mineml
2025-04-17 12:37:04
7657文字
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【SS】タムガの紅い旗 ネタバレ


若駒たち

 あどけない歌が漂っている。
 言葉を際立たせるにはまだ拙く、喉を張り詰める力もまだ弱い。けれど、ただ旋律をなぞるだけでは立ち現れてこない華やぎ、甘さ、というものを既に知っている声である。その歌を聞きつづける者がいるならば、気が抜けたようにところどころ曖昧になるのを、幼さや散漫さと捉えるかもしれない。
 草の緑と空の青の薄らいでいく秋のはじまり、両手の指に少し余る数の白いゲルは、それぞれに間をおきながらもひとつの集まりとして並んでいる。
 そこへ駆けてくる数騎の姿がある。到着地と定めて足を緩めたうちから一騎が別れ、ゲルのひとつに近づいていく。
 歌っていたのは、そのゲルの前に座り込んだ少女である。10歳になるまでには春を、あと数度迎える必要があるだろう年の頃。口遊みながら少女は、白い酪の大きな塊から少し千切り取っては捏ね、形を軽く整えて、敷物の上に並べていく。馬が近づいてきたことに気がつき、顔を上げた。
「エレグ」
 少女の名を呼んで、いくらか年上の様子の少年が槍を片手に、馬から下りる。しっかりとした体つきだけを見ればもっと上にも見えるだろうが、声はまだ子どもの高さをして硬い。その声もここしばらくで掠れてきたと、エレグと呼ばれた少女は知っている。きっと彼は、青年への端境が近いのだろう。
「ひとりか?」
「ばあさまはおばさまたちと繕い物。鹿狩りはどうだった?」
「俺が一頭仕留めた」
「すごい」
 胸を張る少年に、少女は率直に笑顔を向ける。
「ドルラルはやっぱり強いなぁ」
「親父を早いとこ追いこさなきゃいけないからな」
 少年の答えの、さらりと乾いて何気ない調子そのものが、彼にとって当然のことなのだと裏付ける。馬を引いて踵を返しながら、ドルラルはエレグに声をかけた。
「まとめて向こうで捌くから、片付けたら来いよ。俺の分を分けてやる」
「いいの?」
 声を弾ませたエレグの喜色もまた率直であり、ドルラルは夏の日差しを束の間取り返したような笑顔を見せる。
「当たり前だろ。お前んとこ男手ないんだから、頼れよな」
「うん。ありがと」
 そうして彼は去っていき、少女はというとすぐに追うわけにいかず、まだしばらくの間は酪を崩すことに専念していた。徐々に嵩が減ってきたあたりで作業の進み具合に納得したのか、敷物ごとゲルの中へ片付け、その場を離れた。
 様子を見に行くと、獲物の解体が進んでいた。鹿が3頭。毛皮は剥がれ、取り出された内臓は一箇所に集められている。残った肉と骨を男たちがナイフで切り分けていくのを、女たちが談笑しながら囲み、幼い子どもたちがしげしげと眺める。
 ドルラルは大人の男たちに混じって、鹿に小刀を入れている。小刀一本で羊を解体できるようになるのは、遊牧民の大人の男としての絶対条件である。彼は、羊の身体を扱うに十分な体躯と膂力を早くから備えていたこともあって、羊の解体であれば既に慣れた手捌きを見せるが、鹿となるとまた勝手が違うらしい。視線と手元を時折迷わせ、見計らって横から出される指示に頷きながら、関節を外し肉を切り取って、生きていた形から食べられる形に整えていく。
「幸先がいいな」
 降ってきた声に、女たちに並んで解体の様子を見守っていたエレグは傍らを振り仰ぐ。
「イェスゲイさま」
「潰す羊もそろそろ選ばにゃならんが、獲物が捕れればその分冬が楽になる」
 満足げに笑ってエレグを見下ろす体格のいい男こそ、近隣の遊牧民を統率する勇士、タムガ・イェスゲイである。
