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none91
2025-05-17 17:57:33
3528文字
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雷鉢小ネタ2
雷が酔っ払ってる。
「さぁぶろー」
自室に入った瞬間、雷蔵の呑気な声に出迎えられ、勢いよく抱きつかれる。油断していた三郎は足をもつれさせて、ぐんにゃりと体重を預けてきた雷蔵を支えた。密着した途端に香る酒精のにおい。
三郎は、きっ、とまなじりを吊り上げて部屋の中を睨んだ。
「おまえたち、呑ませすぎだ!」
部屋の中は惨憺たる有様だった。
八左ヱ門は上半身丸出しで寝ているし、兵助はその上に豆腐の乗った皿を置いて、まだたくさんあるから起きて食べろと勧めている。
一人顔色のまともな勘右衛門も、表情に出ないだけでしたたかに酔っているのを知っている。
今晩は親しい者の中で内密に酒盛りをする予定であったが、三郎は諸用があり少し出遅れたのだ。その結果がこの様である。
「なぁんでおれたちのせいだと思うんだよ。雷蔵が勝手に一人でやってたのかもしれないだろぉ」
「雷蔵が自分で正体を失うような真似をするものか! おまえたちを好きにやらせたくて普段から自制しているくらいなんだぞ」
「えー? だからぁ、その雷蔵に思いきり呑ませてやりたいからこの会を考えたんでしょうが」
「あ、こら勘右衛門、三郎に言えば怒られるから内緒でって決めただろ」
「あれ、そうだっけ。じゃあ三郎、今の秘密な」
「酔っ払いども!」
三郎は更に言葉を連ねようと部屋に踏み入った。しかし、首っ玉に齧り付いている雷蔵がその挙動を制した。
「うぐっ!? ら
……
雷蔵、苦しい」
「さぶろぉ、ぼくのこと見えてるー?」
「え? そりゃ見えてるよ」
「ならどうして勘右衛門とばかり話すのさ」
雷蔵は、熱い体をぐりぐりと擦り付けて言った。
「すまない雷蔵、きみを呑ませすぎた奴らをちょっと叱っておきたくて」
「ぼくのためを思うならぼくと話してくれよぉ」
「ああー
……
悪かったよ
……
」
三郎は、彷徨わせていた手を雷蔵の背に回した。驚いたことに指先が震えている。素面の時、いや酔っている時でさえ雷蔵にこれほど甘えられたことがないために、心の動揺が表れているのだ。
「ら、雷蔵、水は飲んでいる? 無ければ持ってくるよ」
「へーきだよ。さぶろぉは目端がきいて偉いねぇ」
「うん
……
」
「かわいいねぇ」
「
……
うん!?」
唐突に、雷蔵は三郎の頬を掴んだ。そして、自らの顔を近づけて躊躇なく口を吸った。
ぢゅーっ、と長いこと吸われて、三郎は息苦しさと混乱で目を回しそうになった。鼻で一息吸えば、より酒のにおいを深く感じる。
「ん゙
……
んん
……
っ」
「あー、へぇすけ見てご覧よ。あの二人、口吸ってるよ」
「本当だ。珍しいものを見たなぁ」
「んね。肴にしよう。酒の味には劣るけど」
わははは!
室内に遠慮のない笑い声が響き渡る。五年い組の酔っ払いたちは、杯を片手にこちらを見物していた。
あいつら好き勝手言いやがって!
