【スタゼノ】秘密の二人

クリスマス休暇で空軍基地から帰ってきたスタンリーがダイナーでゼノとじゃれあう話。

 空軍に入る際、新人もスマホを使ってよくなったのは僥倖だった。だって俺にはゼノがいたので、コロラドに軟禁状態にされていたって、毎夜彼と話したかったのだ。それは地元に恋人がいる同級生は皆同じで、特に熱心に現状維持を目論む奴らなんかは恋人を呼び寄せ、自主練のランニングを言い訳に基地近くのカフェで逢瀬を楽しんでいたりもした(もちろんそれは禁止されていたが、恋愛状態にある奴らなんて俺を含め正常じゃあなかったのである)。でも、俺はそんなことはしなかった。ゼノはゼノで大学での研究や講義の手伝いがあり、教授のお気に入りだった彼はあちこちの学会に連れ回されてもいたからだ。
 それでも俺たちは毎夜、これもゼノが研究に追われていなければ電話をし、世の恋人たちがするように愛を確かめ合った。愛してるよダーリン、たった一人のプリンセス、早くあんたと直接会ってファックしたいよって、同室の奴らに隠れて廊下の隅っこで分刻みのスケジュールに目を光らせる教官の目から逃れて囁き合った。
 だからクリスマスは、地元に帰れるホリデーシーズンは特別だった。きらきらと輝くホリデーツリーが鎮座する広間で、いそいそと近隣住民たちのためのボランティアに勤しむ同級生たちを尻目に、俺は制服姿のまま外出許可証をチャレンジコインみたいに見せびらかして、早々に空軍基地を出た。車の運転は禁止されていたので、地元まで長距離バスを乗り継ぎ、安い椅子にケツを痛めながら懐かしい景色に辿り着く頃には、あたりは雪景色になってた。
 ようやく、俺はゼノに会える。何ヶ月も会ってなかった、そんなこと今までになかった経験をして、俺は愛しい恋人に会えるのだ。
 
