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しちろ
2025-05-16 14:33:59
4834文字
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LOM・連載主人公の短編
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ガイアの知恵
イベント『ガイアの知恵』。エスカデ編の始まりですが、特に続きません。
※女主人公→マイホーム在住。宝石泥棒編クリア後。
男主人公→空き家の住人。いつも女主に付き合わされてる。
「人が死んだら、魂はどうなると思う?」
玄関先でいきなりこんなことを言われたら、たいていの人は「結構です」とお断りするか何も言わずにドアを閉める。人によっては己の信教を盾に対抗してみたり、異様な訪問者に向かって塩を撒く強者もいるかもしれない。
シオンの場合は、まず普通に面食らった。お次に、変な人がすごく変なことを訊いてきたなと思った。
「ねえ。死んだら、魂はどうなると思う?」
聞こえなかったと思ったのか、重ねて問いかけてくる。
シオンが無下にできなかったのは、その変な質問者が彼のよく知る、頭に棒の刺さった人だったからだ。
自分で言っていて怪しいと思ったのか、変な人──大樹の家の住人・カイは先んじて付け加えた。
「先に言っておく。宗教とかではない。悲しいことがあってセンチメンタルになったとか、突然世をはかなんでみたくなったとか、そういうんでもない」
どう答えたものか、すこしも悩まなかったというとウソになるだろう。誤魔化そうかどうしようか、一瞬悩んだシオンは、結局普通に答えた。
「なくならないんじゃ、ないか」
「ほお?」
カイが丸い目をくるりと動かして、意外そうな表情をみせる。
「なんで?」
「なんでって」
シオンは言いよどんだ。まさか、奈落に落ちたことがあるからとは言えない。
「
……
そういう気がするだけだよ」
「なるほど、そうかい」
言いつつ頷くカイときたら、感心しているのかバカにしているのかわからない。
「自分から聞いておいてなんだよ、その返事は」
シオンが棘のある声で言うと、カイが「あっと、ごめんごめん」と片手をあげた。
「あたしってばそんな失礼な顔してたかね? いやぁ、リアリストのキミのことだから、あの世なんかないとか死んだらそれっきりとか言いそうだと思ったもんで」
「なら、なんで俺に聞きに来たんだ」
「あたしの手近なところで、訊けそうなのがキミしかいなかったから」
こいつ、人を何だと思っているのかとシオンが思ったのも無理はない。
仏頂面のシオンを、立ち話もなんだしとカイが手招きした。中身が膨らんだ紙袋を左腕に抱えている。
「ローストビーフのサンドイッチ。アマンダ&パロット亭でテイクアウトしてきたんだ。せっかくいい天気だし、公園で食べない?」
紙袋からは香ばしい匂いが漂っている。サンドイッチにつられたわけではないが、シオンはカイに連れられて公園まで出ることにした。
「はい、キミの分」
袋をガサゴソやって、サンドイッチをシオンに渡してくれた。薄切りのローストビーフと新鮮なレタスが、バンズにたっぷり挟んである。
「イルカキューリのピクルスとフライドマスクイモもあるんだよね。ケチャップかけちゃったけどいい? あと、新商品のジュースと、デザートにカボチャプリンとタコオレンジとぉ」
「待て、一度にそんなに持てない」
「おっとごめん、調子に乗りました」
断る間もなく次々から次に手渡されて、あっという間にシオンの両手は食べ物でいっぱいになった。カイがそそくさといくつか取り除く。
そんな彼女を横目に見つつ、シオンはむっつりした顔でカップを持ち上げた。どうも今日のカイは変だ。変というならいつも変だが、今日は特別に変だ。
釈然としないままジュースを口に含んだシオンは、目をまんまるにして硬直した。ひとまず、何とか飲み下す。カイがニヤニヤした目でこちらを見ている。
「
……
な、なんだこれ!」
