fedge
2025-05-20 22:55:24
20013文字
Public カピオロ
 

お土産ゲット大作戦

ナタ男子がフォンテーヌ土産を探す話(随時更新。書き終えたらpixivに移します)

「起きろきょうだい、もう昼飯の時間になっちまう」
「起きろ、きょうだい!」
「う……まだ……もう少し……

また夜更けまで映影を観ていたのだろう。イファが部屋のカーテンを開け放つと、客室は陽光で満ちた。この部屋の借主であるオロルンはその光を拒むように深くベッドへ潜り込み、もぞもぞと体を蠢かせている。イファは溜息を吐きながら、団子になっているオロルンの体を布団の上から揺すった。

「もう明日にはナタに帰るんだ。起きないなら置いて行っちまうぞ、借りてた映影だって今日返さないといけないんだ」
「きょうかえ……今日返す?もうそんな日付か」
「わっ!急に動くなよ」

返却日が今日、と聞いたオロルンはがばりと身を起こした。先ほどまで微睡んでいたとは思えない機敏さでベッドから出ると、いそいそと服を着替え始める。

「イファ、出かける支度をしてくれ」
「いや俺はもうとっくに支度は終わってる。お前が起きなかったら一人で昼飯を食いに行こうとしていたんだ」
「ちがう!ちがう!」
「すまんすまん、一人と一匹だな。ほら、カクークだって準備万端だ」
「なら話は早いな。お土産を買いに行こう」

数分前までベッドで溶けていたオロルンはてきぱきと身支度を済ませ、最後に手袋をきゅっと嵌めた。部屋の中にイファを残したまま、我先に出ようとドアに手をかける。

「待った。起こしに来た俺が言うのも何だが、そんなに急ぐ必要もないだろ」
「いや、実は頼まれているものがかなりあるから、明日帰るなら急いで集める必要がある。これだ」

オロルンは懐から紙を一枚取り出した。手のひらをうんとのばしたような長さのそれに、何やら箇条書きでメモがびっしりと残されている。

「なになに……?『オルツィ嬢事件簿・3の特装版』、『二銃士・映影化記念冊子』、『小説版・水の娘』に『フォンテーヌ動物寓意譚』、『科学院の悪夢』……?」
「『フォンテーヌ動物寓意譚』は僕も読みたい」
「書籍のリストか。黒曜石の老婆のお使いってわけだな。でも、こんなに本を買ったら重いんじゃないか?」

紙は量があると思ったよりも重い。フォンテーヌからナタまで船旅とはいえ、これだけ抱えて帰るとなると土産は本だけで手いっぱいになってしまいそうだ。

「その点は大丈夫だ。ばあちゃんがホテルに『こまにや』というのを手配してくれるらしい。そこに預けたらばあちゃんの家まで届けてくれるんだそうだ。重い荷物があるなら、一緒に預けて後で取りにくればいいとも言っていた」
「それならまぁ……いいか。本だけじゃなく、他にも土産を買うんだろ?」
「ああ。野菜の積み込みを手伝ってくれたオカンビおじさんにも何か買って帰りたい。留守の間、野菜の世話もお願いしているからな」
「そうかい。それじゃあさっさと飯を食って探しに行こうぜ」

ホテルを出る際に聞いてみたところ、明日の朝までに受付に預ければ狛荷屋がまとめて持って行ってくれるとのことだ。代金は着払いで黒曜石の老婆持ちになっていると聞いたオロルンは、それなら財布を気にしなくていいなと少しだけ口角を上げた。

--------------

兎にも角にもまずは腹ごしらえだと、二人と一匹はコーヒースタンドへ向かった。映影ランドの効果で普段より観光客が増えているらしく、会場から離れたフォンテーヌ廷でもあちこちの店が込み合っている。
コーヒースタンドもその例に漏れず混雑しており、ほどほどの行列ができていた。待つ間に列に漂ってくるパリパリに焼かれたクロワッサンの香りが空腹を加速させる。

「イファ、席を確保してきてくれ。食べ物は僕が持っていく。コーヒーのシロップとミルクは要るだろ?」
「ああ、両方頼む。あっちの席取っとくわ」

暫く並んでようやく品物を受け取ることができた。氷の浮かんだアイスコーヒーを二杯とクロワッサンサンドを四つ。さらにカクーク用のプレーンなクロワッサンを一つトレーに乗せ、イファが確保してくれているパラソル席へと向かう。香ばしく焼かれたクロワッサンには切り込みが入れられ、濃厚なたまごフィリングと香草の薫るハム、鮮やかで瑞々しいレタスが挟みこまれていた。

「もう何回か食べたが、ここのクロワッサンは本当に旨いな。惜しいのは一つじゃ小さすぎるから二つ要るって事くらいか」
「ああ。ナタでも同じものを作れないだろうか」
「どうだろうなぁ、レシピがあればなんとかなるかもしれないが」

パリパリのクロワッサンの皮をぼろぼろと溢しながらサンドを頬張るオロルンを見かね、イファが無言でトレーをオロルンへと押しやる。オロルンはその所作に特に疑問を抱くこともなく、トレーを自分の前にさらに引き寄せて破片を受け止めさせた。

……問題はタタコスと違って、二枚目の皮が用意できないことだな」
「こぼれてるのが皮だからな。ところで、そのリストの買い物をする場所の目途って付いてんのか?」
「いや、全く」
「おいおいきょうだい、マジかよ」
「まぁ、なんとかなるだろ」
「それもそうか。食べ終わったら適当に店を回ろう」

クロワッサンサンドを食べ終え、オロルンはブラックコーヒーを口にする。オロルンの好みにとてもよく合っているここのコーヒーは苦味が強い気もするがコクがあり、いつだったか野営中に淹れてもらったものとよく似ていた。
二人がサンドを食べ終え、アイスコーヒーを啜りながらまだクロワッサンをつついているカクークを見守っていると、トレーを持った人影が二人と一匹が座るパラソルへと近づいてきた。

「すまない、相席いいか?」
「キィニチじゃないか、こんにちは。もちろん構わない」

オロルンたちが食べたものと同じアイスコーヒーとサンドのセットを持ったキィニチが、空いていた席に腰を下ろした。それに気づいたカクークが顔を上げたが、ピンク色の羽毛にクロワッサンの欠片が沢山くっついている。

