だごまる
2025-05-15 21:03:19
14921文字
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幼き皇子の世話係

ご都合主義!いつもの霊基異常で幼児化したセイバーに振り回されている伊織殿の話です。
寂しがり屋なセイバーを甲斐甲斐しく世話する伊織殿。

俺マスこと、藤丸立香、マシュ、ボイジャー、エミヤ、紅閻魔、アルトリア・キャスター、オベロンが出てます。賑やか~!

たぶん、後日私は恥ずかしくなって読めないと思うので今のうちに言っておきますね。
子連れ侍爆誕!!!!!(笑)

 マスターである藤丸立香に連れられてほぼ日課となりつつある周回を終えた伊織はセイバーに引っ張られて食堂で夕餉を食べたあとは部屋に戻って仏像を彫っていた。背中に重みが加わる。

「イオリ~」

 名前を呼んだセイバーが暇そうに伊織の背中に圧し掛かった。いつものことだと気にも留めず伊織は木を彫り続けている。不満そうな気配を背後から感じた伊織は手を止めて体重をセイバーの方へと預けた。

「わわっ! 急に何をするのだイオリ!」

 伊織の予想外の行動に戸惑いの声を上げながらセイバーが伊織の身体を支える。

「それはこちらの台詞だ。圧し掛かられては手元が狂うだろう」

「むぅ。きみが私に構わぬからだっ!」

「っ! セイバー……

 頬を膨らませたセイバーが伊織の両肩を掴んで思いきり引き倒した。仰向けになった伊織の顔を覗きこむセイバーはしてやったりと笑っている。

「ふっふっふ! 油断したな、イオリ。きみもまだまだ修行が足りぬな」

「返す言葉がないな」

 力の強いセイバーに肩を押さえられている伊織は身体を起こすことができず苦笑する。

「そろそろ寝るぞイオリ。明日もカルデアのマスターと共に出るのだろう?」

 サーヴァントに睡眠は必要ないはずだが、習慣で寝るようにしている伊織に倣いセイバーも隣で寝るようになった。珍しくセイバーの方から促されて伊織は目をしばたたかせる。

「どうした、イオリ?」

 こちらを覗き込んでくるセイバーの肩から三つ編みが流れて伊織の顔に毛先が触れ、くすぐったさに眉を寄せた。その顔がおもしろかったのか、セイバーが笑い声を上げる。

「あっはっは! きみ、なんて顔をしているのだ」

「笑うな。おまえの髪がくすぐったいだけだ」

「愛いな、イオリ~」

 セイバーが笑いながら両手で伊織の頬を挟んで雑に撫でまわした。



 一通りじゃれついて満足したセイバーが寝たのを確認して伊織も布団に入った。正座して眠っていたセイバーが今では隣に敷いた布団で眠るようになってしばらく経つ。セイバーのあどけない寝顔を見ていた伊織は目を閉じた。

 翌朝目を覚ました伊織は隣で眠るセイバーを見て何度も目を擦った。あどけない寝顔は眠る前に見たときと変わらないけれど、違和感がある。

「セイバー?」

 眠っているセイバーはずいぶんと幼い。カルデアにいる子ども系のサーヴァントたちよりも幼い姿に伊織は慌ててセイバーの小さな肩を揺らした。

「セイバー、セイバー起きろ。どうなっている?」

「ん……

 セイバーの眉根が寄せられて目を開けた。大きな琥珀色の瞳が伊織を捉える。

「起きたかセイバー」

……

 そっと息をついた伊織とは対照的に、ジッとこちらを見るセイバーの瞳には戸惑いの色が滲んでいる。

「だれだ?」

「セイバー?」

 眉を寄せて警戒の色を強くするセイバーに伊織が息を呑んで目を丸くする。いつも「イオリ」と名を呼んでくるセイバーの口から〝誰だ〟と問われた伊織は思いの外動揺していた。自分のことを忘れているセイバーにショックを隠し切れない伊織の鼓動が速くなる。それを悟られないように伊織は息を吐きだすと起き上がってこちらを見上げてくるセイバーに正座して向き合った。

「俺は伊織。宮本伊織だ」

「いおり? いおり、いおり……

 幼いセイバーが舌ったらずに伊織の名を繰り返す。思い出してはいないのだろうが、名を呼んでくれるだけで満たされる。

「そうだ、伊織だ。セイバー」

 セイバーが不満そうにこちらを見上げてきた。どうしたのだろうか、と伊織がセイバーを見つめ返すと相手が眉を吊り上げ、ムッと怒っているのか頬を膨らませている。

「せいばあとはわたしのことか?」

「そうだ。おまえが呼べと云った名だ」

「わたしはたけるだ。せいばあなどではない!」

 立ち上がって怒っているセイバーは正座している伊織と同じ目線にも届かず、迫力に欠ける。どちらかといえば愛らしい。

(記憶はなくとも名は覚えているのか)

