この世界は、どれだけ足掻き、願い続けても叶わない事柄がいくつもある。それらの願いは生きていく過程で増えこそすれ、大抵の場合、減る事はない。
そして、自立思考する人型戦闘機を造る程技術を進歩させても、性別の壁を超えていけるように技術を進歩させる――そもそも、種自体が進化する様子はない。
同種の中での壁を超えられない以上、種の壁を超えるなんて論外。
しかも、有機体と無機物。あまりにも高すぎる壁。
だからこそフィクションの世界で大変に美化されている禁断の恋とか言うゲテモノが生まれる訳だが。
いや、俺にとってはフィクションじゃねぇから他人事じゃねぇ、って所か?
【前略、昨日の俺へ】
あの豪雨のドライブから二週間が経過した。
目が覚めると、ライトはベッドにいなかった。干していた服も消えていて、俺の部屋のどこにもいなかった。だから言い訳も何もなくて、嬉しいような悲しいような何とも言えない気持ちになったのは間違いない。
そんで、ここ二週間は店長の依頼でホロウに行ったり、ピザ屋でバイトしたり、ハンバーガー屋でバイトしたり、クーポン争奪戦に並んだり。
それなりに忙しくしていてライトに連絡する暇もなかった。あいつもあいつで忙しかっただろうし。
――そして、今日は久しぶりのオフ。
昨晩のうちにライトへ映画でもどうだ、お前の下着も返したいし、と連絡した。するとちょうどこっちに来る用事が昼過ぎには済むから行ける、という話だった。
ライトが来る前にまずやるべきは、俺と同様に忙しくしていた娘達のメンテナンス。全て分解し、硝煙で汚れたバレルの中を丁寧に拭き、シリンダー等の駆動部へオイルを差していく。
「今日も愛してるぜ!ん~マッ♡」
掃除を済ませ、組み立てを終えて外装も丁寧に拭う。最後に愛おしさを伝える為、顔の前で構え、リップノイズを贈る。
垂れさがる髪の隙間から時計を見るとまだ昼前。
よし、ライトが来る前にやるべき事は終わった。後は着替えと支度をしてゆっくりライトを待てばいいだけ――。
「パイセンが鼻歌なんて歌って…珍しいっすね。何かいい事でもありました?」
「うおっ!?」
背後からかけられた声にソファから尻が飛び上がる。
「ライト!!いたなら早く声かけろよ…!口からコア出るかと思っただろ!!」
「いや、楽しそうだったんでつい。それに早く着きすぎたのは俺ですし」
「で、どこから見てたんだ?」
「鼻歌を歌い始めた辺りからですかね」
「ほぼ全部かよ」
「だから早く着きすぎたって言ったじゃないすか」
「よし、すぐ準備するからどっか座って待ってろ」
「ゆっくりでいいですよ。映画の時間は決まってますし」
「いーや、ダメだ!お前、飯食ってないだろ!まず飯!映画の間にお前の腹の虫が鳴いて集中できねぇのは困る!」
やれやれ、と言ったふうに肩を竦めるライトを横目に洗面台に飛び込んだ。
ワックスを右手に、コームを左手に握り、鏡の前で睨めっこする。
「そういえば…さっきの鼻歌、何て曲なんです?」
ライトとしては場繋ぎ的な雑談のつもりだったんだろう。
「あー…?んー…曲名は知らねぇが、多分インストだった気がする」
しかし、俺にとっては雑談よりも上手く誤魔化す必要のある問いかけ。
互いに互いの顔を見る事が出来ない状況は、有難い状況と言える。
そう。あの曲は、俺の記憶の奥底に眠っている――俺がまだ“火力制圧用高知能戦術素体”だった頃のごく僅かに残っている一片。
遠い昔、エリー都が栄華を極めていた頃に死んでいった、顔も種族も何もかも覚えていない。戦場で隣合わせになっただけの誰かさんが歌っていたもの。
今では聞く事も出来ず、時代の流れに流されていった名もなき恋の曲――禁断の恋をカタチにしたラブソング。
とはいえ、ここまでしか知らないのも事実。一体誰がどんな禁断の恋に向けて作ったのか、いつ作られて、何故隣の誰かさんが歌っていたのか、俺も知らない。
「ほーん…歌詞がない……。つか、曲名も知らないんすか」
