小話倉庫(深上)
2025-05-23 18:38:26
1821文字
Public 悠アキ/haruwise
 

触れるまでの距離(悠アキ/haruwise)

キスしてるだけ。

 たまにはそっちからして欲しい、と。恐らく自覚しているであろう整った顔立ちを最大限に活かした首傾げおねだりをされたのが、僅か数分前のこと。
 ソファに座る悠真と向き合い、彼の肩を掴み、自らもソファに片膝を乗せた状態でアキラは固まっていた。恋人である彼とキスをする事自体は何の抵抗感もないし、自分だって好きな人とはいくらでもしたい。彼から求められた時に拒否をすることも、喧嘩をしてさえいなければほとんどない。だが、よく考えてみれば自分から「さぁやるぞ」という意気込みでしたことなど一度もない。そういう雰囲気になった時に自然とお互いの唇が重なったり、行為の最中で気持ちが盛り上がっている時に「したい」と思うことはあれど、改めてしようと思うと何故こんなにも躊躇してしまうのか。
 彼が一切目を閉じることなく、楽しげにこちらを観察しているというのもその要因の一つだと思う。期待を込めた眼差しを向けられれば向けられるほど、あと一歩を踏み出せず唇を引き結んでしまう。そんなアキラを揶揄するように、悠真は目を細めて責めるような声を出す。
「アキラくん、まだ?」
……あまり急かさないでくれ」
「だぁって、さっきから全然動く様子ないし……眉間に皺寄ってるし、さ」
 あーあ、と悠真はあからさまに悲しげな顔をして、わざとらしく肩を落とした。
「僕ってそんなに魅力ないんだぁ」
「そんなことない、君はいつでも魅力的だよ」
……そういう台詞はさらっと言えて、なんでキスの一つも出来ないわけ?」
「それとこれとは話が別なんだ、少なくとも僕にとっては」
 目を閉じて、息を吸って、吐き出す。よし、と目を開けるとそこには未だ健在の真っ直ぐな眼差しがあって、つい動きを止めて見入ってしまう。僅かにつり上がった目尻は猫を想起させ、愛らしさがある。大きな目の中央に収まるトパーズを思わせる瞳に、呆けた様子の自分が映っているのが見えて、アキラはそれを隠すように自分の顔を片手で押さえた。
……君の顔が綺麗すぎるのがいけない気がする」
「うわ、責任転嫁。その言い分が通るなら、僕もアキラくんにキスできなくなるんだけど?」
「どういう意味だい?」
「あんたも大概綺麗な顔してるからねってこと」
 ぐい、と顔を覆う手を掴まれ、無理矢理剥がされる。開かれた視界に映ったのは、少し拗ねたように目を細め、頬を僅かに紅潮させている恋人の姿だ。
「そんなあんたにまじまじと見られると、さすがの僕も照れるんだよ」
「うん。確かに、顔が赤いね」
「アキラくんもね。耳まで真っ赤」
 くく、と喉を鳴らす悠真に、ああ、キスをしたいという欲求が自然と湧いた。腰を屈めて身を寄せ、目を丸くさせる悠真の唇に自分のそれを重ねる。ふに、と触れた柔らかい感触に満足して、すぐに顔を離した。
 悠真は、まるでカモメに奇襲をしかけられたかのようにぽかんとしていたが、しばらくすると指で自分の唇をなぞり、呆れとも称賛とも取れるような複雑な顔でぽつりと呟いた。
……出来るじゃん」
「出来ちゃった、な」
「あんたのツボってよくわかんないな」
「また一つ、僕のことが知れて良かったじゃないか」
「出来た途端に強気になるの何、ずっる……
 はぁ、と大きく息を吐き出すと、今度は悠真がアキラの腕を掴んで引き寄せた。バランスを崩し、彼の膝の上に座る形になってしまったアキラが慌てて離れようとするも、悠真の両手がするりとアキラの首に回り、逃げ場を失う。
 もっとしよう、と。
 甘えるような眼差しに訴えかけられて、逃げる気力すら湧かなくなる。近付いてくる唇を受け入れると、先ほどよりも深く重なった。僅かに見下ろす場所にある彼の瞳には今まではなかったはずの熱がこもっていて、いつの間にか彼の中で何かのスイッチが入ってしまったことに気付く。
 何度も唇を重ねられるうちに、アキラにも熱が伝染する。次第に呼吸が荒くなり、部屋の中にリップ音が響き始める。
「はるまさ」
 激しくなるキスの合間にどうにか息を吸い、痺れかけた口を開いて舌っ足らずに名前を呼ぶ。動きを止めて続きを促す彼に、アキラはなるべく余裕ぶって問いかける。
「キスだけで、いいのかい?」
 相手の顔に、にぃ、と笑みが浮かぶのを見て、お誘いが成功した事を知る。相手の背中に手を回すと、アキラは彼の求めに応じて緩く口を開き、噛み付いてくるようなキスを受け入れた。