くこ
2019-03-13 19:25:26
2830文字
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Lamb. 02(王最)

昼ドラ系王最の続き。

出会いは高校時代であった。
当時、人気を博していた恋愛番組、だんがん紅鮭団。無作為に集められた超高校級の面々が、ひとところに集められてなぜかカップル成立まで閉じ込められる。世間に恋愛番組は数あれど、「超高校級」という特殊な肩書を持つ彼らが織り成す生活は、恋愛でなくとも一般市民の興味をそそった。絶対数が限られているため、そう多くは開催されなかったが、どの回も記録的なヒットを残していた。
彼とはそこでカップルになり卒業した――わけではなく、彼は彼女と結ばれ、卒業した。

始まった当初から、二人は惹かれあっていたようで、たいした障害もなかったようだ。はたから、ちょっかいをかけながら観察していたが、たまに可愛らしい喧嘩などをしつつ、順調に絆を深めていっていた。
そのままの流れで、卒業後も付き合い続け、成人を迎えて少ししたあたりでゴールイン。なんとも、絵に描いたような成功事例である。

彼と再会したのは、本当に偶然のことだった。
あのとき出会いさえしなければ、ただの青春の一ページで済んでいた、かもしれない。
今はもう、詮無きことだけれど。




「あれ?」

呼び止めたのは、彼からだった。雑踏の中、あのとき着ていたような真っ白い服でもない自分を、まさか呼び止められるだなんて思ってもみなかった。本気で驚いてしまったことに軽い屈辱を感じつつも、それをまったく気取らせない顔で笑いかけた。

「偶然だね!ていうか久しぶり?30年ぶりだっけ?」
「そんな経ってないだろ。7年……8年くらいじゃないかな?」

覚えている。8年と4ヶ月ぶりだ。あの頃は夏だったから、今ほど寒くなかった。
彼は両手に荷物を抱えていた。ケーキらしき箱と、可愛らしい紙袋。一見して、誰かへのプレゼントだとわかった。

「大荷物だね。手伝ってあげようか?」
「え……あ、ありがとう。でも大丈夫だよ。もう帰るところだし」

以前の印象が強かったのであろう、からかうこともなく紳士的な申し出をすると、拍子抜けした顔で彼は断った。今、近くに住んでいるんだ。と、寒さに鼻の頭を少し赤くした彼が言う。

「キミもこのあたりに住んでるの?」
「いやだなぁ、オレがそう簡単に居場所を吐くと思ってるの?このあたりだよ」
「変わらないね、そのかんじは……

ふふ、と彼が目を細めると、長い睫毛が揺れる。
せっかくだから、と彼がスマートフォンを取り出し、差し出してきた。連絡先を交換しろ、というわけである。

「キミが卒業のときに教えてくれた連絡先、ぜんぜん繋がらないんだもん。調べても、すぐに変わっちゃうし」
「オレくらいになると、いろいろと大変なんだよねー」

これもすぐ変えちゃうだろうけど、と思いながら、おとなしく交換に応じる。
自分でも理解が出来ていないが、どうも、彼に会えたことを喜んでいる。久しくなかった、気分の高揚を感じている。
彼も彼女も有名なので、情報収集などせずとも近況はそこそこ知っていた。なので、会おうと思えば会えたし、連絡先を交換する必要性も感じていなかった。のだが。
差し出された手を拒むことが出来なかった。

「今度うちに遊びに来てよ」
……ま、気が向いたらね」

笑った彼の左手には、銀色の指輪が輝いていた。




計算を狂わせる「感情」というものは、嫌いだ。だから自身の精神を揺さぶるようなこと・人は、極力避けて生きてきた。
感情なんていうものは、相手を手玉に取るときに利用するものでしかない。つまり、自身には不要でしかない。
むろん、悲しいよりは嬉しい方が良いし、寂しいよりは楽しい方が良い。だが、そのことだけに囚われることは、出来なかった。

だから、本当は、このメッセージを無視してすぐさま削除しなければならない。

……

青白くディスプレイが光り、一行のメッセージを映し出す。
『さっそくだけど、明日、遊びに来ない?』
明日は、世間で言うところのクリスマス・イヴ。そんな日にデートのお誘いが来る、はたして吉と出るか凶と出るか?

けれど、乗らない選択肢なんて、今さらもうどこにも無い。




「やっほー!なんと手土産まで持参して来てあげたよ!感謝してひれ伏し崇め奉ってよねー!」
「あ、いらっしゃい。わあ、ここのシャンパンおいしいよね。ありがとう」

軽口をさらりと流し、彼が出迎える。
予測される世帯収入を考えると、いくぶんかこじんまりとした印象を受ける一軒家だった。だが、およそ一般家庭ではありえない設備の防音室が地下に作られていることを聞き、費用はすべてそこに集約されたのだと知る。

「ていうか、奥さんは?」
「ああ……今日からツアーだよ。しばらく居ないんだ」

だから気にしなくていいよ、と、彼は笑った。違和感を覚える。
自分の存在を話していないのか?話題に出せば、きっと彼女の性格上、会いたいと言い出していただろう。今日から居ない、と言っても、昨日は夕食をゆっくり自宅で取っていたのだから、そう早い出発でもなかったはずだ。出発前に一言あいさつするくらいは出来たはずである。
一瞬の怪訝な顔を、彼は見逃さなかった。苦笑して、付け加える。

「あいかわらずだね。なんだか嬉しいよ」
……そういうキミは、ちょっと変わったみたいだね」

困ったように笑う。その様子に、いつもの軽口で答えることが出来ない。

「キミに隠し事をしても仕方がないから……隠さないよ」

白く、男にしては細い指が伸びてくる。昔の彼であれば、自分から他人へ手を伸ばすことなど滅多に無かった。対人恐怖症に近いトラウマは、克服されたのだろうか。
する、と妖艶に指が絡められる。いったいどこでそんな仕草を覚えてきたのか。いや、天然に違いない。誰から習うでもなく、そういう所作が出来る男だ。
彼の望むことが読み取れ、逡巡する。乗せられるのはいけ好かない。だが、その手を振り払うほどには至らない。
動かないでいることを同意と取り、彼が身を寄せた。

「まずは、シャンパンでも飲もうか」




理由の推測は出来る。
世界的ピアニストの彼女は、全国を飛び回ることが多い。どちらかといえば地域密着型の仕事である彼とは、スケジュールが合わないことも多々あるだろう。
彼女によって正常な感情を取り戻した彼は、喜びと同時に喪失感も得たに違いない。一度知ってしまったものの空けた穴は大きく、埋め合わせ方がわからないのだろう。しかし、女性と浮気をするのも気が引ける。
他の友人たちを誘ったりもしただろう。それでも各自にそれぞれ生活があり、いつでもどこでも会えるというわけではない。まして知り合いは、一ヶ所に留まることの方が少ない人間か、あるいは真逆で一ヶ所から外出しない人間かの二択ばかりだ。

ちょうどよかったのだろう。
誰でもよかったのだろう。

きっと、その選択に、意味など無い。