紫輝
2025-05-24 10:03:34
4865文字
Public リとヌと御仔の話
 

炎の国でまたいつか

リとヌと御仔とカクークとばいばいの話。親ばか同盟のニキを添えて。色々はしゃぎすぎました。格好いいイファ先生はいません。すみません。御仔もちっちゃいけれど龍なので相応の独占欲はあります。可愛いね。

 ロマリタイムハーバー。ナタへ向かう客船が停泊している桟橋の片隅で、少年とピンク色の丸い生き物が固く抱き合っていた。
「クークー、げんきでね」
「心配するな、きょうだい!」
「きをつけてかえるんだよ。まいごになっちゃだめだよ」
「安心しろ、きょうだい!」
ぼくのことわすれないでね……
「大丈夫だ、きょうだい!」
 しょんもりと萎れる少年の頬に、丸い生き物が体を擦り寄せる。こそばゆそうにくすくす笑う少年を見た丸い生き物は、満足げにふすんと鼻を鳴らした。
「またあそびにきてね」
「会いたくなったか? きょうだい!」
「うん。ぼくも、パパととうさまといっしょにあそびにいくからね」
 にこ、と愛らしく笑う少年に、丸い生き物はくるりと宙返りして答える。少年がこくこくとうなずけば、丸い生き物は歌うように鳴いた。
「任せろ、きょうだい!」
「ひみつのばしょ、つれてってくれるの? たのしみにしてるね!」
「大丈夫だ、きょうだい!」
「のせてくれるの? うーん、でも、ぼくがのったらクークーつぶれちゃうよ」
「心配するな、きょうだい!」
 困ったように首を傾げた少年に応えるように、どこにどうやって収まっていたのか、ばさ、と丸い生き物から立派な羽が広がる。片翼は生き物数匹分はあろうか。炎のゆらめきに似た模様が浮かぶ、美しい羽だ。そんな両翼が広がっている中央に愛嬌あるピンク色の丸い体が収まっているのが失礼ながらなんともシュールだった。おっきいねぇ、と感嘆の呟きを漏らす少年に、生き物がちょいちょいと鉤爪を振る。爪の先で、生き物が背負うハーネスに似た装備の持ち手と思しき部分が揺れた。
「ありがとう、カクーク君。せっかくの申し出だが、今回は遠慮させて欲しい。この仔の腕には、まだ君の“きょうだい”のようにその力だけで掴まっていられるだけの力がないのだ」
 気持ちだけ受け取らせて欲しいと答えたのは涼やかなテノールだ。少年と瓜二つの、眩いばかりの美貌を持つ男は、そのおもてをゆるりと和らげて丸い生き物を撫でる。くるるるる、と懐いたクジャクバトのような声で鳴いた丸い生き物は、やや残念そうにまん丸に戻った。
レヴィ君が安全に飛べるように何か考えるよ……
「よろしく頼むよ。カクークもやる気になってくれてるみたいだし、友達と空を飛ぶなんてなかなかできない経験だ。最高の思い出になるだろうさ」
 片やそのテンガロンハットの縁を押し下げながら、片やその腕を組み深く呼気を吐き出しながら、その様子を見守っていた白衣と黒衣の二人の男たちは呻くように言葉を交わす。可愛いと可愛いが別れを惜しむ光景は美しく尊い。そして可愛い。今、この時に、この国に。来てよかったし来てくれてよかった。共通の友人である旅人たる少年の仲介により正式に名乗り合い『竜(龍)の保護者』としての友誼を結んだ男たちは、短時間ですっかり意気投合していた。お互い親ばかなのだ。可愛いうちの仔に可愛い友達ができるなど、諸手を挙げて大歓迎なのである。
「でも、本当にあんた達ならいつでも大歓迎だ。ナタに来ることがあったら『花翼の集』にも是非遊びに来てくれ。精一杯のもてなしをさせてもらうよ」
「ああ、ありがとう。必ず寄らせてもらうよ」
 にっ、と笑み交わしたところで、忘れるところだったと黒の男が口にした。その懐から出てきたものに、白の男は半歩身を引く。
それは受け取っても大丈夫なやつか?」
 それ・・は飾り気のない白い封筒だった。大きさはポストカードサイズ。見たところそれなりに厚みもある。浴びるほど見た映影の、表に出せない取引のシーンが脳裏をよぎった。
 黒の男が心外だとばかりにそのフロスティブルーを瞬き首を傾げる。
「“きょうだい”とこの国に関してずいぶん偏った知識を身につけたらしいな。品行方正、正義の象徴である『パレ・メルモニアの職員』が渡すものだぞ? 危ない代物のはずないだろう?」
「おかしいな、俺は今『水底みなそこの公爵』サマと話してたと思ってたんだが」
あんた、本当に面白いな。知遇を得られて光栄だよ。――本当に、危ないものじゃない。まあ中身を確認した上で、不要であれば受け取らなくたっていい。こちらで責任を持って引き取らせていただくさ」
 くつくつと実に楽しげに肩を振るわせた男から、そこまで言うならと恐る恐る封筒を受け取る。封のされていないそれの中身を取り出して息を呑んだ。
 フォンテーヌ料理を前に瞳を輝かせるきょうだい。
 上機嫌に、盛大に水飛沫を散らしているきょうだい。
 満腹なのかいつもよりもまぁるくなっているきょうだい。
 小さな体ががうつらうつらとしている、陽の光に照らされたその窓際はパレ・メルモニアだろうか?
