夢篠
2025-05-24 19:03:30
2203文字
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性癖パネルトラップ⑦

壁ドンする高坂陣内左衛門

ナマエナマエナマエ耳許であり得ない音がした。多分、この音は壁に穴が開いたと思う。整った顔が真剣な表情で私を見詰めている。でも、こんな状況で申し訳ないけれど、私は背後の壁がどうなったのか気が気ではなかった。

高坂さまは私の一つ上の尊兄様の先輩に当たる方だった。優秀で強くて見目麗しくて、と兄様とは大違いの高坂さまを私は密かに慕っていた。少しずつ仲を深めていって、自分でも大分仲良くなれて来たのではないかと思っていた所だった。その矢先にこれだ。

向かい合って、普通にお話ししていたつもりだった。にこやかに自然に。そこからどう発展したのかは覚えていないが恋の話になった。友人が恋仲を作ったとかそんな、興味本位の下世話な話だ。でもその延長線で問われた。私にも、好いた人がいるのかと。それに恥ずかしながら頷いた。だって、高坂さまの事が好きだったから。そうしたら、耳許に拳が飛んできた。

…………っぇ、ぁ、ぇ、」

頭の先から爪先まで震えている気がした。恐ろしさで。何か高坂さまを怒らせるような事を言ってしまったのだと思う。でないとこんな、いつも優しい高坂さまが壁に大穴を開けるなんて。

…………ナマエ、」

「は、はい!ご、ごめんなさい!」

押し殺した低い声に咄嗟に謝ってしまう。顔もいつにも増して怖い。元々整っている顔は真剣な表情を見せると怖く見える。睨み付けられている感覚がする。背筋が震える。

「好いた、男がいるのか?」

「はい!います!…………え、」

詰問されている訳ではないのに、心の内を正直に話してしまう。例えるなら蛇に睨まれた蛙、と言った所だ。背筋に緊張が走った。どうしてそんな事を聞かれるのだろう。

「え、あ、あの、高坂さま、」

耳許に突かれた手はそのままにぐっ、と整った顔が近付いて来る。心臓が高く早く打つ。顔が熱くなるのも分かる。だって高坂さまの事が好きだから。高坂さまは無言で私を見詰めている。でも何となく、不機嫌そうに見えた。

「誰だ」

「は?え、」

「その男は誰だと聞いている」

切れ長の涼やかな目が私を睨んでいる。怒られた気持ちになってしまって俯くのを大きな手が私の頤に指を掛けて視線を逸らす事を許さない。高坂さまの顔が、いつもより近い。

「え、あ、あの……

……っ、私には、言えないのか」

苛々とした様子の高坂さまが目を細める。まだ突かれたままの右手はそのままに、左手が頬に滑らされる。親指が私の唇を潰すように動いた。

「あの、こうさか、さま、」

声が震える。その顔は感情を押し殺したような、切ない顔に見える。どうしてそんな顔をするのだろう。そんな顔をされたら、期待してしまうじゃないか。

「こうさか、さま」

胸の位置で手を握る。そうでもしないと勢いが付かなかった。高坂さまの目を見詰める。顔が熱い。

「あの、すき、です」

…………は?」

「すき、です。高坂さまのこと、」

顔が熱い。とても熱い。心臓が大きく大きく高鳴って、痛いくらいだった。高坂さまの顔が、戸惑っているように見えた。もう、このほっとする関係も終わりなのかな、と悲しくなった。

「ごめ、なさ、ごめん、なさい……こ、さかさま……

なんだか、自分がとても惨めな存在に見えてじわりと涙が滲む。どうしよう、こんな事になるなら、今日高坂さまに話し掛けなければ良かった。欲を出して好きな人の話なんてしなければ良かった。

堪った涙が瞳から零れ落ちそうになる。頑張って目を見開いて堪えるけど、もう無理だった。泣いたら、何か間違いを起こしたように見えてしまうから、泣く事だけは避けたかったのに。嗚呼、もう、何もかも、終わった。

…………泣くな」

「っ!」

整った顔が音も無く近付いて来て、零れ落ちた雫の上に唇が落とされる。至近距離、高坂さまの睫毛が見えた。私より長いのではないかと思うようなその睫毛が瞬きで揺れているのをぼんやりと見ていた。

「好きだ」

端的な言葉が、与えられる。真剣な瞳が私を見詰めていた。刺さるような視線に先程とは別の意味で心臓が大きく高鳴った。何を言われたのか、一瞬分からなかった。でも、それは本当の事だった。

ナマエが、好きだ」

私より背が高いのに、視線を合わすように顔を覗き込んでくださる高坂さまの顔を見上げた。絡み合った視線が熱い。いつも高坂さまと一緒にいる時よりずっと、心臓が高鳴って、ずっと、不安になっている。でもそれは恐れとは違う、もっと何か、幸福を感じている気がする。

……こ、こうさか、さま……

「好きだ。ナマエが、ずっと、好きだった。だから、好いた男がいると聞いて、焦った」

眉を寄せたその顔が、その言葉が酷く甘く感じる。一人で、高坂さまの事を想っていた時より、ずっと胸が痛くて、でもそれは甘い。

「すき、です。私も、高坂さまの事が、ずっと好きでした。だから、ずっと、こうやって会えるの嬉しかったです……

壁に突かれていた高坂さまの手が外されて、私の背中に回る。左手は、いつの間にか私の後頭部に回っていて、私は高坂さまの腕の中にいた。

……好きだ」

溢された言葉が心臓を握る。高坂さまの腕の中、凄く幸せだ。ほっとする。

……壁はやっぱり穴が開いていたから、後で二人で怒られたけれど。