「こんにちは、友よ!」
「こんにちは、カクーク。リオセスリさんが教えた言葉、ちゃんと覚えてるんだな」
「もちろんだ、きょうだい!」
「だーっはっはっは、ピンクの毛玉がゴミまみれになってやがる!実に愉快だな」
「クアーッ!クアーッ!」
「こらアハウ、店で騒ぐな。お前の分のクロワッサンが要らないなら別だがな」
「ちびニチの癖に吾輩を脅すとは……いい度胸だな」
「要らないんだな」
「要らないとは一言も言ってねぇ!」
「カクーク、お前も騒ぐな。食べ終わったら顔を拭いてやるから」
「ありがとな、きょうだい!」
「アハウ」
「今度は何だってんだ!」
「お手」
「まっったお前は吾輩のことを何だと……!ムキーーーーッ!」
「上手くできたら僕からもクロワッサンをあげようと思っていたのに、残念だ」
……オロルン、そのくらいにしておいてくれ。収拾がつかない」

もはや恒例と化したやりとりを終え、キィニチは自分のクロワッサンサンドの上半分をむしり取ってアハウ用のクロワッサンの皿に乗せる。それをカクークから一番遠い席に置いてやると、アハウはもそもそとクロワッサンを齧り始めた。口が塞がるため、食べている間は実に静かだった。
オープンサンドになってしまった方のクロワッサンサンドを齧りつつ、キィニチは二人に話を振った。

「それで、二人はいつまでフォンテーヌに居るんだ?俺は明後日には帰るんだが」
「僕たちは明日の船で帰るよ。だから今日はお土産を買って回ろうと思っているんだ」
「お土産か……考えてなかったな」
「君のことだから、ムアラニとカチーナに買っていくものだと思っていた。よかったら一緒に見て回らないか?」
「確かに二人の分くらいは買っていってもいいかもな。今日は特に用事もないし、同行させてもらおう」

オロルンとキィニチが話を纏めている傍ら、イファは何か考えるように顎に手を当てて机を見ていた。

「どうしたんだ、イファ?机になにか付いているのか?」
「ああ……いや、よく考えたら俺は誰に土産を買うべきなんだろうかと思ってな。誰かこの人に、って相手は居ないし、かといって集落の皆にってのはモラが足りなくなる」
「それなら、自分用に買ったらいいと思うわ。旅の思い出を持ち帰ることも最高のお土産よ!」

溌溂とした元気のよい声が差し込まれ、三人は目を丸くした。いつの間にか人が一人増えている。彼らが囲んでいたテーブルに、赤い帽子に桃色の髪の女性が写真機を抱えて寄ってきていたのだ。

「キィニチさん、それにナタの皆さん、こんにちは!面白そうな話が聞こえた気がして、つい来ちゃったの。フォンテーヌ観光は楽しめてる?」
「あの時のピンク髪のお嬢さんじゃないか、こんにちは」
「あら、自己紹介をしていなかったわね。コホン、私は『スチームバード新聞』の記者、シャルロットです。よろしく」
「僕の名前はオロルンだ、よろしく」
「俺はイファだ。よろしく、シャルロットさん」
「シャルロットさん、丁度いいところに。実は今から土産物屋を回ろうと思っているんだが、良い店を知らないか?」
「お土産の買えるお店ね、どんな物を買いたいとか決まってるの?」
「ばあちゃんから書籍を探すように頼まれているんだ、本が買える店はあるか?」
「書籍ね、えーと……フォンテーヌ廷の地図は持ってる?ちょっと口で説明しづらい場所にあるんだけど」
「ああ、持ってる。これでいいか?」

イファが鞄からフォンテーヌ廷の簡易マップを取り出す。観光客用の簡易なもので、食事処などは目立つように印がつけられているが、土産としても一般的ではない書籍店は残念ながらマークはされていなかったのだった。

「現在地がここね、ここから曲がって、こういった先よ」

シャルロットはペンを取り出し、書籍店の位置に星の印を書いてくれた。その店は観光ガイドにチェックされている店の多くからだいぶ離れたところにあった。

「助かるよ、教えてもらえなければここまでは行っていなかっただろうからな」
「ここからなら、先に本屋に行ってから他のお土産屋さんを回る方が効率がよさそうね」
「確かにそうだ。ホテル前も通るから買ってホテルに預けてから、他のお土産を探そう。ありがとう、シャルロットさん」
「いえいえ〜。お役に立てたならなによりよ!あ、そうだ。ニューススタンドの『スチームバード新聞』もよろしくね!この間の大捕り物が一面に載っているから、それこそ良いお土産になると思うわ。それと、カクーク君とアハウ君のショットもばっちり載っているからね」

それを聞いたカクークは、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。顔に付いていたクロワッサンの欠片がはらはらと舞って地面に落ちる。

「最高かよ~」
「げ、よりにもよってこの毛玉と映ってるアレかよ」
「カクークがフォンテーヌの新聞に載るだなんてなぁ。よし、記念に買っていくか」
「よかったな、イファ。早速お土産ができた」

シャルロットに礼を言い、三人と二匹は教えてもらった書店へと向かう。道中ニューススタンドに寄り、三人はそれぞれスチームバード新聞を一部ずつ買った。その一面には大捕り物をしたキィニチがばっちり飾られており、アハウとカクークの写真も折り込まれた三面にしっかりと載っている。書店でオロルンが本を探している間、二人と二匹は買った新聞を眺めていた。

「これは……流石に少し、恥ずかしいな」
「良い記念じゃないか、これ以上ないお土産だ。ほら、カクークとアハウもばっちり映ってる」
「ケッ、偉大なる聖龍である吾輩がなんでこんな毛玉と同列に扱わなきゃならないんだ!」
「ハハッ!」

皆が新聞を見てあれこれ言っている中、オロルンは買い物リストと照らし合わせながら書籍を購入していたが、どうにも一冊だけ見当たらない。

「ええと……あとはこれだけか、すまない、『科学院の悪夢』って本を探しているんだが、あるか?」
「『科学院の悪夢』……か、すまないが、うちには置いていないよ」
「なにか理由があるのか?」
……無いものは無いからな、申し訳ない」

