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none91
2025-05-17 18:09:06
3611文字
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久々鉢小ネタ2
久が思春期。
机に向かっている兵助の背後で、戸が開き、また閉じる音がした。
「勘右衛門? おかえり」
足音はない。気配だけが近づいてきて、兵助の真後ろに立つ。注意を払わずにいると、どさりと腰を下ろす音が聞こえ、その勢いを殺さないまま背中に体重を預けられる。
「なに? 重いよ」
「悪かったな重くて」
「
……
え」
兵助の体は固まった。言い返してきたのは勘右衛門の声ではない。
まさか、と疑う気持ちの後に喜びが湧き上がってくる。肩越しに目だけで背後を確認すると、ごく近くでふわふわとした髷が揺れていた。
「三郎!?」
「うん」
気づかぬうちに大きくなる兵助の声に、三郎は淡々と答えた。
「どうしたの? なにかあった?」
「なにもないよ」
「そ、そうか!」
そうか、なにもないのに来てくれたのか。兵助の顔はにやにやと笑み崩れた。
兵助と三郎は所謂いい仲、というものなのだが、恥ずかしがり屋の三郎はなかなか甘えてくることをしない。(勘右衛門はそれを捻くれていると称していた。)
だから、こんな風に自ら寄ってくる三郎はとても珍しい。
嬉しくなり、振り向いて顔を見ようとして、けれどこのままでは動けないことに気がつく。三郎が背中にもたれかかっているからだ。
「三郎、ちょっとだけ離れられる?」
「なぜ?」
「顔が見たいから。背中じゃなくて胸を貸すよ」
胸を張って言った言葉に返事はない。代わりに聞こえたのは、ふっ、と笑いをこぼしたかのような息の音。
「あれ
……
嫌か?」
「まあな。今書いていたそれ、課題かなにかだろう。別に邪魔をしに来たわけではないんだから、そっちに注力しててくれ」
「そう?」
「そうだよ。わたしはおまえのヘアピースの調整をしてるから気にしなくていいぞ。髪も少し伸びたみたいだしな」
「あ、うん
……
わかった」
いいけど、なんだか勿体ないな、せっかく二人きりなのに。
三郎の言うことは正しい。しかし課題も急ぎではないのだから、少しくらいは触れ合いたい。そう言ってしまいたかったが、呆れられてしまいそうで口にすることができなかった。兵助はおとなしく机に向かうことにした。
ところが、まるで集中できなくなってしまった。
当然である。好きな子に背もたれにされ、常に身体が触れている状況で落ち着けるはずもない。
それだけでなく、時折髪を引かれたり、後頭部に頭をすり寄せられたりする感覚がある。
ず
……
ずるい、おれだって触りたい。
これで集中しろと言われても土台無理な話だ。それよりも逸る血が全て下半身の中心に集まって、局部がむくむくと大きくなっていっていることのほうが気になって仕方がない。
心を平静に保とうとしても、背側の重みや温かさを感じるたびに思考が乱される。これは鍛錬、欲に打ち勝つ鍛錬なのだ、と頭の中に潮江文次郎先輩を呼び出しても三郎には敵わない。
触りたい。下半身が苦しい。解放されたい。この状況で手を出せないなんて。
……
いや待て
……
本当に触っちゃだめなのだろうか?