 白い画用紙に足形を残している、得意げな様が可愛らしい。ちいさな手が見切れているから、友達と絵でも描いていたのかもしれない。
 夢中になって繰った最後の一枚はツーショットだった。ぴったりと寄り添い、穏やかな笑顔で眠るきょうだいと友達だ。
「大切に受け取らせてもらうよ!」
 ありがとう、この感謝を伝える言葉が足りないと封筒の中身――彼らのもとで世話になっていた間のきょうだいの写真達をしっかりと抱きしめて表情を歪めた白の男に、黒の男は朗らかに笑う。喜んでもらえて何よりと。
「最後の一枚はあまり人目に触れないところで保管してもらえると助かるよ。一応うちの仔は『フォンテーヌの要人の息子』なんでね。他国で顔が売れるのは避けたい」
「それは勿論。自宅で大切に飾らせてもらうよ」
 自分も、きょうだいも、大切な友達を自分たちのせいで危険に晒したくはない。深くうなずけば、男は頼むよとその瞳を細めた。
「一応カクーク用にこういうのも用意してみたんだが、あんたらの身分証は結構暴れるタイプかい? 礼儀正しいタイプならこれも進呈するんだが」
 こちらの胸元を指しながら首を傾げる男の懐から追加の一枚が顔を出す。それは手のひらに乗るサイズだった。そう、ちょうど白の男ときょうだいが携帯している身分証ケースにぴったりと収まるくらいの。手のひらサイズの写真の中から、きょうだいと友達がこちらを見て笑っている。
「うわ可愛い、ンン、意識したことはないが、ひっくり返ってるのは見たことないな。俺に限らずだがやむを得ず荒っぽい動きをすることもあるから、ホルダーも全体的に頑丈に作られてる。裏側を見せることがそもそもないし、大切な御仔さんの顔を晒して回ることにはならないはずだ」
 勿論しばらくは様子を見て、問題がありそうなら自宅保管に切り替えるよ――白の男の熱のこもった返答に、黒の男は愉快げに笑う。白の男のきょうだいにとって、身につけられる友達との写真なんて嬉しいに決まっている事に想像がついているからだ。そんなきょうだいの心情が予想できていて、きょうだいを喜ばせたいと願う白の男の心情も勿論想像がついている。
「それじゃあ、これも今回の記念に持ち帰ってくれ。大切にしてくれよ?」
「ああ、勿論! ありがとう!」
 封筒に丁寧にそれをしまった白の男は眉を下げる。
「カクークのことも含めてこんなによくしてもらったのに、俺には返せるものがなにもない。歯痒いよ」
「気にしないでくれ。お客さんをもてなすのは迎える側の役目だし、カクークが飛び込んできてくれたおかげでうちの仔には竜の友達と人間の友達が増えたからな。俺たちも感謝してる」
 どんなに言葉を尽くしても足りないと顔を歪める白の男にうちのアルバムも充実したからと黒の男はからりと笑った。白の男はこの写真達に本業顔負けのスキルが光っている理由の一端を垣間見る。
「旅行の日程が早めにわかるようなら是非連絡をくれ。予定を開けておくよ。ナタの最高のもてなしをさせてくれ、きょうだい」
「ああ。楽しみにしておくよ。きょうだい」
 固く握手を交わした二人の鼓膜を、角笛の音が揺らす。そろそろ出港時間のようだ。
「きょうだい!」
 ばふっ、と間の抜けた、けれどもそこそこ重い音を立てて胸元に突撃してきた丸い生き物をなんなく受け止めた黒い男は、喉を揺らしてその体を撫でる。
「元気でな。きょうだいの手伝い、頑張れよ」
「任せろ!」