書店の店主がばつが悪そうな顔をしながら頭を掻いている。オロルンはその様子を不思議に思い、店主に問いかけたが、はぐらかされてしまった。
とりあえずその一冊を除いた書籍を手に入れたオロルンは、困ったような顔をしながら二人の元に合流した。

「一冊だけ無かった。でもとりあえずこれだけ買えたし、きっとばあちゃんも喜ぶ。ホテルに預けて、地図にあった土産屋を回ろう」

--------------


「クロックワークマシナリー、ってのはすげぇなぁ。こんなものまであるのか」

ホテルの受付で書籍を預け、三人と二匹は観光ガイドに載っている通りを訪れた。フォンタ片手に数か所を回り、店先に雑貨や小型のクロックワーク・マシナリーが展示されている店で脚を止めた。機械仕掛けのペンギンに目を惹かれたイファは、興味深げにマシナリーの玩具を手に取る。

「強度次第では仔竜の玩具に良さそうだ、パタパタ動いて可愛いな」
「なぁに言ってんだ、きょうだい!」

そんなもの買わなくてもここに居るだろう!?と言わんばかりに、品を手に取るイファの回りをカクークがパタパタと飛び回る。王冠のついているペンギンのマシナリーを机に戻したイファは、カクークを帽子の上に座るように促した。

「わかったわかった。店員さん、これは幾らだ?」
「こちらセール品でして9800モラとなります。でもお客さん、外国の方ですよね?エネルギークラスターを別に用意すればフォンテーヌの外でも使えますが、プネウムシアのない地域では、あまり長くは動かないかと……お土産であれば、こちらの人形なんてどうでしょうか、見た目は殆ど同じですよ」

勧められた玩具は確かに見た目は殆ど同じだが翼の接合部などは溶接されているものだった。価格も半額程ではあるようだが、そこまでそそられるような品物ではない。

「あー、動かないなら興味は引けなさそうだし、やめとくか」
「待つんだイファ、動力がどうにかなればいいんだろう?僕にいい考えがある」
「ほーう、聞かせてもらおうか」
「シロネンに頼む」
「だろうと思ったぜ」
「ああ。彼女なら間違いなくやってくれる」
「本当に頼むなら、シロネンにも土産を買っていかないとだな」
「賄賂だな」
「黄金色の最中ってやつか」
「それは稲妻の時代劇だ、イファ。フォンテーヌ式は銀色のケースにモラをびっちり入れるんだ」
「流石に玩具にそこまでは出せねえなぁ」
「なぁにデタラメ言ってんだぁ……?」

二人と一匹のやり取りがずるずると続く中、キィニチはいつものことだとそれを放置しながら、隣に並べられていたアクセサリーを眺めていた。真剣に吟味しているというのにアハウが横で茶化してくるのが面倒になり、土産を決めるまでの間ミュートしている。フォンテーヌのアクセサリーは一般的なナタのものとは大きく異なり、細やかな金属細工や美しくカットされた宝石が特徴的で、まさに宝物、といった物が多いようだ。店主が言うには、この店では普段使いできたり子供がちょっと背伸びしたいときに手を出せるものを用意しているとのことで、宝石は全てガラス玉らしい。それでも十分に使用に耐える、気品がある品々だ。

「二人への土産をこれにするか?これなんかムアラニに似合いそうだ。だが金具が細いのが気になるな……

海をモチーフにしているのだろうか、青から水色に切り替わるグラデーションを抱いたガラス玉がはめ込まれたブローチに目をやる。石を覆うような流線型の銀細工が美しいが、その一本一本がとても細く、容易く折れてしまいそうだ。手に取って見てみたが、それを付けたムアラニがうっかり破壊してしまう様が浮かび、そっと元に戻した。

「急いで決める必要もないだろう、もっと「これだ」と思う物があるかもしれない」

別の店を見ないかと未だコントを繰り広げているオロルンとイファに声を掛けようと顔を上げると、後ろを凄い勢いで制服の一団が駆け抜けていった。その集団は店の先を暫く行った先にある、大きな建物の前で止まった。確かあの建物は、銀行だった筈だ。

「開けろ!特巡隊だ!大人しく投降しろ!」

凛とした声が辺りに響き渡る。赤い制服の隻眼の女性が、北国銀行の入口に立っていた。白い細身のマスケット銃を構え、遠方からでも判る覇気を醸し出している。

「見ろ、イファ!本物の『開けろ!特巡隊だ!』だ!見に行こう!」
「おい、オロルン!待てって!」

きらきらと目を輝かせ、オロルンは駆けだした。既に辺りには人だかりができていたが入口が見える位置になんとか潜り込むと、女性の首に腕を回して刃物を突きつけている男が扉から姿を現した。

「うるせぇ!静かにしろ!この女を離して欲しければ五千万モラ用意す――

男が何かを述べ終わる前に、ダァン、と銃声が響いた。シュヴルーズが躊躇いなく放った弾丸が寸分の狂いもなく男の刃物を弾き飛ばし、落とされた得物はカラカラと音を立てて入口の石段を転がっていく。

「取り押さえろ!」
「チィッ!」

号令に呼応して隊員たちが男を取り押さえにかかるが、男の周りを強風が覆う。突然吹き抜けた風に、周囲の人垣が崩された。

「アレクシー!アレクシー!」

泣きそうな子供の声がざわめく人々の中に混ざる。それを捉えたイファが声の方向を辿ると、男の子が中型の犬を抱きかかえて眼に涙を浮かべている。男の子にくてっと身体を預けている犬は、痛そうに呻いている。イファが駆け寄ると、眼に涙を湛えている男の子が訴えかけてきた。

「お兄さん、どうしよう!今の風でどこかぶつけちゃったみたいなんだ!」
「落ち着いて。俺は医者だ――専門は竜だが、犬のことも多少は知識がある。診せてくれるか?」

こくりと頷いた少年はそっと犬の身体を降ろし、落ち着かない様子でイファへと預けた。
鞄から処置用の諸々を取り出しながら真剣な顔で向き合うイファを、少年は縋るように見つめた。

