著者: 雷歌/らいと
2025-05-18 18:12:23
3824文字
Public トラナイ
 

【トラナイ / カズキ夢(固定夢主♂)】来年は、もっと早く

ゲームの方をベースとした話。
名前変換なしの固定夢主♂です。設定はこちらをご覧の上、どうぞお楽しみください。
20250528改稿。

 カズキの誕生日が近づいてきたある日。普段ならどこか気ままに過ごしている迅が、珍しく妙にそわそわしていることに、千羽つる子はすぐに気がついた。
 廊下で出くわしたとき、ぱちりと目が合ったその瞬間。迅は大きな体をぎゅっと縮こませながら、まるで誰かに聞かれたら困るような内緒話の口調で、小さな声を出す。
……あのさ、つる子ちゃん。ちょっと聞いていい?」
「はい、どうしました?」
「誕生日って、何したらいいんだ? いや、あの、カズキのなんだけど……
 なるほど、とつる子は納得してひとつ頷いた。いつも直感的に動き、自由奔放な迅が、こんなにも落ち着かない様子だった理由がようやく腑に落ちた。
 彼女はくすっと笑い、優しく答えた。
「ふふ、そうですね。好きな人からのプレゼントって、それがどんなものであっても嬉しいって、よく聞きます。でも──」
「でも?」
「一番は、やっぱり"お祝いの言葉をもらうこと"なんじゃないでしょうか。気持ちって、モノには代えがたい思い出になりますから」
……!」
 迅の瞳が、ほんの一瞬、何かを確信したように静かに光を宿す。
……そうだよな。カズキってそういうとこ、絶対ちゃんと覚えてるやつだし」
「はい。それに、迅さんの声で"おめでとう"って言われたら、きっと嬉しいと思いますよ」
「ありがとな、つる子ちゃん」
 手を振りながら元気よく去っていく迅に、つる子も思わず笑って手を振り返した。お祝いの言葉を言うのは良いことだけれど、カズキが顔をしかめそうな派手な演出は避けてくれるといいな──と、そんな一抹の不安も感じながら。

 その夜、全員が寝静まったころ。時計の針がてっぺんを迎えたあたり。カズキの部屋に、音もなく忍び込む影がひとつ。
 迅だ。音を立てまいと、息を殺すようにして静かに部屋に入った。そのくせ、手のひらはじんわりと汗ばんでいる。
……本当に、これでいいのか?)
 ためらいが、喉の奥で燻っていた。
(起こしたらどうしよう。嫌がられたら? 笑われたら?)
 普段なら、考えるより先に動いている自分が、今日は妙に臆病だった。けれど──それでもやっぱり、「おめでとう」は一番に伝えたかった。誰よりも先に、自分の声で。
 カズキが眠るベッドのそばにしゃがみこんで、じっとその横顔を見つめる。あたりは静かで、自分の心臓の音がやけにうるさく聞こえた。そっと目を閉じ、ひとつ息を吐いてから、迅は小さく呟いた。
……ほんとに、好きなんだよな、俺……
 それは誰に向けた言葉でもなかった。ただ胸の奥にたまっていた気持ちが、ふと漏れ出ただけだった。
 そして──意を決して、迅はそっと、唇をカズキの額に落とした。
「誕生日おめでと。カズキ」
 その瞬間、カズキがわずかに目を開けかけた。まだ夢心地にいるようなぼんやりとしたものだったが、迅は微笑んで目の上に手のひらを添えた。
「しー。ほら、寝て。俺が一番に言いたかっただけ」
 その言葉に嘘はなかった。伝えたいことはたくさんあったけれど、今はただ、「おめでとう」の一言を一番に届けたかった。
 乱れていた掛布団を直して、迅はそっと部屋を後にした。



 まだ朝の光が差し込む前の静かな時間。カズキはゆっくりと目を覚ました。頭を軽く振ってまどろみの中の意識を晴らすと、不意に、昨夜の記憶のようなものがふっと脳裏をよぎった。
……迅が、来たような気がする)
 夢か現実かもわからない曖昧な記憶。それでも、なぜかその瞬間だけは妙にはっきりと覚えていた。迅の重みでわずかに沈むベッドの端。そっと触れられた額の感触。そして——「誕生日おめでと」という、いつもより少しかすれた声。
 カズキは、そっと自分の額に触れてみた。そこにはまだ、あの唇の熱が残っているような錯覚すら覚えた。
(もし本当だったとしたら……
 胸の奥で、何かがじんわりと温かくなっていく。普段なら人に触れられることを好まない自分が、あの瞬間は全く嫌だと思わなかった。むしろ——安心していた。迅の手のひらが目の上にそっと置かれたとき、まるで守られているような安らぎを感じていた。
(僕は、あいつのことを……
 その先の言葉は、まだ心の中で完全に形にはならない。けれど確かに感じている。この胸の奥の暖かさも、唇の端に浮かぶ笑みも、全部迅がくれたものだった。
 そして、ぼそりと呟いた。
……ずるいな、ほんと」
 何がずるいのか——それは分かっていた。無防備に眠る自分に、こんなにも大切な瞬間をそっと贈っていくこと。気づかないふりをしていても、心の底では全部分かってしまうこと。そして何より、自分がそれを拒めないどころか、もっと欲しいと思ってしまうこと。
 普段なら照れ隠しに何か皮肉めいたことを言ってしまいそうなのに、今朝は違った。素直に、嬉しかった。
 ふと口元に笑みを浮かべながら、立ち上がって身支度を始めた。今日という日が、いつもとは違う特別な一日になりそうな予感がしていた。そしてその予感は、決して悪いものではなかった。