 どうしたものか、とセイバーを見つめ返していると幼いセイバーが顔を近づけてきた。

「近い。どうしたセイバー」

「わたしのことはたけるとよべ!」

……良いのか?」

 自分だけ名で呼ぶことを許されていなかった伊織は目を丸くして食い気味に返した。

「よいといっている!」

 セイバーが両手を腰に当てて胸を張る。記憶がないからなのだろうが、この機を逃せば名で呼ぶ機会などこの先訪れないだろう。伊織は緩みそうになる口角を手で隠して一度咳払いをした。

「解った。タケル」

 妙に緊張する。震える声音で紡いだ名にセイバーは満足したのか「うむ!」と上機嫌に頷いている。

「とりあえず、霊基に異常がないかマスターに相談しようと思う。行くぞ」

 今のセイバーの状態を自分たちのマスターである藤丸立香に相談した方が良いと判断した伊織が立ち上がった。それを幼いセイバーが見上げている。戸を開けた伊織がセイバーへ手を差し出せば、戸惑ったようにきょろきょろと周囲を見渡し始めた。

「セイ……じゃない。タケル、おいで」

 子どもに話しかけるように伊織は柔らかい声音でセイバーを呼んだ。手招く伊織に表情を明るくしたセイバーが土間に降りると、小さな手を伸ばして伊織の指先を握った。

……

 いつも自分の手を握るセイバーの手とは異なり、小さく柔らかい。視線を下へ向けると、こちらを見上げてムフー、と鼻を鳴らす勢いのセイバーと目が合った。

「ではゆくぞ、いおり!」

 マスターのことも覚えていないはずだが、どう行くつもりなのか。伊織は口に出さず小さく笑う。

「そうだな」

 短く返して廊下へ出た。ストームボーダー内の廊下を歩いていると、朝餉の時間ということもあり美味しそうな匂いが漂ってくる。セイバーの方から腹の虫が鳴いた音が聞こえたのと同時に伊織の指からセイバーの手が離れた。

「待てセイバー!」

 伊織の制止の声も虚しくセイバーが駆け出してしまう。溜息をついた伊織は後頭部を掻いて遠ざかる小さな背中を追いかけた。




 セイバーの名を呼びながら廊下を走る伊織の顔には焦りの色が混じっている。すぐに追いつけると過信していた数刻前の自分を叱咤したいのを抑えて伊織はセイバーを探していた。

「セイバー、どこだ? タケルー」

 声を張り上げて呼んではいるが、セイバーが見つからない。

「わっ、伊織?」

 角を曲がったところで黒髪の少年とぶつかりそうになった。伊織を映す海のような青い瞳は藤丸立香。彼は珍しく焦っている伊織に目を丸くした。

「伊織、どうかしたの?」

「マスター。セイバーを見ていないだろうか?」

 切羽詰まった伊織に立香が目をしばたたかせる。隣にいたマシュも伊織の焦りの色を宿す顔に立香と同じ表情をしている。

「あの、落ち着いてください。私たちが歩いて来た廊下ではタケルさんとすれ違っていません」

……そうか。マスター、実はセイバーは今幼い子どもの姿に変わっている」

「霊基異常かな?」

 慣れているのか立香もマシュも動じていない。

「もしかしてタケルを見失っちゃった?」

「そうだ。食事の匂いにつられて俺の手を離して駆け出してしまった」

 想像に容易かったのだろう。立香が「あぁ~」と共感しながら苦笑する。

「子どもは目を離すとすぐにいなくなるからね。探すの手伝おうか?」

「私もお手伝いします!」

「かたじけない」

 セイバー探しに協力してくれる二人に伊織は一礼した。手分けして探そうと話し合っていると、廊下の先から泣き声が聞こえてくる。反射的に伊織がそちらを向いた。遠くでふよふよと浮いている金髪のくせ毛の少年に手を掴まれて泣きじゃくりながらセイバーが歩いている。