一方、風を起こした男は懐からフックを取り出して壁面に打ち込むと、コードを巻き取りながら逃走を図った。

「神の目を持っていたのは計算外だった……!逃がすな、追うぞ!」

号令と共に特巡隊が追おうとするが、犯人は建物の屋根に次々と飛び移り、地上を駆けている特巡隊では追いつけそうにない。その様を見たキィニチとオロルンは目くばせし、駆けた。
キィニチは鍵縄を放り屋根の装飾を捉えると、逃げる犯人と同じ屋根へと身を躍らせる。

「何だお前!来るんじゃねぇ!」

一見してそこまで鍛えられているような風体でもない男に、普段ナタの高低差の激しいフィールドを駆け回っているキィニチが追いつけない道理はなかった。

「チッ」

だがあと少しで男を捕えられるかというところで、再び男の身体を風が覆う。キィニチは不安定な足場で強風に当てられ、風圧に耐えようと足を一瞬止めた。その隙を付いた男はフォンテーヌ廷の外壁に再びフックを刺し、外への逃亡を試みた。男がロープを巻き取りながら高所へと上がり、外壁の水路に足を掛けようとした、その時だった。

「んがぁっ!?な、なんだっ!?」

これで撒けただろうと安心しきっていた男の身体に、ばちばちと電撃が奔った。何事かと男が打ち込んだ矢を見ると、壁に打ち込んだ金属の矢に見慣れぬ黒い球体が付着している。紫電を纏った球体から男の刺していた矢に雷撃が伝わり、巻き取り用のコードを伝って男の身体を灼いた。
痺れて体の制御を失った男は、ばしゃりと水飛沫を上げながら外壁上の水路へと落ちた。身体から痺れが取れて意識を取り戻した時には、犯人は両手両足を縛られ、見慣れぬ装束の男二人に見下ろされていた。


「協力、感謝する。だが……すまないが、二人にはパレ・メルモニア迄ご同行願いたい」

捕えた男を特巡隊へ引き渡したオロルンとキィニチだったが、隊長であるシュヴルーズが申し訳なさそうな顔でそう告げてきた。

「証人としてか?構わないが」
「いや、外壁水路への侵入は、特定の場合を除いて法律で禁止されているんだ……

--------------

「二人とも此度の協力、感謝する。外壁水路の件は些か条件が複雑な為、君たちが例外に該当するかどうかの判定が必要となる。申し訳ないが今しばらく待っていただきたい」

パレ・メルモニアまで連行されたオロルンとキィニチは、キィニチが先日の事件の功労者で、ヌヴィレットと面識があることから執務室へと直接通された。通された執務室には先客――ギャンブルの法規制に関する事項の擦り合わせのために訪ねてきていたリオセスリも居た。

「こんにちは、お二人さん。今日はカクークは居ないのか?」
「ああ。彼は今、イファと一緒に居るはずだ。君はカクークに会いたいのか?」
「まぁ、会いたいか会いたくないかで言えば、会いたいな」
「それならすぐに連れてこよう、少し待っていてくれ」

踵を返して執務室から出ようとするオロルンの手を、リオセスリは咄嗟に掴んだ。

「待った、オロルン。あんたは今法律違反の容疑が掛かってここに連れてこられているんだろう?むやみに部屋を出ようとするんじゃない」
「ああ。そうだった、すまない」

申し訳なさそうに眉を寄せたオロルンは、すぅと息を吸い込み、窓のステンドグラスに向けて少し大きな声で呼びかけた。

「カクーク!迎えに行けそうに無いから、イファと一緒に正面から入ってきてくれ」

オロルンが呼びかけた先に目をやると、ステンドグラスの向こう側に丸い影がぽよんぽよんと映っていた。よくよく耳をすませば遠くから「カクーク!戻ってこい!」と叫ぶイファの声も聞こえる。影はその言葉を受けて動きを変えると、ぱたぱたと飛んで行った。イファの待つ方向ではなく、パレ・メルモニアの入口へまっすぐ向かったのだろう、「カクーク!どこに行くんだ!」とイファが叫んでいる。その声を耳で拾ったキィニチは小さく息を吐くと、リオセスリに向き合った。

「先程オロルンが止められたように、俺たちは被疑者の身だから部屋から動くべきでは無いことはわかっているんだが……パレ・メルモニアの入口まで友人を迎えに行きたい。リオセスリさん、同行を頼めないだろうか。このままだと医者の友人の胃に、心労で穴が空いてしまう」
「へぇ、カクークの飼い主はお医者さんなのか。わかった、一緒に行こう。ヌヴィレットさんもそれで構わないかい?」
「ああ。よろしく頼む」

書類に向かう水龍と部屋の中の調度品を興味深げに眺める蝙蝠を置いて、二人はパレ・メルモニアの入口へと向かっていった。部屋に二人きりとなった少しばかりの静寂の後、ヌヴィレットが口を開いた。

「大したもてなしもできずにすまない、掛けてゆっくりしていてくれ」
「ああ、そうさせてもらう。ところで……君のことはなんと呼んだらいいだろうか。あまり初対面の人をじいちゃんやばあちゃんと呼ばない方がいいと言われたことを思い出した」
「ふむ……私はそんなに老けて見えるか?」
「見た目じゃなくて、魂だ。君はとても長い時間を生きているから」

問いかけでなく断定として投げられたその言葉に、ヌヴィレットの眉がぴくりと動く。手に取ろうとしていた書類を置き、オロルンの掛けたソファの方へと向き直った。

「旅人から私の話を聞いたのか?」
「いや、旅人のじいちゃんからは何も聞いていない。でも僕の眼には、幾年も過ごしている君の魂もずっしりとしていて、とても澄んでいるように視えるんだ」
「魂が見える……?君はどうも特異な能力を持っているようだ」
「信じ難いだろうけれど、事実だ。僕の見立ては外れていたか?」
「いや、誤りではない。呼び方の件は、君の好きなように呼ぶといい。……ところで『も』、ということは私以外にも似たような者が居たということか?」
「あ、ええと……僕の恩人が、そうだった」
……そうか」

過去形のその言葉から滲む寂寥感に、ヌヴィレットは思わず口を噤んだ。また少しばかりの静寂が執務室を包み、時計の針が動く音さえはっきりと聞こえた。

「ああ、すまない。気にしないでくれ、水のじいちゃん」
……好きなように呼んでいいとは言ったが、その呼び方だと私だと認識するまでに少々時間を要する」
「だめだったか?なら、ヌヴィレットさんと呼ばせてくれ」

