ちよど
2025-05-24 09:05:15
3977文字
Public アシュヨダ
 

この後いっぱいご飯を食べさせた

アシュくんとヨダナさんのすれ違い話。お団子を添えて。

「わし様、一晩待ちくたびれて大変腹が空いている。…満たしてくれるな?」

ご注意。お団子を作った事がない人間が書いています。ピクシブからの再録

「あー。すまないが粉を分けてくれねぇか」
 俺の要望にカウンターキッチン越しのエミヤは驚いたように眉を上げた。
「珍しい。ドゥリーヨダナが一緒ではないのだな」
 そう言って厨房の方のエミヤ、と影で呼ばれている彼は洗い物の手を止めた。
「──粉、と言ってもいろいろあるが。何に使うのかね?」
 昼時を過ぎたストームボーダーの食堂には人影は少ない。念の為旦那に声をかけずに来たが、ビーマの奴が周回に連れ出されているのは確認済だ。
 しかし、指摘されて気がつく。恋人になったばかりとはいえずっと旦那の側から離れなかったのは露骨すぎたかもしれねぇ。誰に何を言われても俺は気にはしないが、気まぐれを起こしているだけの旦那は後で困るかもしれない。
 そんな事を考えながら、俺は1時間程前まではせわしなく食事が乗ったトレイが行き来していたカウンターに手を置いた。
「旦那は昼寝をしてる。──粉はその、薄い灰色の水を入れて捏ねるやつなんだが。名前は知らねぇんだ。すまねぇ」
 生前は知らなかったが料理とは数え切れない程の食材を使うものだ。その中から曖昧な特徴で名前も分からない食材を譲ってくれと言われたエミヤは視線を宙に巡らせた。
「味は分かるかね?」
「甘くはねぇ、」
「ふむ。少し待ちたまえ」
 言い置いてエミヤは厨房の奥へと消えていき、言葉とは裏腹にすぐ戻ってきた。その手には白い紙袋と大きなバスケットがある。見せられたその紙袋の中身に俺は頷いた。
「助かる」
「はったい粉と呼ばれているものだ。何グラム必要かね?」
 グラムと言われても分かるはずがない。俺は両手で器を作った。
「確かこのくらいだったような」
 記憶にある母の手と今の俺の手ではサイズが違う。ただでさえ俺が生きていた頃は正確な計量技術などなかった。
 だが、弓兵は嫌な顔をするでもなくカウンターの下からボウルを取り出した。
「捏ねるだけなら目分量で充分だ。──ただ、失敗した時のために少し多めに持っていきたまえ」
 そう言ってエミヤはボウルに半分ほど灰色のはったい粉を流し入れた。
「周回もそろそろ終わる。彼が帰ってきたら気まずいのだろう? 必要なものは全て持っていくといい」
 とエミヤは再びカウンターの下からトレーや皿などを取り出して、先程持ってきたバスケットの中に入れてくれる。
「すまねぇ。──これで足りるか?」
 カウンターに置いたQPをエミヤはそっと押し返した。
「安いものだ。気にせず持っていけ。道具は洗って返してくれればそれでいい」
「だが、」
 言い募った俺にエミヤは少しだけ笑った。
「これを食べるのはドゥリーヨダナだろう? 誰かに食べさせてやりたいという気持ちを応援せずにはいられないのさ。料理人というものは」
「すまねぇ、恩に着る」
 頭を下げるとエミヤはどこか懐かしそうに目を細めた。
「ひとつ、先達からのアドバイスをしておこう。彼は君がどんなものを作っても食べてくれる。それを忘れないでくれ」



 エミヤからアドバイスを受けた数時間後。俺は出来上がった料理ともいえない物を持って旦那の部屋へと向かっていた。
 ──どんなものをつくっても食べてくれる。
 そう料理人として信頼できるエミヤは言ったが、皿の上のこれは美食を尽くしてきた旦那の口に合うとはとても思えなかった。
 そもそも、どうして料理とは縁がなかった俺がこんなものを作っているかというと。事の発端は昨日の旦那の一言だった。

「ずっるーい!!!」

 あの時、俺の部屋に飛び込んでくるなり子どものように大声をあげた旦那に俺はため息をついてみせた。
「何がズルいんだ? 旦那」
 訪ねながらも俺は心が浮き立つのを感じていた。旦那が生きて動いているだけでも夢のようなのに、恋人の席まで与えられ、更には俺に対してわがままを言ってくれるのだ。これが嬉しくないはずがない。
 それが分かっているのか旦那は甘えるように唇を尖らせた。
「マスターから聞いたぞ! おまえ、バレンタインのお返しにホットチョコレートを贈ったそうだな!?」
「ああ。旦那は豪勢な帯を贈ったんだってな」
「そうだ。わし様のマスターに相応しいスペシャルでゴージャスなって、そうではなぁい!! なんで食べ物を贈っておるのだ!?」
「なにか悪かったのか?」
 パールバディ様の助言を受けての贈り物だ。不備があろうはずがない。
 だが、旦那はむむむっと不愉快そうに眉を寄せた。
「ズルい」
「だから何がだ?」
 尋ねると旦那は勢いよく俺を指さした。
「こぉの! 朴念仁!! おまえは贈り物が相手の血肉になるという意味がわかっとんのか!!」
 血、肉?
「ち、ちがっ!! そういう意味じゃねぇええ!!!!」
 叫んだ俺に旦那が叫び返す。
「そういうものはまずわし様に贈るべきだろうっ!!」
 旦那の言葉に俺は目を瞬かせた。
「──つまり、旦那がズルいって言っているのは?」
「わし様もおまえの贈り物をこの体に取り込みたい」
 堂々とした要求にこちらの顔が赤くなる。まるで愛の言葉のようで勘違いしそうになる。
 きっと旦那が望んでいるのは食べ物そのままではなく、マスターに贈ったホットチョコレートのように俺がひと手間加えたものだろう。
 なら、俺は旦那が望むものを用意するだけだ。

