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あさかわ
2025-05-22 16:22:25
1812文字
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下心に衣を着せ
温泉旅館にきた鬼水が湯浴み着でひと悶着する話。
どうだと水木が服を見せた瞬間、鬼太郎が眉を寄せた。
「ダメだ」
「はぁ? これの何がダメなんだ」
「ダメなものはダメだ」
水木が見せたのは湯浴み着である。上下に分かれた薄墨色の作務衣のような服だ。
妖怪温泉にやってきたはものの鬼太郎は水木が大浴場に入るのを渋った。人間が物珍しい妖怪もいる、他人に肌を見せるのは好かない。しかし、温泉に来て入らず帰るというのは、あまりにも酷な話だ。水木は露天風呂や寝湯を諦めて部屋の小さな内湯で我慢するつもりはない。
「お前の気持ちを汲んで、肌を見せないように考えたのに」
鬼太郎の言い分も分からないとは言わない。恋人の可愛い悋気と自分の欲求の間を取っての湯浴み着だ。宿にも着用の許可はとってある。
「お前の分もあるぞ」
ボストンバックを示し、お揃いだと示すが鬼太郎の眉間の皺は消えない。
「気持ちは嬉しいが、湯浴み着で大浴場はよくない」
「だから、何でだよ」
鬼太郎が唇を尖らせる。水木は腕を組んで鬼太郎と向かい合った。
「透けるかもしれないし」
「濡れても透けない色を選んできた」
「動きにくいし」
「上下で分かれているから問題ない」
「布が張り付くだろう!」
鬼太郎が湯浴み着を指さした。
「湯で濡れて肌に張り付いたら、背中や二の腕の形が露になるじゃないか! 腰回りや太ももの形だって分かってしまうんだぞ!」
爪と牙を露にした猫のような態度で鬼太郎を睨みつけている。
「
……
鬼太郎、ちょっと来なさい」
ちょいと手招きすると警戒する猫のようにそろりと近づいてくる。水木は髪の中に隠れている耳を摘まんで耳朶に鋭く言葉を吹き込んだ。
「
……
この、むっつりスケベ」
ひぐぅ、と鬼太郎がつぶれたカエルと午前様で閉め出された亭主を混ぜたような不思議な音を発した。
「他の客は人間が物珍しくて見ることはあっても、お前みたいに下心たっぷりに湯浴み着を眺めねえんだよ。お前、二の腕に布が張り付くと興奮するのか」
「う
……
」
「どうなんだ、正直に言ってみろ」
怒らないからいってごらん、などと甘い言葉は言わない。場合によっては怒ると伝えると鬼太郎が背中を丸めながら告白した。
「する
……
」
水木は額に手を当てため息をついた。付き合ってから知ったことだが、鬼太郎は露出より着込む方を好む。より正確に言えば、隠された場所からわずかに覗く肌が好ましいらしい。
フェチズムというのは人それぞれであって否定するつもりはないが、湯浴み着にも感じるとは予想外だった。水木自身は特段そういった性質はないと自認しているが、鬼太郎が慌てふためく様子に心が充足するので同じ穴のムジナである。
ばっと顔を上げた鬼太郎の目元が赤くなっている。
「水木、頼むから湯浴み着で大浴場に行くのはやめてくれ。その、マナーとしてその服があるのは理解している。でも、でも
……
」
鬼太郎が唇を震わせて水木を見上げる。わななく唇であるとか、涙が零れ落ちそうな光彩の揺らめきが水木の心をざわめかせる。
「僕が下心でどうにかなってしまいそうだ!」
己の心を正直に言い切った男は頭から湯気が吹き出しそうな様子だ。ふんわり逆立った毛から真っ赤になった足の爪まで一通り眺めて、水木は長々と息を吐いた。
「そういう事情なら致し方ない」
水木は宿のしおりを取って目当てのページを鬼太郎の前に広げた。
「予約制の家族風呂がある。大浴場ほどではないが内湯がいくつかあるようだ。こっちに二人で入る、というのはどうだろうか」
鬼太郎の下心は大いに刺激されるだろうが、他人がいなければ許容できるのではないか。というか喜ぶのではないか。鬼太郎は水木の提案に頷いた。
「それなら構わない
……
すまない、僕の狭量で水木に不自由をさせてしまって」
湯につかっていないのに濡れたようにしおれた鬼太郎の頭を撫でてやる。
「おまえの可愛い悋気で生ずる不自由なら構いはしないさ。よし、フロントに連絡して予約を取ってしまおう」
水木が連絡を入れると今から一時間空いているという。早速予約を取り鬼太郎を振り返った。
「風呂は準備できた。で、湯浴み着はどうする?」
薄墨色の作務衣をぺろりと広げる。鬼太郎は咳ばらいをして答えた。
「も、持っていってくれ」
蚊の鳴くような声で囁く恋人ににんまり笑いかけ、水木は二人分の湯浴み着を手荷物につっこんだ。
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