「あれ? ボイジャーとタケルだ」

「ご一緒とは珍しいですね」

 立香とマシュが気付いた時には伊織が早足でセイバーの方へ向かっていた。

「セ……、タケル!」

 伊織の声に反応したセイバーの瞳が大きく揺れて大粒の涙をこぼした。

「い、いおり~!」

 ボイジャーの手を離したセイバーが伊織の元へ一目散に駆けて行く。うわぁ~ん、と大声で泣きながらセイバーが伊織の足にしがみついた。

「こら、タケル」

 しっかりとしがみついて離れないセイバーに伊織が息をついていると、追いついた立香とマシュ、セイバーを連れてきたボイジャーが合流した。

「ボイジャーがタケルを見つけてくれたんだ」

「うん。さんぽをしていたらさ、そのこがまいごになっていたから。いっしょにいおりをさがしていたんだ」

 ボイジャーがふわりと笑う。どうやら食べ物の匂いにつられて駆け出したものの、記憶のないセイバーはストームボーダー内で迷子になってしまい泣き出してしまったらしい。そこに散歩をしていたボイジャーが居合わせて泣いているセイバーの手を引いて一緒に伊織を探していたのだとボイジャーが説明した。

「そうか。ボイジャー殿、セイバーが世話をかけたな」

 足にセイバーをくっつけたまま伊織がボイジャーに一礼する。

「ううん。ぜんぜんいいよ。ぼくはさんぽをしていただけだからさ」

 金髪の少年は緩く笑いながら首を左右に振る。

「このこはさ、ずっときみのなまえをよんでいたよ。ともだちかな? それともだいじなひと? いずれにしてもだいじにしてね」

……

 しゃっくりを上げて泣いているセイバーへ伊織は視線を落とした。セイバーとの関係は言葉では云い表せないけれど、記憶のないセイバーが今唯一頼れるのは自分だけ。

「セイバー……、タケル」

 名前を呼ぶと、セイバーの肩が小さく揺れてますます強くしがみついてくる。立香やマシュ、ボイジャー三人の視線が刺さって仕方ない。伊織は息をついて後頭部を掻くと、身を屈めた。

「タケル、すまん」

 伊織が一言だけ告げると、足元にしがみついているセイバーの小さくて柔らかい手を解いて両脇に手を差し入れるとそのまま持ち上げた。

「っ! な、なにをするのだ!」

 足をぷらぷらさせているセイバーが抗議の声を上げている。両足を動かして暴れるセイバーに苦笑した伊織はそのまま自分の方へ小さな身体を寄せた。尻と背中を支えて抱えると驚いたセイバーがとっさに伊織の後ろ衿を掴んだ。

「もしかして寂しかったのか?」

 伊織の問いにセイバーの小さな肩が揺れる。おそらく図星だったのだろう。後ろ衿を掴む力が強くなる。

「ふっ……、う、いおりが、かってにいなく、なる、から……だ!」

 再びセイバーが泣き出す。幼くなったのは姿だけでなく、精神までも幼児化しているようで自分でも感情をコントロールできないセイバーは鼻をすすりながら泣いた。

……おまえが勝手にいなくなったんだろう」

 食事の匂いにつられて駆け出して迷子になったのはセイバーの方だが、伊織の方が悪いと主張してくる相手に伊織は穏やかな声で返す。

 伊織の首筋に顔を埋めていたセイバーが反論の代わりに頭をぐりぐりと押し付ける。痛みはないが、くすぐったさに伊織の眉が寄せられた。

「解った、解った。俺が悪かった」

 謝罪を口にするとセイバーが動きを止める。それでも、まだ泣き止まないのか伊織の衿が涙で濡れていく。子どもの泣き止ませ方など自分には解らない。

「泣き止んでくれ、タケル」

 解らないなりに伊織は情けない声を出しながらもセイバーの背中を優しく叩いた。




 幼子をあやすようにセイバーの背中を優しく叩いている伊織を見ていた立香が何かに気付いたように目を丸くする。

「どうした、マスター。何か気付いたことでもあるのか?」

 もしかしたらセイバーの霊基異常に関して気付いたことがあるのかもしれない。伊織はセイバーをあやしながら期待を込めた眼差しをマスターへ向けた。

……子連れ侍」

「先輩、お気持ちは分かりますが真面目な顔で言うことではないです」

 さすがに傍にいたマシュがツッコミを入れる。

「こづれざむらい? いおりのこと?」

「そうだよ。伊織は侍だからね」

「わお! こづれざむらい」

 疑問符を浮かべていたボイジャーに立香が肯定する。そのせいでボイジャーが伊織を子連れ侍として認識してしまったのか、ニコニコと笑みを浮かべてセイバーを抱きかかえている伊織を見上げた。

