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2025-05-15 22:12:53
5991文字
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雷鉢小ネタ1

現パロ。

「不破くんおはよう」

 教室に入ってきた雷蔵にクラスの女子が声をかけた。席に着いておれと一緒に語らっていた三郎は、すぐさまそちらへ視線を向けた。
 クラスといってもおれのじゃなくて雷蔵たちのクラスなんだけど。なんの因果か、現代に生まれ直した今でも、クラス分けは戦国の世と同じ組み合わせになることが多いのだ。
 おれは三郎の机の前の、友人の友人程度にしか知らない子の椅子を、自分のもののように占領している。そこに、自席にバッグを置いてきた雷蔵が寄ってくる。

「おはよう三郎、勘右衛門」
「雷蔵おはよう。今日はいつもより遅かったな」

 三郎が朝食のパンを食べる手を止めて言った。
 時計を見る。まだ十分余裕のある時間帯だ。おれたちのような真面目な生徒がぱらぱらと登校している段階。
 おれは、遅いか? と思ったが、三郎が言うならそうなんだろう。こまめに連絡を取り合っている二人のことだから、おはようからおやすみまでのスケジュールを一分一秒まで把握していてもおかしくはない。
 雷蔵はこれまた別の誰かの椅子を引きずってきて三郎の隣に座った。神妙な面持ちをしている。

「あのさ、学校に来たらなんだか知らない人からやたらと話しかけられたんだよね。だからそのたびに話聞いてたら遅くなっちゃったんだ。動画がなんとかって言ってたけど二人は知ってる?」

 おれはすぐにピンときた。

「ああ、雷蔵さ、授業でダンス部と組んで踊ってただろ? そのときの動画がネットで拡散されてるんだよ」

 そう説明してデバイスを目の前に掲げると、雷蔵はアーチ状の眉をきゅっと寄せて複雑そうな表情で画面を見た。

「これ、知らなかったのか? もしかして無断でアップされた?」
「え? ああ、動画上げるとは聞いていたよ。ぼくの顔は隠してくれるって言ってたし……でもなんでこんなにたくさんの人に知られてるんだろうと思って」
「それなんだけど、うちのダンス部って結構実力派らしいんだよね。だから評価されてるっていうか……雷蔵も、顔が隠れてはいたけど普通に校内では誰なのかはバレてるよ。かなり目立ってるし、素人なのにキレが違うって、男子の授業を見たことなかった女子が湧いちゃって」

 へえ、と雷蔵が間の抜けた相槌を打つ。あからさまに不思議そうで、だからなんなのか、と思っているのが丸出しだ。

「ぼくの動きはダンスらしくないというか……細かい技術がないから勢いだけでも見栄えよくしようと思って踊ったんだ。それで悪目立ちしちゃったかな」
「違う違う、いい意味で目立ってるんだよ。コメント見なよ。他の人見てたはずなのにこの人に目が行っちゃう、大胆な振りがかっこいい〜ってさ」
「ええ……? なにそれ」
「なにそれもなにも。こんな短い動画で顔出しもなしに魅力的だと思ってもらえるなんてすごいね」

 そう、これだけコンテンツが溢れている世の中で見つけてもらえるというだけで、偉業だと言ってもいいんだよ。
 実のところ、学校内での雷蔵の評価はもともと高い。おれ調べで。
 雷蔵は文武両道で性格もいいけれど、本人の性質が控え目で目立つ方ではないから、表立っては口に上らなかったのだと思う。
 その水面下で高止まりしていた人気が、動画をきっかけに表面化してしまった。つまり潜在的なファンが、今回の件で雷蔵が日の目を浴びたことにより、きっかけを得て堂々と声をかけ始めた……というところなんじゃないかな。
 だというのに、自覚のない罪な男は情けない顔で肩を丸くしている。

「うーん……じゃあ学校の人たち、ぼくが踊ってたって知ったらがっかりしちゃうね」
「またまた、女子ががっかりしてるように見える? 不破くんあんなにダンス上手いんだ〜ってギャップでやられてるよ」
「そんなバカな」

 信じられないといったように雷蔵が言った。いやいや、自分の評価を本当にご存知ないわけ?
 くしゃり、とビニル袋を潰す音がした。三郎が食べ終わったパンの袋を丸めて放ると、きれいな放物線を描いて狙い通りにゴミ箱へと吸い込まれていった。相変わらず投擲が得意なのだ。バスケ部にでも入ったら、さぞ活躍できただろうに。

「雷蔵、誰が何と言うかなど気に留める必要はないぞ。それも上から評価してやろうだなんて思う奴らの目なんか尚更だ」
「上からだとは思ってないけど」

 三郎、静かだなと思ってたら黙々と飯を食べてたんだ。そこで、おや、と思う。

「というか、三郎はもっと暴れるかと思った。おれだけの雷蔵なんだから誰も見るなよって」
「そんなこた言わん。雷蔵の魅力が抑えられず広まってしまうのは仕方がないよ。見る目がある奴なら一目で理解できるだろうしな。どうあれ、雷蔵が雷蔵であることには変わりはない」

