紫輝
2025-05-17 08:53:51
5797文字
Public リとヌと御仔の話
 

仔竜の水龍観察日記

リとヌと御仔とカクークの話です。カクークちゃんに大きすぎる夢を見ているので細かいことは気にせずお読み頂けたら。5.6イベ開始前から妄想はしてたんですが思ったより私に都合のいい展開になって我慢できませんでした。仲良く…なってくれ…

 この土地で一番高い建物の高い場所、見たこともないキラキラと細かな装飾の施された広い部屋で、カクークはぱちぱちと瞬く。部屋にいるのは人の形をした龍――自分達』よりももっと古い存在なのだとカクークは気づいていた。強い水のにおいがするから、きっと水龍だろう――と、龍の仕事仲間らしい『リオセスリドノ』だ。きょうだいたちは先に帰ったが、カクークは今日はここにいなければならない。ナントカ言う書類へのサインとカクークが飛行物体に当たるかどうか(失礼な話だ)の確認が必要だからだそうだ。
「さてヌヴィレットさん、そろそろいいかな」
「んそうだな。『怖い話』は終わっただろう?」
 『リオセスリドノ』の発した声に応える水龍のそれを聞いて、あれ、と思った。
 “声”が変わった。きょうだい達がいたときと。
 人と竜は違う。それを理解はしているけれども、カクークの感覚に、経験に当てはめるならば、これ・・はつがいに向けた“声”だ。
 さっきまでは全く気づかなかったけれども、改めて二人を観察すれば、その距離は先よりも近く、その瞳には熾火のような熱が揺らめいている。見覚えのある熱だった。やはりどうやら、この人の形の龍とどう見ても人の『リオセスリドノ』はつがいらしい。ナタの外は未知に満ちている。一日で経験する出来事としては、ちょっと過剰かもしれない。
「レヴィ。おいで」
 水龍がどこかを見て誰かを招く。視線を追うと、そこには扉がひとつ。それは細く口を開けていた。
 キイ、と音を立てて口がさらに開き、小さな影がてててとこちらに駆け寄ってくる。
「とうさま」
 ぴと、と水龍に貼り付いてカクークを見つめる瞳は水龍とそっくりの色をしていた。瞳だけではない。その見た目もだ。違うところと言えば、髪に黒い部分があるところくらいだった。
「『好奇心』が抑えられなかったみたいだな」
「ごめんなちゃい
「うん? ちゃんと『怖い話』が終わるまでいい仔でお部屋で待ってただろ? 謝らなくていいさ」
 くつくつと笑う『リオセスリドノ』に頭を撫でられていた小さな水龍(直感がそう言った)は、彼をパパと呼んだ。“とうさま”も、“パパ”も、父親を現す表現だったはずだ。『龍』はオス同士でも、そもそも種族が違っていても生殖できるらしい。すごいなぁ、と感心するけれども、これはきょうだいには黙っておいた方がよさそうだ。きっとひっくり返ってしまうだろうから。
「さて、カクーク君。紹介しよう。この仔はレヴィ。君ならば勘づいているだろうが、私たちの息子だ」
「えっと、こんにちは。ぼく、レヴィ。とうさまとパパのこなの」
「マジかよ! 会えて嬉しいぜ、きょうだい!」
 おずおずと自己紹介をしてくれる小さな水龍にくるりと回りながら答えると、彼はぱあと笑顔を浮かべる。
「そっか、か、かく、クークーっていうんだね。よろしくね」
 ――そういえば人間の子どもの中にも、カクークの名前を上手く呼べない子がいたのを思い出した。竜も舌や嘴が発達するまでは上手く鳴けない。きっとそれと一緒なのだろう。カクークは自分の名前が正しく発音されなくても怒らない。そこに悪意がなければ、という注釈はつくけれども。
 よろしくついでにぽわっと炎を吐いてやれば、小さな水龍はすごいすごいと喜んで、ぼくもお水は出せるよと、手のひらに水の玉を浮かべて見せてくれる。けれどそれをどうすればいいのか困っている様子だったのでカクークがちゅるりと啄んだ。ちょうど喉も乾いていたので。すっきり甘くて美味しかった。
 そうか、水龍の出す水は甘いのか。いつでもたくさん飲みたい。ナタに持って帰れないだろうか。真剣に考えるカクークの上から、二つの笑い声が降る。
「もう打ち解けてしまったな」
「この仔にとって、君は初めての竜の友達なんだ。仲良くしてくれると嬉しいよ」
「任せろ、きょうだい!」
 カクークとしても、人の形をした龍の友達なんて初めてだ。ナタに帰ったら竜の友達みんなに自慢しよう。密かに決意しつつ胸を張った。いい“親”だなぁ、と考えながら。


