小話倉庫(深上)
2025-05-19 18:57:35
6067文字
Public 悠アキ/haruwise
 

僕だけが知ってる(悠アキ/haruwise)

ビビアンと「トリガー」の信頼度アップイベントのネタバレ有。
◆テーマが同じ話と合わせてpixiv投稿済→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24962061

 六分街にあるレンタルビデオショップ「Random Play」――この店には、日々珍客が絶えない。何でも屋として一部で名を轟かせている邪兎屋の面々から、白祇重工の重鎮たち、治安官、郊外の連中、そして対ホロウ六課に至るまで、奇人変人有名人のるつぼのような店である。
 無論、そのような輩とは無関係の常連客も多い。時折雑誌で「マニア向けのレトロな店」などと記事の片隅に載る程度の経営手腕を持ち合わせている二人の店長は、人当たりも良く訪れた者に好印象を与えるため、そのまま常連になる、ということもよくあるそうだ。
 そんな店に最近、また珍客が増えた。悠真がその光景を目撃したのは、連勤の疲れを癒すべく、かの店長の笑顔を求めてビデオ屋を訪れた時だった。
 チリリンと来客を知らせるベルが鳴る。大抵はその音に反応してカウンターにいるアキラかリンが入り口に目を向け、いらっしゃいと笑顔を向けてくれるところだ。しかし目に飛び込んできたのは、カウンターの前で二人の女性が何やら剣呑な空気を醸し出しているところだった。
 一人は明らかに軍属と分かる装備を身に着け、両目を大きなゴーグルで覆った金髪ポニーテールの女性。もう一人は、一見すればゴスロリと見紛う綺麗な身なりのお嬢様で、真っ赤な瞳が鋭く細められている。入店を躊躇う気迫にさすがの悠真も一瞬足が止めたが、そこでカウンターの脇の椅子に座って気配を殺しているリンと目が合った。ちょいちょいと手招きされたので、足音を殺してそちらに向かい、身を屈める。
「リンちゃん、何これ。営業妨害?」
「確かに営業妨害にはなってるんだけど……残念ながらどっちも知り合いだから、あまり大事にしたくないんだよね……
「アキラくんは?」
「あいにく仕入れ中。そしてあの二人は、お兄ちゃん目当てのお客様」
 なるほど、また彼の人たらしスキルが何かをしでかしたのだろう。ひそひそこそこそと言葉を交わす間に、居た堪れなくなったのか店内に一人だけ残っていた客が静かに店を後にした。その背中を見送ったリンが寂しそうに肩を落としたのを見て、しょうがない、と悠真は立ち上がる。二人の迷惑客に声をかけようとしたところで、それよりも早く金髪の女性が口を開いた。
「あなたの言う彼の特徴は、私の持つイメージと些かズレがあるように思いますが」
 落ち着いた涼やかな声に、今度はナイフのような鋭い声が相対する。
「いいえ。このビビアン、しっかり「パエトーン」様のご尊顔に触れさせていただいて、そのディティールを確かめました。あの洗練された顎までのライン、目元に影を落とす少し硬めの睫毛……どこをとっても神聖なる尊きお顔であるということに違いはありません!」
「触らせていただいたのは私も同じです。ですがプロキシさんのお顔は柔らかく、温かい印象があり、神聖というよりは柔和といった方が相応しいかと。少し緊張なされていたところはどことなく、小動物を思わせる愛らしさもありました」
「しょ、小動物ですって!? 確かに目元はそんな印象も……いいえっ、「パエトーン」様はもっと、狼のように凛々しい印象のお方です!」
