トゥルースアンドリーズニング鳥類保護センターの事務的な地味な看板の横に、トゥルースアンドリーズニング鳥類園のポップな看板がイラスト付きで堂々と建っている。鳥類園の看板を描いたのは、ここに通うことを日常として居る、近所の絵描きだ。勿論、近くの顔出し看板を描いたのも。
しかし、絵描きがくぐろうとして居るのは、バードパークでは無くセンターのほうだ。受付は顔パスだが、受付嬢に一々粉を掛けるのを叱られ、そことは反対側の関係者用扉を使うようにきつく言い付けられて居る。
ぴーぴー。ちちち。ぴゅーい。
防音壁を越えて仕舞えば、自由な大合唱がお出迎えだ。鳴いて居ない鳥はその気力すら無い保護観察下なので、歓迎すべきはこちらのほうだ。
「いらっしゃいなの!今日はどの子をモデルにするの?」
鳥の世話をする女史が、羽毛から目を離さずに挨拶する。
「そうですね……。」
きょろりと鳥籠を見回す芸術家の応答も慣れたものだ。鳥に構うのが仕事の相手が自分を見向きもせずとも、それが道理と心得る。こちらだって鳥を見詰めて絵を描く算段なのだから、そこは似た者同士かも知れない。
「こいつはどうだ。さっき包帯が取れた。まだ様子見だが、元気だぞ。」
奥から一つの鳥籠を持った男が現れた。
「では、そうしましょう。」
パークの鳥達を描くことも有り、芸術家が保護や治療中の鳥達を描くのは本人にとっては趣味の範囲内のつもりだが、その絵やスケッチは鳥類保護のカンパの役割を充分に果たすチャリティーだ。
モデルと成る鳥にとって適切な場所に鳥籠が置かれ、芸術家もそちらに移動する。患者ファーストなのは当然だ。彼ら職員の邪魔に成ら無いように走らせたペン先の踊るスケッチブックには、ときたま鳥だけで無く職員二人の姿も現れる。それを当人達が知って居るかは鳥のみぞ知る。そしてその日も、鳥の翼を広げて経過を診る羽の無い男の背を、人知れずスケッチする。
ある日、治療が終わって、自然に帰す鳥を放すところに芸術家は同行した。男の手の中で、籠の中の止まり木を行ったり来たり、元気良く揺れる籠に誘われたのだ。止まり木は芸術家が持ち寄った物だった。気に入ってくれて何よりである。
あまり見晴らしが良くて早速敵に見付かっても良く無い。程良く住み良い自然の中、籠の扉を開ける。
鳥は直ぐに飛び立った。
木々に紛れて分からなく成る。
女史が言って居たのを思い出す。職員にとって鳥が自然に元気良く飛び立って行く姿が最高の喜びだと、この男もそうだろうと。
男はその目に木漏れ日を反射するように、あるいは木陰を映したかのように、深い緑の目を、鳥が飛び立った方角へじっと向けて居た。
職員にとって、とは言え、絵描きだって、鳥が自由に羽ばたく光景は、芸術的で惹かれるものがある。
「やりましたね。元気いっぱいで!」
絵描きが踊る鳥を真似るように、その向かったほうへ駆けようとした。
しかしその手が捕まった。
「……鳥が健康に成って、おれの手を離れて行くのは喜ばしく思う。」
でも。
「おまえが離れて行くのを、黙って見て居るわけには行かないんだ。」
鳥が飛び立つのを、ただ満足そうに黙って見詰めて居ただけの男に。捕らわれたのだ。
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