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那須野
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寿月
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標の先へ
【寿月】数年後プロ時空*遠征先のフランスにて、毛利くんとお頭の話。
「相変わらずだな」
獅子のような金髪を異国の日差しに透かし、平等院鳳凰その人は変わらぬ不敵さで堂々と笑んだ。
大会参加選手の滞在先となっているホテルのロビー、ラウンジカフェの一角である。今シーズン最初のツアー開催地はフランスで、もしやと思っていたところに客席に彼とデュークの姿を見掛けたものだから、彼らが次の旅へ向かってしまう前に早々に連絡を入れたのだった。
「長居はしねえ」とメッセージを返しながら翌日の待ち合わせに応じてくれるあたりを含め、やはり変わっていない、と懐かしい気分になる。
「お頭も元気そーで安心しましたわ。 ところでデュークさんは?」
「クロエと近所の土産物屋だ。時間が掛かりそうだったから置いてきた。そのうち来るだろ」
「ああ、なるほど。 ゆっくり見さしてあげたいですもんね」
兄妹水入らずというやつだ。頷いて返すと彼は一瞬物言いたげに顔を顰めてみせたあと、ゆるい息とともにラウンジチェアに深く身を沈めて頬杖をついた。
「
……
お前こそ、越知はどうした。デュークと違ってそっちは土産物屋なわけはねぇだろうが」
「ぼちぼち来はると思うんやけど
……
。ちょうどコーチに呼ばれてもうて」
「そろそろ疲れが出始める頃だからな。 構わん」
当然のように続いたいらえに微苦笑をひとつ。単にコーチとしか言っていないはずだが、すっかり見通されているらしい。
確かに平等院の言う通り、越知に声を掛けたのは大会に同行しているメディカルコーチで、明日以降も続く試合に備えたケアのためだった。
長身を支える膝への負担をいかに減らしながら連戦に臨めるかはペアとしての課題のひとつであり、ウェイトの管理を含め常に気にかけている部分だ。
「
月光
つき
さんも顔見たい言うてはったんで、よかったらお茶でも飲んで待っとってください」
「別に要らん」
「まぁそう言わんと
……
ここのホテル、緑茶も結構いけますよ。玉露やったっけ、甘めで美味かったです」
「
……
チッ」
そっけない応えを返す平等院をやんわりと宥めつつ、傍を通りがかったスタッフに声を掛ける。ラウンジカフェのドリンクメニューに緑茶があるのは事前に確認済みだ。注文を受け付けたスタッフがカウンターの向こうへ消えていくのを見届けて、改めて彼に向き直る。
「何にしても、明日からはもうちょい試合時間削れるとええですけどね」
「ほう?」
こちらの呟きを拾った平等院が愉快そうに笑みを深くする。昨日の試合を観ただけのはずだったが、すでにどこまで把握されているものか。
――
やっぱ味方やないとおっかない人やなぁ。まあ、とりあえず今は敵でもあらへんのやが。
ともに世界の頂点を目指して戦った学生時代よりもさらに鋭さを増したように感じられる洞察力に、心の中だけで肩を竦める。
「ちょっと懐かしいですやろ」
「
……
フン」
さすがに六割制限
――
とまではいかないが、今大会は試合数に比例して徐々にギアを上げる方向を試みている(むろん、通用する相手に限るけれども)。
自分たちの長身は武器であると同時、体を十全に使いこなすためのトレーニングと日々のボディメンテナンスを怠れば弱点に変わりかねない。元よりサーブ&ポーチを軸にしたオフェンシブな戦術が基本で、持久戦タイプではないものの、連戦を勝ち抜く必要がある以上体力温存の意味でも試合時間を抑えるに越したことはなかった。
「で、どうだ、実際の感触は」