 相容れない主張がぶつかって、火花を散らす。それを見ている18号は、参戦したいのか何やらカウンターの向こうでぶんぶん手を振ってアピールしているが、二人は気付かない。混沌と化す店内で一人唖然としていた悠真は我に返り、今の情報を頭の中で整理する。整理すればするほど、もやもやとしたものが心中に渦巻いていく。
「あのー、お二方? ちょっといいですかぁ?」
 白熱していた議論に水を差されたのが気に障ったのか、鋭い眼光がキッとこちらを向く。「ビビアン」と名乗った女性はその瞳に悠真を映すと、僅かに驚いたように目を見開いた。
……あなたは、対ホロウ六課の」
「浅羽執行官、ですね」
 揉めていた二人の視線がまとめてこちらを向く。何故かその視線はどちらも、悠真に対して緊張をはらんでいるようだった。初対面のはずの彼女たちにいつの間にか何かしただろうかと首を傾げたが、六課の名声を思うに当然の反応だと納得する。多種多様な意味を含む視線を向けられることに慣れている悠真は、彼女たちの反応を無視して話を進める。
「あのね。ここはビデオ屋で、他のお客さんの邪魔になるから、あまり声は荒げないでほしいんだけどさ……そんなことより君らに聞きたいことが一つ」
 しっかりと店の迷惑になっていることを明言しつつ、悠真は個人的な感情に促されるがまま彼女たちに問いを放つ。
「アキラくんの顔に触ったことがあるって、本当?」
 途端、ぱあっと花が咲くようにビビアンの顔が綻んだ。
「はい! わたし、「パエトーン」様の人形を制作しようと考えておりまして。たまたま居合わせたあの方の許可を得て、細部まで触れさせていただきました!」
 恍惚の表情を浮かべるビビアンに、そうなんだ〜人形をねぇと心のこもらない愛想笑いを向けてから、今度は金髪の女性を一瞥する。ビビアンとは対照的に、彼女はどこかもじもじと顔を赤らめながら、小さな声で言葉を紡ぐ。
「私は、この通り視力に問題がありまして……プロキシさんは丸くて愛らしい印象だとお伝えしたら、それはボンプの形だからちゃんと自分の形を確かめてほしいと言われまして……
 それは彼女にとっては一等大事にしたい記憶なのだろう。顔を押さえるその様は明らかに恋する乙女である。彼女たちがアキラに対して特別な感情を抱いているのは目に見えて明らかだ。まさか彼は理解していないのか? いや、分かっていて「顔を触らせる」などという無防備を晒しているなら、それこそ大問題である。
「は、悠真〜……穏便に、穏便にねぇ〜……
 後ろからささやかに宥めるリンの声が聞こえてはいるものの、沸々と湧き上がる感情は今にも爆発寸前である。どす黒くなりつつある感情もろとも、いっそここで全部吐き出してやろうかと口を開きかけたその時、背後の扉が開いて渦中の人物が涼しげな顔をして姿を見せた。
「おや、みんなお揃いで……?」
「「パエトーン」様!」
「プロキシさん!」
 二通りの可愛らしい声が一気に帰宅したアキラに向けられる。しかしアキラはこの修羅場じみた現場を見ても能天気に、141で何が安かっただの、ご近所さんに捕まって話し込んでしまっただの、普段通りの様子で店内に入ってきて歩を進める。抱えていた荷物をカウンターに置くと、改めて彼は二人に向き直った。
「ビビアンに「トリガー」とはまた珍しい組み合わせだね。仲が良かったのかな?」
「いえ、あの、わたしたちはたまたまここで会っただけで」
「そ、そうですプロキシさん。私、この間のお礼をと思って」
 「トリガー」と呼ばれた女性がさっとポケットから取り出したのは、恐らく手作りと思われるクッキーだった。特に疑いもせずに受け取りながら、アキラは首を傾げている。
「お礼をもらうようなことをした覚えがないのだけれど」
「相談に乗っていただきました。その、同僚との距離感とか……
「ああ。そんなの世間話程度だろう。あれくらいでいいならいつでも聞くよ」