 彼氏面の男は、いかにも余裕綽々といった風に目を細めて笑った。

「それに今さら雷蔵の隣は譲らないさ。誰が望んだとしてももう遅い」
「うわ、厄介なのには変わりないな……雷蔵もうんうん頷いてんじゃないよ」

 こいつらときたら、何百年も前から相思相愛の仲なのである。そりゃ、誰がどうアプローチしたところで敵いっこないだろうさ。
 三郎は紙パックに刺したストローを前歯で噛んで、考え込んでいるようだった。

「あーあ……雷蔵がネットデビューしたならおれもなにかしようかな」
「え! なにすんの」

 三郎がぽつりと漏らした言葉はたしかにちょっとおもしろそうだな、とおれのアンテナに引っかかった。本心ではないだろうが、クリエイティブな職種がいかにも向いていそうだし。

「えー……美容系配信者?」
「うーわ、ありそう」

 三郎は元来まめな性質のため、アイドルもかくやと思うほどにスキンケアやボディメイクにも気を遣っているのだ。しかもそれを苦としていない。知識も豊富だし、うん、ありかもしれない。

「二人がやるならおれもやろうかな、グルメ系Vlogger」

 おれも便乗して提案をし、似合いすぎると二人からお墨付きをもらう。なんならすでにやってそう、だなんて言われる。そこまで食べ物にこだわりがあるって思われてるんだ、おれって。
 そんな四方山話で盛り上がっていると、雷蔵の横に人影が二つ寄ってきた。

「おはよう!」
「みんなおはよう。なんの話してたんだ?」
「おはよう八左ヱ門、兵助も」

 やってきたのはこのクラスに所属している八左ヱ門と、おれと同じクラスの兵助だった。八左ヱ門は部活の朝練にでも参加してきたのか、首筋に薄らと汗を滲ませている。
 登校したらとりあえずここに集まるというのはお決まりになっているため、兵助もごく当たり前に他クラスの風景に馴染んでいる。

「もし今後ネットで活動するとしたら何をやりたいかって話をしてたんだ」
「へえ、いいじゃないか。例えば?」
「おれはグルメ系、三郎は美容系、雷蔵はダンス。兵助は?」

 半ば答えは決まっているだろうと思いつつも訊いてみる。

「え、おれ? うーん……

 兵助は顎に指を当て、少しだけ考えた後に口を開いた。

「豆腐系……
「まあそうなるよな」
「豆腐系ASMR」
「どういうこと?」
「モッパンでもいいけど」
「なんだ、突然物騒な話しして」
「違うよ八左ヱ門、そっちのもっぱんじゃないよ」

 八左ヱ門はくるりと目を瞬いた。

「八左ヱ門は生き物系だろ。想像に難くない」

 三郎がからかうように言って、みんな頷いた。八左ヱ門だけがしっくりこないといったように腕を組んで唸った。

「生き物系って何するんだ? ペット紹介?」
「それもあるけど、あとは危ない生き物育てたり、特定指定外来生物捕まえて食べたり?」
「ほー……なるほどな、得意分野だ」

 八左ヱ門は相変わらずの生き物好きで、昔の経験があるからなのか、対生き物に自信があるようだった。今では家で飼っている犬くらいしか生き物と触れ合っていないと思うけれど。他にも何か飼ってたっけ?
 今世でおれたちが出会ったのは前世と同じ年ごろだが、当時のこの男は飼い犬と土手を走り回ったりザリガニ釣りに勤しんだりしていた。なんなら今でも同じ遊びをしている。筋金入りなのだ。

「でも得意分野ってことなら、なんで雷蔵はダンス? そんなに好きだったっけ?」
「あれ、二人ともまだ見てないの? ほら」

 雷蔵にもしてやったように動画を見せてやると、二人とも動きを止めて猫のようにじっと画面を見つめた。
 同じクラスでダンスの授業に取り組んでいた八左ヱ門はすぐに理解できたのか、「あ、これ雷蔵?」と踊っているうちの一人を指差した。うん、と頷いて応えれば、感心したように息を吐いた。

「かなり再生数回ってるぞ。すごいなおまえら。これ考えたのダンス部だろ?」
「うん。選曲から振り付けから動画投稿まで、全部やってくれた」
「おれも素人だからあんまりわからないけど、クオリティ高いと思う。おれの組のコレオと複雑さが違う。これはすごいな」

 動画を見終わった兵助が褒める。おれと兵助は同じ組だが、全員がダンス初心者だったために難しい動きは取り入れなかったのだ。

「ありがとう。でもぼくも教わった通りやっただけで……それに細かい指先の表現とかは真似できなかったよ」
「でも、才能あるかもしれないぞ」
「そうかなあ」

 納得がいかない様子の雷蔵は、おれたちが褒めたところでどうにも自信が持てないようだった。
 わかるわかる。動画はうまいこと編集されてるから、下手なのがバレてないだけだとでも思ってるんだろう。
 写真だって、加工していい感じに見えてても実際の顔とかけ離れてると詐欺だって思うもんな。この例えはちょっと違うか? でも、それが悪いってわけじゃなくて、正直者の心が疼くのが雷蔵のいいところだ。

