夢篠
2025-05-24 19:00:27
1829文字
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性癖パネルトラップ③

指を絡める山本陣内

ナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエ隣を歩くナマエの旋毛を見詰める。楽しそうに、鼻歌すら歌い跳ねるように歩くナマエは側から見ても「ご機嫌」というのが相応しい。

「陣内さま?」

視線に気付いたナマエが私を見上げる。「楽しいです」と言わんばかりのその顔にこちらも笑いが込み上げてしまう。我慢し切れなくて、ナマエの髪を崩さない程度に撫でた。

「もう、陣内さま、なあに?」

ナマエが困ったように声を上げて笑った。弾けるような笑顔に胸が痛くなる。曖昧に、目を逸らしてしまった。

「いいや、ナマエがあまりに楽しそうに見えたから」

「楽しいです、とても。だって陣内さまとお出掛けなんて久し振りだもの」

弾むような声が聞こえて視線を戻す。輝くような表情だった。私には知り得ない表情だ。その顔に酷く焦がれている。

隣に並んで歩いている筈なのに、その存在が遠くに感じるのは何故だろう。同じ里の出で、生きる道は異なるかも知れないけれどそれでも、お互いにきっとずっと近い距離で存在し続けられると思っていた。でも今は、ナマエが少し遠く感じる。

装いを凝らしたナマエは美しくて、かつて私の後を追い掛けていた少女の面影は欠片も無くなっていた。その落差に、私は戸惑っている。少女然とした影は一つも無くて、ナマエは今やもう、美しい一人の娘だった。

「はは、私を揶揄って楽しいか?」

ナマエの前で良い大人を演じる事には慣れていた。きっと朗らかに笑ってナマエの言葉を気にしていない風を上手に装えているのではないかと思う。腹の内は分かった物ではないが。ナマエは曖昧に笑って首を振った。

「揶揄ってないわ。ナマエは陣内さまとお出掛けするのをとても楽しみにしていたのですから」

美しい顔が陽光に照らされてより美しく見えた。曖昧な表情の筈なのに、私には何よりも美しくて綺麗な存在に見えた。

…………そう、か。私も今日、ナマエと出掛けるのを楽しみにしていた。たとえ、ナマエがどう思おうと、」

この期に及んで私は予防線を張ろうとしている。ナマエに拒絶されるのが嫌だから。ナマエに拒絶されたら、何かとても大切な物が消えて無くなる気がした。

「陣内さまもそう思ってくださったんですか?……嬉しいです」

……っ、」

心からの笑みに見えた。だからこそ性質が悪い。私の心臓を裏返す人間はもう、片手で数えられる程になっていた。ナマエはその数少ない内の一人だった。

「行きましょう?折角一緒にお出掛けしているのだもの」

ナマエの手が緩やかに差し伸べられている。白くて細い指先が遠慮がちに私に伸ばされる。私がそれを取るのには相当の勇気が必要だった。生娘程にゆっくりとその手を取る。ナマエが嬉しそうに頬を緩め、目許を赤らめた。この時ばかりは少女のような表情を見せるナマエが愛らしいと思う。

「陣内さまと手を繋ぐの好きなの。とても安心します」

嬉しそうに微笑むナマエに胸が痛む理由を知っている。でもそれは私には関係無いと思っていた。欲を出しても良いのだろうか。唇を引き結ぶのは勢いを付けるためだった。

……ナマエ、その、」

言葉は出なかった。それよりも行動の方が雄弁だろう。取った手を握り、細い指に触れる。絡まり合う指にナマエが驚いたように目を見開いた。それでもその手は私の手の内にあった。

「行こう。私もずっと、今日を楽しみにしていた」

上手く微笑む事が出来ただろうか。大人として振る舞う事が出来ているだろうか。それは本当に必要な事なのだろうか。頭の中で沢山の思考が渦巻いている。私の感情を、欲を優先する事が許されるのか、分からなかった。何一つ、私の事は私が決めてはいけないのに。

絡まり合う指だけが今、確かに私とナマエを繋いでいる。頼りない感覚なのに、妙に心地良い。心臓が上擦る感覚が好きだ。ナマエに関わる何もかもが心地良くて愛おしくて、好きだ。

「陣内さま」

微笑むナマエに心臓を掴まれた。絡んだ指を確りと結び直す。確実な名前も付けられていないただの心地良い関係に甘んじていたい。それでもその先に進みたいとも思う。

ナマエ、」

その名前を口の中で小さく呟いた。ナマエが振り返る。微笑むその顔が、酷く心を掴む。