----------------

一方その頃。

「っはーーっ!キィニチてめぇ!土産を買う間、って言ってた癖に、閉じ込めたまま忘れてただろ!」
「ああ、土産はまだ見つかっていないからな」
「キィニチさん、これは一体……?」

閉じ込めた時に掛けていた時間制限が解除されてしまったらしく、執務室を出てすぐにアハウが飛び出してきた。突然現れた黄緑色の物体にリオセスリは目を丸くする。立方体で構成された不思議な浮遊物は、どことなく竜のような形を模していた。

「ああ、紹介する。こいつはアハウ。俺の――ペットだ」
「だぁれがペットだ!偉大なる聖龍である吾輩のことを何だと思ってやがる!」

ぎゃいぎゃいと騒ぐアハウを、リオセスリは興味深げに眺めている。

「へぇ……アハウはカクークよりも沢山言葉を喋れるんだな。なぁ、触ってもいいか?」
「構わないが、そんなにいいものでも無いぞ」
「あんな毛玉と比べるんじゃねぇ!っておい!本当に触る奴が居るか!……だぁっはっはっ、くすぐっ……!」

アハウを捕まえたリオセスリは、子犬にするように首の後ろをこしょこしょと撫でた。硬質な身体は思いの外ほんのりと熱を持っており、手の中がぽかぽかと温まる。だが小動物のようなもふもふとした感覚は無く、少々期待外れだったリオセスリは数度撫でた後アハウを解放した。

「だいぶ角ばっていて、動物というよりマシナリーみたいだな。こいつも竜なのかい?」
「一応はそうだ。だがアハウは少々特殊でな、一般的な竜とは違うんだ」
「そうなのかい。いろんな竜が居るんだな」
「もし興味と時間があれば、一度ナタに遊びに来るといい。法に触れてしまうから連れて帰ることはできないが、どの仔竜も愛くるしい見た目をしているんだ」
「ほう、機会があったら是非見に行きたいな」

ふと見ると、撫でまわされて疲れたのかアハウは少しくったりとしていた。いつもなら何かしらぎゃいぎゃいと騒いでいるアハウが口数当社比50パーセント減といった様相だ。

「大丈夫か?アハウ」
……ちびニチが吾輩の心配をしてるだぁ?なんか悪いものでも食ったのか」
「減らず口が叩けるなら元気だな、また暫く静かにしていてくれ。イファとカクークと合流したらまたあの部屋に帰るんだからな」
……仕方ねぇ。吾輩の睡眠を邪魔するなよ」

名前を出した途端、アハウの顔が明らかに曇った。よほどカクークと鉢合わせたくないのだろう。めんどくさそうな顔を少しばかり浮かべたあと、アハウはすっと姿を消した。

「本当に不思議だな、その装置に入っているのか?」
……ああ。話せば長くなるんだが、今は人を迎えに行くところだから後にしてもらえると助かる」
「確かに。それに、お友達も待っているみたいだ」

パレ・メルモニアの入口に入ってすぐのところでカクークがぱたぱたと飛んでいる。その隣には明らかに疲れが顔に滲んでいるイファが立っていた。

「また会ったな、友よ!」

リオセスリを視認したカクークが胸めがけて勢いよく飛び込んできた。リオセスリはそれを受け止め、カクークの頭を撫でた。

「すまないな、イファ。心配をかけた」
「オロルンならまだしも、キィニチが謝ることじゃないって。それにしてもカクーク、だいぶ彼に懐いているんだな」

イファはなんとも言えない表情をしながら、頭を撫でられているカクークを見やる。

「ああ、カクークがパレ・メルモニアで許可を待っている間に言葉を教えていたからな。それで懐いたんだろう」
「だから最近、教えた覚えのない言葉をちょくちょく使っていたのか……
「広場で会って以来だな、あの時は名乗らずに済まなかった。俺の名前はリオセスリ。――パレ・メルモニアの職員だ」

カクークを抱きかかえたリオセスリがキィニチとイファの元へと歩み寄る。二人の元に合流すると、カクークはぱたぱたと飛び立ち、イファの帽子の上へと乗った。

「俺はイファ。ナタで竜医をしている。よろしく」
「よろしく。君がカクークの飼い主かい?」
「なぁにいってんだ!きょうだい!」
「俺は飼い主じゃないし、カクークはペットじゃない。『同僚』だ。ほら、カクークだって怒ってる」

カクークが帽子から降り、ぷりぷりと怒りながらリオセスリの眼前に滞空している。ぱたぱたと翼を動かすさまはとても愛らしいが、しっかりその言動を咎めようとする様が伝わってくる。

「失礼。『同僚』のイファ君だな。よろしく頼む」
「ああ。それで……またオロルンが迷惑をかけていると……
「なぁに、今回はお手柄の方だ。キィニチさんと一緒に犯人確保に一役買ってくれたからな。……ただ、その過程でちょっとばかし面倒ごとがあってね。それの確認のために、今ヌヴィレットさんの執務室に待機して貰っているというわけだ」
「俺もその件で少しばかり待つことになっている。オロルンがカクークを見つけてくれたから、こうしてイファを呼びに来たというわけだ」
「折角お友達と旅行に来ているのに、一人なのも寂しいだろ?どうだ、パレ・メルモニアの茶は結構いけるぞ」
「最高だぜきょうだい」
「カクークもこう言ってる」
「それなら……まぁ、お言葉に甘えて」

三人と一匹が執務室へ帰るや否や、それに気づいたオロルンがソファからがたりと立ち上がって駆け寄ってきた。

「聞いてくれ二人とも、ばあちゃんから頼まれてた最後の一冊の手掛かりがあった」
「オロルン君が探している本の出版社に聞き覚えがあった。数か月前に名誉棄損の裁判で有罪となり、そのまま倒産となった出版社から刊行されていた物だ。『科学院の悪夢』は該当の書籍ではないものの、倒産した関係で一般市場への流通が無くなってしまったのだろう」
「だから古書店か、『科学院の悪夢』はだいぶ前に映影化されている作品だから、もしかしたら映影ランドのブースにもあるかもしれないとのことだ。水路の件がはっきりしたら、フォンテーヌ廷の古書店を見てから映影ランドに行こう」
……待て、『水路の件』って何だ」

