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彼方
2025-05-17 08:06:19
5322文字
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お題箱より
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【009】すき、きらい、だいすき(全年齢)
【いただいたお題】
年代はいつでも
付き合ってるふたりだけど葦くんがなかなか好きって言っってくれないシチュエーションで、
兎さんが「あかーし、ちゃんと好きって言って」と、おねだり(懇願)するお話し
2025/05/07 07:19:20のお題箱より
こちらをアレンジして書きました
好きって言って欲しい木兎さんと、好きって言えない赤葦の話
そして巻き込まれる木葉秋紀
はぁ、と自分の口から信じられないぐらいに甘ったるい吐息が漏れて、一瞬それがどこから出たのかわからなくなる。
「ん、ぁ
……
ぅ」
「あかあし、ちゃんとこっちみて」
水面で苦しそうに口をパクパクしている金魚みたいに、俺は必死で酸素を求めて息を吸う。でもその度に俺の頬に添えられた手に引き戻されてしまって、吸い込もうとした酸素が奪われてしまうんだ。
「
……
っふ、ぁ、ゃ、まって」
「すき
……
ねえ、あかあし」
かぷ。たぶん恋愛漫画とかだと、そんな擬音が付くんじゃないだろうか。息ができなくて半開きになる俺の唇を、木兎さんの熱い唇が塞いでしまう。下唇がやわく噛まれて、飲み込みきれなかった唾液をすくうみたいに木兎さんの舌が俺の唇を舐める。目のやり場もわからなければ、息の継ぎ方もわからない。こんなこといままでしたことないんだから、しょうがないだろ。
「ぅ
……
ン」
「あのね、キスするときは鼻で息するんだよ」
俺はこんなにいっぱいいっぱいなのに、なんでアンタはそんなこと知ってるんだよ。今まで彼女がいたなんて聞いてないし、少なくとも俺が入学してからはいなかったし、その前もいた気配はない。なのになんでこんなに慣れてるんだ⁈
「は、ぁ
……
っ、も、ムリ
……
ッ、ま
……
って」
「ムリじゃない」
ジタバタ無駄な足掻きをしたけれど、俺の手は努力も虚しく空を掻いた。
それに俺の顔は木兎さんの大きな手によってガッチリ固定されているから、顔を逸らしたくても目線を外したくてもあっという間に彼の方に向かされてしまう。その度に重ねられる唇に翻弄されるままの俺は、恥ずかしさと居た堪れなさと文字通りの息苦しさで爆発しそうだった。
「んっ、んぅ
……
ふ」
「あかあし、すき」
深くなったり浅くなったり、木兎さんの唇は彼の本能の赴くままに俺を振り回す。ちゅ、ちゅ、とわざとらしいまでのリップ音に加えて、気がついたら木兎さんの空いた方の手が俺の腰に回っている。引き寄せられて密着した下半身があからさまにイケナイ雰囲気になっていて、それまでなんとか我慢していた俺の堪忍袋の緒がぶつりと音を立てて千切れた
……
ような気がした。
「おれは
……
俺は嫌いです!」
正確には『こんなことを(
……
その、こんなすごい深いキス
……
とか)するひとは(もうムリって言ってる俺を置いてきぼりにするから)嫌いです』って言わなきゃいけなかったのに、いろいろテンパっていた俺はそれを全部すっ飛ばして『嫌いです』のところだけを妙に強調して口走ってしまった。
「え
……
あか、あし?」
「帰ります、すみません!」
『嫌い』という言葉に反応した木兎さんが怯んだ隙に俺は木兎さんの腕から抜け出すと、床に転がっていたエナメルバッグを引っ掴んで逃げるように部室を後にした。とにかく恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。キスも上手くできないし、そもそも誰かと付き合うのも初めてだし、好きって言うのも恥ずかしいのに木兎さんは二人きりになったとたんやたらと好き好き言ってくるし。
木兎さんの『好き好き攻撃』を受け止める側の俺の器が小さすぎて、とっくにオーバーフローを起こしている。これ以上言われたら、恥ずかしすぎて地面に埋まりたくなってしまう。
「なんなんだよ
……
もう」
真っ赤になった顔を隠すようにタオルで汗を拭くフリをしながら、俺は駅まで走った。幸か不幸か木兎さんは俺を追いかけてはこず、ただバッグの中で携帯が震え続けていたのだった。
◆◆◆
「なあ
……
なんかあったのか、お前ら」
日向はだいぶ暑くなってきたものの、木陰はまだ涼しくて快適な五月半ばの中庭。いつものメンバーで弁当を食べていた俺に、ひっそりと木葉さんが囁いた。