「
……
やっぱ、
月光
つき
さんも俺も去年よりかなり研究されとる気はします。 さすがに
月光
つき
さんの表情完璧に読んでくるんはフリオさんらくらいやけど、試合中の偵察もちょっとずつ増えてきよったみたいやし」
「正直アレに関しては見様見真似が通るモンでもないだろうが
……
一応、解き筋のひとつには違いねぇからな」
なかなかの人気ぶりじゃねえか、ツインタワー。
彼は揶揄うようにそう続け、背凭れに背を預けたままくつりと笑う。
「他人事やと思って
……
」
「ああ? それくらいじゃねえと退屈だろ」
「
…………
まあ、そうかもしれんですけど」
自分たちも当然、相手選手の研究は怠らない。研究され、対策されているということは、少なからず自分たちが脅威と見なされている証明でもある。昔から強敵との対戦に飽くなき関心をそそぐ彼に正面切って言われてしまえば、むろん頷くほかにない。快い高揚に呼ばれるまま、「それに」と言葉を接いだ。
「前の大会でデータ取られとっても、そのまんまなわけやないですしね」
「当たり前だ」
「へへ、楽しみにしとってください。
月光
つき
さん、今回もノッてはりますよ」
自分自身はもちろんながら、長年磨き続けられた越知のサーブは実戦を重ねてさらに速度・精度を上げている。
もとより大半の相手には磐石の一閃だ。軌道の変化に加えて速度にも差が付けば、揺さぶりの幅は格段に広がる。風を揺るがす彼のサーブに、思考を挟んで対応する余地などないのだから。
「どんだけ研究されて、もし対応されよっても、
――
それでも、
月光
つき
さんには俺がいます」
「
……
、」
「今の
月光
つき
さんのサーブのリターンを撃ち落とせるんは、世界中探したって俺だけや思っとるんで」
深く潜った眠りの波、集中しきった静かな海を無音で劈くかれのサーブの軌道は、まぶたの裏に焼きついて息をのむほどうつくしい。自分だけが知っているその刹那のあざやかさを、易々と打ち崩させるつもりはなかった。
彼が自身にとっての唯一無二であるように、自身もまた彼にとっての唯一無二でありたい。それはパートナーとしての自負であり願いであり、変わらぬ道標だった。
知らずのうちに背すじを伸ばし直して答えた自身に平等院はなにやら愉快そうに口角を吊り上げて、ふいとこちらの肩の向こうに視線を逸らす。何事かと背後を振り返るより先に答えが耳朶を打った。
「
……
だそうだが、お前の見解はどうだ、越知」
「へ、」
「
…………
そうだな」
「っ
月光
つき
さ、」
聞き慣れた心地好い低音が頭上から降ってくる。ばっと弾かれるように顔を上げて振り返れば、想像通りの声の主がそこに立っていた。
「い、今の、聞いてはったんですか
……
?」
確かにそろそろ合流できると思っていたが、そんなベタな。というか、よく知った彼の気配と足音に気付けなかったとは。否、それより、どう思われた?
あちらこちらに錯綜した思考がそれぞれの軌道でひといきに駆け巡り、最終的にはそのすべてがじわりと温む頬の熱に置き換わる。頭を抱えようにも、彼の答えを聞きたい気持ちのほうが強いものだから、それすらできずにただまっすぐにかれを見ていた。
彼は自身の問いにまず律儀に頷いて返したあと、普段通りの何気ない調子で口を開く。
「事実だろう」
「ッ
……
」
「息災のようだが、あまり毛利を揶揄うな」
「揶揄ってねえよ」
デュークはいないのか。妹と一緒だ、もうじき来る。
今度こそ頭を抱えた自身の上で、淡々とした会話がなおも続く。この場にデュークが加わっても、「ですなぁ」とおおらかないらえが返ってくるだけに違いない。
……
ほんま、相変わらずやなあ。
思いがけない真正面からの肯定の余波で、未だに頬の熱は冷めない。はたはたと手のひらで首筋を扇ぎながら、彼らと出会ったころから変わらぬ空気の快さに知らずちいさく笑んでいた。