 バアトルの名が安易に冠せられないのは草原の了解事であるし、タムガの天幕を訪れる族長たちが畏まって居住まいを正す姿も、彼の一族とともに移動する者たちは見かける機会がある。つまり彼の称号は実際の伴うものなのだろうが、両親を早くに亡くし祖母ひとりと暮らすエレグにとって、イェスゲイは幼馴染の父親であり、彼女自身から見ても親という立場に近いような、親しい庇護者なのだった。
「一頭をドルラルがしとめたと聞きました」
「おう、そうだろうな。今あいつが捌いているのがそれだ」
「わかるのですか?」
「穂先で突いた痕が肉に残ってる」
 そう言われ、まじまじと目を凝らす。突いたとすれば首だろうか、それとも胸だろうか。生き物の形を失っていく肉の塊を注意深く見たとて、彼の言う痕跡は定かにわからなかった。
「鹿を槍で直接狙いに行くような狩人は倅くらいだろうよ」
「矢で弱らせるひつようのないくらい、ドルラルは強いのでしょうね」
「剣と槍はな。その分、弓はお前の方が上手くなりそうだ」
 イェスゲイの言葉に、エレグは得意げな笑みを見せた。常日頃、おっとりとした話しぶりもあって温和な性質が表に出ているが、こうした顔をするとこの少女の勝ち気な面が覗く。
 そうして話す声を聞きつけたのか、額から滴る汗を手の甲で拭ったドルラルが振り返り、あからさまに顔をしかめてみせる。そのちょっとした辟易には重さも粘りもなく、親に庇護されて育った少年の域に健やかに収まっている。
「げ、親父」
「なかなかの獲物じゃないか、なぁドルラル? だが鹿一頭捌くのにもたつきすぎだな!」
「だから一言多いつってんだろ!」
 天を割るような豪快な笑い声を上げるイェスゲイに、群れの長に挑みかかる子狼よろしくドルラルが噛みつく。そんな親子のいつもの様子に、周囲の人びとからも笑いが漏れた。
 こんなとき、彼は特別な子なのだ、と、エレグは子供ながらに思う。大事なものを大人たちが見守っている、包み込むような気配。幼馴染にそれが向けられていることが、エレグにとってもどうしてだか誇らしい。
 ようやく授かった一人息子をイェスゲイが大切にしていることを、営地を共にする者であれば誰もが知っている。だからこそ見守る気配であり得、また、期待であり、値踏みでもあるだろう。ひとを欺くことのない真っ直ぐな気性も、早くも大の大人に競りつつある強靭さも、遊牧民を守り導く草原の男として申し分ない。ただそれも、成人するまで損なわれなければ、あるいは、他の者に凌駕されなければの話だ。
 今の少女にわかっているのは、友人が大事にされているということまでである。自らの内で既に育ちつつあるものに、期待や値踏みと名付け得ることを、少女はまだ知らない。
 ドルラルとイェスゲイを取り囲む和やかな様子ににこにこと耳を傾けていたエレグは、ふと、気を取られたように振り返る。ひとの輪の外から耳に入った声が異質だった、恐怖や敵対ほど色濃いものではないが、緊張や不安に類する淡い色をもった話し声である。
 やがてふたりの青年がゲルを回り込んで姿を見せ、イェスゲイの姿を見つけて早足に近寄ってきた。成人を迎えてはいるが年若いその兄弟に、イェスゲイもまた、すぐに気がついた。
「イェスゲイ様」
「どうした」
「見慣れない優男が。それに子供がひとり」
「馬を放していたら声をかけてきて、俺たちの頭目と話がしたいと」
「東から来たと言っていました。離れた場所で待たせていますが」
「わかった」
 イェスゲイが頷くのは早かった。彼が一瞥を遣れば、はじめから聞いていたらしいドルラルが、獲物の血で汚れた手を拭いながら視線を返す。この父子は姿かたちそのものよりも、言葉でないところでものを伝えるときの表情がよく似ていた。