悶々とする思考の中、唐突に囁くものがあった。三郎だってお構いなしに触れてきているわけなのだから、よいのではないか。むしろそれを見越してここに来たのではないか、と。
さすがに都合のいい解釈をしすぎだとは思っても、一度その思考に陥ってしまうと、頭の中はすぐにどうやったら三郎をその気にさせられるかというみだりがましい妄想でいっぱいになっていった。
まず抱き寄せて、優しく口を吸うのだ。それから衿をはだけさせて、素肌を撫でて、肩衣の隙間から胸へと手を差し入れてみたい。弱いところをくすぐって、かわいい声を聞きたい。
もし三郎が恥ずかしがるようならちょっと強引に、受け入れてくれたなら調子に乗り過ぎないよう慎重に
……
。
単純な接触を拒否されたことはないが、同室の勘右衛門だっていつ戻ってくるのかわからないのだから、あまり大胆なことはできない。
兵助はよし、と気を引き締めて、後ろの気配を探った。しかし、声をかける間合いがわからない。今は作業をしているようだし、ひと段落してからのほうがいいだろうか。
そうして悩み続ける間、兵助の筆は少しも動かず、燻っているうちに時間が経っていく。やがて三郎が「よし」と呟いたことで、その無言の空間に終わりが訪れた。
「うん、いい感じだ」
ふ、と背中が軽くなって、三郎が体を離したのだとわかる。今だ、とばかりに兵助は勢いよく振り返る。
「さ、三郎っ」
「ん? どうした」
振り返り、三郎の姿を認めた兵助はぴたりと動きを止めた。
三郎は兵助の顔をしていた。兵助のヘアピースを整えていたと言っていたのだから、さもありなんというわけなのだが。
自分の顔を見た途端、やる気に満ち溢れていた下半身の跳ね馬がしゅん
……
と身を縮こまらせていく。三郎はどんな顔をしていても三郎なのだとわかってはいるが、自分の顔に興奮できるかといったらそれはまた別の話である。
「どうだ? 下は長さを出して、上の辺りは毛束を増やしてみた。自然に見えるだろう」
「え? えっと、そうだね」
三郎はその場でくるりと回ってみせた。精巧なつくりの髷が違和感なく身体の動きに付き従っている。
「質感の再現はなかなか難しいな。おまえの髪はたっぷりしていて重さがあるから
……
栄養が行き渡っているんだろうな。タカ丸さんにも言われたことないか?」
「うん、ある、うん
……
」
「そうだろうな。うん、満足した。有意義な時間だった。それではわたしはこれで」
「あ
……
」
三郎がさっと立ち上がり、瞬時に雷蔵の顔に変装する。
そのまるで未練のない様子に、兵助は思わず手を伸ばして引き止めかけて、やめた。
「
……
それじゃあ三郎、また」
「ああ」
中途半端に持ち上げていた手を振れば、三郎も同じように返してくれる。足先が戸の方を向いたのを見て、兵助は肩を落として目を閉じた。
どうやら、三郎も兵助を求めてくれていると思ったのは勘違いだったようだ。無理やり手を出してしまわなくてよかった、と安心した反面、拗ねたような気持ちも浮かび上がってくる。
意識しているのはおれだけなのかな。三郎は案外他人と触れ合うのが好きだし、やたらと距離も近いし
……
。
はあ、と重い息を吐きそうになった口を、兵助はすんでのところで引き結んだ。
勝手に期待して、妄想して、それを実現できなかったからといって人を責めたくなるなんて精神が未熟な証左だ。自分自身がやるべきことを疎かにしたのがいけないのだ。今はとにかく黙って課題を終わらせよう。
そうして自らを叱咤することでなんとか持ち直し、瞼を開くと、なぜかそこにはまだ足があった。
あれ、三郎まだいたのか。
……
まずい。つまり、明らかに落ち込んでいたところを見られていたのだ。何か訊かれたらと思うと尚更顔を上げられず、身じろぎしないでいると、三郎が先に動き出した。
「兵助」
一言呼んで、腰を屈めた三郎は、兵助の顔を確かめるように覗き込んだ。
「え? なに、さぶ
……
」
言い切る前に、唇が重ねられる。ほんの一瞬、押しつけるだけの口吸いだった。何をされたのかを理解した頃には三郎はさっさと身を引いて戸の前に立っていた。
「三郎、え、なんで?」
「兵助おまえ、もの欲しそうな顔していただろ。気づいていないと思ったのか?」
「ええ
……
嘘だあ」
「嘘なもんか。その意を汲んでやったんだから感謝してくれよ。じゃあ、引き続き励めよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべる三郎は、今度こそ部屋から出ていった。呆けていた兵助は、へなへなと床に崩れ落ちた。
違うんだ三郎。そうだけど、そうじゃない。
兵助は唇に一瞬だけ触れた感触を反芻しながら、内心で独りごちた。
今日の三郎はとてもかわいかった。いつもかわいいが、今日は特別かわいかった。先ほども平然としながら、その首筋がやや赤らんでいたのは見間違いではないはずだ。
悶々とする兵助を想って精一杯応えてくれた心遣いは理解できる。しかしあれでは全くもの足りないと思う自分がいるのも事実なのである。兵助は、その健気な三郎を引っ捕まえて、恥ずかしいところを暴いてやりたいと考えていたのだから。
……
おれの性欲って実は人並み以上なんだろうか。
あまりにも簡単に煽られすぎて、少しばかり不安になる。三郎のことを想うと、霧散したはずの不埒な妄想が蘇ってきては兵助を苛んだ。気がつけば、萎えていた局部もむくりと頭をもたげている。
「というか、これじゃ結局課題に集中できないじゃないかーっ!」
そうして一人取り残され進退極まった兵助は結局、同室が帰ってくる前にと、こそこそ自分を慰めるはめになったのだった。
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