小話倉庫(深上)
2025-05-22 00:42:17
4935文字
Public 悠アキ/haruwise
 

マニア垂涎もののお宝(悠アキ/haruwise)

ポンプマニアのペイジと仲が良いアキラと、悠真の話。
◆テーマが同じ話と合わせてpixiv投稿済→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24962061

 最近よく話すようになった同好の士がいる。彼は端正な顔立ちに自然と柔らかい笑みを浮かべる、一言で言うと綺麗系イケメンの部類に入る容貌をしているが、ペイジにとってそれは大きな問題ではない。
 重要なのは、好きなものに対する愛。そう、愛なのだ。
「ふっふっふ……イアスちゃんの保護者さん。ついに来ましたね、この日が」
 腕を組み、自信満々で目の前の好敵手を見据えるペイジに対し、相手――アキラもまた、目を細めて不敵な笑みを作った。
「ああ、僕もこの時を待ち侘びていたよ」
 場所は六分街のカフェの二階、行き交う通行人を横目で見下ろせるテラス席だ。雑貨屋で元気に笑顔を振りまくボンプ店員たちにうっかり緩みそうになる気持ちを引き締め、ペイジはアキラに向き直る。
「準備はいかがですか?」
「うん、バッチリだよ。君にも満足してもらえると思う」
「自信満々ですね! では早速……せーの、でお互いに出しましょうか」
 頷くアキラを見て、高鳴る胸の鼓動を抑えながらペイジは「せーの!」と声を張り上げ、鞄の中に潜めていた一枚の写真をテーブルの上に出す。すぐさま同じように出された相手の写真に視線を移し、はう、と歓喜を零しそうになる口元を押さえる。
 テーブルにある二枚の写真は、それぞれ「ボンプのベストショット」を捉えたものだ。
「さすがボンプマニア……ガブットボンプが水に飛び込む瞬間を、これほど精細に捉えたものはないよ」
「そちらこそ……これは少しうとうとしているイアスちゃん……では、ない!? 同じ型の別のボンプですね!?」
「またしてもさすがと言わざるを得ない。そう、この子はうちの看板ボンプの一人、ビデオ屋の倉庫を守ってくれる06ちゃんだ」
「ビデオ屋……あなたの趣味なら、愛らしいボンプちゃん達を収めたビデオも……?」
「勿論、多数取り揃えております」
「これから毎日通います!」
 完全にビデオ屋の罠にはまってしまった気がしないでもないが、そこにボンプの影があるならたとえ地獄の底であろうとも飛び込むのがペイジである。
 彼の家族のイアスを「エリーズ・ゴッド・ボンプ」という大会で担当したことをきっかけに、アキラとは時々会ってはボンプの話で盛り上がっている。これほどまでに深いボンプ愛を語る相手がいることに最初は驚いたものの、その見識の広さからは学べるものもあると判断し、ペイジにとって彼との会合は何ものにも代えがたい時間となっている。
「あ、これも見てください! ほら、あのガチャガチャでレアものを当てたんですよ」
「これは、シークレットの生産が極端に少ないと噂になっていたクリスタルボンプ……よく当てたね」
「全財産をつぎ込む覚悟で、そこら中のガチャガチャを回しましたから!」
「その心意気やよし、だ。じゃあ特別に、これを見せる時だね」
 アキラはスマホをいじると、写真フォルダを何度かスクロールして止めた。差し出された画面に映っていたものに、ペイジは絶句する。わなわなと手を震わせてその写真に手を伸ばすも、それはただの画像で実物がそこにあるわけではない。
「ま、まさか……これ、San-Z STUDIOの……!?」
「ご名答。このバンドシリーズ、集めるの苦労したんだ」
「あそこのお店、普通のディニーでは何も売ってくれないと噂なのに……店長さん、どんな技で突破したんですか!?」
「うーん……僕にも正確にはわからないんだ。閃きがどうとか言っていた気もするけど、何にせよ、職人の考えは僕には理解できそうにない」
 さらりと言うが、とんでもないコネの持ち主である。心底羨ましい、と嫉妬心から暴れそうになる心を癒すのは、ペイジの隣の椅子に座って二人の動向を見守っているボンプ……彼が連れてきたイアスだ。愛らしい仕草、丸っとしたフォルム、こちらを見上げる真ん丸で無垢な眼差し。どれを取っても国宝級、ペイジにとってはその場にひれ伏したいほどの「愛」の結晶である。でれっと顔の力が抜けてしまっているのを、目の前の保護者に「うちの大事な子を変な目で見ないでくれ」とたしなめられ、はっとして口元のよだれを拭う。
 それにしても、とペイジは視界の端に映る存在にちらりと視線を向ける。ボンプ愛好の同志であるアキラの後方、少し離れた席に、ペイジでさえ知っている有名人の男性が座っている気がする。いや、気がするどころか、明らかに本人だ。ボンプにしか興味がないペイジでも、テレビをつけていたらニュースで流れてくる「対ホロウ六課」の存在くらいは知っているし、友人にもファンが数人いるので情報は容易に入ってくる。そんな彼が今、六分街のカフェで一人、コーヒーをストローですすりながらつまらなさそうに通行人が通り過ぎていく様を眺めいる。何故こんな場所に? と思わなくもないが、ダメダメ、とあえて視線を逸らす。いいではないか、執行官がどこのカフェで羽を伸ばしていても。
 ペイジの葛藤には気付かない様子のアキラは、嬉々として別の写真を見せてくる。
「あとこれ、この間の大会の記念品」