 ──そう、思ったのだが。
 旦那がどこか楽しそうに自分の部屋に帰って行って、さて何を贈るかと考えた俺はすぐ行き詰まった。
 俺は生前もサーヴァントになってからも料理なんてしたことはなく。ずっと夜通し考えてもチョコレートを牛乳に溶かす以上の工程を思いつかなかったのだ。
 マスターの時に助力を得たパールバティ様には次回は自分で考えるよう言われているので頼れない。
 それでも、あの方ならどう答えるだろうかと思考を巡らせていると。ふと、幼い頃見上げた母の姿を思い出した。
 まだ、父がクル王家に仕える前の頃だ。
 宝珠の加護があり空腹を訴えなかった俺に、それでも母は時折甘味のような物を与えてくれた。
 どこからか貰ってきた灰色の粉を木の器に入れ、水を継ぎ足しながら捏ねていく。香ばしい香りに俺が器を覗き込むと、母は笑って丸めたそれを口に放り込んでくれた。
 ──あれなら、俺でも作れる。
 そう思ってエミヤから道具を借りたというのに。はったい粉がなかなかうまくまとまらず俺は多めに貰ったはずの粉を全て使い切り、この六個しか形に出来なかった。
 皿の上の団子を見下ろす。
 このどこか不格好なものを旦那に食べさせていいものだろうか。

 ──彼はどんなものをつくっても食べてくれる。それを忘れないでくれ。

 エミヤの言葉にすがるようにして俺は旦那の部屋のドアを叩いた。



 どこか不機嫌そうに俺を部屋に迎い入れた旦那は、俺が差し出した皿に目を丸くした。
「サクトゥではないか? おまえ、どこからこんなものを持ってきたのだ?」
 言いながら旦那はスタスタ歩きテーブルの席に座る。
 俺は旦那の前に皿を置く。心音がうるさくて何を言っていいのか分からなくなりそうだ。
「その、俺が、つくった」
「これを、おまえが!? 何故だ??」
 不揃いな団子のひとつを摘みあげて心底驚いているような旦那に俺は説明する。
「昨日、旦那が俺からの贈り物を、その、取り込みたいって言っていただろう? だから」
「だから昨晩来なかったのか」
 しどろもどろな説明に大きなため息をつかれ、俺は狼狽えた。
 何か勘違いをしてしまった気配がする。だとすると、この団子は。
「アシュヴァッターマン」
 皿を下げようとする俺の行動を予測したのだろう、旦那が甘ったるく俺を呼んだ。
「これはわし様への献上品だな?」
「──はい」
 念を押されて頷くと旦那はにやにやと手の中の不格好な団子を見つめた。
「よくサクトゥの作り方など知っておったな」
「昔、母がよく作っていたんだ」
「母御が? 料理を?」
 首を傾げる旦那にとって料理とは料理人の仕事で、妻や母のやる事ではないのだろう。
 そんな差異を追求する気はなかったのか、旦那はためらいなく口に団子を放り込んだ。
 心臓が止まる。
「はむはむうむうむごっくん。──素のままだとこんな味がするのだな。新鮮な驚き」
 旦那のコメントに俺は飛び上がった。
 やっと、母が作っていた団子と宴に出ていたサクトゥが結びつく。貧しかった母の団子とは違い、王家の宴に供されていたサクトゥは甘い砂糖や蜂蜜やらが掛けられていた。
「だっ、旦那!!」
「だぁめだ。これはぜぇーんぶわし様の物だ」
 子どものように皿を抱える旦那に俺は言い募る。
「せめて、厨房から何か掛けるもん貰ってくるから!!」
「いーらーん!!」
「旦那ぁ!!」
 大失態をフォローする事も出来ない俺の前で、旦那は味もろくに付いていないだろう団子を次々と口に入れていく。俺は為すすべもなくそれを見守った。
 ごくり、と旦那が最後の団子を飲み込む。
「うむ。前座としてはまあまあか」
「前座?」
 不思議に思う俺を旦那は手招きする。
 誘われるままに耳を寄せた俺に旦那は囁いた。

「おまえ、サーヴァントの食事が何か。忘れたわけではあるまい?」

 サーヴァントとは霊体であり、その栄養源とは魔力である。
 つまり、旦那の『おまえの贈り物をこの体に取り込みたい』というのは料理のことではなく──。
「わし様、一晩待ちくたびれて大変腹が空いている。満たしてしてくれるな?」
 つまり、この関係が旦那の気まぐれだと思っていたのは俺だけで──。
 とんでもない勘違いをしていた俺は赤い顔で頷いた。


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読んでくださってありがとうございます。
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