「会おう。そいつを連れてきてくれ」
「わかりました」
 そうしてドルラルも連れ、彼らは行ってしまった。
 去っていくのをただ見送るエレグに声がかかる。振り返る。
「エレグ。鹿の臓物を洗いに行くから、手伝ってくれる?」
「はい、おばさま」
「手伝ってくれたら、肝を分けてあげるから。お祖母さまにもまだまだ元気でいてもらわなきゃねえ」
 イェスゲイ父子をはじめとして、周りに気に掛けられているから、大人ほど働くことのできない老女と子供ふたりでも生きていられた。両親はよきひとだったのだろうと、エレグは彼らを通じて両親を知る。
 3人の婦人とともに鹿の内臓を皮袋に詰め、川まで運んで血脂や中に残った滓を洗ううち、中天にあった日が西へ傾いてくる程度には時間が経っていた。一年中雪の消えない山々から流れてくるという水は冷たく、次第にかじかんでくる手を互いに励ましながら内臓を袋に再び詰め直し、馬に載せているところで、営地からやって来る2騎が見えた。
 ひとりは全員がわかる。ドルラルだ。だがもうひとりは誰だろうか。ほっそりとした、少年らしい姿が遠目にわかる。
「あら」
 近づいてくるにつれて面立ちがわかり、婦人のひとりが華やいだ声を上げた。
 やがて彼らは女たちの元へやって来て、馬を下りる。その頃には婦人たちはすっかり、見知らぬ少年の端正な美しさに興味を掻き立てられており、彼を取り囲んでは口々に話しかけた。
「綺麗な子ねぇ、どこから来たの?」
「不思議な柄の刺繍じゃないの。はじめて見るわ」
「ひとり? それとも、イェスゲイ様のお客さまのお連れさん?」
「やめろって、ここに来るまでに何回それ訊かれたと思ってんだ」
 取り囲まれた少年は切れ長の目を巡らせて、たじろいでいるというより、答えをどこから返すべきか選んでいる風だったが、そこへドルラルが割って入る。彼の制止も何度目だか知れない。それもそうでしょうね、と笑い声が立つ。
「それで? ドルラルも何かご用があって来たんでしょう?」
「約束があって探してた。そうしたら川に行ったって聞いたから」
 用向きを尋ねられたドルラルが目を向けたのは、ちょっとした騒ぎに口を挟まず、黒ぐろとした目を瞬いて眺めていたエレグである。
「そうだったの。捕まえちゃっててごめんなさいね」
「俺は別に。エレグがやるって言ったんだろうし」
「じゃあこれ、あげるから、お祖母さまと食べなさいね。私たちは先に帰るから」
「ありがとうございます、でも、いっしょじゃないの?」
「約束があるんでしょう? それじゃあね」
 少し戸惑った口ぶりのエレグに袋をひとつ持たせ、言葉のとおり婦人たちは、馬に乗って営地へ戻っていった。
 今日の働きの報酬を手に、エレグはまずドルラルを見上げる。
「うちにあずけておいてもよかったのに」
「お前に渡すだけならな」
 そして彼からふたつめの袋をもらい、頬を緩めた。
「ありがと。焼いてたべて、のこりは干しておこう」
「何してたんだ?」
「鹿のなかみあらってた。肝をもらった」
「よかったな」
「その子をつれて来たかったのか?」
「連れて来たかったっていうか」
 ドルラルは傍らの少年を見遣る。黙ってふたりの遣り取りを聞いていた少年は、ドルラルの視線を受け、エレグと視線を合わせて微笑んだ。ドルラルが大柄であるから違いが際立って見えるのであって、振る舞いからすれば、ふたりの少年の年齢はそう変わらないだろう。
「私はフブスグルという。父が、イェスゲイ殿へ挨拶に伺っている」
「おれはエレグ。こんにちは。ドルラルも連れてかれたから、いっしょにごあいさつするんだと思ってた」
「俺もそう思ってたよ。でもすぐこいつと放り出された」
「なにしたの?」
「何もしてねえよ!」
