2025-05-19 08:31:52
3267文字
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お前は嫁じゃない!

アゼの部屋が爆発したので新婚ごっこが始まった話

 アゼムの部屋が爆発した。しかし、今回に限って彼女は決して悪くはない。分かってはいても、エメトセルクは鈍い頭痛を感じていた。
 先の旅の戦闘にて少々大怪我を負ったアゼムはアーモロートでしばらくの安静をエメロロアルスに命じられ、飛び出したりせずアーモロート内のささやかな困りごとのお手伝いをしていた。その中で部屋を彩るための新しいイデアの試用を依頼され、アゼムは分かったと受け取った。それぐらいならばきちんと安静にした状態でできるお手伝いだ!
 それは本来柔らかな音で音楽を奏でるイデアだったのだが、色々な耐久テストで負荷をかけた物であり、夜中、突然不快な音を立てて赤く膨れだし、咄嗟にアゼムは部屋と自身にバリアを張った。その結果、被害はアゼムの部屋が大破だけで済んだのである。
「部屋の結界やら魔法構造やらが全部吹き飛んだから修理が終わるまで住めないんだって」
 しょんぼりとしたアゼムの様子に、なんでこいつはこうも厄介を引き当てるのだろうな、とエメトセルクは頭を抱える。
「その間旅にでも出ちゃえばいいかなって思ったんだけど」
「怪我してるところに爆破に巻き込まれて、しばらく外出禁止を命じられた、と」
「そう……あんま歩くなって怒られた……
 随分と萎れている。本来ならばいくらでも処理できたのだ。それを抱えてアーモロート上空へ退避してもいいし、なんならアゼムならば彼女の腕力だけで投げでもすれば花火になっただろう。しかし、残念ながら本調子ではないアゼムはそれができず、対処のために召喚する時間もなかった。
 適切に、最小限に彼女なりに頑張ったのだ。エメトセルクは息を吐くと手を伸ばしてアゼムの頭をくしゃりと撫でた。
「で、どうするんだ。新しく部屋を借りるのか」
「んー……エメトセルクんとこ、ダメ?」
 アゼムの言葉にエメトセルクはぴたりと手を止める。時々、親しい友人三人でエメトセルクの家で飲む際、そのまま潰れて泊まることはあった。しかし、そうではなくきちんと意思を持って彼女と夜を過ごしたことはない。いくら親しい友人とはいえども、アゼムとエメトセルクには性別の差があるのだ。たとえそこに信頼があろうども、エメトセルクの持つ理性はそれを許さない。しかしアゼムは真っ直ぐにエメトセルクを見上げている。
「ご飯とか作るし、掃除もするよ! お買い物は行けないからお願いすることになるけど……
 まるで、妻に乞われているようだった。彼女にそんな気一つとしてないのはよく知っている。エメトセルクの知るアゼムとはさっぱりした女だ。彼女にそう言った感情が薄いことは、誰よりも強く強く、知っている。けれどもそれをしっかりと知っているからと言って感情が動かない、わけでもない。エメトセルクだから、尚更だ。
 頭に置いていた手を両手で取って、アゼムは胸の前で握り込む。一歩近付いて見上げるように、アゼムはエメトセルクを見つめた。
「お願い、エメトセルク!」
 今代のアゼムは、実に人の懐に入るのが上手い。無意識に、最上の選択を持って行動に移せる。それは計算など一つもなくて、ただ思うがままに、こうすればきっと相手が喜ぶ、という純粋な心からの行動なのだから、タチが悪い。
 ゆっくり吐いた息はきちんと溜息の形に出来ていた。そしてその溜息の音を了承と得て、アゼムはありがとう!と花が咲くように笑う。彼女はよくエメトセルクを知っている。友人が多い彼女の中でも、エメトセルクは特別に親しい人であるからだ。それを、しっかりと理解している。だから、渋ったのだと。
 それは、けして知られるべきではない感情だ。