……マスター。とんでもない誤解を招く発言はやめてくれ」

「ごめん。どう見ても今の伊織が子連れにしか見えなくて」

 両手を合わせて謝罪を口にしていても、立香はいたずらっ子のように笑っている。伊織が諦めたように息をついたところで、セイバーが静かになっていることに気付いた。

「セイバー?」

 呼んでみても反応はない。自分の方からはセイバーの顔は見えず、伊織は助けを求めるように立香を見た。視線に気付いた立香とマシュがセイバーの顔を覗き込んで同時に目元を緩めた。

……タケルさん、寝ていらっしゃいます」

 幼子を起こさないようにマシュが声を落とした。

「寝て、いる?」

 繰り返した伊織に今度は立香が頷く。

「そっか。伊織からは見えないんだっけ。伊織にしっかりしがみついたまま寝てるよ」

「カメラでもあればお見せできるのですが……。とても愛らしいお顔で寝ていらっしゃいますよ」

 マシュの残念そうな顔に伊織は幼いセイバーの寝顔を見てみたいと思ったけれど、動かせばセイバーは目を覚ましてしまうだろう。ふいに視線を感じて下を向くと、金色の髪の少年が青い瞳でこちらを見ていた。

「ぼく、かめらをもっているよ。まえにせんと・じょーじさんからかりていてさ。つかうかい?」

「そうでしたね、ボイジャーさんは写真を撮るのがお得意で、以前も写真を撮っていらっしゃってました」

 小型のカメラを手にしているボイジャーはニコニコと愛らしく笑みを向けている。

「ボイジャーに撮ってもらう?」

 立香の問いに伊織は少しの間逡巡した。本人の許可なく寝顔を撮るのは気が引ける。けれど、幼いセイバーの寝顔に興味がないわけではない。

……頼む」

 葛藤の末、眉根を寄せて声を絞り出す伊織にボイジャーは頷いてレンズをセイバーへ向けた。




 カメラを下ろしたボイジャーの後ろから立香とマシュが覗き込んで何やら操作している。時折聞こえてくるのはマシュの「可愛いですね」の声。しばらくして立香が伊織へカメラの画面を見せてきた。

……

 画面に映っていたのは、伊織の衿に餅のように柔らかい頬を押し付けて眠っているセイバー。無防備な半開きの口の端からよだれが垂れている。その顔はどう見ても幼い子どもで、剣を手に戦う英雄などではない。

「日の本の英雄もこうして眠る姿は子どもだね」

「そうだな」

 穏やかな声音で伊織が返した。気でも緩んでいたのだろうか、立香とマシュが微笑んでいる。

「俺の顔になにか付いているか、マスター?」

 伊織の問いに立香とマシュが小さく笑う。

「ううん。伊織がいつも以上に穏やかな顔をしているから父性でも目覚めたのかと思って」

「ふせい?」

「簡単に言えばお父さんが抱く感情のようなものでしょうか。今の伊織さんは確かにお父さんのように見えますから」

 首を傾けているボイジャーにマシュが身を屈めて小声で説明している。

「おとうさん。いいね」

 伊織を見上げたボイジャーがセイバーに一度視線を移してふわりと笑った。

「あー。マスター? 誤解を増やすのはやめてくれないか」

 ボイジャーがいるからか、強く出られない伊織が居心地が悪そうに声を上げる。

「そんなこと言いつつ、タケルが起きないように声を落とすんだね」

……

 自分では無意識だったのか、立香の指摘に伊織は無言になる。

「と、冗談はここまでにして。一応ダ・ヴィンチちゃんにタケルを診てもらう?」

(冗談には聞こえなかったが?)