「なにか、とは?」
「その
……
ケンカとかそういう
……
」
「別になにも」
いつもうるさいぐらいに俺に絡んでくる木兎さんが、チラチラ俺の様子を窺いながら俯いて弁当を食っているからだろう。俺と木兎さんが付き合っていることはまだ誰にも言っていないけれど、周りの状況に聡い木葉さんのことだ、俺たちの間に流れるただならぬ雰囲気を察知していてもおかしくはない。
「朝練の時もなんかよそよそしかったし、木兎はずっとしょぼくれたままだし、てっきりケンカでもしたのかと」
「ケンカとは双方が自分の正しさを主張してするものですよね。だとしたらこれはケンカでなく価値観の相違ってやつだと思います」
無理、待ってって言ったのに木兎さんは待ってくれなかった。触れるだけのキスでも恥ずかしくていっぱいいっぱいなのに、舌まで入れてくるなんて。あんな
……
すごいキス、するなんてズルい。俺だけ全然余裕が無いみたいじゃないか。
「価値観の、相違」
「予想外の動きをする木兎さんに俺が追いつけなかっただけなんで、俺の不徳の致すところではあるんですが」
「不徳の致すところ
……
」
「まあそのうち復活すると思うんで、気にしないでください。ただのしょぼくれモードですから」
「週末の練習試合までには、なんとかしてくれよな──」
俺の言葉を棒読みで復唱するうちにだんだん木葉さんは遠い目になっていき、語尾はどんどん小さくなった。他の先輩たちは『また木兎がなんかしでかしたか』って笑っている。付き合ってなかった時にもよくあった光景だから、先輩たちはもう慣れっこだろう。
「それに、別に怒ってないんですよ俺」
「え、そうなの?」
俺と木葉さんの会話に耳をそばだてていた木兎さんが、ぐしゃりと焼きそばパンの入っていた袋を握りつぶしながら叫んだ。そう、怒っているわけじゃない。木兎さんを心底嫌いになったわけでもない。ただ一人で突っ走りそうになった木兎さんのことを、俺が追いきれなかっただけ。咄嗟に出てしまった『嫌い』という言葉は、ちょっと強すぎたとは思うけど
……
でも俺を置き去りにするのはやめてほしい。
「ちょっと、感情が追いついてないだけで」
「はあ」
「
……
よかったあああああ」
木兎さんは拳を天に突き上げてガッツボーズをした。俺の『怒ってない』に安堵したんだろう。たぶんしょぼくれモードはこれで回復するだろうけど、さて俺の気持ちの方はどうしたものか。
「まあなんだ、頼むからお前らはせいぜい仲良くしといてくれ。エースとセッターがギスギスしたら、俺らの方がどうしたらいいかわかんなくなるから」
謎の雄叫びを上げる木兎さんを横目で見つつ、木葉さんはこの世の終わりみたいな顔をして空になった弁当箱に蓋をした。
◆◆◆
結局いつも通りに練習して、木兎さんも無事しょぼくれモードから復活して、自主練までこなした俺たちは昨日と同じように二人きりの部室にいる。昨日と違うのは、俺が部誌を書いているところを木兎さんがおとなしく見ているところ。昨日は部誌を書いている最中になんか
……
そんな雰囲気になって、ああなっちゃったから。
「今日の分、書けました。何か言いたいことがあるみたいなので
……
帰り支度しながら聞きます」
シャーペンを片づけて、ペンケースはバッグに入れる。窓を閉めて電気も消して、あとは俺たちが下校するだけという状態にしてから、俺は内側から部室の鍵をかけた。
「昨日はごめん」
「別に謝る必要はないです、ケンカしたわけじゃないので」
「でもあかあし、怒ってたっぽいから
……
」
「昼にも言いましたけど、怒ってたんじゃなくて俺が木兎さんに追いつけなかっただけなんです」
「それって、どういうこと?」
二人きりの部室は窓から差し込むグランドの街灯に照らされているだけなので、真っ暗というわけではないけれどぼんやりとした雰囲気は気恥ずかしさを少しだけ紛らわせてくれる。
「ちょっとここ、座ってください」
着替えの時に使っているベンチに腰を下ろして、俺はトントンと自分の隣を指した。おずおずと近づいてきた木兎さんがそこに座って、俺たちは並んで座る格好になる。
「昨日は、電気ついてましたよね」
「うん」
「なのにあんな
……
」
予告もなしに
……
あんなすごいキスするなんて──誰か来たらどうするんだよ。
「ごめん」
「だから、謝らないでください。俺、待ってって言いましたよね。
心構えが出来てないまま始まってしまった恋人同士の距離感に、少しだけ戸惑ってしまっただけなんだ。
「言ってた。あとムリも」
「そうなんです。待って欲しかったのに、そのまま
……
」