 いつでも、と「トリガー」が音にせず口の中で復唱したのを悠真は見逃さない。やっぱり一言物申そうかと思ったところで、またもや横槍が入る。 
「パ、「パエトーン」様。わたしもこれを献上したく……
 ずい、と「トリガー」の前に出ると、紙袋の中からビビアンはボンプのぬいぐるみと思しき物体を取り出し、アキラにそっと差し出した。
「これは……まさか、イアスのぬいぐるみ? 君の手作りなのかい?」
「はい! 出来がいいものをお渡ししたく、こつこつと一針一針、心を込めて作りました!」
「へぇ、よく出来てるじゃないか。工房の作業デスクにでも飾らせてもらおうかな。ありがとう、ビビアン」
 目元を緩ませて喜びを示すアキラに、ビビアンは赤らめた顔を両手で押さえて伏せてしまう。眩しすぎます、などとか細い声で呟くのが聞こえる。やはりこの二人は要注意人物だ、と悠真は心のメモ帳に太字で名前を記す。
「では、用事も終わりましたので私はこれで失礼します。今度は……是非、食事を振る舞わせてください。もっと勉強しますので」
「食事とか、抜け駆けはなしですっ! はっ……「パエトーン」様、名残惜しいですけどわたしもお暇しますね。夜はヒューゴと約束があるのです」
「ああ。ビデオ屋は逃げないからね、またいつでもおいで」
 アキラの営業スマイルに、一人は顔を朱に染め、一人は尊いものを見たかのように掌を合わせて目をキラキラと輝かせる。しかしすぐに顔を引き締め、双方我先にと入り口から外に出ていってしまった。まるで嵐が去ったかのように。恐らく彼女たちはこれから、自宅で料理の猛特訓でも始めるのだろう。
 己の罪を一切自覚していなさそうなアキラは、扉が完全に閉じたのを確認すると息を吐き、悠真を真正面から捉えた。彼が帰ってきてから一度も交わらなかった視線が、ここにきてようやく交差する。そんな彼に満面の笑みを向けた悠真だったが、アキラは困ったように眉を下げたかと思うと、救いを求めるようにカウンターで18号を抱きしめて成り行きを見守っていた妹へと視線を向けた。
……リン。何故か悠真が笑顔でとても怒っているようなんだけど、僕、何かしたのかな」
 何も事情を分かっていないアキラのとぼけた質問を、リンは冷たく弾き返す。
「よーく胸に手を当てて考えてみるといいよ、お兄ちゃん。今回ばかりは自業自得だと思うし、私も擁護してあげられないな〜」
 妹に容赦なく突き放されたアキラの手を、悠真は笑顔を崩さないままにやんわりと掴んだ。


 浅羽悠真とアキラは恋人関係である。
 しかしこのことは世間には隠している。理由は幾つかあるが、中でも主たるものは二つ。一つは「悠真の名声に傷をつけたくないから」であり、もう一つは「アキラが目立つことを好まないから」だ。
 裏の顔を持つアキラにとって、注目を集めることは好ましくはないのだろう。悠真との関係は彼にとって足枷にしかならないだろうが、それでも彼は悠真と居ることを望んでくれた。それならば、とお互いの妥協点を探り、決めたルールの中の一つが「関係を隠す」ことだった。
 正直に言えば、悠真としてはさっさと公表してしまいたい。自分はともかく、先ほどのように誰かから好意を向けられるアキラの姿を見たくはないからだ。本人が自覚していないだけで、アキラは相当にモテる。整った顔立ちに加え、穏やかな物腰と柔らかい声音。カリスマ性を持つわけではないが、一緒にいて落ち着くような空気を纏っている。そんな彼が誰彼構わず愛想を振り撒くものだから、先ほどの二人のように恋という甘くも熱い感情を向けられやすい。そしてこの状況は、恋人の悠真としては非常に頭の痛い問題なのである。
……悠真、まだ、気は済まないのかい?」