「歳の近い者同士で話してくるようにと、イェスゲイ殿は仰った」
 気安い応酬をするふたりの前で、フブスグルと名乗った少年は考えを巡らすように呟く。
「おふたりの話に同伴するよりも、私自身が縁を繋ぐ方が大事だとお考えなのだろう」
 反面、エレグとドルラルは顔を見合わせるまでもない。
「どう思う?」
「そこまで考えてないだろ。親父は勘で動いてるからな」
 あっさりと言い切ったドルラルは、で、と言葉を続ける。
「こいつがどこの部族だか見慣れないもんだから、ゲルを出ればあっという間に人だかりだ。話どころじゃないから、ついでに連れ出してきた」
「貴方の気配りがそれなのだと、私は思ったが」
「お前はお前で考えすぎじゃねえか」
「まさか。妥当な解釈のはずだ」
 幼馴染ふたりは、今度こそ顔を見合わせる。何気なく腰を下ろした馬の鞍の具合が悪かったときのように、ドルラルは居心地の悪そうな表情をちらと見せ、フブスグルへ向き直る。紅玉の瞳が湖の瞳を覗く。
「貴方なんて仰々しい呼び方するやついねえよ」
「しかしドルラル殿、」
「殿もやめろ、普通でいい普通で」
「普通、とは」
「お行儀よくしすぎたら、仲よくなりにくいってこと」
 顔をしかめるドルラルと、真面目な顔で言うエレグの間をフブスグルの視線が行き来し、底から水の湧くように、湖面を映した双眸が重く揺れる。
 小さく笑った。
「わかった」

「子曰く、『学びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや』」
 春の空を、一羽の鷹が横切っていく。娘の声が異国の言葉をなぞって、言葉自身の持たなかっただろう淡い節回しを纏って晴れやかに響く。
「『朋有り遠方より来る、亦楽しからずや。人知らずして慍らず、亦君子ならずや』と」
「エレグに語らせると、論語が楽の音のようだな」
 騎乗のまま書を膝に開いた細面の青年が、羊を追って前を行く馬の背の、三つ編みを2本垂らした後ろ姿を見て笑う。
「フブスグルの言ったままを話してるつもりなんだけどな」
 振り返りこそしないが、娘の軽やかな声が返ってくる。
「つい、慣れた風で話しちまっていけない」
「でもそれを覚えたところでどうなるんだ?」
 少し離れて歩いていた一騎から、訝しげに投げかけられる。
「東の国の言葉で『学問をやれ』って言ってるってだけの話なんだろ」
「さすがに乱暴にまとめすぎだ。……だが、そうだな」
 呆れた視線をドルラルに向けたフブスグルは、しかし考えをめぐらす調子で呟きを低くする。
 羊を放しに来ている。正確に言えば、エレグに今日任された仕事である。
 数年前に祖母が死去して彼女はひとりとなった。抱える家畜の数も少ないので、他の家族の持つ羊や山羊と合わせ、協力して世話をするようなやり方でこのところは落ち着いている。
 ドルラルは馬の群れを朝の放牧に出した帰り、フブスグルも似たようなものだろう。手が空いたところにエレグが営地を出てきているので、かこつけて賑やかしに来ている。
 エレグが16、ドルラルとフブスグルが19。大人と呼んで差し支えない。銘々に家族を持っておかしくないが、身寄りのない娘、統領の跡取り、風習の異なるらしい部族のこちらも跡取りと、それぞれに事情がある顔ぶれなのだった。
 しばらく言葉を選んでいたフブスグルが口を開く。
……知らない言葉でも唱えていれば、いつしか言葉の仕組みがわかる。覚えれば覚えるだけ、言葉を理解するための足掛かりになる。音だけでなく中身も理解できれば、その国の人間が何を考えているのかわかるようになる」
 束ね合わされた紙を、彼は指先でぱらぱらと捌く。墨でびっしりと書き込まれた文字はかつて生きた賢者の言葉、ただし多くの遊牧民にとっては、黒い顔料の絡まった線としか見えない。
