。 
「ペンギン、こっち」
呼ばれて顔を上げると、当たり前のようにシャチにキスをされた。
ちゅ、と音をたてて離れる唇、僅かな震え。
同時に巨大な火の玉はぽちゃりとバケツの海へ沈んでしまった
「あーあ、ペンギンが動かすから」
「シャチが突然するからだろ」
ははって笑いながらシャチは新しい花火に火をつけ、二本同時に持っていたペンギンのにも火をつけて渡してくる。震えて弾ける火の玉なんてぜんぜん見ないまま、流れるように唇を再度近づけて、またすぐに離れた。触れて離れた唇はやっぱり少し震えていた。
あっという間に五本目も燃え終わり、燃えカスになった花火はバケツに突っ込まれる。ものの数分足らずのふたりだけの花火タイムは終了した。

再び訪れた、静かに騒めく夜の海。
「シャチ」
今度はペンギンが名前を呼ぶ番だった。
シャチの顔がゆっくりとこっちを向く。 
ペンギンとシャチのファーストキスは、ふたりがあの島で花火をした最後の日だった。ふたりとも真っ赤な顔で花火の合間に触れるだけのキスをした。
あの日、心臓がどきどきと跳ねて、それが、ペンギンだけじゃなかったということがわかって、柄にもなく少し浮かれてしまっていたのを強く覚えている。
あの日、暗がりでもわかるくらい、耳まで赤くなっていた一個下の恋人は、今ではずいぶんと表情を馴染ませるのが上手くなった。対して、ペンギンは自分がどんな顔をしているかわからなかった。
しかし、唇が震えていたのは自分の方だと触ってみて気がついた。
あの日を思い出すと、苛烈な刃が胸を突き刺し、心臓を重い鎖で縛るような圧迫感に押し潰される。少しの甘やかな時間が莫大な罪悪感に変わった記憶は、海底の廃船に絡まる藻のように心を絡め取り、自己嫌悪の澱に沈めた。沈めて、埋めて、ずっと蓋をしたまま。
それでも、花火なんて日常で目にすることもない日々を過ごしていれば存外にしまったまま生きていけるもので。
きっと、ペンギンがそれを避けてることをシャチ以外気付いていなかった。
しかし、今逃げずにそこに触れることで、自分も傷つくことを顧みない目の前の恋人が愛しくて、頼もしくて、胸が苦しかった。
堪らずにペンギンはシャチの頬に手をかける。
波の声。数の流れる音。シャチの髪の毛か風に擦れてペンギンの頬を絡めた。ふたりが唇を近づけると二つ分の心臓の音だけが聞こえるようだった。
「ペンギン、キスはふたりでするもんなんだよ」
笑いながら唇を離したシャチは、夜の潮騒に溶け込むように「だろ?」って念を押すように低く響かせた。その笑みは、ふたりの間に横たわる古い傷を静かに海の底へ沈めるように、温かくも切なさを帯びていて、どこか必死だった。「もういいよ」と、シャチの唇が動いて、ざざんという音に紛れるその声は、互いの心にそっと寄せる波のようだ。

あの日、浮かれていようが憂いていようが結果が変わるものではないことは、ペンギンもとうに気付いている。
ふたりの瞳が合わさり、一瞬だけ時が止まった。
「もういいよ」
もう一度、シャチが言う。
愛おしくて、大好きで、苦しくても、辛くても、手を離すことが出来なかった唯一の相手。
どちらかがそれを罪だと思うなら、それを赦せるのもお互いでしかない。
ポーラタング号の足元に寄せては返す波が、まるで海が彼らの過去と未来を繋ぐ架け橋となるかのように、ふたりは二度目のはじまりのキスをした。





ファーストキスをもう一度