 シナガワシティのホテル。朝食の支度をしようと厨房に入ったカズキが、キッチンの棚からフライパンを取り出そうとしたそのときだった。
「おはよ、カズキ。よく寝れた?」
 振り返ると、髪が跳ねたまま、明らかに寝ぐせを直していない迅が立っていた。寝起きの顔にはまだ眠気が残っているのに、その表情はどこか晴れやかで、言いたいことが顔に書いてあるようだった。
「言いたいことがあるなら、言ったら?」
「いいのか? 本当に言っちゃって」
「言え」
「カズキに"おめでとう"って言ったの、俺が一番だったよな?」
 拳を握りしめることなく、けれどその笑みには、小さな誇らしさが滲んでいた。カズキはコーヒーを口に運びながら、静かに返した。
……昨夜のことなら、一瞬夢かと思った」
「夢じゃなくて……ちゃんと伝えたくて。俺なりに、大事にしたかった」
「何を?」
「あの時間。カズキが、俺の前でちゃんと眠ってくれてたこと。それが嬉しかった。……信頼されてるって、思っていいのかって、ちょっとだけ、期待してた」
 その言葉に、カズキの表情が一瞬だけやわらいだ。
……少し無防備だったかもね」
「でも、俺はその無防備さが、嬉しかった」
 途端に迅の頬がほんのりと赤くなる。自分の素直すぎる言葉に照れてしまったのか、ばつが悪そうに首筋を掻きながら、慌てたように話題を変えた。
「あ、それでさ、カズキ。今日、一日ずっと一緒にいてもいいか?」
「どうして、急に?」
「プレゼントってほどのものは用意できなかったからさ。代わりに、今日一日だけ、俺を自由に使っていいってことで。……迷惑じゃなければ、だけど」
 どこか照れ隠しのような笑いを浮かべる迅に、カズキは思わず小さく笑った。
「そんなこと言っていいの? 僕が何をするか分からないよ」
「カズキの言うことなら、なんでも従うよ」
「ふふ。本当にずるいな、君は」
 そしてふと、そういえばまだスマホを見ていなかったと気づいて、カズキはそれをジャケットのポケットから取り出した。通知のアイコンに気づいて開いてみると──
「ああ、もしかしたら迅が一番じゃないかもしれないね?」
「えっ?」
 カズキは画面をくるりと返して見せた。そこには、0時ぴったりに届いていたQからのメッセージ。「誕生日おめでとう」の文字が、しっかりと記録されていた。
……あー、そっか……
 悔しさをにじませる迅に、カズキは呆れたように、でもどこか楽しげに微笑んだ。
「まあ、メッセージと直接言葉をもらうのは違うから」
「でも、一番じゃなかった……
「そんなに気にすることかな?」
 カズキがそう言うと、迅は少し考えるような顔をした。それから、いつものように真っ直ぐな目でカズキを見つめて言った。
「やっぱり気にする。だって、年に一回の誕生日だしな。その一回を、俺が一番最初に祝いたいんだ」
 その言葉に、カズキは少し驚いたような表情を見せた。迅の想いの深さに、改めて気づかされたのだ。
……それなら」
「え?」
「それなら、来年は部屋の前で待機でもしておけば?」
「本当に? いいのか?」
「君がそこまで言うなら、ね」
「ん、絶対覚えとく」
 まだ誕生日の朝なのに、もう来年の話をしている。その状況におかしさを覚えつつも真剣な表情でうなずく迅に、悪い気はしないなと感じていた。
「それじゃあ、今日一日は僕のそばで大人しくしててくれるんだよね?」
 静かにそう言って、カズキはふと目を細めた。その声に、迅は少しだけ息をのんだ。やわらかな微笑みとともに、差し出された言葉が、どこか特別に思えた。
「もちろん。今日は、カズキのためにある日だから」
 どこか照れくさそうに笑う迅に、カズキも目を伏せてひとつだけ小さく頷いた。
 言葉はもう、これ以上いらなかった。いつもと変わらない一日が始まろうとしている。けれど、その始まりは、誰よりも真っ先に言葉で交わされた"おめでとう"と、"好き"の想いに包まれていた。
 二人だけが知る、ささやかで、確かな幸福のかたち。



end.