「みんな褒めてくれたけど、ぼくはやっぱり授業で踊るくらいでいいかな」
「そうか……え、じゃあ雷蔵、ダンスの他になんかやりたいジャンルないのか? 投稿してみたいこと」
「ジャンル? 動画の? えーと……

 八左ヱ門に訊かれて、見慣れたポーズをとる雷蔵。半跏思惟像のような、ロダンの作品のようなあれ。

「八左ヱ門、いけないんだ。ホームルームまで時間ないのに悩ませるなんて」
「そんなつもりじゃなかったんだけどな!?」
「いや、あんまり悩まないかも。……ぼく、ちょっといいなと思ってるのがあるんだよね」
「お! いいね、どんなの?」

 動画より文字派の雷蔵は、流行りのコンテンツには興味が薄いと思っていたけど、配信者に憧れとかあったんだな。
 問いかけに対する反応は鈍い。でも、悩んでいるというよりは、言おうか言うまいかともごもごしているみたいだった。
 みんなの視線を集めて観念したのか、口を開いた雷蔵からは予想外の単語が飛び出した。

…………んー…………カップルチャンネル」
「へ?」

 かっぷるちゃんねる。兵助が言い慣れない様子で繰り返した。

「い……、意外。雷蔵ってば彼女との仲見せつけたいと思う派なんだ」
「見せつけたいというか、えー……まあそうなのかな」

 恥ずかしげに伏せられていた雷蔵の目がちらりと三郎を見た。当然のように雷蔵に目をやっていた三郎は、視線を受けて「ん?」と首を傾けた後、にやっと笑った。

「雷蔵、開設しちゃうか? カップルチャンネル」

 おれは、「なに言ってるんだよ三郎、冗談だよ」というツッコミを期待していたのだけれど、雷蔵は否定せず笑って受け止めていた。それどころか、うきうきと語り出した。

「おまえが賛成してくれるなら、やってみてもいいかもな。今日みたいにみんなに感想もらえるなら、鉢屋くんとお似合いだね、なんて言ってもらえるかもしれないし」
「え? ……あー、そうだね?」
「せっかく始めるならたくさんの人にぼくたちのこと認めてもらいたいし、学校で宣伝してみるのもいいよね。ん? そういえば、万が一収益化するなんてことになったらバイト扱いになるのかな。でもそこまで評価を得るためには企画とかも練らないといけないし、コンセプトもあったほうがいいよね?」

 などなど。カップルチャンネルの話題に移ってからの雷蔵の舌の回転速度といったら、あれほどダンスの話題に戸惑っていたとは思えないくらいだった。
 本気なんだ、本気で三郎とカップルチャンネルをやりたいんだな、雷蔵。
 気がつけばまばらだった教室内の人影は増えて、近くの席の女の子がもの言いたげにこちらを見ている。
 雷蔵は自分と三郎とをカップルとして売り出すための構想を滔々と語っている。本当に前々からやってみたいと思ってないと出てこない考えばかりだ。あれ、これけっこうすごいこと言ってるんじゃないの?
 ちらっと三郎を横目で見ると、案の定ほかほかに頬を赤くしている。

「うーん、でもやっぱりちょっと恥ずかしいから、始めるにしてももっと後かな。成人してからとか? どう思う三郎」

 しばらく語り続けた雷蔵は、ようやく話すのをやめて三郎を見た。しかし、今や三郎は机の上に伏せて頭を抱え、カタツムリのようになっている。

「おーい、手遅れだぞ。三郎が真っ赤だぞ」

 八左ヱ門が、腕で隠しきれていない耳をつついて言う。

「み、見ないで雷蔵……なんか泣きそう……
「ええ? まだ何も始めてないのになんでもう恥ずかしがってるんだよ」
「これ恥ずかしがってる? 喜んでるんじゃないのか?」
「兵助、そっとしておいてやれ」

 不思議そうにしている兵助の袖を引く。さて、おれたちはそろそろ退散しようかな。あとは若いお二人と八左ヱ門に、この微妙な教室の空気を任せるとしましょう。
 廊下に出て、去り際に三人の様子を盗み見る。雷蔵が三郎の頭を撫でて、幸せそうな顔で笑っている。どれだけダンスのパフォーマンスを褒めたところで出てこなかった笑顔だ。
 そりゃー、あれじゃいくら雷蔵ファンがたくさんいたって関係ないよな。
 実に温かい光景なのだけれど、恐ろしいことにあの二人、まだ付き合っていないのである。信じられない。付き合わないままカップルチャンネル開設するってんなら、それこそ詐欺だろうに。
 まあおれにとっては、そこに二人が並んでいるのなら関係性の呼び表し方なんてなんでもいいんだけども、できれば少しでも長く一緒に生きていってほしい。そこにおれたちも添えてもらえるなら百点満点の人生だ。
 未来なんてのは相も変わらず不透明だけど、ひとつだけわかっているのは、おれたちの未来って可能性に満ちていてわりと明るい。それのみなのである。