三郎は言い返そうとして雷蔵の肩を押すが、力の制御を失っている酔っ払いはなおさらべったりと貼り付いて離れようとしなかった。具合の悪いことに、舌まで差し入れようとして唇をぺろぺろと舐めている。
「んぐ、待て雷蔵!」
「あぇ
……
なに?」
「これ以上はちょっとまずい」
「なにが?」
「え、何がって、だって
……
人目もあるし」
「
……
? ふーん
……
」
雷蔵は目を丸くして三郎を見た。それから、風にそよぐ小花みたいに笑った。
「なーんだ、おまえもしかして照れているの?」
「照れ
……
まあ、そうだ。そうとも言える」
「うわぁー
……
! なんっ
……
て愛らしいんだ、おまえって」
雷蔵は、感動にうち震えるように歓声を上げた。
「かわいい!」
「え、え」
「かわいいーっ! 世界で一等かわいい!」
言うなり、先ほど以上に強く抱き込まれる。それだけでは飽き足らない様子で、頭を揉みくちゃに撫で回され、ものすごい勢いで頬擦りをされる。ここで火でも起こすのかと思うほどの強さに、面やら髢やらが外れるのではないかと心配になる。
「らいぞ、うわっ、痛!」
「んん、痛い? どこぉ?」
悲鳴を聞きつけた雷蔵がぱっと動きを止めて三郎を見た。瞳は濡れて、あどけない表情をしている。
どう考えても雷蔵本人のほうが愛らしいと思いながらも、三郎は引っ張られて痛みの走った耳を触った。
「耳
……
力が強すぎるぞ、きみ」
「そっか、なら治してあげる」
今度はなにを、と身構える前に、雷蔵は唇を尖らせて三郎の耳をちゅうちゅうと吸った。くすぐったくて肩を震わせれば、手を出すなとばかりに両腕を押さえつけられてしまう。
「ここが痛いの?」
「もうなんともないよ」
「ほんとに? さぶろ、我慢してるんじゃないの」
そう言って、雷蔵は舌で耳の輪郭をなぞった。
「ここも痛いんじゃないの? ここと
……
ここも
……
」
唇が耳に、首筋にと降らされる。餌を啄む小鳥のようでかわいい、と受け入れていた三郎も、その唇が胸元に迫ったあたりで焦りを覚えた。
「雷蔵、本当に痛くなくなったよ? きみのおかげでもう治ってしまった」
「うん
……
」
「
……
待って、雷蔵」
三郎が離れようとして後ろに下がると、雷蔵もそのぶん前に出る。腕を自由にしたくてもしっかり掴まれていて引き剥がせない。
そうして攻防を繰り返しているうちに、気がつけば背後に壁が迫っていた。
「三郎、かわいいね
……
」
逃げ場を失った三郎の唇を、もう一度雷蔵が塞ぐ。今度はやわらかく、けれど深くまで。かすかに苦い舌をしかと味わわされ、次第に下肢に力が入らなくなる。
ずるずるとずり下がる体を、雷蔵が抱き抱えて支える。しかし逃すつもりはないらしく、膝で股を割られ、差し入れられた足で壁に固定されてしまった。太腿で持ち上げるように股座を刺激されれば、なす術もなく昂ってしまう。
雷蔵はすっかり興奮して、息を荒くしていた。ぼんやりと潤んでいた瞳は、今や獲物を狩る鋭い目つきへと変貌している。
その雷蔵の手が、三郎の胸元を乱していく。すっかり思考を蕩かされてしまった三郎は、今度こそ制止せずに身を任せようとした。しかし、突然部屋の隅から「うぅ〜
……
」と唸り声が聞こえてきた。
その瞬間に、ぱっと視界が開けていく。八左ヱ門の声だ。そうだった、ここには酔っ払いが三人ばかり転がっているのだった。
「雷蔵!」
「
……
ん?」
三郎は、体を弄る手を掴み、必死になって訴えた。
「これ以上、人前ではいけない! わたしのかわいいところをほかの奴らに見られてもいいのか!?」
「え
……
それは嫌かな」
雷蔵は、きょろりと部屋の中を見まわした。
「でももうい組の二人はいないし、八左ヱ門は眠っているよ。平気平気」
「は?」
三郎がはっとして周囲を見ると、眠りこける八左ヱ門の横に供物のような豆腐が一皿置いてあるだけで、他に人の気配はなくなっていた。
「あいつら
……
!」
「ね? もう見る人はいないよ。かわいいおまえはぼくだけのものだ」
雷蔵はにっこり笑って三郎にすり寄った。今はこの晴れやかな笑顔が恐ろしい。
「待って、雷蔵! 八左ヱ門が起きたらどうする!」
「きっと起きないよ」
「どうして言い切れるんだよ、本当にだめ、あっ
……
」
再び太腿で股の間を擦られて、三郎の背が反り返る。
「八左ヱ門ばっかり気にしたら嫌だよ。三郎はぼくだけ見てて!」
「へ? あ
……
うう
…………
」
雷蔵が甘えてくれている。そればかりでなくわかりやすい嫉妬までしてくれるなんて。
突然の供給の多さでどうにかなってしまいそうだった。三郎も酒に溺れていたなら何も気にすることなく、ただただ喜んで受け入れていただろうに。
三郎はすでにこの場を脱したい組の二人と、用事を頼んできた先生を恨んだ。
自室に戻る道すがら、重そうな瞼を擦る兵助の手を引いて、勘右衛門は大きく伸びをした。
「勘右衛門、急に帰るなんてどうしたの。飽きた?」
兵助に問われて、勘右衛門は欠伸を堪えずに言った。
「いや、見てらんなくて。酔いも覚めてきた。犬をも食わぬ肴だな」
「そっか。おれはちょっとおもしろかったかな」
「うん、おもしろくはあったけどね。後で雷蔵に怒られたら嫌だしな」
「三郎には怒られてもいいのか」
「怒られるかな? 感謝されてもいいくらいだよ」
「それもそうだ」
勘右衛門と兵助は、いいことをしたとばかりに笑い合った。
その後ろから、「せめて豆腐と八左ヱ門を持って行けー!」と三郎の声が響いたのも知らぬふりで、部屋に戻るのだった。
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