 夜中の爆破からエメロロアルスが管理する機関においてある程度の治療を受け、長期間の歩行は控えるように、の言葉と共にアゼムを引き取る。その足で彼女をエメトセルクの自宅へ連れて行き、部屋の中のものは好きにしていい、と言えば早速本棚から適当な論文が納められたイデアを手に取って、はあい、とアゼムが笑った。何度も迎えた家だ。勝手は自由にわかるだろう。夕飯は用意しておくね、と笑うアゼムに一つ頷いて、妙な胸のざわめきを抑え込む。
「いってらっしゃい」
 ひらひらと手を振るアゼムニ見送られる、その言葉の甘美さを飲み込んで、転移したエメトセルクに与えられた執務室の椅子に座り込む。これが、しばらく続くのか。
 ひっそりと、想っている。それはけして親友だけではない。それ以上に、誰よりも特別に、強く、強く。唯一でありたい、唯一になりたい。その願いは決してぶつけないようにしまいこんで、特別に親しい友人として隣に立っている。
 誰よりもアゼムを見ていたのだから、わかっている。彼女はそう言った感情をあまり覚えない。だから、隠してる。己の家に、友人がいる。ただそれだけだ。そこに特別な感情を滲ませてはいけない、と己を戒める。ゆっくりと吐いた息はきっと、いつも通りだ。


「おかえり!」
 日も傾く頃、自宅の玄関を開くとパタパタと走る音がした。リビングのドアを開けて駆け寄ってくるアゼムだが、不意にかくん、と足の力が抜けて前に倒れ込む。手を伸ばして慌てて支えれば抱きつくようにアゼムがエメトセルクの腕の中に飛び込んできた。
「お前は……、走るな、本調子じゃないんだ!!」
「ごめん〜! おかえり、エメトセルク!!」
 エメトセルクの腕の中に体を預けたままアゼムが笑ってエメトセルクを見上げる。熱烈な歓迎を受けているような心地になって、妙に気まずいのはきっとエメトセルクだけだ。
「ごはんにする? それとも先にお風呂? どちらも準備はできてるよ!」
 喉が妙な音を立てたのを隠せなかった。しかしアゼムは疑問は持たなかったらしい。エメトセルクを見上げたまま答えを待つ様子に、絞り出すようにごはん、と返せばパァ、とアゼムの顔がさらに輝いた。
「この間三人で飲んだ時に食べなかった塩漬けのお肉があったからコンフィにしてほぐしてバケットに乗せたんだ」
 エメトセルクの腕を引いて歩こうとするが、またよろけてしまう。しかたない、とエメトセルクがひょいと縦に抱き上げれば、笑いながら用意した食事の続きを語り出す。
「あと、カロットのピクルスと、カラマリのフライ! 一応野菜たっぷりのスープもあるよ。お酒飲む? 君の在庫からもらうことになるけど!」
「いっぱいずつでいいか。赤でいいな?」
「うん!」
 机の上には魔法で出来立てのまま保護された食事が並ぶ。椅子の一つにアゼムを座らせ、仮面を外しながら指を鳴らせば、しまい込んだグラスとワインのボトルが卓上に現れ、アゼムは早速ボトルを持つとグラスに注いだ。
 軽く掲げあって一口。アゼムが好むベリーの香りと渋みのバランスがいいものだ。おいしい、と笑うアゼムにそうか、と一つ頷いて卓上の料理に手を伸ばす。
 味のバランスや彩り、エーテルの具合を考えて素材から料理を完成させるために魔術式を組むのは案外難しいことだ。けれども己の手で一から丁寧に作るよりはマシである。しかし、アゼムという女は丁寧に丁寧に仕込みから作っていく方が得意だった。旅先で知らない素材を前に魔法でほい、なんてできないじゃん、と言われれば確かに、と思うが、しかしそれだけではなく、手で作るという工程を楽しんでいることをエメトセルクは知っている。
 鶏肉のコンフィをほぐした後、さらにトマトやパプリカを混ぜて潰してしっとり仕上げたものがバケットに乗っている。これ一つ作るのにもきっと丁寧に丁寧に時間をかけているのだろう。かぷりと齧り付く様をキラキラした目で見るアゼムに、悪くない、と告げればよかった、と嬉しそうに笑う。
 その顔を、長く長く隣で見ていたい。たった、それだけだ。それだけを望んでいる。ワインが酷く甘ったるく感じてしまう。溶け出した感情をもう一度飲み込んで、いつも通り、変わらない会話に耳を傾け、時々口を開く。それで充分、満たされているのだ。