なんでそういう話になったのかはわからないけれど、合宿から帰るバスの中は恋愛話で大盛り上がりしていた。たぶん、地獄のような合宿から解放される喜びでみんな浮かれていたんだろう。
そんなふうに冷静な分析ができるのは、一之倉が周りよりちょっとスタミナがあるおかげかもしれない。
「えっ深津って彼女いたことあんの!?」
三列くらい前の席からそんな叫び声が聞こえてきて、一之倉は座席から身を乗り出した。他の連中も興味津々という感じで、通路から頭を出したり立ち上がったりして深津の様子をうかがっている。
「そんな驚くことベシ? こんな高身長バスケ上手がモテないわけがないベシ」
「いやー、だってベシとか言ってるし」
「失礼ベシ。あの頃の接尾語は『ジェ』だったベシ」
河田がバスが揺れるような笑い声を上げて、それにつられてみんな大笑いした。疲れすぎて笑いの沸点が低くなっているんだろう。一之倉はへらっと笑ってから、通路にはみ出させていた身体を戻した。
隣の席で疲れ果てて眠っていたはずの松本が、うっすらと目を開けている。
「……なんの騒ぎだ?」
「深津に彼女がいたんだって」
「へえ……」
またまぶたを閉じた松本の顔を、一之倉はじっと見つめた。今なら、何を訊いても合宿終わりのハイテンションのせいにできるかもしれない。
「松本は?」
「あ?」
松本は律儀にまぶたを開けようとしたけれど、いつもの三分の一くらいが限界らしい。そうやって目を細めていると、端正な顔と相まってなかなか迫力がある。
「彼女、いたことある?」
何気ない感じを装ったけれど、顔に血が昇っていくのは抑えられない。それでも表情は変えないようになんとか堪えながら、一之倉は返事を待った。
やがて松本は眠気に身を任せるようにもう一度まぶたを閉じて、ぼそりとつぶやいた。
「……いや、ない」
「そっか。意外だね、松本モテそうなのに」
ほっとしたせいで、少し声が高くなってしまった気がする。松本は一之倉の声色なんて気にもしていないみたいで、まぶたを閉じたままで首をかしげた。
「そうか?……一之倉は?」
「好きな人はいる」
一之倉がぽつりとこぼすと、松本はぱちりと目を見開いた。しっかり見つめあってしまってから、一之倉は自分の失言に気づいた。やっぱり一之倉だってそれなりに疲れているのだ。
「どんな人?」
ついさっきまで眠っていたせいか、訊ねる松本の声はかすれていた。その声で、一之倉の心臓はぎゅうっと苦しくなる。
苦しい胸から絞り出したのは、大喜利みたいな返事だった。
「……重力なんてありません、みたいな人」
「は?」
案の定、松本は怪訝そうに眉根を寄せる。その時、またどこかの席でどっと笑い声が上がった。
一之倉はわざとらしいくらいにそちらへ身を乗り出して、一緒に笑った。ひとしきりそちらの会話に茶々を入れてから松本のほうを盗み見ると、すうすうと健やかな寝息を立てている。
ほっと肩の力を抜いて、一之倉は乗り出していた身体を背もたれに沈めた。
一之倉の好きな人は、重力なんてないみたいにふわりと跳ぶ。しばらく空中にとどまってダブルクラッチをするときなんて、浮かんでるように見える。ダンクすら、ガツンではなくてコツンくらいの柔らかさだ。
窓から西日が差して、松本と一之倉の頬を赤く染めた。
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