「そんな曲、山ほどあるだろ。サビだけしか知らねぇ曲とか」
「パイセンが睡眠導入に聞くクラシックとかその典型でしょうし」
「バッカ!クラシックを馬鹿にすんなよ!」
「馬鹿にはしてませんけど、寝るために聞いてる人に言われたくないっすね」
「即寝落ち出来る安定感がいーんだろ!」
「で、準備出来ました?」
「おう!バッチリだぜ!」
「じゃ、行きますかね」
いつもと変わらないやり取りをしながらルミナモールの映画館へ、久しぶりのタンデムで向かった。
昼飯はラーメン。美味そうに食うライトを横でガン見して、コーヒーを引っかけて食休み。それからようやくチケット売り場へ向かう。
「この“ディストピア・ラブ”を二枚」
「ん?恋愛映画…?珍しいっすね、パイセンがこんな映画選ぶなんて」
「たまにはいいだろ!」
「まぁ、そうっすね」
まさにライトの言う通り。
今日の映画は、禁断の恋――世間一般で言う“イケナイコト”を題材にしたちょぴりアダルティな作品。
自分が望んだように語りかけ、誰よりも寄り添ってくれる人工知能にのめり込み溺れていく人間の話らしい。
最早禁断の恋とかそう言うレベルで済ませられないのでは、と思うくらいのあらすじ。
正直そこまで映画自体に興味はない。上映している映画の中でも俺が好む好まざるに関わらず、チョイスしないであろう珍しいものを選んだ。
普段選ばないものを選べば今みたいに気にかけてくれる俺様のデキる後輩。
――まぁ、つまるところ、ライトを誘う口実が欲しかったって訳で。
「ほら行くぞ!」
「はいはい…」
チケットを受け取り、館内の案内に従ってシアターに入る。
ざっと見渡しても客はいなかった。もしや、俺とライトしかいない貸し切り状態だ。
席へ腰を下ろして程なく、ブザーと共に幕が開いていく。
予告やCMが流れた後、本編が始まった。
『私にはあなたしかいないの…!!』
<僕にも君しかいない。君がいないと生きていけないんだ。会いに来て欲しい>
――陳腐というか、あまりにも退廃的。
確かに“イケナイコト”ではあるんだが、現実味がない。
いや、恋は盲目だから有り得ない事ではない、はず。
クライマックスであるにも関わらず、興味を失っていくのが分かる。
退屈を持て余し、ふと横を見ると、ライトの目に光るものが。
それは、サングラスの反射なのか。はたまた、浮かぶ涙なのか。
暗がりで影の落ちた紺碧に囲われている赤い瞳が揺らいでいるように見えた。
「っ……」
胸が締め付けられるような心地。
さっきまで観ていた映画の内容なんて覚えていられなくなるくらい苦しくなった。
そこからライトと別れるまで、何を話したのか記憶がないくらいに重症だ。
――その夜。
「ん?」
シャワーを浴び終えてふとスマホを見ると画面が点灯してノックノックの着信を知らせていた。タオルで髪を拭いながら目を落とす。
そこには、衝撃の一文が――。
<今日は楽しかったっす。映画は微妙でしたけど。そういえば…パイセンのあの鼻歌、恋の曲みたいなんですけど、知ってました?>
「ひゅっ」
<あと、パンツ受け取るの忘れたんでまた今度>
スマホを握り締めたまま身体が硬直した。呼吸モジュールが引き攣って嫌な音が出た。吸い込んだ呼気を上手く吐き出せなくなっている。
一瞬、俺の気持ちや遠い昔の欠片がライトに勘付かれたのかと思った。
続く一文に目をやる余裕なんてないくらいの焦燥感。
――おい、一体どこのどいつだ!ライトに破廉恥な話をした奴は!
何とか呼吸を取り戻しつつ、誰とも知れぬ馬の骨に八つ当たりする。
そして、ドライヤーで乾かすよりも先に凄まじい熱を持ち、シューシューと音を立てて湯気を昇らせるヒートシンク。
<初耳だ!どこで聞いたんだ?つか、今でも聞けるのか?>
――あまりにも白々しく返事をしたのは言うまでもない。
END?
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