「えぇと……記念品は、こんなに金ぴかではなかったはずですが」
……を元に、僕が特別に発注した一点もの、だね」
「一応聞きますが、まさか純金とか言わないですよね?」
「家族にバレてそこそこ怒られた程度のもの、かな」
 この人は本当にボンプ愛が深い、と改めて感嘆する。ペイジは思い切り抱きしめられるぬいぐるみを集めがちだが、彼はどちらかというと棚に飾るフィギュアを集めるのが趣味らしい。自分が手を伸ばしにくいジャンルでありながら、ボンプである以上興味を持たざるを得ない。実物を見てみたいとお願いするのはさすがに図々しいだろうか、と口を噤むペイジの心を読んだかのように、アキラは軽い口調である提案をしてきた。
「あのスタジオの作品なら、他にもいくつか入手しているよ。部屋に飾っているけど、ペイジさえ良ければ見に来るかい?」
「え、いいんですか! 是非!」
 むしろ願ってもない。しかも店に行けば、先ほど見せてくれたイアスと同じ型のボンプたちにも会えるのでは? そわそわし始めたペイジだったが、顔を上げた先にいた存在を見て一瞬息が止まった。
「聞き捨てならないなあ、アキラくん」
 いつの間にかテーブルの横に、あえて視界から消したはずの男性が立っていた。突然のことに動揺してアキラと彼を交互に見るが、アキラの方は慣れた様子で闖入者に呆れた視線を向けた。
「君、邪魔しないって言ったじゃないか」
「なかなか終わらないんだもん。待つだけなのは退屈だよ」
 そう言うと、何の断りもなく彼はアキラの隣に座った。動揺が抜けないのはペイジである。
 目の前、より正確に言えば斜め前に、かの有名な対ホロウ六課の浅羽悠真が座っている。
 ファンの友人に見られたら詰め寄られそうな光景である。あわわ、と挙動不審になるペイジの手に、そっと何かが触れる。見るとそこには「大丈夫?」と言わんばかりに手を伸ばしてきたイアスの姿があった。
 ああ、この世の春――!!
 瞬時に天国に行きかけたおかげで逆に冷静になった。どうやら二人は知り合い、いや距離の近さから察するに友人らしい。そういえば大会の時、アキラは六課の星見雅と気安げに話をしていた。六課と面識があるなら、彼と友人になっていてもおかしくはない。年も近そうだし。
「終わったらラーメン行こうとか言ってさぁ、なーんで彼女を家に誘おうとするわけ」
「いや、僕は別に、今すぐに行こうと誘ったつもりはないのだけれど」
「だとしても思わせぶりすぎるでしょ、さすがに」
 ――いや、ちょっと近すぎない? 完全にもたれかかっているんですけど。何を見せられているんだこれ、と冷静になりかけた頭が再び混乱の境地に立たされる前に、彼――悠真の目がこちらに向いた。
「えぇと、ペイジさんだっけ? あんた、ボンプが好きなんだよね」
「は、はい!」
 声が裏返ろうが相手は気にしていないようで、「じゃあ僕のとっておきも見せてあげよっかな」とスマホをいじり始めた。
「あれ、アキラくん。あの時の写真ってデータでもらってたっけ」
「それなら僕が自分のスマホに移してるはずだけど」
 などと親密そうな会話をしつつ、アキラも自分のスマホを操作する。これだろう、と見せられたスマホを受け取ると、うんうんと頷いた悠真はその画面をペイジに突き出してきた。
 一体何が――とスマホの画面を覗き込んだペイジは、その場で文字通り固まった。
 それは悠真とともに写る、三体のボンプの写真だった。明らかに市場に流通しているものではないデザインから、特別に作られたものだと分かる。何よりそのボンプ達は、一目見てすぐに分かる特徴を備えていた。
 狐耳を生やし、キリリとした目の黒いボンプ。角が生えてにっこり笑っている水色のボンプ。特徴は少ないが、黄色いハチマキがトレードマークの白いボンプ。彼らは紛れもなく――
「も、もしかして六課の方々をモデルにしたボンプちゃん達ですか!?」
「そうそう。月城さんだけいないのが残念なんだけどね」
「こんなのグッズ展開されてるんだ……完全受注品かな」
「やだな、グッズじゃないよ。れっきとした一点もの。僕がボンプ職人に頼んで特別に作ってもらったんだ」
 その時に抱いた感情は、筆舌に尽くしがたい。ペイジにとってそれは脳天に雷が落ちたかのような衝撃だった。あえて自分を模したボンプの制作を依頼するほど、彼はボンプに近付きたかったのか。いや、むしろ。
「まさか、マサマ……じゃなかった、浅羽さんが、自分もボンプになりたいと思っていたなんて……!」
「いやー、なりたいというか、自分を見つめ直したかったというか」
「自分を見つめ直す……なるほど! ボンプを知るにはまず自分がボンプになるところを想像せよ、ということですね。私でさえその境地には至れていないのに……脱帽です。私、もっと精進します!」
 心の中に湧いた渇望にペイジの頭は冴え渡っていた。世の中にはこんなにもボンプに愛を注ぐ人たちがいるのだ。涙が出そうだ。こうしてはいられない、と立ち上がると、興奮冷めやらぬまま二人に別れを告げ、ペイジはボンプ職人の元へ駆け出した。
 自分の理想とするボンプとはどういうものか。いやそもそも存在が至高なのだ。感謝、幸福、敬愛――自分のそんな彼らへの想いを一つに詰め込んだら、一体どんなボンプになるのか。夢は膨らむばかりである。
 その後、特注の値段を知って「仕事頑張ろう!」と泣きながら新たな決意を胸に秘めたペイジがいたとかいないとか。

