遠目に、王馬が何かをいじっている様子を見つけて、最原はそっと近づいた。芝生の上にあぐらをかき、足の間に何かを挟んで、がちゃがちゃとせわしなく手を動かしている。
背中から最原が覗き込むと、王馬は振り向かずに口を開いた。
「もうすぐ完成だよ」
「へえ」
背後に立たれていることにも、急に声をかけられたことにも、どちらも特別驚いたりはせず、まるで初めから二人でいたかのように会話を交わす。
王馬がいじっている、おもちゃ、のようなものは、いわゆるピタゴラスイッチのような仕掛けだった。王馬の言う完成がどういった状態を指すのか、まだわからなかった最原は、おとなしくその仕組みをじっと見つめた。
案外、太くふしばった男の手が、器用にパーツを組み込んでいく。テグス糸を引いたり、巻いたり、何かを差し込んだり、噛み合わせたり。そもそも作っているその様自体がピタゴラスイッチのようだ、と、最原は彼の手元を食い入るように見つめた。ほぼ王馬の背中に乗っているような格好になっている。
「最原ちゃん、興味津々?」
「うん」
徐々に重くなっていく背中に、王馬が少しだけ手を止めてふっと笑う。肩越しに視線を受けた最原は恥ずかしがる素振りも見せず、素直にこくりと頷いた。
また手元に目を戻した王馬が、最後の仕上げに掛かる。ぐ、と最後の部品を押し込むと、再び最原の方を見た。
「でーきた。動かしてみる?」
「うん、どこからやるの?」
「ここ。この隙間に置いて、弾いたら始まり」
表情こそ笑ってはいないが、最原がわくわくと胸を弾ませている様子が手に取るようにわかる。王馬が満足げに微笑んだ。
最原の白い手に、小さな、ビー玉程度のボールを乗せる。受け取った最原はすぐさま仕掛けに目を走らせた。
く、と顎を引き、慎重に、ボールを指定された場所に置く。そろりと指を離し、一呼吸置いた後に、ぴん、とそれを弾いた。
軽快な音を立てて、ボールがあちらこちらへと跳ねていく。移動し、飛び跳ね、消えては浮かび、その軌道は鮮やかという他ない。
しゅ、と最後に仕掛けの中心部へ収まると、ボールは動きを止めた。
ほう、と最原がため息をつく。
「すごいね。ぜんぶ王馬くんが作ったの?」
「まーね」
「作るのは大変そうだけど、終わるのは一瞬だったな……ねえ、ここは?ここどうやって消えて戻ってきたの?このルート?」
王馬の腕を掴み、最原が真実の探求に乗り出す。苦笑した王馬が解説をする。
ここはこうなってる?あそこはこうなってる?等々、探偵の答え合わせに付き合っていると、すべてのネタを解説させられる勢いだった。事実、王馬の苦笑に最原がようやく気が付かなければ、そうなっていたかもしれない。
「……ごめん。仕組みの解説なんてさせるのは、王馬くんにとってはつまらなかったよね」
「いやー?無邪気に喜ぶ最原ちゃんを見れて、微笑ましかったよ!」
「……」
年甲斐もなくはしゃいだことを今さらながら再認識し、最原が顔を赤くする。こほん、とひとつ、咳払いをした。
「僕は食堂に行く用事があったんだった……」
「えー?ここ真逆だよ?入間ちゃんの研究教室に用があるならともかく」
「くっ……今思い出したんだよ……!」
最原が立ち上がろうと膝に手を置く。その手を王馬が引くと、簡単にバランスを崩した。
「!?」
「まだ終わりじゃないよ」
王馬の腕に抱き止められ、最原が疑問符を頭に浮かべる。視線で誘導された先には、動きを止めたピタゴラスイッチがあった。
動きを止めた、はずだった。
ばらり、と、中心にあるボールから花のようにおもちゃが開いた。花弁を散らしたようなその様に、思わず最原が目を見開き息を呑む。
王馬に抱きついたまま、しばらく固まっていた最原をしばらく眺めた王馬が、最原ちゃん、と声をかける。
「えっ、あっ、えっ?なにあれ?」
「最後の仕掛け」
「崩れちゃったよ?これもう一度組み立てられるの?」
「さあ、どうだろうね?」
「えっ、一回きりだったってこと!?」
「だからわかんないって。直せるかもしれないし、直せないかもしれない」
えええ、と混乱する最原を、王馬が笑ってなだめる。
「だって…あんな色々仕組みがあったのに…もし貴重な一回だったとして、それを僕がやっちゃって良かったの?」
「こういうのは人にやってもらってなんぼでしょ。最原ちゃんの驚く顔も見れたしね」
そ、そうなの、と、最原が眉を下げて王馬を見る。可愛らしい反応に、思わず王馬の顔もほころぶ。膝立ちになっている最原を見上げ、腰に回している腕に力を込めれば、何かを察した最原が、先程とは別の意味で顔を赤くした。
「……」
「最原ちゃんを楽しませてあげたオレにご褒美は?」
「勝手にやったんだろ……」
「さっきはあんなに殊勝な顔してたくせに!」
「王馬くんがすぐそういうふうにするから!」
ん、と顔を寄せる王馬に、最原が体を反らし反論する。
周囲に誰の気配もないとはいえ、いちおう外である。そもそもこのような格好になっているところ自体、見られては非常に恥ずかしいものがある。このような、というのはつまり、二人で芝生に座り込み、抱き合ってイチャイチャと絡み合っている、ということだが。
しかし、どうも最原は平均より非力なようで、小柄な王馬からすら逃れられない。それは体格や単純な力の差というより、力の使い方の差でもあったが、とにかく、最原は力で王馬に勝てた試しがない。つまりこの拘束から逃れるには、王馬の望むことを成し遂げるか、何か別の奇策を練らなければならない。そして突貫の奇策で、超高校級の総統を出し抜ける可能性は、限りなく低い。
最原が黙り込んで視線を下げる。その様子をにやにやと王馬は眺めている。いずれの対応にせよ、そもそも、そう悩んでいる姿が王馬を喜ばせていることなど、最原には自覚がないに違いない。
わざとらしく、するりと背中を撫でれば、敏感な体はすぐ反応を示す。最原の恨めしげな視線が王馬に刺さるが、そんなものを気にするようでは、総統など務まらない。
ぐっ、と最原が両手で王馬の頬を包んだ。やや乱暴に上を向かされると、すぐ目の前に最原の顔があった。さらり、と最原の細い髪が王馬の肌をくすぐる。
「おしまい」
「えー。それだけ?」
「もうじゅうぶんだろ!」
「ちぇー」
いつ誰の往来があるかもわからない場所で、ということを考えると、最原にしてみれば破格の対応か。両手に頬を包まれたままで、王馬が笑った。
「続きは部屋でね」
首筋を掴み、噛み付くようにもう一度キスをした。
怒った最原に肩を叩かれたのは言うまでもなかったが、非力な探偵の攻撃など、総統にとっては児戯のようなものだった。
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