 
 ゼノと待ち合わせをしたのは、俺がハイスクール時代によくデートをしたダイナーだった。大学進学を機に寮に入っていた彼は、どうしてか実家に帰る前に、他でもない俺と会いたかったらしい。それは俺も同じで、ろくでなしとまではいかないがそう立派でもない親父と、そんな親父に似合いのお袋に会うより先に、たった一人の恋人と会う道を選んだのだった。俺も、結構なろくでなしである。
 でも、ゼノはそれでよかったんだろうか? あいつは家族仲が良かったし、親父さんも、お袋さんも、きっと愛息子に一刻も早く会いたかったろうに。
 俺はゼノがゲートウェイドラッグだと揶揄する煙草を吹かしながら、コーヒーをすすり、ジングルベル・ロックや、この季節のアンセムになってるホワイト・クリスマスが流れる有線を聞いた。ホリデーシーズンにも働くウエイトレスにはいつもより多めにチップをやり、ミルクシェイクを頼む子どもたちを見つめた。あたりはまだ明るく、降り積もった雪が太陽の光を反射してまぶしいくらいだった。
 ここはコロラドに勝るとも劣らないくらいしみったれた街だったが、それでも人の生活はあった。道ばたで雪だるまを作ってきゃあきゃあと笑う子どもたち、それを微笑ましく見つめる若い親、近所の映画館から出てボーリング場に行くティーンエイジャーたちなんかを見てると、やっぱり地元に帰って来たんだと思わされた。多分、俺も士官学校で気を張っていたのだろう。あそこは優等生ばかりで、隠れて煙草一本を吸うのにも苦労したから。
 有線がリリアン・ワインバーグに変わった時、ダイナーの扉が開き、ベルが鳴って、冷たい風が吹き込んで来た。でも、俺はすぐには振り返らなかった。どんな顔をしていいのか分からず、どんな言葉をかけていいのかも分からなかったのだ。扉を開けたのはゼノだってことは分かっていたし、彼とは毎夜際どい会話をしていたっていうのに、まるで初めてのキスに戸惑う子どものように、俺はどんなふうに彼に接していいのか分からなかった。
「やぁ、スタン。久しぶり。君はご機嫌斜めなようだけど、待たせたかな?」
 コートについた雪を振り払いながら、ゼノは普段通りに言った。つい数日前、待ち合わせ場所の確認のために電話した時のように。そして彼は俺の向かいに座り、マフラーを取り、気だるげに近づいてきたウエイトレスにコーヒーを頼んだ。時刻はランチタイムを大分過ぎていて、席には人がまばらだった。皆クリスマスなのに暇そうだ。
 それでも、さっきから聞こえている、リリアン・ワインバーグは高らかに歌う。私たちの声が宇宙にまで届くのを信じてるのって、まるで夢物語みたいに、でも説得力のある声で。
「待ってねぇよ。ただ、なんていうか久々すぎてさ」
「もしかして、緊張してる?」
 そうかもしれない。この街に戻ってから、ずっと船酔いみたいに頭がくらくらしてて、コロラドじゃあ経験出来ない街の刺激に頭をやられてて、そこに恋人がやってきて、俺は緊張しているのかもしれない。
「大丈夫、僕も緊張してるから。だって君とようやく会えたんだし」
 毎晩熱烈な言葉は聞いてたけど、こうやって君に触れられるのは、本当に久しぶりなんだから。そう言って、ゼノは煙草を咥えた唇に冷えた指先を乗せた。俺はあからさまなそれに、そういえばあんたはそういう奴だったよなって思って、肩をすくめて灰皿に煙草をにじり消した。
「俺とファックしたくってたまらなかったって? ダーリン」
「ようやく調子が出てきたみたいだね、それでこそ君だよ」
 俺たちがじゃれつき始めた時、ウエイトレスが湯気の立つコーヒーを給仕した。でも彼女は際どい会話も気にせず(多分、さっきやったチップのおかげだ)、やっぱり気だるげに銀のトレーを持って去っていった。
「それで、研究の方は?」
 冷めたコーヒーを啜り尋ねると、ゼノは目を爛々とさせて新しい宇宙工学のあれこれについて語り出した。これは長くなるなって俺は思ったが、こういう日常が今までは普通だったんだって思い直して、彼の講義を聞いた。新しいエンジン、新しく発表された理論、俺には笑えない科学者特有のジョーク。でも、ゼノはその講義を途中でやめた。珍しいこともあるものだ。セックスの最中だって、新しい方程式を思いついたら中断してラップトップに向かうのが普通だったのに。
「スタン、僕の家に来る? ローストターキーも、母さんが作ったペパーミントバーグもある。君は好きだったろう? それとも――
「あぁ、いいぜ。あんたの好きに……
「それとも、街外れのモーテルに行ってくれる?」
 部屋はとってあるんだ、早く君とファックしたい。もう我慢出来ない。君の制服姿に欲情した、時間がもったいない、たっぷり焦らしてするのもいいけど、僕はまだぎりぎりティーンエイジャーで、君もそうだろう? 君も僕が欲しいんじゃないのか?
 真剣な目でゼノが言う。あんたも頭がおかしくなっちまったみたいだなって俺は思って、久しぶりの逢瀬に二人ともやられちまってるんだなって喉を鳴らす。すると彼はからかわれたとでも思ったのか、憮然とした表情を向けて、でも俺の笑い顔につられて、ため息をついてコーヒーを啜った。
……スタン、君が悪いんだからな。ここ最近毎晩期待させるようなことばかり言って、なのに涼しい顔をしてるんだから実に憎いよ」
「本当に、涼しい顔をしてるように見えんの?」
「え?」
 俺は煙草を咥え直し、ゼノに向き直る。深く黒い目は、俺だけを見つめている。
「俺もあんたとファックしたいよ。長いこと会えなかった分溜まってるんだ、あんたが嫌がってもやめてやらない。あんたが気絶するまで抱き潰したい」
 それ、分かってんの?
 じっと見つめてそう言うと、ゼノはまばたきもしないで、もちろん、と言った。僕が嫌がるとでも思った? って、ノーって言うとでも思った? って、数ヶ月前、士官学校に行く俺と最後に寝た日みたいな目をして。やがてまた反れ離れになる日が来るんだって、そんな一抹の寂しさを抱いた目をして。
「僕も君に触れたいんだ」
 ほっそりとした指が伸びる。それは俺の目元をかすめ、垂らした前髪を触る。ミルクシェイクを飲み干して帰ってゆく子どもたち、早い夕食を摂りに来た老人たち、ホリデーシーズンに浮ついたハイスクールの生徒たちがドアを開け、ハンバーガーを頼む。段々と混み始めた店の中で、「俺もだ」って、俺はテーブルの下でゼノの足に自分のそれを絡める。すると彼は笑って、キスでもしそうなくらい興奮した顔でコーヒーの代金とチップをテーブルに置いた。
 有線は、まだクリスマスソングを流している。クリスマスに欲しいのはあなただけって、そりゃあそうだろう、俺だって欲しいものはこいつだけなんだから。だからこそ古い歌はずっと、この季節に流れ続けるんだろうから。
「制服のままモーテルにしけ込めっかね。空軍に通報が行ったら、あんたは庇ってくれんの?」
「世界はハッピー・クリスマスだ。ジョン・レノンとオノ・ヨーコ曰く戦争は終わったんだよ。ちょっとくらいハメを外しても、君が模範的な生徒なら教官も許してくれるさ」
 席を立ち、コートとマフラーを身につけたゼノがダイナーのドアを開ける。俺はまた煙草を口に咥え直して、彼に続く。
 ――今日は楽しいクリスマスだ、健やかなる人も病める人も、あなたが望めば、富めるものにも貧しき人にも、たとえ争いごとがあったって、皆にクリスマスは訪れる!
 浮ついた歌、浮ついた街、でも、そんなのもたまには悪くない。クリスマスに抱き合う恋人たちを、誰が責められるだろうか?
 俺たちは雪の積もった街を歩く。手も繋がないで、恋人らしいことなど何もしないで、ただモーテルに向かって口笛を吹きながら歩く。
 あたたかなローストターキーも、甘く爽やかなペパーミントバーグも、今は待たせておこう。夜までにはあんたたちの息子の友人になるから、今だけは、今だけはあんたたちの息子の秘密の恋人でいさせてくれよ。なぁ、ミスター・アンド・ミセス・ウィングフィールド。
 あと少しだけでいい、あと少しでクリスマスにふさわしい人間になるから、今だけは、ただ恋人しか見えていない、そんな馬鹿なティーンエイジャーでいさせてくれよ、クリスマスには、それだけしか望まないから。



感想いただけると嬉しいです!
https://wavebox.me/wave/xfx46a4nqxkbgstr/