濡れた口を拭って、思わず叫んだ。カイが腹を抱えて笑いだす。シオンが軽く睨んでも、カイは笑うのを止めない。
「いやあ、キミの驚く顔めったに見ることないから! 『サイダー』っていうんだって! 遠くの魔法都市で流行ってるんだってさ。しゅわしゅわしてて面白いよねっ!」
「先に言えよ
……
! 口のなかが爆発したかと思った」
「だって先にネタバラシしちゃったら、キミの驚く顔が見られないじゃん。初体験の感動は一度しか味わえないんだよ~?」
せっかくだから強炭酸ってやつにしたんだよね~、などあっけらかんと言う。
下手に何か言うと返ってカイが喜びそうなので、シオンは黙ってサイダーを飲んだ。最初は驚いたが、ネタが割れれば悪い代物ではない。むしろ好ましい。不愛想な友人から予想以上の反応を得られたカイは、満足そうな笑みをにじませて大切りのサンドイッチにかぶりついた。
「さっきから、今日はなんなんだよ」
「ん~、なんかちょっと、贅沢でおいしいもん食べたい気分になっただけ。あと、誰かと話したい気分でさぁ」
要するに、シオンに話を聞いてほしくてドミナまでやってきたらしい。
シオンが続きを促すと、カイはもぐもぐ口を動かしながら話しはじめた。
「さっきの魂の話だけどさ、リュオン街道で会った人に聞かれたんだよね」
カイがその人と出会ったのは、昨日のことだという。
出先からの帰り、リュオン街道の大きな分かれ道ですれ違った。たまたま目が合い、互いに軽く挨拶を交わす。道行く旅人同士、よくあることである。
「こんにちは、私はダナエ。ガトから来たの」
妙齢と見える、猫の獣人の女性だった。軽装だったが、腰元にヌンチャクを携帯していて、腕に覚えがあると見える。
賢人に会いに来たというダナエに、カイは分かれ道の一方を示して、この先の道と目的地までのおおよその所要時間を教えた。この付近で大地の顔を目指す者に遭遇することは、地元のカイには珍しいことではなかった。
「そう、なのね。ここから、あとすこし
……
ありがとう」
カイに礼を述べたダナエは、ガイアに通じる道へと歩いていった。
──ガト、から来たのかぁ
……
。
ダナエを見送りながら、カイは胸の奥が痛むのを感じていた。カイにとってのガトは、決して忘れえぬ後悔と結びついている。
ひとまず、ダナエとの出会いはそんな様子であった。
カイが気に留めたのは、その翌日。要するに今日になってからである。
ガイアに会いに行ったはずのダナエが、また分かれ道に立っていたのだ。所在なさげにうろうろしていて、さすがに気になった。
「ダナエさん、だっけ。昨日もここにいたよね。どうかしたの?」
「ああ、あなた。地元の
……
」
ダナエはカイに気付くと、実はガイアに会うことができなかったのだと、バツが悪そうに答えた。
「あらら、もしかして道に迷っちゃった?」
そうではないと、ダナエは耳を垂らしてかぶりをふる。
「せっかくあなたに親切にしてもらったのに、情けない話ね
……
私、真実を知るのが怖いの」
昨日、大地の顔へと向かったダナエは、しかし、目的地の手前まできたところで迷いが生じ、そのままついに夕暮れを迎えてしまったらしい。仕方なしに近くのドミナで宿を取って、今朝出直してきたのだという。
「でも、ここまで来たら、やっぱり勇気が出ないの。ダメね、私」
ダナエの意志の強そうな目に愁いの色がにじむ。よほどの苦悩を抱えているのだろうか。
しばらく考えるような表情をした後、ダナエはカイにこう尋ねた。
「ねえ、カイさん。死んだら、魂はどうなると思う?」
「魂?」
そして、それに答えたカイに、少しだけ事情を明かしてくれたのだった。つまり──ダナエの大事な友人が、悪魔の呪いを受けて命を落としかけていること。
「で、ダナエさんに付き合って、ガイアに会いに行ってきたの。でも、ダナエさんはガイアの話に納得いかなかったみたいだったな。分かれ道で会った時と同じ顔で帰っていったもの」
カイ自身、うまく話を整理できていないらしい。もやもやを抱えてドミナまで来たカイは、居酒屋やバザールで好きなだけ食べ物を買い込んで、こうしてシオン相手に愚痴っているわけである。