事のあらましを聞いたイファは、こめかみに手を当てて唸った。

「イファ、疲れたときには甘いものがいい。夕飯はシュヴァルマロン映影ランドのレストランに行こう、あそこはデザートも豊富だ」
……シュヴァルマラン、な」
「ああ……また間違えた。どうも覚えられないな」

-------------------------

「無事に本が買えて本当によかった……これで、ばあちゃんに怒られずに済む」
「さすがに黒曜石の老婆もそこまで鬼じゃないと思うぞ」
「イファ、君はばあちゃんの恐ろしさを甘く見ている。僕は以前、『脚を折る』とまで言われた」
……お前は一体何をしたんだ」

無事に水路侵入の無罪放免が確定し、三人と二匹は再びフォンテーヌ廷の商店へと戻ってきた。他の店も覗きつつ、ヌヴィレットに教えてもらった通りに土産物屋から少し外れた古物商を訪ねる。その店では古い書籍を豊富に扱っており、無事にシトラリからの依頼の書籍を全て揃えることができた。店には古書の他にも、中古の映影再生機や貸出品から型落ちした古い映影作品のフィルムも並んでいる。

「イファ、見てくれ。僕たちが借りた映影シリーズのフィルムがあるぞ」
「ああ、お前が広場で真似したやつか」
「ノックの作法を勘違いしてしまったが、とても面白い作品だったと思う。……これもお土産にしよう」
「待て。あの映影で扉を叩くシーンって特巡隊が突撃する場面くらいじゃ……まさか」
「ああ、オロルンがヌヴィレットさんの執務室に来た時のあれか。あの演技は迫真だった」
「現場にいたキィニチがそう言ってくれるなら間違いないな。また参加型舞台劇をやる機会があったら、演者側でもやれるだろうか」
「問題なく演じられると思う」
「ってオロルンお前、この国の最高審判官相手にそれをしたってことか……?下手したらそれこそ監獄送りになってたんじゃ」
「そういえばそうだ!うっ、セメントで固められて沈められてしまう……イファ、セメントってどうやったら抜けられるんだ?」
「セメントに固められた経験は無いからなぁ、わかんねぇわ」
「そんなことで良いのかイファ。もしかしたら竜がセメントに足を突っ込んでしまうかもしれないだろう?対処を知らなければ助けられないぞ」
「あーあいはい、乾く前に川にドボンだ。これでいいか?」

やいのやいの言いながら店を後にし、一行はフォンテーヌ最後の夕食を食べるために映影ランドへと向かう。まだ日も沈み切っておらずアトラクションも開いている時間だったがピークの時間はとうに過ぎたようで、あまり混雑せずに遊べそうだった。

「夕飯にはまだちょっとだけ早いし、少し遊んでもよさそうだ。そういえば、キィニチはアトラクションで遊んだか?君はフォンテーヌに来てずっと何かしらの事件を追っていただろう」
「確かに。飯には何度か来たが、言われてみればそうだな」
「折角だから、遊んでみたらどうだろうか。僕のおすすめはのんびりガーデンだ。驚いたんだが、とても人懐っこいキノコ型の魔物や、触っても飛んでいかない風スライムも居るんだ。凄いぞ」
「あー、それもいいが、キィニチならカラフルアドベンチャーとかのほうが楽しめるんじゃないか?水流に乗りながらコインを集めていくんだが、スピーディーで楽しかったぞ。何なら三人で行こうぜ」

ふむ、と一瞬考えたキィニチは、イファの提案に乗った。
貸出していた水着に着替えた三人は、橙色の陽光がきらきらと水面を彩るフォンテーヌの夕方の海へと入る。これ以上暗くなると危ないため、三人がこのアトラクションの今日最後の組とのことだった。係員の人の合図でスタートする。
係の人から説明を受けたとおりに身を捻りながら水中のリングを通過すると、原理はわからないが体の周りに水流が生まれて速度を付けて押し出された。そのまま流れに乗って身体を傾ければぐっと進路が変わり、意のままに水中を動くことができた。拾うように言われたコインへと手を伸ばして指の間へ挟み、ある程度纏めてから潜る際に渡された袋へと入れる。キィニチはエクストリームスポーツで鍛え上げられた体幹で水中さえも自由自在に動き回り、用意されたすべてのコインを集めきって最速でゴールを踏んだ。
コインを数個逃しつつも、イファも一歩遅れてゴールした。水面から身を引き上げると、海水が髪を伝ってぽたぽたと雫が落ちた。

「水の中での運動は新鮮だった。勧めてくれてありがとう、イファ」
「流石キィニチだな、追いつけねぇや。ところで、オロルンは……?」

二人がゴールして暫く経った。もしかして水中で何かあったのかと不安になり、探すためにもう一度戻ろうかと思案していたところで、ようやくオロルンが水面から出てきた。既に陽は水平線へと掛かり、辺りはうっすらと夜の香りを漂わせている。

「聞いてくれ二人とも。ヌヴィレットさんにとてもよく似たラッコが居たんだ」
「まさかお前……ずっとそのラッコと遊んでいたとか言うなよ?」
「どうしてわかったんだ!?」

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もう一つくらいならアトラクションに行けるだろうとなり、キィニチとイファ、それにカクークは名演映影ベストシーンが行われているテントへと消えていく。流石に水中のアトラクションはカクークが入ることができなかったが、このアトラクションは同伴者が居るなら大丈夫とのことで「行くぞ、きょうだい!」と嬉しそうに我先にと入っていったのだった。オロルンは先の水中アトラクションでラッコと遊んだのが思ったよりも疲れたようで、少し休憩していると告げ、皆と離れて一人ベンチで待つこととなった。アトラクションも一ステージだけと言っていたからすぐに戻ってくるだろう、夕飯のメニューは何を頼もうか、とぼんやり考えながら潮風を浴びて涼んでいるオロルンの元に、一人の女性が歩み寄ってくる。

「あら?オロルンさんじゃない。シュヴァルマラン映影ランドは楽しんでる?」
「こんばんは、ナヴィアさん。野菜をお渡しして以来だろうか」
「ああ、座ったままでいいわ」

