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キスの日
ポーラータング号は、春島の穏やかな海域でベタ凪を見計らい浮上した。春島とはいえ、ベポによればこの日の浮上地点は通常の春島海域よりもやや気温が高く、急に暑さが訪れたり、逆に肌寒くなったりする日もあるという。ほのかに汗ばむような朝の空気の中、ポーラータング号は静かに波に揺れていた。
食堂では、日が昇りきったギラギラの光が差し込む中、シャチが新聞をめくりながら突然声を上げた。
「ペンギン! 今日、5月23日って『キスの日』らしいぜ。なかなかロマンチックなイベントじゃね?」
ペンギンはおにぎりを頬張りつつ、シャチが手に持つ新聞を覗き込む。シャチが読みやすいようにと新聞を軽く傾けてくれたため、ペンギンは遠慮なく身を寄せて文字を追った。
「キスの日? 海賊がそんな甘っちょろい日を気にすんなよシャチ」
「そりゃあそーだけど
……なんか面白そうじゃん!」
シャチの瞳がサングラスの奥でキラリと輝く。陽光を浴びたその透き通った瞳は楽しげにきらめき、ペンギンもつられて「まァ、そうだなァ」と笑顔を見せた。
そのとき、食後のコーヒーを片手に静かに読書を楽しんでいたローが、冷ややかな視線をふたりに投げかける。まるで「そんなつまらない話で騒ぐな」と言い出しそうな雰囲気に、数人のクルーが身構えた瞬間、隣にいたベポが「キスの日!? 」と、純粋な喜びを瞳に映した。
「 いっぱいガルチューしてもらえる日?やるやるー! 」
「ベポ、のるんじゃねェ」
ベポが純粋な喜びを瞳に宿し、食堂全体がまるで花畑のような温かな空気に包まれた。その隣でローが、ハァと盛大なため息を吐いたがざわめきたったその空間ではローだけが異質な様であった。
「よーし、キスの日を
ハートの海賊団流に盛り上げるぜ!」
シャチがサングラスをクイッと上げ、ペンギンとニヤリと視線を交わす。二人は早速、食堂に「キスの日イベント」の張り紙を貼り出した。内容は『仲間への感謝を込めた“ハートフルキス”チャレンジ! キスはほっぺ限定、参加自由!』という、彼ららしい賑やかな企画だった。
「ほっぺなら友情バッチリだろ! 極寒港で育んだ絆をここで示すぜ!」 シャチが拳を握り、ペンギンは「おれたちの結束力、見せてやろうぜ!」とシャチと左右対称にポーズを決める。
さっそく二人はベポをターゲットに定め、「ベポ! まずはおれたちスワロー島の結束を確認しよーぜ」とペンギンがベポのふわふわなほっぺにチュッとキス。シャチも「ほら、おれも!」と反対側のほっぺにキスを贈る。ベポは「うわぁぁ! くすぐったいよ~!」と騒ぎながらも、どこか嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「次はキャプテンだ!」とシャチがローを見やるが、ローは鬼哭を手に「断る」と無表情で牽制する。だが、ペンギンが「キャプテン、ほっぺですよ、ほっぺ! 絆キッス!」と果敢に突進すると、ローは「ROOM」と呟き、瞬時に一枚の記念コインを残して消えてしまった。「ほどほどにしろ」とだけを残して。
「まァ無理だとは思ったけど
……ワンチャンな?」
「なー。ワンチャンあるかと思ったよな」
「だってキャプテン駄目って言わなかったもんな」
「うん。捨て台詞もほどほどに、だし。よーし、次はハクガンだな」
「へへっ、腕が鳴るぜ」
ペンギンとシャチはツナギの袖をよいしょっと捲り上げると、操縦室を目指した。
その後も調子に乗ったふたりのキスの日イベントは艦内で小さな混乱を巻き起こすこととなる。ペンギンとシャチは次々と「ほっぺキスで結束力アップ!」と絡み、ポーラタング号は笑い声と「やめろって!」の叫び声で賑わった。しまいには、ベポが「おれもやる!」と『ハートフルキスチャレンジャー』に加わって、ペンギンに自らキスを返す。
「うお、ベポのほっぺキス、破壊力やべえ!」
「おれもおれもー!」
とシャチもベポに飛びついて、三人はさながら三色団子のように顔を寄せ合った。
そこへローが食堂に入って来た。気づけば日もずいぶんと傾き、いい時間帯である。
「「キャプテン!」」
「ガルチューさせて!」
三人の声が重なって、ベポが「キャプテンも仲間だよね?」とチラリと壁に貼った『仲間への感謝を込めた“ハートフルキス”チャレンジ! キスはほっぺ限定、参加自由!』を潤んだ瞳で見た。
その視線にさすがのローも一瞬たじろぐ。
「
……ったく」
結局、ベポの懇願に根負けしたのか、視線を逸らしたまま誰にともなく呟いた。
「頬なら
……一回だけだぞ」
渋々、その姿勢は前面に出ていたが、ベポの優しいキスを厳かに受け入た。食堂にいたクルー全員が「うおお、
船長キター!」と大いに盛り上がり、『仲間への感謝を込めた“ハートフルキス”チャレンジ! キスはほっぺ限定、参加自由!』は興奮のまま幕を閉じようとしていた。
しかし。
「おれも!」
シャチがはいはいっと手を上げる。
ジィっとローの正面を向いたまま、真剣な出立ちで。水を打ったような静けさの中。
「
…………一回だけだ」
と、承諾の意が上がれば、
「おれも!主催者!」
すぐさまに必死のペンギンが飛んでくる。
「しょうがねェな」
ローが諦めたような顔をするも、その声はどこかくすぐったそうで。そして、そこまでOKを出してしまえばクルー全員の『おれもおれも』という懇願の視線が、ロー達に集中する。
結局、全員からほっぺにキスを贈られるハメになったローは「二度とやらねえ」と顔を赤らめながら呟いた。
ついには日も沈み、キスの日イベントは幕を閉じた。ペンギンとシャチは甲板で夕焼けを眺めながら柵に身体を預ける。ふたりは一日中、全力でクルーを追いかけては飛びついて繰り返していたため満身創痍だ。
「なァ、ペンギン。キスの日、めっちゃ楽しかったな。ハート海賊団の絆、ガチで最強じゃね?」
「だな。こういうバカ騒ぎが
ハートの海賊団の宝だぜ」
ペンギンが帽子を外して、珍しくしみじみと語る。
「あ、ポーラータングにもキスしとこ!」
「お、いいなそれ。ポーラータングももちろん仲間だぜ!絆アップだ!」
ふたり一緒に目の前の柵に唇を触れた。
少し離れた場所でベポが「次は何の日!?」と無邪気に尋ね、ローの「静かにしろ」の声が響く中、ゆっくりとポーラータング号は次の冒険へと足を進めた。
【了】
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