 ふふんと胸を張った丸い生き物は、早速手伝いをしているつもりなのか、白い男を先導するようにタラップの上を飛び、船上の人となった白い男の頭の上に落ち着いてぴるぴると羽を振った。
「レヴィ! またな!」
「またね、クークー!」
「楽しかったよ! ありがとう、きょうだいたち! 今度はナタで会おうな!」
 大きく手を振る一人と一匹を乗せた客船の帆が太陽の光に白く輝く様は、まるで笑っているようだった。



「そういえば、レヴィ」
「なあに?」
「レヴィにも“きょうだい”がいたらいいなあと思うかい?」
 ナタの友人のお見送りを元気よく終えたレヴィに、ぼんやりと考えていたことを聞いてみる。自宅で歳の近い――カクークの実年齢は定かではないけれども――仔と過ごすレヴィは生き生きとしていた。リオセスリもヌヴィレットもレヴィを一人遊びさせておくような過ごし方はしていないけれども、親でなくきょうだいのような存在がいた方がもしかしたらこの仔もより良い日々を過ごせるのではないか。ふとそう考えたのだ。勿論新しい家族を迎えるにはヌヴィレットの体調を考慮しなければならないから、うんと言われたとしてもじゃあ早速明日、なんてことはできないけれど。
 リオセスリの問いに息子はこてりと首を傾げ、ぶんぶんと首を振った。
「んーん。だって“きょうだい”がいたらぼくだけのパパととうさまじゃなくなっちゃうでしょ? ぼく、おにいちゃんもおねえちゃんもいっぱいいるから、“きょうだい”はいらないの。パパととうさまはぼくのだもん」
 話している途中で“きょうだい”がいる自分を想像したのか、その眉間にきゅうとしわが寄る。むむと唸りながらぴとりとくっつかれて思わず天を仰いでしまった。
「龍の独占欲を甘く見てもらっては困るな、リオセスリ殿」
 傍らからテノールが響く。同じようにちいさな身体の半分でくっつかれているヌヴィレットがふふんとばかりに笑っていた。何故かちょっぴり得意げなのが可愛いそのひとの声とレヴィの頭を撫でる手は震えている。伴侶の気持ちはよくわかった。ここが往来でなければ息子を思い切り抱きしめて頬ずりしているところだ。
「いや甘く見ちゃいないが。それってこういうところでも発揮されるんだな……
 一生懸命にスラックスの布地を掴むこれまたちいさな手を包む。そんなに必死にならなくとも、現時点でリオセスリとヌヴィレットが可愛い我が仔と称するのはレヴィだけだ。しろく柔らかな手を親指で撫でてそっと握る。さて。自分の不用意な発言で損ねてしまった愛する息子のご機嫌をどうやって取ったものか。
――では、『レヴィのパパととうさま』はおまえにしっかり手を繋いでもらって家に帰るとしよう」
ああ、そりゃいい考えだ。ここから家まではちょっと遠いから、レヴィが手を繋いでてくれないと『レヴィのパパととうさま』は迷子になっちまうかもしれない」
 こほん、と聞こえた咳払い。
 リオセスリがしているようにレヴィの片手に触れたヌヴィレットが瞳をゆるめて口にするのにこれ幸いと乗っかれば、アイオライトを見開いた息子は決意に満ちた顔でこっくりとうなずいた。
ん! ぼくがパパととうさまのこと、ちゃんとおうちまでつれてくからね!」
 一瞬でその気持ちにかかる雲を晴らしたらしいレヴィはそれぞれの手をしっかりと握ってくれて、触角を淡く輝かせる。
おふね、どっち?」
 使命感の感じられる一歩を踏み出してすぐ振り返り首を傾げるあまりにも愛らしい水先案内人に、二人は同時にその肩を揺らしたのだった。