立ち上がって応対を、としようとしたオロルンを、ナヴィアはやんわりと制した。今回、オロルンがフォンテーヌに来た一番の理由――シュヴァルマラン映影ランドのレストランへの野菜の納品依頼の依頼主が、このテーマパークの出資者でもある棘薔薇の会だったのだ。オロルンが腰かけていたベンチの隣に、ナヴィアがふわりと腰を下ろす。

「突然の依頼だったのに、受けてくれて助かったわ。おかげでレストランも大盛況よ」
「ああ。野菜たちが役に立ったならなによりだ。彼らも美味しく調理してもらえて幸せだと思う」
「それでなんだけど、少しお話がしたいの。こんなにも美味しいお野菜ですもの、この機会だけなんて勿体ないわ。それに、おまけにって譲ってくれた蜂蜜。あんなに濃厚な蜂蜜は初めて見たわ、エスコフィエ――ああ、ここのレストランを任せているシェフね。彼女に渡したら品質を絶賛していたの。よかったら、継続的なお取引のお話をさせてもらえないかしら」
「継続的な取引……となると、運搬や収穫量の問題がありそうだ。それに、燃素ミツムシの蜜はそこまでたくさん採れる物じゃない……。ありがたい話なんだが、少し考えさせてくれないか」
「もちろん。もし輸送や流通周りに関して不安なのであれば、こちらから幾つか案を出させてもらってもいいわ。纏まり次第、書面でお送りしてもいいかしら?」
「お願いしたい。一人で決め切れることではないから、僕もしかるべき人に相談しようと思う」

ナヴィアとオロルンが商談をしているところに、アトラクションを終えた二人と一匹が戻ってきた。途中から話が聞こえていたのだろうか、イファが目を丸くして驚いている。

……オロルンが真面目な話をしている、だと?明日は雪でも降るのか」
「イファ、もう戻ってきたのか。君の予想が外れて残念だが、明日の天気予報は快晴だ」
「あら、お友達も一緒だったのね。あたしはそろそろお暇するから、みんな映影ランドを楽しんでいってね」
「あ、ナヴィアさん!聞きたいことがあるんだが、ひとついいか?」
「なぁに?」
「いいお土産を知らないか?できれば、甘いもので」
「あら、それなら『シェルキャンディ』はどうかしら?値段もお手頃だし、外箱にシュヴァルマラン夫人のイラストが印刷された特別パッケージだから映影ランドのお土産にぴったり!ってことで人気があるの。そこの売店で売っているはずよ」
「キャンディか、それにしよう。ありがとう、参考になった」

ナヴィアと別れ、一行は売店に寄ってからレストランへと入ることにした。紹介された売店の店先には、シェルキャンディ以外にも美味しそうなお土産がたくさん並んでいる。どのパッケージにもシュヴァルマラン夫人のイラストが描かれ、記念品としてはうってつけだ。

「キニィチもここの土産を買うのか?」

オロルンはシェルキャンディを一箱梱包してもらったものを受け取りつつ、店頭で数種の菓子を検討しているキィニチに問いかけた。

「ああ。ムアラニとカチーナに何を買って帰るか悩んでいたんだが、この映影ランドのものがいいんじゃないかと思ってな」
「シュヴァルマラン夫人のデザインもかわいいし、いいんじゃないか?」
「そうだな、きょうだい!」
「土産を渡せばきっと土産話も強請られるだろうから、今日体験したアトラクションのことを話してやろうと思う。あの二人も身体を動かすのが好きだから、きっとやりたがるだろうな」
「違いねぇ。ムアラニなんか特に、カラフルアドベンチャーあたりに入り浸りそうだ」
「そういえば、イファ。君は結局なにを自分用の土産に買ったんだ?」
「ああ……見ろ、これだ」

イファは懐から一冊の本を取り出した。手のひらサイズの青い表紙のそれには、『フォンテーヌ法律全集ポケット版』と書かれている。

「もしまたフォンテーヌに訪れるとき、今回みたいな色々に巻き込まれたらたまったもんじゃないからな!これ以上ない品だと思うんだが、どうだ?」
「それ良いな、俺も一冊持っておきたい。どこで買ったんだ?」
「フォンテーヌ廷の本屋にあった。後で回ったほうの店だ」
「あの店か。明日行ってこよう」
「よかったなカクーク、もう追われることは無いぞ。イファがちゃんと法律を教えてくれるからな」
「最高だぜきょうだい」
……お前用にも一冊買っておくべきだったかもしれないな。マナー本も一緒に」

雑談に花を咲かせつつ、一行はシュヴァルマラン映影ランドのレストランで美味しい食事に舌鼓を打った。気心知れた面々で食べる異国の地での食事は、普段とまた違った格別な美味しさだった。


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「ホントにぜんぶ見つけてくるなんて。やるじゃない、オロルン。……でも、流石に買いすぎじゃないかしら?モラは大丈夫だったの?」

フォンテーヌ旅行を終え、オロルンは狛荷屋に運んでもらった土産を受け取るためにシトラリの家を訪れていた。玄関先にはシトラリが頼んでいた数々の書籍のほかに、フォンタが1ケース、酒瓶が1ケース、何やら植物の絵が描かれた麻袋がまとめられている箱が届けられていた。

「ナヴィアさんが高値で野菜を買い取ってくれたし、要らないと言ったんだがミツムシの蜜のお代もくれたんだ。だから、モラは行くときよりも増えている」
「そう?でもムダヅカイはしちゃダメよ、オロルン!」
「わかってるって。ほら、ばあちゃんにもフォンテーヌのお酒を二本買ってきたから、赦してほしい。これはムダじゃないだろ?」
……そうね。ありがと、大事に飲むわ」

ケースから酒を2瓶取り出し、シトラリに渡したオロルンは残りの土産を抱えながら、いそいそと帰路に就いた。麻袋……植物の種とフォンタは自分用、残りの酒はオカンビおじさんへの土産だ。シトラリの家から土産を回収したオロルンは一旦家に全てを下ろし、オカンビおじさんへの酒を2瓶と別で持ち帰っていた土産を手にこだまの子へと向かった。尚、シトラリの家から自宅までのことを完全に忘れていたため、旅の疲れも相まってへろへろになっているのだった。