 云いたいことを吞み込んだ伊織は立香の提案に従い管制室までついて行くことにした。






 ボイジャーと別れ、セイバーを起こさないように歩いていたからか、管制室に着いてもセイバーはまだスヤスヤと眠っていた。

「ダ・ヴィンチちゃん!」

 管制室の扉を開けて立香が開口一番にゴルドルフと話をしていたダ・ヴィンチを呼んだ。すぐに会話を切り上げてダ・ヴィンチがこちらを見る。

「おや。どうしたのかな?」

 甘栗色の髪を緩く結っている少女が近づいてきた。

「報告書でも持ってきたのかね?」

 口元の髭を撫でながら報告書を受け取ろうと片手を差し出すゴルドルフに立香が緩く笑って誤魔化す。

「それよりも、ダ・ヴィンチちゃん。タケルが霊基異常で子どもの姿になったから一応診てほしい」

「またかね!?」

 伊織に抱かれているセイバーを興味深そうにダ・ヴィンチが観察している側でゴルドルフが声を荒げた。大きな声にセイバーの眉が寄せられる。

「あ! 新所長大声を出したらダメだよ。タケルが起きるでしょ」

 人差し指を唇に当てた立香が「しーぃ」とゴルドルフを注意する。慌ててゴルドルフが手で口を押えた。

「ごめんなさいね?」

「ゴルドルフくんの気持ちも分かるけど、今は静かにね」

「ダ・ヴィンチ殿。どうだろうか?」

 セイバーを診察していたダ・ヴィンチへ伊織が様子を問う。診察を終えたダ・ヴィンチがニコリと笑って頷いた。

「うん。霊基自体に異常はないからしばらくすれば元に戻るよ」

「いつ頃だろうか?」

 矢継ぎ早に問いを重ねる伊織にダ・ヴィンチが苦笑する。

「それは明言できないかな。霊基にも個人差があるから。そんなに心配しなくてもちゃんと元に戻るさ」

「だってさ、伊織」

 立香が伊織の背中を軽く叩いた。

「そうですよ。今までもみなさん元に戻りましたから!」

 マシュが立香の隣でフォローする。

「ダ・ヴィンチちゃんに診てもらったことだし、朝食まだでしょ。もう昼に近いけど食堂に行こう」

 セイバーが幼くなっている状況で呑気に食事を摂っている場合だろうか、と思いながらもセイバーが匂いにつられて駆け出したことを考えるとこのあと起きたセイバーが空腹を訴えることは容易に想像できる。

「そうだな」

 伊織は短く返して立香、マシュと共に食堂へ向かった。




 管制室に立ち寄っていたこともあり、込み合う時間帯は避けられていたようで食堂は空いていた。厨房から漂う香りにセイバーが身じろいだ。

「ん……。んぅ……、いおり?」

(匂いにつられて目を覚ますのか)

 笑いそうになるのを堪えた伊織がセイバーの身体を抱き直した。

「起きたか? ここは食堂だ。なにか食べたいものでもあるか?」

「しょくどう? たべたいもの?」

 疑問符を浮かべているセイバーは特に食べたいものが思いつかないのか、伊織の衿を握りしめたままだ。

「今のタケルにメニューを伝えても分からない気がする」

「そうですね。あ。子ども用のメニューなどどうでしょうか」

 子ども用のメニューに心当たりのあるマシュと立香が盛り上がっている中、想像もつかない伊織とセイバーは二人取り残されていた。

「マスター。セ……、タケル用の食事があるなら教えてくれないか?」

「ああ。ごめん、伊織。お子様ランチなんてどうかなって」

「お子様らんち?」

 聞き慣れないものに伊織が疑問符を浮かべた。セイバーも同じだったのか、伊織と同じ動きをしている。

「まあまあ。頼んでみれば分かるから。エミヤ~!」

 さっそく厨房の奥にいたエミヤを立香が呼んだ。手を止めてエミヤが近づいてくる。

「どうした、マスター。食事かね? 今日のおススメは……

「タケル用にお子様ランチを作ってほしいんだ」

 得意げな顔で今日のおススメを語りだすエミヤを遮って立香がお子様ランチを頼んだ。すぐにエミヤがセイバーへ視線を移して「フッ」と笑う。

「いいだろう! お子様ランチの注文承った。それと、マスターたちは何にするかね?」

 空腹を思い出した立香が腹を押さえて元気よく自分の食事を注文した。



 すっかり目が覚めてしまったセイバーを膝の上に乗せ、遊び相手になっていた伊織の元にエミヤが食事を運んできた。

 本来は厨房前で食事を受け取って席まで運ぶ形式だが、幼いセイバーを抱きかかえてでは手が塞がれ食事を運ぶのは難しいと判断したエミヤなりの気遣いなのだろう。

 エミヤの後ろから割烹着を着た深紅の髪の少女がついてきている。二人を見た伊織はセイバーを抱えると、隣の椅子の上に乗せた。

 カルデアの食堂では大人用の椅子しか用意がなく、幼いセイバーが座るには座高が足りない。

 立香の提案で食事用のクッションを用意してもらい、クッションの上に立つセイバーは伊織の肩くらいに目線がある。

「エミヤ殿、紅閻魔殿。かたじけない」

 伊織の前にはエミヤが勧めてきた和定食が置かれた。炊き立てご飯に味噌汁、焼き鮭に海苔と玉子焼きの和定食を見ていたセイバーの瞳が輝いた。

「おお!」

 興奮したセイバーが両手をテーブルについてクッションの上で跳ねている。

「落ち着けタケル。行儀が悪い」

 セイバーの背中に手を添えた伊織が座るように促した。不満そうに頬を膨らませたセイバーが伊織を見上げてくる。

「ほら、おまえの食事もあるから」

「そうでちよ。これはタケルさまの分でち」

 紅閻魔が手にしているのは小さめのプレート。ケチャップライスで作られた愛らしいクマの顔、小さめのハンバーグとエビフライの横にはレタスの上に乗せられたナポリタンが盛り付けられていたプレートがセイバーの前に置かれた。

