moto
2025-05-16 10:49:39
1303文字
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迷子

さまささワンドロワンライお題「利き手」


人混みの中、流されるように歩いている。時折、館内放送のようなものが流れているが、何を言っているのかいまいち聞き取れなかった。さっきからこの耳障りな機械音が鬱陶しい。そう思っているのは左馬刻だけなのか、立ち止まって辺りを見回しても、人々はただ黙々と左馬刻を追い越して行く。また甲高い音が鳴った。何かを接続する音。誰かの声は小さい。何回か繰り返され、ついに、ピンポンパンポンと場違いなやけに明るい音がはっきりと聞こえた。左馬刻だけが立ち止まる。抑揚のない機械のような声が響き渡る。
「イケブクロからお越しの碧棺左馬刻様、お連れ様がインフォメーションセンターでお待ちです」
 こんなことをしやがる奴はたった一人である。あいつ一発ぶん殴ってやる、と意気揚々に振り返り、インフォメーションセンターがどこなのかさっぱりわからず立ち尽くす。そんな左馬刻を気にする者は誰もいなかった。ここは、どこだ?
「あ〜!おったおった!左馬刻!やっと見つけたあ!」
 聞き慣れた声に、よろけた足が地面を踏みしめる。人混みの中を、すんませんすんませんとかき分けながら、笑顔の簓が現れた。
「簓……
「左馬刻〜!お前、勝手にどっか行くなや〜。むっちゃ探したわ」
……!てめえが……!はぐれてんだろうが!」
「ほんまちょっと目ぇ離したらこれや」
「おいっ」
 人の話をまったく聞かない簓は、自分の左手で、左馬刻の右手を握りしめると、そのまま歩き出した。
「おいっ簓!」
「ちょっとの間やから我慢しい」
 簓の声はいつもの軽い調子なのに、細い指は思いのほか力が強い。それに人混みの流れに逆らって歩くので、確かに手を離したらすぐに流れに飲み込まれそうである。仕方なく、左馬刻は簓に連れられて歩く。
「こっちで合ってんのかよ」
 迷いなくスタスタと歩いているが、さっきまで左馬刻が向かっている方向とはまるで逆である。左馬刻と簓、二人だけが違う方に向かっている。簓は振り返って、ニカッと笑う。「合うとるよ」
「たぶん」
「たぶんだぁ?」
「まあ、間違っとっても、俺もおるしなんとかなるやろ」
 俺とお前がいれば、どこでだってなんとかなる。なんとかしてみせる。
……ハハッ」
「いよーし!帰るで〜」
 引っ張る力強い手を、しっかりと握り返す。


「やっと起きた」
 一番最初に目に入った簓は、いつものように笑っていたのに、左馬刻と目が合うと、途端に口がへの字に曲がり、もごもごとしたあと、顔を伏せてしまった。寝すぎやねんお前。かろうじて耳に入った声は普段では信じられないくらいに小さい。いくつもの管が繋がっている腕は持ち上がらなかったが、自分とは別の体温がじんわりと伝わってくる。視線で気がついた簓は、ああ、これな、と調子を取り戻すように笑った。
「お前が握りたそうにしてたから……つい……。ほんまは合歓ちゃんのほうがええんやろうけど、今、おらへんし……呼んでくるわ」
 一度強く握り、簓は左馬刻の手を離した。病室を出たあと、しばらくして、外が騒がしくなってくる。左馬刻はゆっくりと右手を握りしめた。
 確かにな。俺と、お前がいれば。