小話倉庫(深上)
2025-05-19 21:06:35
3306文字
Public 悠アキ/haruwise
 

大事なものは(悠アキ/haruwise)

ヒューゴの信頼イベのその後の話。
※ヒューゴと悠真しかいません。
◆テーマが同じ話と合わせてpixiv投稿済→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24962061

 怪盗のテリトリーは夜の中。薄闇の中で颯爽と現れ、スマートに獲物を頂戴するのがセオリーだ。そんな世間のイメージに漏れず、ヒューゴもまた、闇に落ちた夜の街を闊歩することを好む。
 ルミナスクエアのドラッグストアは、最近ヒューゴが必要にかられて通うようになった場所の一つだ。以前昼間に訪ねた際、知り合いに会って気まずい思いをしたことに加え、最近はなるべく日中を避ける生活をしているため、人気の少ない夜更けに出向くことが多くなった。都会のドラッグストアは遅くまで営業してくれているので助かる。治安局のほど近くという立地も、なかなかスリルがあって逆に好ましくもある。
 表の顔である収集家としての仕事の一つ、骨董品の売り付けを果たしたあと、ルミナスクエアのビルを出たヒューゴは薄暗い夜の街をゆったりと歩いていた。途中、そろそろ薬が切れる頃だったかと思い出して駅に向かう足を止め、方向転換してすぐ傍のドラッグストアへと歩き出す。目的地の扉に手をかけようとしたところで、中から出てきた人物とぶつかりそうになってしまい、反射的に横に避けた。
「おっとすみませ……おや」
 外にいる客の存在に気付いて謝罪を入れながら顔を上げたのは、顔見知りの男だった。げ、と思ったが顔には出さず、ヒューゴは僅かな驚きを顔に貼り付けてつぶさに相手を観察する。相手はこちらの意図を知って知らずか、あえて挑発するように口の端を上げると、一歩踏み出してヒューゴに正面から相対した。
「またまた、奇遇ですね。えっと……「ライト」さんでしたっけ?」
……そう何度もお目にかかりたくはないがね」
「あはは。それってやましいことがあるって言ってるようなものですよ?」
 対ホロウ六課の浅羽悠真。ホロウ内部での各種問題の対応から、対エーテリアス戦におけるまで何でもこなす、ホロウに関するエキスパート集団に属する一人だ。この貼り付けたような笑顔は本心を隠しているのが丸わかりで、下手なことが言えない分緊張する。だがこういう場合は先制が望ましいと判断し、向こうが口を開く前にこちらから質問を投げかけた。
「貴公は、あまり体が強くないと見えるな。以前も薬を受け取りに来ていたようだが」
「病人みたいな顔の人に言われてもねぇ。ま、持病みたいなものです、お気になさらず。公務には影響しませんよ」
 以前遭遇した際に「長年病院暮らしをしていた」などと仄めかしていたことから、幼い頃から自身の身体のことで苦労をしていることは想像に難くない。ただ、それをあえてひけらかすタイプではなさそうだ。軽い雑談から彼の人となりを探りながら、ヒューゴの頭は「浅羽悠真」との関係におけるメリットとデメリットを計算し始める。公的機関に勤めている人間と積極的にかかわるつもりはないのだが、彼が白黒はっきりつける真面目な公務員でなければ多少のメリットはあるだろう。
「そういえば知ってます? モッキンバードのヒューゴって人」
 そんな事を考えていたら突然核心を突かれ、ヒューゴは表情を変えずに相手の出方を待つ。こちらの反応などお構い無しに、相手は微笑を貼り付けたままでつらつらと言葉を吐く。
「彼、僕の大事な友人にナイフを突き付けてきたみたいなんですよね。本人サラッと話してくれましたけど、僕としてはたとえ予定調和だったとしても、そんな危険な目に遭って普通でいることがもう絶句っていうか」
……何が言いたい?」
「あなたも「彼」と面識あるみたいですけど、あまり無茶なことはさせないでほしいなぁって。ほら彼、誰かに助けを求められたら無理を通してでも手を伸ばす人だから」
 ――これは、牽制か。挑発的な視線の中に、駆け引きが含まれている事に気付く。最近懇意にしているビデオ屋の店長に近付きすぎなければ、「モッキンバードのヒューゴ」に対して自分がどうこうするつもりはない、と言いたいらしい。