 すぐにセイバーの琥珀色の瞳が輝き、プレートに視線が釘付けになる。

「いおり、いおり! これがおこさまらんちというものか?」

「そうだな」

 伊織の袖を引くセイバーに伊織が小さく笑って頷く。セイバーの反応にエミヤが満足そうにしている。

「あ。タケルのお子様ランチ美味しそうだね」

「やらぬぞ」

 トレイを手にしている立香にセイバーがジト目で返した。

「あははは。食べないから安心してよ。それに俺たちも大人様ランチを作ってもらったから」

 笑いながら立香が伊織の前にトレイを置いた。その上にはセイバーのお子様ランチと似てはいるが、プレートに乗せられているものが少し違う。セイバーのチキンライスの代わりにオムライスということ以外はハンバーグ、エビフライ、ナポリタンは変わらず、小さな皿にはサラダが盛り付けられている。

「マスターの頼みだからな」

 エミヤが得意げな顔で鼻をすすった。自分のプレートと立香のプレートを見比べているセイバーが伊織の袖を引いた。

「いおりはおこさまらんちではないのか?」

「俺は和定食だよ」

「わていしょく」

「そうだ」

 繰り返したセイバーに伊織は穏やかな声で返した。

……

 伊織と同じものではないことに落ちこんでしまったセイバーにエミヤが咳払いを一つする。伊織とセイバーからの視線を集めたエミヤが口角を上げた。

「よい子にはデザートに特製プリンを付けようと思うが、どうするかね?」

「ぷりん?」

「ああ。甘味の類だが、俺には説明が難しい。おまえが好みそうなものだ。頂いておくといい」

 解らないのか首を傾けたセイバーに伊織は小さく微笑んだ。

「う、うむ。いおりがいうなら」

「では、あとで持ってくるとしよう。私たちは厨房に戻っているので、何かあれば呼んでくれたまえ」

「そうでちね。ゆっくり噛んで食べるんでちよ」

 エミヤと紅閻魔はそう言い残して厨房へと下がった。

「ほら、タケル。食べないと冷めてしまうよ」

 子ども用のスプーンを手渡しながら伊織が食べるように促すと、受け取ったセイバーがクマのケチャップライスへスプーンを差し込んだ。



 食事を始めてすぐ、何度も伊織は箸を止めてセイバーの方を見ていた。どうもセイバーが気になって仕方がないらしい。

「こら、セ……、タケル。手でおかずを掴むんじゃない」

 注意しながら近くにあった口ふきタオルを手に取った。

「口元が汚れている」

「ん……、むぅ」

 タオルでセイバーの口元を拭う伊織を立香とマシュが眺めていた。おそらく自分が甲斐甲斐しくセイバーの世話をしていることに伊織は気付いていない。

「やっぱり子連れ侍じゃない?」

「こうして見るとお父さんのように見えますね」

 マシュまで否定しなくなった。小声で話す二人の会話は当然伊織の耳にも届いており、居た堪れなくなった伊織が咳払いをする。

 途端に立香とマシュが口をつぐみ誤魔化すように笑みを見せた。

「あーマスター、マシュ殿? 俺はセイバーの親ではないのだが」

「そう言いながらも世話焼いてるじゃん」

 立香の指摘に伊織はタオルを手にしたまま目をしばたたかせた。無意識だったらしい。

「気付いていらっしゃらなかったんですね」

……

 苦笑しているマシュに伊織が無言になる。

「いおり、いおり」

 黙り込んでしまった伊織の袖をセイバーが引いた。気付いてセイバーへ視線を落とすと、琥珀色の瞳を輝かせてこちらを見ている。

 伊織をというよりかは、すっかり冷めてしまった焼き鮭定食に視線が釘付けで、よだれを垂らしている。

「セイバー……

 ため息混じりに伊織がセイバーの口元を拭う。

「たべぬのか?」

「ああ、いや。もしかしておまえ、足りなかったのか?」

 焼き鮭定食を指しながら問うセイバーに伊織が呆れたように息をつく。幼児化したとはいえ、霊基自体に変化がないのであれば食欲も変わらないのかもしれない。

 一人結論付けた伊織は苦笑しながら箸を手にした。セイバーの口のサイズに合わせて小さくした鮭を箸で掴んだ伊織がセイバーの口元へ寄せる。

「ほら」

 小さな口を開けたセイバーの口に鮭を入れれば、すぐに口を閉じて咀嚼する。美味しかったのかセイバーがにへらと緩く笑い、おかわりを要求するように再び口を開けた。

(まるで雛鳥だな)