「とうさま、クークー、なんでめるるもにゃにいるの? パパは? とうさまは? まいご?」
 カクークの鋭意習熟中の人語からも意図を汲み取ってくれる新しい友達との会話は楽しい。アクロバット飛行を交えつつカクークの語るナタの話をうんうんと瞳を輝かせて聞いてくれていた小さな水龍、改め友達のレヴィがふと水龍を見て首を傾げる。今かぁ、と、『リオセスリドノ』が小さく笑った。
「カクーク君はうむ、サインして欲しい書類があるのと、ちょっとした審査が必要なのだ。そのためここにいてもらっている。ご家族には空お兄ちゃんが知らせてくれているから、迷子ではないとも」
 迷子、の部分で眉を下げた我が仔を安心させるように水龍が微笑む。“希望トゥマイニ”のきょうだいは友達にとっても頼れる兄らしい。じゃあ大丈夫だね、と表情を明るくしたレヴィは、二度その首をこてりと傾げる。
「しんさ?って、じかんかかる? もうすぐとけい、“5”になっちゃうよ?」
 そういえば、とでも言うように、水龍のつがいが同時に時計へ顔を向けた。五時に何かあるのだろうか。
 『リオセスリドノ』がふぅむと呟く。
「ヌヴィレットさん、カクークの今晩の宿は?」
実のところ未定と言える。審査のための書類は提出したのだが当日扱いとなる受付時刻を過ぎていたため、審査開始そのものが明日になってしまったのだ」
「きょうだい、マジかよ!」
 それはつまり、今日は帰れないと言うことではないだろうか。なんてこった。きょうだいたちとのこの国の夜の探索を楽しみにしていたのに。
「すまない。だが共律官達には規定の労働時間が定められているのだ。こちらの事情で規定を破ることはできない」
 背中にどんよりと雲を背負ったカクークに、水龍は申し訳なさそうにそう告げた。分かっておくれと古き龍に言われてしまえば、カクークのような仔竜はうなずくしかない。
心配するな、きょうだい!」
 カクークにはまだルール破りの嫌疑がかかっているからこの石の部屋から出ることはできないのだろうけれど、この部屋は温かくて綺麗だし、椅子や敷物は見るからに寝心地が良さそうな雰囲気を醸し出している。きょうだいとの往診の旅の最中壁や天井のない場所で眠ることだってあるカクークには、この部屋は高級な宿みたいなものだった。あとは水と食料が貰えたら何も不満はない。
 部屋で大人しくしていると告げたカクークにだめだよと否を唱えたのは意外にもレヴィだった。
「クークー、まだちっちゃいんだよ? ひとりでおとまりじゃさびしいよ。ぼくもいっしょにおとまりする!」
「きょうだい!」
 眉を寄せ、拳を握って立ち塞がってくれる小さな背中のなんて頼もしいことか。カクークは思わず冠羽を振るわせる。気持ちはとても嬉しいけれども、水龍がそれを許すまい。その証拠にふたり見上げた水龍は難しい顔をして、その唇から厳かに否定を――
「レヴィとカクーク君だけをパレ・メルモニアに置いては帰れない。私もここに泊まろう」
 しなかった。
 ぱち、と瞬いて。
「おいおいきょうだい、マジかよ」
 つい呟いてしまった。カクークは思う。この水龍、優しすぎでは? と。
「ひとつ提案なんだが」
 部屋に流れる微妙な空気を破ったのは『リオセスリドノ』の声だ。すごく笑っている。顔を見なくてもわかるし、目を向けた顔はやっぱり笑っている。
「今現在法を犯しているかもしれないカクークを、所在不明にするのが問題なんだろう? 被疑者いや被疑竜か? の逃亡を監視・阻止する役目を、俺たちが担えばいい」
 ひょいと屈んだ『リオセスリドノ』は、レヴィの瞳を覗き込んで首を傾げた。
「『水の龍の王様』と『海の底のお城の王様』が揃ってて、逃げられるやつはいると思うかい? レヴィ」
ない!!」
 ぶんぶんと首を振ったレヴィの触角が淡く輝きふわりと浮き上がる。宝石のような瞳がきらきら、きらきら煌めいて、興奮を抑えられなかったのかぴょんと抱きついたレヴィを、『リオセスリドノ』は藁でも抱えるように軽々と抱き上げて。
「というわけで、カクークは今夜俺たちの家に『お泊まり』でどうだい? ヌヴィレットさん」
 水龍に進言する。友達の家――巣に『お泊まり』。カクークにまだ経験はないけれど、なんだかとても心が浮き立つ響きだ。
 驚いたようにその瞳を瞬いていた水龍は、そのおもてを花が咲いたような笑みで飾って。
君の機転にはいつも驚かされる。リオセスリ殿」
 そうしよう、とうなずいた。被疑竜にも守られるべき尊厳があるから、と。
「よろしくな!」
 一晩世話になるのだ。礼儀は通さなければ。感謝を込めてくるりと回る。『リオセスリドノ』の腕の上、やったあと快哉を上げたレヴィが良かったねぇと笑って。
「レヴィじゃないが、こんな小さな仔、慣れない場所でひとりにしておけないだろ」
 ひどく優しい声に聴覚を、温かく大きな手に頭を撫でられる。自分は立派な竜医助手なのだと腹を立てそびれたことに気づいたのは、一家と揃って足を――便宜上だ――踏み入れた彼らの巣で、ようこそと歓迎された時だった。