 やれやれ、と肩を竦める。やられっぱなしも性に合わず、はっと鼻で笑ってこちらも挑発を返す。
「そんなに心配なら、貴公からよく言い含めればいいだろうに」
「言ってどうにかなるなら、口酸っぱくして言ってますって」
「では自分で守ったらどうかね? 四六時中と言わずとも、危険な時に側にいることは出来るだろう」
……僕にそんな権利はないですよ」
 僅かに相手の声に諦めが滲んだように感じ、おや、と目を瞠る。不意に相手の泣き所を踏んでしまったかのような気まずさは、このペースを崩す絶好の機会だ。ここぞとばかりに言葉を重ねる。
「大事なものは側に置いておきたくなるものではないか?」
「いやぁ、僕には荷が重いですし」
「重いのは、相手の好意かい? それとも自分の、かな」
「はは……結構ずけずけと聞いてきますね」
 ぴく、と口の端が震えて、鉄壁の微笑が崩れる。ふん、と鼻を鳴らして得意げな顔をすると、さも不愉快だとばかりに鋭く睨まれた。一般市民なら震え上がるか黙り込む状況だが、ヒューゴにとっては心地良さすら覚える。笑顔で本心を隠されるよりは、むき出しの感情を浴びた方がよっぽどマシだ。
 全く堪える様子を見せないヒューゴに観念したのか、相手は表情を緩めて息を吐くと、小さく口を開いた。
「彼の自由を奪う権利は僕にはありませんし……それに、したいとも思わないですね」
 す、と視線を逸らして、彼は気を紛らわせるためか街の中を行き交う通行人の姿をその目に映す。
「彼が彼のままであることは、ある意味僕にとって救いみたいなものですから」
 なるほど、と理解する。H.A.N.D.の執行官、浅羽悠真。天才と称され事実何でもそつなくこなしつつ、サボり癖もあるらしい彼の一番の弱点は、どうやら六分街のビデオ屋の店長らしい。大事に籠の中に閉じ込めて傷一つつけさせないやり方ではなく、大空を羽ばたく鳥を見守るような優しさで、愛を注いでいる。
 何ともまだるっこしいものだと思う。欲しいものを我慢するほどヒューゴは優しくはないつもりだ。しかしそれは進言するものでもなく、彼のやり方を尊重するつもりはある。ふむ、と考え込むヒューゴに、相手は颯爽とカウンターを食らわせてきた。
「あなただって一言では表せない感情を抱く相手がいるでしょう? 例えば、ほらあの、狼の執事さんとか」
……いや待て、何故ここであの男が出てくる?」
「普通ではない空気を感じましたしね。気安さと、ある種の緊張感、でしょうか」
「フッ。浅羽執行官は、どうやら人間観察がお好きなようだ」
「あなたに言われたくはないですねぇ」
「ならば直接聞くが。貴公が店長くんに向けるものは、恋慕か、純粋な好意か、どちらかね?」
「あはは、ご想像にお任せしまーす」
 満面の笑みを見せて自分のペースを復活させた相手に舌打ちをし、目を逸らす。この辺りが引き際だろう。
「貴公と話すとどうも疲れる。お互い干渉しないに越したことはないだろう。俺はそもそも、ドラッグストアに用があるのでね」
「ああ、こんな道端で、長々と話し込んでしまいましたね。引き留めてすみません。ではまた」
……また、になるのか?」
「次は六分街で会うかもしれませんよ」
 だから下手なことはしないように、と釘を差されたようで、抜け目がない彼に脱帽する。どうやら見逃してはくれないらしい。はぁ、とヒューゴが軽く息を吐いたことに満足したのか、悠真は一度だけ手を振ると軽い足取りで駅の方へ歩いて行く。
 遠ざかる背中が駅の階段へ姿を消すのを見届ける前に、さっさと店の中に入ってしまう。外界と隔たれた扉を見てようやく、詰めていた呼吸を全て吐き出した。曲者だと思っていた彼の別の一面を垣間見てしまい、その内包された人間らしさに呆れるでも憧れるでもなく、ただ戦慄する。
 あれは純愛が過ぎるだろう。
 先ほどの相手の表情を思い出して緩みそうになる口元を押さえる。あれは強敵だぞ、ビビアンよ。
 「パエトーン」を敬愛する妹分がこの事を知ったらどんな顔をするのか。それはそれで楽しみだ、とヒューゴは静かに笑みを噛み締めた。