重ね合うものは

MHRウ教×ハ♀。
相思相愛。

闘技大会で恐るべき記録を樹立したハ♀。
その力の原動力は。

鋭く華麗な、舞うような風が、星月夜のカムラの里の闘技場の中を吹き荒んでいた。

怒れる金獅子ラージャンをも翻弄するその風が、巨大な金色に側面から立ち向かった、ほんの数分の後。

ずずん──と巨大な地響きが、闘技場を大きく縦に震わせた。

直後に、風が止む。

無風の闘技場内、うつ伏せに大地に沈んで力尽きているラージャンの前に立っていたのは、里の英雄『猛き炎』と呼ばれし強者ツワモノの娘。

愛用の得物を背に納める彼女はさほど息も切らさず、額に汗を滲ませた様子もない。

それよりも、口角を上向きに、ふくふくっと震わせる小動物のような動きが目を惹いた。微笑みたい衝動を我慢しているようにも見える。

「や、った……! やったあぁ! やりましたよっ! ウツシ教官ー!!」

一等星より煌めく笑顔の娘が、顔を上げた。

そんな彼女の後ろ、闘技場に組まれた木製のやぐらの上には、彼女を見守っていた人影。

人影の正体である娘の師であり想い人、里の教官ウツシが、軽やかに彼女の傍に着地する。
彼は夜が明けたかと錯覚するほど眩しい笑顔で、最愛の人でもある愛弟子を見つめた。

「素晴らしい動きだったよ! すごいぞ愛弟子、圧倒的な大差で記録更新だ!」
「え、へへへ……! ありがとうございます……!」

音をつけるならば、まさにふにゃりと幸せそうに、娘の目尻はとろりと下がって口角は上がった。

先ほどまで金獅子と向き合っていた強者とは思えないほど、少女を前面に、これを望んでいたのだとばかりに幸せそうに、無垢に微笑んでいる。 
それを見つめながら、ウツシは満足気に何度も頷き、目の前の愛弟子の成長を喜んでいた。

「本当に強くなったね、愛弟子! 最近は里の外から来るハンターさんたちも増えて、闘技大会の参加希望者も増えたから、上位の記録はかなりハイレベルなものだったのに!」
「えへへ……教官が見守って下さってましたし、頑張れました!」
「ふふ、そうかい? かぁわいい……嬉しいことを言ってくれるんだね」

教官として愛弟子を見守る精悍せいかんとした瞳から、愛する女性を射抜く甘やかな瞳となったウツシの大きな手が、娘の頭の上にぽんと優しく乗せられる。

上目に彼を見上げる彼女の口角がまた、ふくっ、と嬉しそうに、どこか誇らしげに震えて。

その小さな仕草さえ見逃さないウツシの目が、柔らかな曲線を描く。

彼の心は、最愛の女性への想いに、疼くように震えていた。
あまりにも愛らしくて、愛おしくて──本能で体が動きそうになり、金獅子の亡骸の前であることすら忘れてしまいそうになる。

「さあ、たくさん頑張ったから疲れたろう! 向こうで休憩しようね!」
「はい! えへへ、結果になって良かったです! ありがとうございます!」

星月夜の中でも爛漫に咲く娘の笑顔の隣で、ウツシが労いを込め、小さく微笑む。

だが、その笑顔は、彼が軽く屈んで娘の耳元に顔を、鎖帷子くさりかたびらに覆われたままの唇を近付けた途端に、夜に映える、あでやかな異性の笑顔となって。

「──向こうに行ったら、ご褒美あげる」

低く、吐息混じりなウツシの声に、娘の胸はぶるりと震えた。

まるで初恋のような想いの熱を帯びながら心臓が賑やかに高鳴る。

ちらりと横目でウツシを見ながら小さく頷いた彼女の口元は、まだ、ふくふくっと、何かを求めるように動き続けていた。

二人はゆったりとした足取りで、闘技場の円形型をした屋外から、木製の大きな重々しい両開きの扉を通って、屋内へと入って行く。

燭台の赤々とした炎の明かりに満ちた、今は無人の、闘技大会参加者控室。
扉を開いて魅惑的な静寂の中へ娘とウツシが入り、その扉が閉められた途端。

個室の中、この世で二人きりとなったような心地の娘とウツシの瞳の中には、炎より熱いものが猛り揺らめいた。

切磋琢磨し合う熱き師弟から、愛し合う甘い恋人同士へと、変化していく。

「ウツシ、教官……あ、の……

先ほど告げられた『ご褒美』の甘美な響きにますます胸を高鳴らせ、待ち遠しそうに愛する人を呼んだ娘が、先にウツシの正面に向き直り、照れの残る様子で上目に彼を見上げた。