 きょうだいとのそれとは違うけれど同じようにあたたかい賑やかな食卓。見たことのない美味しいものたち。バスルーム、なる水浴び用の空間で思い切りはしゃいで、ふかふかの布の上で眠りにつく。『友達の家』はすごい。流泉の衆の高級な部屋よりきっとすごい。見たことはないけれどわかる。きょうだいにいい土産話ができた――大満足で目を閉じて、あっという間に朝が来たようだ。カクークはぼんやりと目を開ける。ナタとは雰囲気の違う陽の光とナタと違って早起きの竜たちの声がしない静けさ(鳥の声はちゃんとする。竜たちが元気すぎるのだ)の中で、近くで眠る友達の穏やかな寝息を聞きながら迎える朝は思ったより悪くなかった。
「おや。早いな、カクーク君」
 この国の朝のように静かな水龍の声がする。『リオセスリドノ』のそれとは違い細くしなやかな指先に羽繕われると、せっかく開いた目蓋がまた降りてきてしまいそうだ。
「朝食まではまだ時がある。もう少し眠っているといい」
 レヴィと一緒に起こすから、とやさしく穏やかに告げられるまましっかりがっつり二度寝をして、友達と共に何故かなにくれと世話を焼かれ(これがフォンテーヌ流のもてなしなのだろうか?)、美味しい朝食を堪能して、一家について玄関に移動したカクークは困惑していた。
 ぎゅ、と『リオセスリドノ』に抱きつくレヴィ。抱きしめ返す『リオセスリドノ』。しょんぼりと萎れた唸り声をその肩でくぐもらせていたレヴィが、意を決したように顔を上げて。
「パパ、いってらっちゃ
 それはもう物凄く寂しくて不満です、という空気を全身から放ちつつぽしょりと口にした。
「ああ。行ってきます」
 笑って答え、ちいさな背中をぽんぽんと叩き、レヴィの銀色の頭をくしゃくしゃ撫でて立ち上がった『リオセスリドノ』に、今度は水龍が寄り添う。しっかりと抱き合って、鼻を擦り合わせて、唇を触れ合わせる仕草は、体のかたちは違えどコホラ竜のつがいのコミュニケーションを思い出させる。彼らもよく体を擦り寄せ、尾を絡め合い鼻先を寄せ合っていた。
「行ってらっしゃい、リオセスリ殿」
「うん。行ってきます、ヌヴィレットさん」 
 穏やかに笑顔と言葉を交わして、レヴィがふりふりと振る手に同じものを返して、『リオセスリドノ』は一人で巣から出ていってしまった。
 家族を持つ竜は家族で過ごす――というのが、カクークにとっての常識だ。食料調達でもないのに(だってこの巣には沢山の食べ物がある)、何故わざわざ『リオセスリドノ』はつがいと仔を残して巣を離れるのだろう? ふむと悩んで、思い至る。彼らは人の形をしている。龍と言えども、人の形で、人に交じって生活するならば、守るべきルールがあるのだろう。もしかしたら破れば命が脅かされるほどのルールなのかもしれない。そうでなければ、あんなに睦まじいつがいが昼の間別々に行動する理由はないはずだ。
 きょうだいと簡単にコミュニケーションが取れる人の形は便利だと思っていたが、便利なだけではないらしい。一つ学習したカクークは、ひとまず暗い顔をして閉まった扉を見つめているレヴィにもふもふと体を擦り付ける。わあ!と驚いたような声がして、小さな手が触れてくる感覚があった。
「よくやった、きょうだい!」
 もふもふもふと体を揺らすと、レヴィはきゃらきゃらと笑う。目標達成。速やかに次だ。
「えらいぞ、きょうだい!」
 水龍にもふりと突撃すれば、彼は森の奥の湧き水のような声を立てて笑った。ふわふわと羽を撫でてくる手つきは相変わらずうっかり眠たくなってしまう心地良いそれだ。
「ありがとう。私たちを褒めてくれているのだな」
「クークーほめてくれたの? なんで?」
「寂しくても、パパのお見送りがちゃんとできたからだ」
「よくやった、きょうだい!」
 首を傾げる仔の頭を撫でた水龍の言葉にカクークは胸を張る。その通りだ。そしてメンタルケアも竜医の大切な仕事である。つがいを、親を見送って沈んだ二匹の龍の気持ちを上向かせる事に成功した。あとできょうだいに報告しなくては。きっとさっきの自分がしたようにすごいぞと褒めてくれて、ご褒美を沢山くれるだろうから。
 パパの『おみおくり』が終わったらね、とうさまと『おしごと』行くんだよ――そう話してくれたレヴィの腕に昨日と同じように収まってぬいぐるみのフリをしながら(籠か擬態の二択だったのだ。カクークに選ぶ余地なんてなかった。ちなみにレヴィの腕の中は中々快適だ)、彼らと出会った高い建物へ向かう。一晩どころか次とその次の夜も『お泊まり』することになり、いざ自由の身になったその日に名残惜しさで後ろ羽を引かれまくることになるなんて、今日こそ審査とやらをしてもらえるだろうか、なんて考えていたこの時のカクークは少しも予想していなかった。