「もちろん、あたしに協力できそうなことがあれば、力になりたいんだけどさ。その友達を助ける方法だとか、そういう情報はガイアからは聞けなかったな。ダナエさんも詳しいことまでは教えてくれなかったし」
ダナエは、別れ際にカイに「お礼代わりに」と指輪を渡して、帰途に着いた。おそらくは、抱えた苦悩を少しも払拭できないまま。
「さっきの話、だけど」
黙っていたシオンが、オレンジを剥きながらぼそりと言った。
「お前は、どう答えたんだ」
「さっき?」
「魂の話。死んだらどうってやつ」
シオンが尋ねると、カイは「キミ、興味あんの? 意外」などと言って笑う。それから不意に手を伸ばしてきて、シオンの剥いたオレンジを一房、横取りした。
「そうだねえ、あたしは、死んでも魂はなくなったりしないと思うんだ。これはダナエさんには言ってないけど、珠魅のみんなはこの世に還ってきたでしょ。だから、身体を失ってもみんなの魂はどこかにいたんだよね、きっと。あと、あたしの想像だけど、死んだパパやママや、じいちゃんたちは、仲良くお空の星になってんじゃないかなぁ、とは思ってる」
カイはオレンジを口に放り込んで、日に焼けた顔をぐいと上げ、空を見上げた。青天を横切って西に移動しつつある太陽は、昼食には遅く夕方にはまだ早い、そんな傾き具合だ。
「あ~、そうだ。星と言えばさぁ、死んだら奈落に行くっていうじゃん。でも、あたしたちが死んだ人を想うときって空を見上げるよね。あれ、なんでだろうね。死後の世界の話が本当なら、地面に向かって話しかけなきゃいけないのにさ」
カイは足元に向かって、おーい、じいちゃん聞こえるかーい。などとおどけて言った。
「なんてね」
にやっと唇だけで笑顔を作ったカイは、どことなく空元気にも見える。シオンは、剥いたオレンジを一房だけ手元に残して、他は丸ごとカイに手渡した。
「俺には、空に向かって話しかける相手はいないけれど」
「うん?」
「死んだ人間は、生前の行いに対して奈落の王の審判を受けるために、一度かならず奈落へ行く。悪事を働いた者は奈落のさらに地下深くに堕とされ、生前未練を残した者はそのまま奈落に留まる。どちらでもない者は、マナに還って空へと昇る。そうして、新たな形を得て次に生まれる時を待つ」
訥々と語られる言葉を、カイはポカンとして聞いている。
シオンはカイの方は見ずに、ちまちまと房の薄皮を剥いていた。
「
……
と、言われている。だから、空や星を見て死者を思うのはおかしいことじゃないし、星に見守られているかもしれないというのも、別におかしくはないと思う」
「へえ。そういえば、小さい頃に教会の説法で聴いたかも」
カイは、大きなオレンジの塊を丸々口に投げ込んで、目を閉じ、腕組みする。ちょっとオヤジ臭いが、彼女なりになにやら感じ入っているらしい。
やがて、ごくんと飲みこんだカイは、シオンに意味ありげな視線をよこしてきた。
「
……
シオン。もしかして、慰めてくれた?」
「別に」
「またまた」
照れなくてもいいのにと、ケタケタ笑っている。シオンは別に、そういうつもりで言ったわけではない。
魂の居場所なあ
……
呟いたカイは、こんなことを言った。
「一人だとあんなに足踏みしてたダナエさんが、ガイアに会いに行く気持ちになった理由、今、ちょっとわかった気がするや」
そして、すうと息を吸い、宣言する。
「ガト。あたし、行ってみるよ。自分になにできるかわかんないけど、困ってる人がいるのは間違いないんだし、あそこで何か起きてるんだと思うから」
ガトは、カイにとっておそらく悪い意味で記憶に残る場所である。ルーベンスの事件があって以来、彼女がかの地を避けていることに、シオンは気づいていた。
しかし今、カイなりに、なにかひとつ、新たな道筋が見えたらしかった。
ガトの寺院と、四人の幼馴染を巡る事件。
迷子探しから始まった宝石泥棒の事件同様、これもまた、始まりは些細な出来事だった。
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