あさかわ
2025-05-22 16:17:19
2146文字
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一発芸、野暮天揚げ

恋愛レベル赤ちゃんの👹と拗ねている💧

「目玉ァ、一発芸見せてやるぞ」
 飲み過ぎだと鬼太郎が苦言を呈すより先に水木が動いた。腕を伸ばして鬼太郎の手をぎゅうと握る。酩酊して上がった体温に鬼太郎は猫のように飛び上がり壁に張り付いた。
「な、何を」
 水木と手が触れ合った。早鐘を打つ心臓、火照る首筋。顔がカッカと熱い。赤面した鬼太郎を見て水木がゲラゲラ笑っている。
「見ろ、猫みたいに跳ねただろう。顔は真っ赤でタコみたいだ。俺は指先一つで鬼太郎を動物に変えられるんだぞ」
 ふんぞり返る水木にちゃぶ台に座った目玉が声をかける。
「これ! あまり鬼太郎をからかうでない」
「でも面白いだろ」
「それはまあ……そうじゃな」
 目玉の父も大分酔っている。二人でクラフトビール飲み比べ大会をはじめたのだ。度数が低いからとカパカパ缶を開けて、それなりの量がちゃぶ台に鎮座している。目玉は缶ビールを舐めながら頭がふらふらして覚束ない。
「こいつときたら口説く時は熱心に通ったというのに、いざ恋仲となったら素っ気なくしやがって」
「あの、水を飲んだ方が」
 鬼太郎をじろりと睨んでから水木が中途半端に開いた缶をあおる。
「釣果になったら俺はいらんと見える」
「水木、それは違う」
 どうか自分と一緒になって欲しい。鬼太郎が乞うて水木が応えた。間違いなく恋仲ではあるが、新しい立場に鬼太郎は慣れていないのだ。水木に袖にされるのが当たり前であったのでお付き合いをして接触をと思っても身体がこわばってしまう。けして嫌ではないし、飽きた訳でもない。
「うるさいぞ。鬼太郎は出禁だ出禁。少なくともこの飲み会には混ぜてやらん」
「水木、それは少しかわいそうではないかのう」
「む、目玉はどっちの味方だ。つれなくされる友の方がかわいそうだろう。……お前が気に入った蔵醸造のとっておきがあるんだがなぁ」
 目玉はビール缶を空にすると両手を組んだ。
「鬼太郎」
「はい」
「惚れた腫れたの駆け引きも勉強だと思っての。一度引いてはどうじゃ」
……はい。あの、お水を置いて置きますからちゃんと飲んでくださいね。くれぐれも深酒は」
「うるせぇ。さっさと出てけ。お前なんざ知らん」
 水木がそっぽを向いて鬼太郎を振り払うような仕草をする。これ以上居座るとますます水木の機嫌を損ねるだろう。鬼太郎は立ち上がって玄下駄を履いて外に出た。
「やれやれ、二人ともすっかり出来上がってしまって」
 鬼太郎は中身が成人していても見た目は子供である。夜中に子供が玄関先にポツンと立っていては怪しまれるだろう。外から見えぬよう塀の後ろに隠れて室内に意識を向けた。水木と目玉の和やかな声が聞こえてくる。
 鬼太郎は頭上の月を眺めた。妖怪ポストの依頼で忙しく水木に会うのは一カ月振りだ。まるで野良猫でもつまみ出すかのように追い出されてしまった。こんなことは初めてだ。
 水木はいつも鬼太郎の話に耳を傾けてくれた。言葉が出ず黙り込んで拳を握る自分を急かしたり怒鳴ったりせず、根気強く待ってくれた。言葉が足りなければ寄り添って胸でわだかまる言葉を引き出す手伝いをしてくれた。
「追い出したりなんてしなかったのに」
 鬼太郎は下駄の先を合わせて音を立てる。コツリ、コツリと規則正しい音に合わせて考える。あんなに駄々をこねるような言い草で。これではまるで、
「あ……
 拗ねているのだろうか。
 鬼太郎が気恥かしいと顔を出す頻度を落としたこと。手を握ると嬉しさと戸惑いですぐに解いてしまうこと。口付けだって交わしたのは一度だけだ。鬼太郎は緩みきった顔を見られたくなくて、水木に呆れられたらどうしようと恋人を置き去りに脱兎の如く逃げ出した。
 水木はいつもどこまでも大人である。鬼太郎のもう一人の父であり子供想いの優しい人だ。だけど彼だって親である前に一人の男であるのだ。恋仲の相手がつれなくては拗ねもする。
……うわ」
 鬼太郎は己の頬を両手で挟んで唇を噛んだ。心臓が早鐘をうち背筋しびびとする。
 鬼太郎を己の恋人と見るから拗ねるのだ。守るべき子供ではない、言葉にすることを怠っても許される相手。鬼太郎に甘えているから拗ねている。
「何してんだ、お前」
 玄関の戸が開いて水木が顔を出した。追い出した相手を確認してくれる愛おしい人。
「水木」
 呼びかける声が掠れる。鬼太郎は胸が弾けんばかりの歓喜を伝えようとした。しかし、口下手が気ばかり逸ったので組み立てるべき言葉をほとんど取りこぼした。
「拗ねていたのか? 僕がそっけなくしたから」
 水木が目を瞬かせる。月明かりと街灯の光の下に赤くなった目元と震える唇の動きが焼き付いた。
「っこの……野暮天!」
 ピシャリと閉めたとの音が肯定を表す。鬼太郎はいよいよ耐えきれなくなってうめき声とともにしゃがんで丸くなった。明日、明日こそ畳に頭を擦り付けて洗いざらい話してしまおう。そうすれば先ほどのように険しい顔をしてうんと頷いてくれるはずだ。恋人の所作を探して試して馴染ませていく。その日々を想像するだけで、頬が緩んで体がぽかぽかと温かくなる。
 通りかかったすねこすりが、擦るべきすねが腕で塞がれていることに不満の声を上げて去っていった。