「隊商と取引するとき、あるいは国を構えた者たちと争うとき。私にもドルラルにも、言葉と文化の理解は役に立つ。エレグも知っているに越したことはない」
「でもな、フブスグル」
 エレグが振り返り、神妙な顔をする。
「唱えていていつかわかるのは、お前だからだよ。おれは音を覚えるのは得意だけれど、中身までわかる気がしない」
「俺たちはずっと昔から、口伝えでやって来れたからな。字だの書だの、草原じゃむしろ煙たがられる」
「ああ、身を以て知っている」
 フブスグルは苦笑いをする。他所の人間がくだらないことを吹き込むなと、ドルラルたちの部族の年長者に絞られたのはそう昔の話ではない。
「それを思うと、イェスゲイ殿は寛容だ」
「寛容ってか……ま、少なくとも親父は、こだわりはないな」
「草原の男は寛容であるが善し。おれたちの安寧があるのも、他所とつり合いを取ってくれるイェスゲイ様のおかげということさ」
 首を傾げながらも認めたドルラルに肯きを合わせ、馬から降りたエレグは括りつけてあった布の束をほどく。随分色褪せて綻びつつあるがそれは何枚もの古着で、束ねた間から針と糸を出す。縫物をここで済ませる算段らしい。ドルラルが少し、眉をひそめる。
「さすがに限界じゃねえか? それ」
「うーん。でも馬の仔、牛の仔に着せるものだし。余計な穴を塞げば、この春は大丈夫」
「ならいいけどよ。無茶な切り詰め方はすんなよ」
「うん」
 一枚を広げてためつすがめつ、古着を眺めたエレグは馬上のドルラルに目を移し、にこりと笑った。
「いずれおれたちは、お前のおかげと言うのだろうな」
「は? どうした急に」
「次のバアトルの寛容さは、おれたちの誰も心配してないってこと」
 直截な物言いとするには、いくらか多く歩数を数えた言い表しだろう。けれど聞き取り方にさほどの幅があるわけでもない。
 青年は少し面食らった様子で目を瞬き、落ち着かない馬が足を踏み替えるようにふいと視線を外した。
「んな褒めても何も出ねえぞ」
「じゃあタルバガンが食いたいなぁ」
「そういうことかよ。お前が射た方が早いだろうが」
 肘でつつきあうような遣り取りだが傍で聞いていて、エレグの声が安心しきってやわらかいことも、馬首を返したドルラルの言葉の終わりに明るい笑いが混ざっていたことも、紛れもない事実なのだった。
 同じく騎上にあるフブスグルへ馬を寄せ、ドルラルは友人の肩を小突く。
「手伝え」
「お前に任されたんじゃないのか?」
「駄弁りに来てるんだからどうせ暇なんだろ。行くぞ」
 そう言って彼は行ってしまった。ドルラルひとりでも首尾よく2、3頭を捕らえてくるだろうが、地に掘った巣穴から追い立てる役がいた方が話が早いのは確かである。
 小さく笑みを漏らしたフブスグルは彼の後を追おうとし、ふと腰に手をやる。
 佩いた刀が一瞬、慄くように震えていた。あるいは威嚇するように。音を立てるほどの激しさではなく、ドルラルもエレグも気がついてはいない。
 フブスグルが父から譲られた異国の刀は、邪なるものを斬り伏せると伝えられている。
「エレグ」
「うん?」
「あなたたちの戴く次の棟梁は、ドルラルだと思うか」
「ああ」
 娘の返答には些かの躊躇もなかった。
「イェスゲイ様の一人息子で、実力も為人もみんなが認めている。イェスゲイ様には敵わないといったって、まだ若いだけだもの。誰か他の者が上へ立とうとしたとして、頷く者はいないさ」
「そうか。それもそうだな」
 フブスグルはエレグに、もう一度笑みを見せる。焦れた声に名前を呼ばれて振り返る。
 足を止めて待っているドルラルの方へ、青年は今度こそ馬を進めた。