whityyokko_hkg
2025-05-24 02:50:05
2854文字
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おにぎりの守護者

村グリSF(少し不思議)です

「おいアンタ!ぼーっとしてねぇで食うか食わねぇかはっきりしろ!」

突然の罵声にクー・フーリン・キャスターは周囲を見回した。
標準時刻15時を少し過ぎた時間帯、食堂のおひとり様用カウンターでも隅っこの、厨房からは死角の席である。自分以外の人影なぞ欠片も見当たらない。それを見越しての席取りだから当然といえば当然なのだが。
ランチタイムも終了し、今日のおやつを受け取った子どもサーヴァントも消えたこの時間帯の食堂は、イベントがなければの注釈付きで、昼食を食いはぐれた者が軽食を頼む他はマイペースなサーヴァントが誰憚ることなく怠惰な時間を享受する隠れスポットだ。
キャスターのクー・フーリンもその例に漏れず、時間感覚を無視したルーンストーン作成に勤しんだ結果、枯渇したエネルギーの補給に訪れ、幸運にもありあわせの賄い飯にありつけたところだった。

「根をつめすぎたか?」

幻聴症状を起こすへまを犯した覚えはないが、不摂生が祟った一時的な機能不全かもしれない。ここ数日、邪魔者がいないのにあかせて、自室に籠りルーンストーンへ魔力を注入する作業に没頭していた。
眼精疲労に霞む目頭を指で揉みほぐすと、じわりと血が流れるのを感じる。毛細血管を巡る血流が皮膚に血色を取り戻してゆく。
さっきよりはっきり見える気がするが、それでも声の出処になるような存在を目にすることはなかった。
目の前には受け取ったばかりのまかないセットがトレーから湯気をあげているばかりだ。
供与されたのは、豆腐とあおさの味噌汁に海苔を巻いた握り飯が2つ。この時分にこれだけあれば夕食までの腹持ちは十分である。
おにぎりの具は定番の梅とおかかで、赤い弓兵が何か薀蓄を語っていた気もするが、大層な話しは綺麗さっぱり耳を通り抜けて跡形もない。

味噌汁を一口飲んで渇いた口を湿らす。久しぶりの米の塊はやけに存在感があって、口に運ぶのに躊躇を覚えた。
作り手が違えば同じ名前のものでも違って見えるもので、馴染み深いはずの三角形がなんだか物珍しく感じる。
雑多な思考に頭をぼんやりさせながら、味噌汁に浮かぶ絹ごし豆腐をつつき回した。
集中が続いた反動の散逸がキャスターの動作を緩慢に変動させ、空腹感もぼやけて食欲すらあやふやな始末である。
どうにも定まらない考えと目線を手遊びでやり過ごしていると、再び罵声がキャスターを襲った。

「聞いてんのか!箸で遊ぶなっつってんだろうが!」

二度目の幻聴は幻覚を伴っていた。

オレまじで疲れてるわ」
「疲れていようが食事はちゃんと取れ。そんなんじゃ料理人に失礼極まりねぇや」

握り飯の裏から何かがわめきたてている。飛び出してきたそいつは握り飯と頭身が同じだが、弓篭手を嵌めただけのむき出しの肩に羽織を掛け刀を腰に差し、プリプリと怒っていた。セイバーのサーヴァント千子村正の風体で。
村正のミニチュアは頭上遥か高くに位置するキャスターを睨みつけ、立腹混じりに説教を垂れた。

「いい大人が食い物で遊ぶんじゃねぇ。食いたいなら食え、食いたくねぇなら下げな。まぁ、アンタの顔色からすれば、固い米より粥の方が匙が進むかもしれねぇけどよ」

後半はキャスターの体調を慮っているあたり、心配で感情が昂る質のようだ。ぎゅっと眉間をしかめた小さい顔は、渋面の作り方さえここにいない誰かにそっくりだった。
感傷のまま手を伸ばすと、危険を察知した2頭身存在はさっと指から逃げ、握り飯の後ろに身を潜めた。三角に型どられた頂点から赤茶の髪をちょろりと覗かせ、こちらの様子をあからさまに警戒している。
炊きたてのふっくらした米粒みたいな頬がつやを放っていて、つついてやりたい衝動に駆られるのを、キャスターはおくびにもださず意地悪げに頬を歪めた。