「あれ、オロルンじゃん。フォンテーヌに行ってるんじゃなかったの?」
「こんにちは、シロネン。さっき帰ってきたんだ。はいこれ」

オカンビおじさんにお礼の酒を渡したオロルンは、その足でまっすぐシロネンを訪ねた。工房から出てきたシロネンを捕まえ、映影ランドで買ってきたシェルキャンディを押し付けるように渡す。

「お土産?このキャンディ、カワイイじゃん。ありがと」
「これは土産じゃない、賄賂だ」
「は?……あー、そーいうこと。おっけー、キャンディのお礼にやってあげるよ。すぐ済むから待ってて」

オロルンが続けて差し出してきた機械を受け取ったシロネンは、何かを察してふっと微笑みつつ工房へと戻っていった。

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オロルンがナタを出てフォンテーヌへと旅行に行った日から、隊長の中で何かが欠けてしまったような妙な感覚が燻っていた。ナタ人の国外旅行が解禁されてから、いつかはこういう日も来るだろうと予想はしていた。していたのだが、ナタ全土とくまなく通ずる夜神の国を掌握している己の掌に、度々玉座へとやってくる無垢な蝙蝠の気配が微塵も感じられない状況が、なんとも落ち着かなかった。
今日の昼過ぎになってようやく、花翼の集北方の港でオロルンの気配を感知できたときは心底安心したのだが、その様子を夜神に見つかり、暫くの間揶揄われた。

「そんなにオロルンが気になるのなら、フォンテーヌの地脈まで覗きに行けばよかったんじゃない?」
「煩い。修復したとはいえナタの地脈はまだ不安定だ。無暗に他国にパスを通すものではない」
「でも心配で仕方なかったのでしょう?態度に出過ぎよ」
……
「ほら、貴方が焦がれた彼が来てくれたわよ。見に行かなくていいの?」
……フン」

気配を辿れば、今日帰国したばかりのオロルンがオシカ・ナタの玉座へ続く道を登ろうとしていた。大きめの荷物を背負っており、その荷には巻かれた布が突き刺さっている。もう日も傾き始めており、登り切るころには昏くなってしまうだろう。

「帰国したばかりなのだから家で休めば良いものを……

玉座へとたどり着いたオロルンはおもむろに荷を降ろすと、隊長の座する玉座の前にある石柱の間にロープを渡し、担いできた白い布を掛けた。布がぴんと張るように裾を大きな石で止めると、背負ってきた鞄の中から次々と品物を取り出していく。

「ええと、これは宿の近くの旨いコーヒーショップの珈琲だ。野営で君が淹れてくれたものに似ていて、とても美味しかった。こっちはキィニチとカクークとアハウが載っている新聞。僕も少しだけ捜査に協力したんだぞ。それでこれはホテルで見た映影。特巡隊と主人公のアクションシーンが見事だった。古い作品だが、君は見たことがあるか?とても気に入ったから一緒に見たいなと思ってフィルムを買ってきたんだ。ああ、再生機器ももちろん手に入れてきたぞ。中古品が出回っていたから、シロネンに頼んでプネウムシア式の機械を燃素でも動くように改造してもらった」

オロルンは取り出した映影の再生機器を、今しがた張った幕に映し出せるような位置に設置しようと奮闘するが、どうにもおさまりが悪いようだ。玉座の石段……丁度隊長の足の間にくる位置に設置するが、どうにも高さが足りない。困り眉でしばし考え込んでいたが、すまない、と一言放った後、隊長の太腿へと手を掛けた。
何をするつもりかと意図を測りかねていると、そこにできた僅かな隙間に、持ち込んだ映影再生機器を挟みこむように置いた。

「おお、これなら奇麗に収まるな。空も暗くなったし丁度いいだろう、一緒に見よう」

返事や反論など勿論できない。オロルンは隊長の股座に設置した映影再生機器に手を掛ける。カタカタと音を鳴らしつつ、年代物のフィルムが再生された。小型の携帯型再生機だからか音は流石に小さかったが、静まり返っているオシカ・ナタの二人きりの屋外上映ではその僅かな音でも十分だった。

「ここの『開けろ!特巡隊だ!』の真似を旅人のじいちゃん相手にしてみたんだけど、あまり反応がよくなかったんだ……キィニチは迫真の演技だったと褒めてくれたから、悪くはなかったと思うんだが。執務室でやったのがよくなかったのだろうか?一応、入口の傍にいた人には今から演技をするからと断ってはいたんだが」

執務室、の言葉に隊長は眉間に中指を当てて眉を寄せた。パレ・メルモニアの執務室、と言えば最高審判官の部屋ではないか。何故そんなところでそんな真似をしたんだ。……でもまぁ、無事に帰ってこれたのだから、なんとかなったのだろう。
そんな様子を楽し気に語るオロルンの眼に、どことなく寂しそうな色を見つけてしまった隊長は、映影の画面よりもその瞳から目を離せなくなってしまった。

……旅行、君と一緒に行ってみたかったな。とても楽しかったから」

暫くして映影が佳境に差し掛かった頃、ぽそりと呟かれたその声にふと我に返る。見ればオロルンが足にもたれかかりながら船を漕いでいた。流石に旅の疲れが出たのだろう。こんなところで寝ては風邪をひく、起きろと身体を揺すってやりたいが、見ていることしかできないこの状況ではそれすら叶わない。再生の終わった映影再生機器がカタリ、と最後の音を鳴らして止まった。

……わかったわよ、そんな目で見ないで頂戴。やってあげるから」
……助かる」

ふわり、と黄色い光が映影を写していたスクリーンを持ち上げる。夜神はそれを隊長の足元まで運ぶと、そのままオロルンの身体へとそっと被せた。

「彼への直接干渉はできないわ、これが限界よ」
……できることなら寝床で寝かせてやりたいが、やむを得まい」

撫でてやるための手を伸ばそうとするが、行き場のないそれをそっと下げる。ふぅと大きく息を吐き、すぅすぅと寝息を立てる青年を眼窩に納め、写真の如く網膜に焼き付けるように自身も目を閉じる。願いこそすれ、今の時点ではどうあがいても叶わない。だが願うだけなら、自由だ。

……叶うなら、いつか、な」