 自分の部屋のソファだというのに、アキラは落ち着かない様子で目を伏せたまま不安そうに言葉を紡ぐ。んー、と生返事をしながらも、悠真は彼の顔に両手を添えて、その形を念入りに確かめる。おでこの緩いカーブ、すらりとした鼻梁、整った耳の形、僅かにカサついた唇、少しだけ硬い睫毛と目尻の柔らかさの対比。あれだけ触れているのに、いざ意識的に見てみると新しい発見があるものだ。うっかり、ビビアンの観察力に舌を巻いてしまいそうになるくらいには、彼女の発言は的確なものばかりだった。どれだけがっつりと触って確かめたのだろうと、またもやもやしてしまう。
「くすぐったいな」
 こちらの考えなど知らなさそうに、ふふ、と口元に笑みを浮かべるアキラに、本当にどうしてやろうかという気持ちが湧く。彼はこの状態で悠真が自分に危害を加えるとは微塵も思っていない。「トリガー」が口にした「緊張して小動物のような彼」を見たことがあるのは、それこそ付き合いたての頃くらいだ。
 彼女たちの事を思い出しているとふつふつとした怒りがまたこみ上げてきて、ぎゅむ、とアキラの両頬の肉を摘む。彼は閉じていた目をゆっくりと開けて「どうしたのか」と問うてくる。警戒心を持てと言ったところで、彼は聞かないだろう。言葉の代わりに、悠真はカサついた彼の唇に自分のそれを強く重ねた。
「んむ……
 突然口内に侵入してきた舌に身動ぎしたアキラだったが、徐々にこちらの行為を受け入れて、悠真の行動を許すように舌を絡ませてきた。舌先で弄ぶように遊んでから、彼の口の内部の形を確かめるように舌で歯列をゆっくりとなぞっていく。苦しくなってきたのか、酸素を求めて口を大きく開こうとするアキラを追い詰めるように、更に深く口付けをする。文句なのかくぐもった声が聞こえたが、悠真は聞こえないふりをして彼の口の中を責め立てる。
「ふ……はっ」
 零れ出した熱い息を感じて、ようやく悠真はアキラを解放した。呼吸すらままならぬものにしていた唇が離れた途端、アキラは口を大きく開けて空気を内側に招き入れる。じわ、と目尻が赤らんで、涙が浮かんでいるのを見て、ぞくりと悠真の心臓が喜びに打ち震えるように跳ねた。
……意地が悪いな、悠真」
「そう? リンちゃんも言ってたでしょ、因果応報」
「それは、その……悪かったよ。不用意に他人に体を触らせたのは」
 アキラは既に、悠真の怒りの発端については理解していた。あえて説明してはいないが、悠真の好きにさせながらも頭をしっかり働かせていたのだろう。やはり抜け目のない相手だ。そこがいいんだけど、と悠真は口の端をつり上げて笑う。
「それはさすがに意識的に気をつけてほしいな。僕、これでもめちゃくちゃ嫉妬深いんで」
「それは今、身に沁みて分かったよ……
「でも、今回はもういいや。よく考えてみれば僕、彼女らの知らないあんたのこと、たくさん見て知ってるからさ」
……一応聞くけど、例えばどんな?」
「口の中とか、服の下とか、あとは……こことか?」
 とん、と腹部を人さし指でつつくと、アキラはその悠真の指を手の甲でやんわりと押し退けた。
「それはせめて、彼女たちの前では口にしないでくれよ」
 刺激が強い、と顔を赤らめるアキラに、何を今更とふんぞり返る。
 内側に秘された身体的特徴はさることながら、他人には絶対に分からない彼の姿は、他にもある。アキラの態度にご満悦な悠真に飛んできたのは、また何か変な想像をしているんだろうと投げつけられたクッションだった。
 その飛行物体をしっかりキャッチしつつも、悠真は彼の「他人に絶対に分からない顔」を見て、勝ち誇ったように笑う。
 ――彼が「恋人」に向ける、照れつつも柔らかい、陽だまりのような笑顔は。きっと他の誰もが知り得ない、自分だけが知っているとっておきだ。