炎の明かりに照らされた、上気した娘の眼差しと、艶めく果実のような唇を交互に見つめながら、ウツシが「ふふっ」と満足そうに、また吐息混じりに笑声を溢す。

彼の手がおもむろに、ゆっくりと口元を覆っていた鎖帷子を降ろしていく。

露わになったウツシの口元を見つめた娘の瞳は、待ってましたと言わんばかりに輝く。

人には存在しないはずだが、尻尾が左右に大きく振られているのが見えそうなほど嬉しそうな彼女の様子に、ウツシが耐えきれなくなったように、くすっと至福の吐息を漏らした。

「愛弟子は──俺からのご褒美が好きだね?」

甘やかに「嬉しいよ」と締めくくられたウツシの言葉に、娘は恥ずかしそうに目を伏せ、けれどしっかりと、こくんと首を縦に振る。

刹那、両手で娘の頬を包み込んだウツシが、ゆっくりと目を閉じながら彼女の唇に、自身のそれ・・を重ねた。

娘はウツシより後に、現実を心に焼き付けるように、ひどくゆっくりと瞼を下ろしていく。

ふにゅ、と重ねただけの口付け。

けれどその感触は、互いの存在を、炎よりも熱く滾る命を感じ合える、深く優しい口付け。

目を閉じた暗闇の中でも、愛しい人の心音を、熱を、お互いがお互いに向けている溢れんばかりの想いを、愛欲も混じり合った甘い感覚を、確かに感じられる。

ややあって、数センチほど、ほんの少しだけ唇を離し、同時に、ゆっくりと目を開いたウツシと娘が「はあっ……!」と、熱く湿った甘い吐息を、視線と共に交わらせた。

不意に、ウツシが「ふふ……」と静かに、細く息を溢れさせ、瞳で柔らかな三日月を描く。

……まだ……人の気配は、ないよ。ねえ、もう一回、しない?」

娘の瞳の中で、炎が揺れる。待ってましたと表情で語りながら、こくこくと頷いた。

「ウツシ、教、官……! 好き、好き……!いちばん……好き……!」

炎の明かりだけが揺らめく中でも分かるほどに頬を染め、上擦った声で呟いた娘に、ウツシがまた幸せそうに瞳を蕩けさせる。

彼の胸の奥で、昼間の多忙の記憶と共に、目の前にいる最愛の人への、無数の言の葉を帯びた灼熱のような想いが溢れていった。

今日は遠方への偵察及び哨戒しょうかいが複数カ所、おまけに里長代理として、近隣の各村や拠点へふみを届けたりと、短時間で里と任地を何度も往復しなければならないほど多忙であった、のだが──。

「可愛い……愛しい、俺の、愛弟子……! 好きだ……大好きだよ……! この世の誰よりも……何よりも……俺は……キミが……!」

鼻先が触れ合うほどの距離で見つめ合ったまま、愛おしそうに、ウツシの片手が娘の頬から優しく髪に滑っていく。

彼の手つきにも、甘く、全身に纏わり付くような低声にもくすぐったそうに身をよじりながら、待ち遠しそうに娘が両手をウツシの背に滑らせた。

「愛弟子、俺も……キミとの時間が、一番──」

娘がゆっくり目を閉じたので、その様子に小さく笑いながらウツシが目を伏せる。

自分を求め、自分を喜ぶ無垢な彼女が這わせてくれた、金獅子をも圧倒した強者の両手が、愛おしい。

瞳に炎が揺らめくウツシの中に、また、想いと共に言の葉が満ちる。


──キミは、分かっているのかな……

──俺にとっても、キミが……

──この瞬間が、何よりよ……


あげる、などと伝えているが、最愛の人とのこの時間は、ウツシにとってもかけがえのない『ご褒美』に他ならない。

瞼を下ろしたウツシが、ゆらりと娘に顔を近付けて、また優しく、唇を重ね合った。

しっとりとして柔らかな感触は、ウツシと娘の心をますます震わせる。

娘は知らない。

再び唇を重ね合った刹那、ウツシが師弟という理性の垣根を越えたくなってしまいそうになったこと。

彼が娘の想像を絶するほど、散ることを知らぬ花の如く、誰よりも一途に娘を愛していることを。

だが、相手のそれ・・知らぬはウツシもしかり。

想いの丈は、たゆまぬ炎。

静寂の控室の中、口付け合う男女を照らす燭台の火が、ぱちっと微かな音を立て、ゆらりと、大きく揺らめいた。


@acadine