「なんだ、お前さんオレが怖いのかい?」

わざと馬鹿にした体で鼻をならすと、途端に握り飯後ろの怪異現象は気色ばんだ。

「儂を握り潰そうとしただろうが!」
「潰しゃしねーよ。掴もうとはしたがね」
「おにぎりってのはな、口の中でほどける繊細な力加減で成型されてんだ。アンタみたいのに雑に掴まれたらせっかくの美味い米が練り潰されちまわぁ」
「へーぇ、お前さんはおにぎりの代弁者か何かなのかい?」
「おうよ!言っちまえばおにぎりの守護者みてぇなもんだ。おにぎりを美味しく気持ちよく食ってもらうのが儂の信条よ!」

村正擬きは腰に手を当て胸を張った。
えっへん、と擬音まで聞こえてきそうな存在は、肌艶までピカピカの米粒みたいだ。今度はつき出された腹の弾力を確かめたい誘惑と戦いながら、キャスターは箸を置き、おもむろに握り飯と自称その守護者に向き合った。

「それじゃあオレが握り飯を完食するのを見届けるのが守護者サマの勤めってわけだ?」
「そういうことになるな」
「付喪神とは違うのかい?」
「さすがに神さんって域のもんと一緒にされるのは気が引けるぜ。儂は食い物だし日持ちしねぇしな」
「そういうもんかね」
「そういうもんさ」

にかっと笑う守護者は嬉しそうだ。
「なんでぇ、さっきよりだいぶ顔色がよくなったんじゃねぇか」
「お前さんのおかげかねぇ」
「そいつはよかった!おにぎりを美味しく食うには食べる側の心持ちってのもあるからよ」
「ちなみに、これ食っちまったらお前さんはどうなるんだ?」
「儂らは一期一会だ。今日の儂はアンタの糧になるし、いつかまた別の儂がアンタの力になる。だから心配はなしだぜ。さっさと食べてくれ。できれば次は握りたてを食べてくんな!一等美味いからよ!」

言うだけ言うと、守護者は煌めきを撒き散らしながら霧散した。戦闘離脱のような呆気ない別れにキャスターは小さく手を降る。薄くなりながら守護者も手を振り替えしていたから寂しくはない。
完全に光の粒が消えた後には、冷めた味噌汁と少しだけ固くなった握り飯が2つ残された。
ひとつを手に取り三角の突っぺん先を噛る。大きい一口は中の具まで到達し、米の甘味と共に塩味と独特の酸味が味蕾を刺激した。
噛み締めるほど梅干しの朱い果肉が柔らかく米に絡み、味覚に馴染んでくる。中の種をプッと吹き出し、口の中のものを飲み込む。胃に落ちたクエン酸が体内に蓄積された乳酸を分解する頃には、キャスターの疲労も軽減されることだろう。守護者の言うとおりこの一口が糧になるのだ。
二口目からは箸遊びの時間が嘘のように、握り飯はあっという間にキャスターの腹に収まっていった。

最後の一口を飲み込み、味噌汁を啜るとトレーは空になり、休憩時間は終わりを告げる。
くちくなった腹は満腹中枢を刺激し、幸福感とともに、あの可愛らしくて小憎らしい守護者の似姿への欲求を復活させてしまった。
ああ、畜生!あの野郎に逢いたくなっちまったじゃねーか!
キャスターは心の現金さに多少の恥ずかしさとそれを誤魔化すための八つ当たりを同時に向ける相手を脳裏に浮かべた。