かなすい

キス。

「あ、飲み物淹れてくるね。同じのでいい?」
 くっついて観ていた映画にCMが差し込まれたとき、かなえは寿衣のグラスが空になっていることに気づいて立ち上がった。
……うん、ありがとう。お願い」
 頷いた寿衣にじっと見つめられてかなえはきょとんとするが、早くしなければCMが明けてしまうのでひとまずは台所へ向かう。背中に感じる寿衣の視線。間違いなくなにかあるのだが思い当たるものはない。つい先ほどまで何事もなかったのだ。映画の内容が恐ろしいものであったり悲しいものであったということもない。ヒロインを追いかけて空港へ向かった主人公が間に合うか否かというところでCMに入ったのではらはらしてはいるかもしれないが、かといって一瞬も一人でいられなくなるようなものではないだろう。寿衣が一瞬でも自分がいなければ寂しいと思ってくれるのであれば、かなえにとって嬉しいことであるけれど。
 SNSで話題だった牛乳で割るミルクティーに氷を浮かべると、かなえはCMが明けるぎりぎりに寿衣のもとへ戻ることができた。
 冷えたマグカップを渡せば嬉しそうに「ありがとう」と微笑む寿衣だが、かなえがその隣に座れば彼はまたなにか物言いたげな表情になる。いや、物言いたげなのではなく、物欲しそうというべきだろうか。寿衣の表情は三日ほど添い寝のみで夜を過ごした際に、かなえの指をじっと見てきたときと似ているように思う。いまはそう間を空けることがないのであまり見ないが、思い出せばこのしゅんとした風情はそっくりだ。さりとて理由はまだ分からない。
「ど、どうしたの?」
 心配で寿衣の体を正面から抱き上げて膝に乗せれば彼は迷うようにもごもごと口籠もり、それから上目遣いにかなえを見つめてくる。
…………きす、あんましてくれないなと、おもって」
「へっ?」
 かなえはひっくり返った声を上げる。
 ──あら可愛い!!
 そう思うのと同時に寿衣をしょんぼりとさせてしまったことに慌て、かなえは彼の背中をしゃかしゃかと大袈裟に撫で回す。
「そっか、それはだめだねっ?」
 そうだ、すでに癖になっていたために無意識ではあったが、かなえは寿衣から離れる際にはその唇や頬にキスをしていた。今回はCMの前後に行動する必要があったために気が急いでいたのだろう。いつもであればちゅっと啄んでいくというのに、二度も続けてそれがないとなれば寿衣のしゅんとした様子に合点がいく。
「意地悪でしなかったんじゃないからねっ? むしろ何度もしたいし……ごめんね。いまから沢山してもいいかな……?」
 寿衣の両頬を包み、親指で彼の唇をなぞる。
 ふにふにと柔らかな唇をきゅっと結んだ寿衣はほっとしたように体から力を抜いて、目をとろんとさせながら小さく頷いた。
「して……いっぱいして?」
 かなえの背中へ腕を回し、小首を傾げてねだる寿衣にかなえの胸は甘やかにじんと痺れる。
 自分よりも小さな寿衣の手を取って、かなえはその指先に口付ける。そのまま手の甲にもキスをして、ぴくりと跳ねた寿衣に微笑みながら首筋を甘噛みした。
「んっ」
 唇で辿って頬に口付け、ほろりと熱い吐息を零す寿衣の唇を喰めば、背中に回されていた手に力がこもったのが分かる。
 かなえは片手間にリモコンを手繰り、テレビを消した。口付けるたびにふ、ふ、と弾む寿衣の呼吸を聴くのに愁嘆場は必要ない。
 くったりと身を預ける寿衣の薄く開いた口に舌を差し込むことに躊躇も遠慮もなかった。ちろりと寿衣の舌先と擦り合わせて、びく、と大きく跳ねた体を逃がさないようにしっかりと抱きしめる。寿衣の薄い体は冷えやすいが、いまはかなえの腕のなかでほこほこと温かだ。
 はむはむと味わう唇も吸い付いた舌も、寿衣の全部がかなえには甘く感じる。何度も寿衣の咥内を舐り、時折リップ音を立てて角度を変えて口付けを繰り返せば頭も下腹も熱くなるようだった。
「ぁう……かな、えく……も、う♡」
 五分も十分もじっくりとにゅるにゅるキスをしていれば、堪え兼ねるというようにかなえの背中が寿衣の指先でかりかりと引っかかれる。だが、弱々しい仕草は抵抗ではなく催促のように思う。
 間違ってはいないだろう。
 ぽってりと赤く濡れた唇を離せば、寿衣はどろどろに蕩けた目でかなえをぼうっと見つめながら小刻みに腰を揺らしている。腹にあたる寿衣の下腹部はかなえと同様に熱を持っていた。
「腰揺れてる。可愛いね……ずっとこうしていたいな」
「は、ぅ……えと、嬉しいけど……でも……
 はふはふと呼吸を繰り返していた寿衣が水蜜桃のように頬を赤らめながら目をうろうろさせて、なにかを言いかけるのをかなえはもう一度キスをすることで塞いだ。
……ベッド連れて行ってもいい?」
 可愛い恋人のことは分かっているつもりだ。自分の欲を伝えることに遠慮がいらないことも。
 さらに赤くなった寿衣がかなえの肩に顔を埋めながらもこくこくと頷いてくれたので、かなえは彼の痩躯を抱き上げた。寿衣を全身で抱きしめるとき、自分の体が大きくてよかったとかなえは思う。ベッドに寿衣を押さえ込んで逃れられないように押し潰してしまうときも同様に。かなえは寿衣をすっかりしまい込んでいるけれど、彼をより自分の内側に隠してしまうことに幸せを感じるのだ。
「かなえくん……
「なあに?」
 落ちないように全身でしがみついてくれる寿衣がもぞ、とかなえの耳元へ顔を寄せた。
「いっぱいして?♡♡」
 じゅわりと湧き出る多幸感。
 足早に寝室へ向かったかなえは寿衣をベッドへ押し倒し、彼の前髪を掻き上げて額へちゅっとキスをする。
「当分放さないから覚悟してね♡♡」
……うん♡♡」
 それは一瞬の寂しさも覚える隙がないほどに。肌の間の隙間もなくなるほどに。
 グラスに残った氷のように溶け合うために、かなえは寿衣の服の下へ手を忍ばせた。