 伊織がもう一切れ鮭に箸を入れたところで立香とマシュの視線を感じて手を止める。

「マシュ、もしかしたら伊織は母親かもしれない」

「タケルさんもずいぶんと甘えていますし、兄弟というよりかは親子のようですね」

 自分たちを微笑ましく見てくる二人に伊織は気恥ずかしさが込み上げてきて誤魔化すように今日何度目かの咳払いをした。



 ようやく食事を終えて食器を片づけた伊織はエミヤからプリンを預かって戻ってきた。ガラスの器にカスタードプリンが乗せられ、その上からカラメルソースが流れている。

「エミヤ殿からだ」

 セイバーの前にプリンを置いた伊織が隣に座る。子ども用のスプーンをセイバーに手渡すと、琥珀色の瞳を輝かせたセイバーがプリンにスプーンを差し入れた。スッと抵抗なく入るプリンに興奮したセイバーは浮いている足を揺らしながら伊織を見る。

「おまえの分だ。食べていい」

「うむ!」

 大きく頷いたセイバーがスプーンでプリンを掬って口に入れた。

「ん~! うまいぞ、いおり!」

 小さな両手を頬に添えてとろけたような顔をしていたセイバーが伊織に報告してくる。食べ物を美味しそうに食べるセイバーは例え幼くなっていても変わらない。プリンを食べているセイバーを眺めていた伊織は「そうか」と短く返して目元を緩めた。

……

 もう一口プリンを食べようとしていたセイバーはスプーンを手にしたまま固まってしまった。

「どうした、タケル?」

「お腹いっぱいとか?」

 心配そうに顔を覗きこんでくる伊織にセイバーが首を左右に振る。元の姿と同じ三つ編みが動きに合わせて左右に揺れた。伊織をジッと見つめていたセイバーがもう一度プリンに視線を落とした。セイバーはスプーンで一口分掬うとそれを伊織に向ける。

「いおり」

……俺にくれるのか?」

 元の姿のセイバーは絶対にしないであろう行動に伊織が目を丸くする。セイバーは伊織にスプーンを向けたまま何度も頷いた。

「珍しいこともあるものだな」

 小さく笑った伊織がプリンを口に入れたのを見たセイバーが表情を輝かせている。

「いおり、いおり。おいしいか?」

「ああ。美味しいよ。あとは全部おまえが食べなさい」

「うむ!」

 伊織の返答に満足したのか、セイバーは上機嫌に残りのプリンを食べ始める。二人の様子を眺めていた立香が申し訳なさそうに口を開いた。

「あのさ、伊織。さっきからイチャついてるところ悪いんだけど、このあとクエストに参加してくれない?」

「昨日云っていた件だな。承知した。ただ」

 了承した伊織がプリンを頬張っているセイバーへ視線を落とした。幼くなったセイバーを置いていくことに抵抗がある。一人になって大泣きしたセイバーのことを考えればここに残すことは避けたい。

「タケルを連れていきたいってことでしょ? もちろん良いよ。むしろ、今のタケルは伊織と離したらダメだと思うし」

「そうですね。寂しがりなタケルさんがまた泣き出してしまいますし」

「かたじけないマスター」

 スプーンを口に含んだままこちらを見上げてくるセイバーの頭を撫でた伊織が苦笑した。



 幼いセイバーを抱きかかえたままクエストに参加した伊織は同行しているアルトリア・キャスターとオベロンからの視線を受けていた。

 先に興味津々に近づいてきたのは金髪翠眼の少女。選定の杖を握りしめたままアルトリア・キャスターが幼いセイバーを見ている。

「うっわ~。タケルが幼くなってる。可愛い~」

 ブーツでつま先立ちになりながらセイバーの白い餅のような頬を指で突っついているアルトリア・キャスターに渋い顔をしたセイバーがむずかるように伊織の首筋に顔を埋めてしまう。苦笑した伊織はセイバーをあやすように小さな背を叩いていた。