好きって言われて、嬉しかった。キスされて、すごく嬉しかった。でもリードされっぱなしが嫌で、木兎さんだけが余裕があるみたいなのも嫌で、なによりも置いていかれたくなくて
……
嫌いって言ってしまった。
「あかあしのことが好きすぎて、突っ走っちゃった
……
」
「俺も、木兎さんのことが好きなんです」
「あかあし、いま
……
好きって」
「
……
まだ恥ずかしいから、あんまり素直に口が動いてくれないんすよ」
今言ったのも、実はかなり勇気が要った。木兎さんがあまりに好き好き言うから、余計に言えなくなってた。
「俺、赤葦が全然俺のこと好きって言ってくれないから、ムキになっちゃった
……
だからいっぱいキスして俺が赤葦のこと好きってもっと知って欲しくて、できれば好きって言わせたくて
……
」
木兎さん、いまこの時も何回好きって口にしたんだろ。俺はまだそこまで言えないんですよ
……
。
「だんだん慣れるようにするんで、もうちょっとだけペースダウンしてください」
「ペースダウン、って」
「たとえば
……
」
いきなりキスするんじゃなくて
……
手、繋ぎたい。ベンチの上でもぞもぞしている木兎さんの手を取って、自分のそれに重ねる。いわゆる恋人繋ぎってやつ。
「手、繋ぎたいの?」
「
……
はい」
木兎さんと手を繋いだら、心臓がとくんと跳ねた。もうちょっとだけ頑張れ、俺の心臓。
「それから、」
繋いだ手にそっと力を込めて、俺は木兎さんの方に身を寄せる。肩が触れ合って、俺たちの顔は自然に近づいていく。
「キス、していい?」
薄闇の中で木兎さんが目をぱちくりさせて俺に問いかけた。あの時も一応聞いて欲しかったんです、すみません。
「はい。でも、あんまり激しいのは困ります
……
慣れる時間が欲しいです」
「ハイ」
目を閉じて木兎さんを待っていると、俺の唇に木兎さんの唇がちょんと触れた。一瞬離れたあと、ためらいがちにもう少しだけ強く唇が押し当てられる。
「ん
……
」
「ぅ、ん」
ちゅ、と可愛らしい音がした。鼻で息をしながらだと、確かに続けてキスができる。うん、わかった。
「あかあし、すき」
「はい」
ちゅ、ちゅ、と何度も何度も木兎さんの唇が重なって、そのたびに木兎さんの口からは『あかあし、すき』という言葉が漏れる。ダダ漏れだ。
「すき
……
あかあし」
「ん
……
は、い」
がぶ。
『はい』しか言わない俺に焦れたのか、木兎さんがちょっとだけ口を開けて俺の唇を塞いだ。食べられる
……
と思ったけど、舌までは入れてこない。
「
……
っ、は」
「ねえあかあし
……
ちゃんと〝好き〟って言って
……
?」
鼻で息をしてるから、ちゃんと脳まで酸素は行き渡っている。思考はクリアだし、俺は木兎さんのことが好きだ。切羽詰まった木兎さんの懇願に、とくとくとくとくと心臓がにわかに騒ぎ出す。
「ねえ
……
おねがい」
重なりそうで重ならない唇は、俺の言葉を待っているせい。俺は目を閉じたまま、ありったけの気力を振り絞って唇を動かして言葉を紡いだ。どうか心臓が口から出ませんように。
「ぼくとさん
……
だいすき」
「──ッ!」
せいいっぱいの『大好き』は、むぎゅっと重ねられた唇にパクリと食べられてしまった。
「もういっかい、おねがい」
「すき
……
だいすき」
「俺も、大好き!」
恋人繋ぎの手がするり離れていったかと思ったら、たくましい両腕が俺を閉じ込めてぎゅうぎゅうに抱きしめられてしまった。
「木兎さん、いたい
……
」
「大好き、あかあし!」
ぐりぐり擦り付けられるミミズクヘッドに、思わず抗議の声が出てしまう。でも大好き大好きと連呼し続ける木兎さんが可愛くて愛おしくて、俺の口からも自然と『好き』が漏れてしまう。
「すきです、すごく」
「俺も好き、大好き」
「嫌いって言って、ごめんなさい」
「いいの、俺も悪かったから。カチカン、ソウイしなくなった?」
「はい。でも時々はすり合わせ、してくださいね」
「わかった、ちゃんとする」
ちょっと離れて改めて俺の顔を見つめて、木兎さんは大真面目な顔をして俺に言った。
「ねえ赤葦、もうちょっとだけ深いキスしても、いい? 姉ちゃんに相談して勉強したから、たぶん大丈夫だと思うんだけど」
お姉さんに、相談したって
……
?
ちょっとそれはどういうことだと問い詰めたくなったけれど、とりあえず後回しにして俺は『はい』と言って目を閉じた。細かいことは後だ後。重ねられた唇からそろり這い出した舌をおずおずと受け止めて、俺は木兎さんの動きに身を任せた。
2025.5.17
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