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sisimi
2025-05-19 18:39:01
2065文字
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優しさの範囲
父の独白
※優しい父はいません。
※こんな内容ですが父は優しい男です。
「お前はほんとうに優しいやつだよ」
水木はそう言う。
酒の席でのことだ。ふたり並んでしっとりと酒と互いのいる空気を味わう空間に酔ったのか、水木が溢すように思いの丈を吐露する。
ふわふわと船を濃いでいたかと思うと、先の言葉と共に笑みを浮かべる。その笑みは柔らかい花弁のようにすべやかで悪戯な吐息に吹かれて散らされる綿毛のように儚く、されどあたたかな温度ある瞳はきらきらと力強い光を内包しているように見えた。それに見惚れながらゲゲ郎は思う。この男こそ、水木の方こそが優しい男なのだと。
踏みつけられまいと上を向き逆に踏みつけてやると意気を露にしていた時も、弱さを小さく丸め握り込み強く在らねばと止まることもできずに走り続けていた時も、例え露悪的な態度をとってみせたりしたとてその本質は変わらない。本人は素直に認めはしないが情が深く、素直で真っ直ぐな心根の優しい男だ。
折に触れて水木はゲゲ郎のことを良い男だとか優しいだとか言う。酔っていても素面でも変わらずだ。それ自体は褒められているのだから悪い気はせず、むしろ他の誰でもない水木から好し様に言われるのは嬉しく思う。
傍らで旨そうに酒を呷る友をじっくと見ながら考える。この男の中身も外見も全てがゲゲ郎にとっては好ましく、そっくりそのままの水木を愛している。
時に、水木がゲゲ郎に向ける視線からは此方が照れてしまう程の深い情を感じるがこの男に自覚は無いらしい。ふと伸ばされる指先、触れてくる手は慈愛に満ちており大層心地好く、「ゲゲ郎」と名前を呼ぶ声は親愛の籠ったあたたかなものだ。水木の全てで大好きだと伝えてくるのがまた愛おしい。
水木からの雨の降り注ぐような愛情はゲゲ郎に染み込みたっぷりと潤わせた。それが無くては渇いてしまう程、ゲゲ郎にとって欠かせぬものになっていた。
水木の一番近く、その隣にいられる今の関係をゲゲ郎は手離したくないと思っている。ただ、水木の方から離れていってしまわないかとそれだけが心配だった。
「どうした?もう酔ったのか」
水木を見たまま動かなくなったゲゲ郎へ向けて、優しい男は花が開くように艶やかな笑みを浮かべた。
己が優しい男だなどと周りの者たちは言う。
ゲゲ郎はそうは思わない。その行動こそ他の者へ優しく接しているように見えるのかもしれないが優しくしようと思った上での言動ではないのだ。殊更に乱暴な言葉を使いたいわけでもなく、争い事を好まず、持てる力を揮いたいとも思わない。
考えた上での行動で無いならば、それは元から持っている優しさであると水木は言う。それもまた一つの真実ではあるのだろう。
本当に大切なものは両の腕で掴めるだけで、十分である。そして両の腕で掴めるだけしかない。むしろゲゲ郎にとっては離さないように掴んでいるだけで精一杯なのであった。他のものなど正直に言ってしまえば、どうでもよく、友には幻滅されてしまうやもしれぬと口をつぐむしかない。
息子と友が生きる世界だから、できるならばより良くあってほしいとそれだけなのだ。逆を言えば息子と友が良ければ世界などというものはどうなってしまってもよいとすら思っている。
そんなことは傍らの友には言えぬことであった。
ふわふわと花を散らし、色気を周囲に匂わせて蕩けた顔で陽気に酒を飲む男が可愛くて、愛おしいと心底思う。この世の何処をどう探しても、あの世の全てを浚いひっくり返したとしても二度と見つかるわけがない程に掛け替えのない存在だ。
大切に、大事に腕に抱えて仕舞い込んで、誰にも見せずにゲゲ郎だけのものにしてしまったら安心できるのだろうか。そう考えたことは一度や二度ではない。
しかし、この男ときたらゲゲ郎とその息子の鬼太郎を一番大事にして思いの全てを向けているくせに、時に他の者へとその思いを割くことがある。
許せぬ、と思う。だが水木のゲゲ郎はそのようなことは言わない。水木のゲゲ郎は懐のでかい優しい男だからだ。
誰じゃそれは。ゲゲ郎はいつも思う。
水木のゲゲ郎でいたいと思うがどうしたってゲゲ郎は水木を独占したいし、何処の何者であろうが水木の心や時間、その他すべて何であったとしても分け与えることなど許せはしない、絶対に。
全て曝け出してしまったら、狭量な男だと水木は落胆するだろうか。
今は未だ、水木からの愛情を享受しながら水木の思うゲゲ郎でいよう。水木自身はゲゲ郎たち親子へ向けるこの深い情をただの家族愛、親愛と思っている。恐らくその範疇を超えているのだが今暫くはそのままで良いだろう。水木が儂らの側に居続けてくれるのであればなんでも良い。
ただし、ゆくゆくはその体も愛してやりたいと思う故、水木には儂への情慾も持ってもらわねばならん。儂と同じようにひたひたになるまで愛情に漬け込んでやろう。儂がおらねば息のできぬ程まで確りと。
事はゆっくりと確実に進めていかねばならない。逃げられぬよう、逃げる事など考えもせぬように。
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