……

 無言でセイバーを抱きかかえている伊織を眺めていたオベロンが何かに気付いたのかハッと目を見開く。

「オベロン殿?」

 幼いセイバーの背中を叩きながら疑問符を浮かべた伊織にオベロンが真剣な顔で口を開いた。

「これが子連れ侍というやつか。いや~初めて本物を見たよ」

「オベロン殿!?」

 笑顔で立香と同じ感想を口にするオベロンにさすがの伊織も目を丸くする。

「やっぱり子連れ侍だよね。オベロンとこの前時代劇を観ていたからさ、すぐに思い出したんだよ」

 何の時代劇を観たのだろうか、と口にしかけて伊織は口を閉ざした。聞かなくてもあらかた内容は想像できる。

 そこに子連れの描写でもあったのだろうか。立香の隣で置いてけぼりをくらっていたアルトリア・キャスターが「二人ともズルい!」とオベロンの白い外套を引っ張りながら腹を立てている。それを苦笑していた立香が伊織に向き直る。

「さ、用事を終わらせてさっさと帰ろう!」

 荒野の先からワイバーンの羽ばたき音が近づいてくる。今日のクエストはワイバーンを倒すこと。伊織は抱きかかえていたセイバーを下ろして立香に預けた。

「いおり?」

 不安そうに見上げてくるセイバーに膝を折り、身を屈めた伊織が相手を真っ直ぐ見据える。

「あれを倒してくるから、タケルはここで大人しくしていろ。すぐに戻る」

「う、うむ」

 頷いたセイバーに小さく微笑んだ伊織が背を向けてワイバーンへ向き直った。柄に手を掛け地面を蹴った伊織がワイバーンへ距離を詰めたところで立香がアルトリア・キャスターへ指示を出した。

「任せて!」

 声を弾ませたアルトリア・キャスターのスキルで強化した伊織が刀を抜いてワイバーンに斬りかかる姿をセイバーは琥珀色の瞳に映していた。



 十数体いたワイバーンの群れは伊織に全て斬り伏せられた。敵の気配がないことを確認した伊織は刀に付いた血を払い、鞘に納める。そっと息をついてセイバーの方へ向くと、セイバーが駆け寄ってきた。

「いおり、いおり!」

「どうしたセイ……、タケル」

 足元にしがみついてきたセイバーが興奮して上気した頬で伊織を見上げる。

「いおりはつよいのだな! かっこよかったぞ!」

 満面の笑みで云うセイバーに伊織の思考は一時停止した。今、セイバーは何と云ったか。強い、かっこいいと普段口にしないようなことを云っていたような気がする。固まってしまった伊織にオベロンが肩をすくめた。

「いや~。子どもは素直でいいね。言葉に裏表がない」

「伊織、今のはタケルの本心だってオベロンが言ってる。私から視てもタケルが幼児化しているからかな、言葉を取り繕ってないよ」

……

 オベロンとアルトリア・キャスターの言葉を受けて伊織がもう一度セイバーへ視線を落とした。セイバーは身を屈めている立香に伊織がいかにかっこよかったのか力説していた。興奮気味に語っていたセイバーが自分の剣を手にして伊織の動きを真似る。先に伊織の視線に気付いた立香が顔を上げてニッと笑った。

「よかったね、伊織」

……

 気恥ずかしさに耐えかねた伊織がその場に座り込んでしまう。驚いたセイバーが何度も抱えた膝に顔を埋めてしまった伊織の名を呼びながら伊織の頭を小さな手でポンポンと叩いていた。



 素材回収を終えてカルデアへ帰還する準備を終えた立香が四人へ声をかける。

「はぁ~、やっと帰れる。ほんと僕らのマスターは人使いが荒いなぁ~」

「立香、立香。帰ったら食堂でおやつ食べよう!」

 オベロンとアルトリア・キャスターの会話を聞きながらセイバーの手を握ってゆっくり歩いていた伊織は突然、手を引かれる感覚に視線を下げた。

「どうした、タケル?」

「いおりはかえったらなにをするのだ?」

「俺か?」

 特に考えてもいなかった伊織は口元に手を添えて思案する。仏像を彫るにも自由に動き回るセイバーがぶつかってくる可能性がある限り怪我をさせるだろう。読書していても、セイバーが飽きてしまうのが容易に想像つく。であれば、自分が取る行動は。

「そうだな。おまえの遊び相手だろうな」

 穏やかな声音で微笑む伊織に表情を輝かせたセイバーが早く帰ろうと伊織の手を引いた。いつもよりも力は弱いが、自分の手を引くセイバーに伊織は苦笑しながら立香たちの後を追った。