 *

「彼女、何か勘違いしてるよね」
……もうなったしね、ボンプには」
「ああ……その悠真は、実際に見てみたかったな」
「あんたになら見せても良かったけどね。うちにいるハルマサボンプで我慢してよ」
 暴走機関車のごとく去っていったペイジを見送った二人は、静かになったカフェのテラスでのんびりと語らっていた。近くに来たイアスの頭を撫でてから、アキラは「それより」と悠真に薄目を向ける。
「君、全然隠す気なかっただろう。ペイジがそこまで思い至れていないようだから良かったけど」
「いやー、あれは勘付いてはいるけどあえて言わないって感じだったよ」
……わざとだね、大人げない」
「アキラくんが簡単に女の子を自分の部屋に誘おうとするのが悪いんですー」
 ふい、と顔を逸らす悠真に、まったく、と息を吐く。秘密のお付き合いを始めてからというもの、彼との距離が一気に縮まった。悠真がここまで嫉妬深いということを、アキラはこの関係になるまで想像すらしていなかった。
「ラーメン食べたら解散? それともビデオ屋に行く?」
 薄暗くなってきた空を見上げながら、悠真の問いかけに対して思案する。今日は金曜日。明日は悠真も休みだと言っていた。ならば。
「彼女のおかげで、久しぶりにハルマサボンプに会いたくなったな」
 遠回しなお誘いでも悠真はすぐに意図を察して、そうこなくっちゃ、と顔を綻ばせた。