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2025-05-15 18:58:45
4164文字
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射止める発火点

全年齢┊バキサム┊別アースにいくバッキの話




 アース616


 任務が終わり、報告を済ませたら真っ直ぐ家に帰ろうと思っていた矢先にそれは起こった。もとよりその日は曇り空だったが、いきなり雷が鳴り始め、空に謎の空間ができたのだ。バッキーはそれを見た時、嫌な予感がした。面倒なことになりそうだと溜め息を吐いた刹那、鋭い光に目を瞑る。すると、プツン、となにかが途切れたように無音になった。


 アース12041


 引っ張り出されるようにして意識が戻り、目を開けるとそこはさっきまでいた場所だったが、頭の中が妙にザーザーうるさい。時折ビリビリと割れる視界も気になるし、別の時間軸に飛ばされてしまったと考えるのが妥当に思えた。バッキーとて昔の自分なら、こんな馬鹿げた考えには至らなかっただろう。今でも理解できない不思議な経験をしてきたからこそ考えついた答えだった。
 早く元の時間軸に戻らなければ、そう頭では分かっていても、科学者でもなんでもないのでやるべきことが分からない。まずは誰かに頼って、それから決める。頭の中で誰か頼れる人、と考えて思い浮かんだのが今やキャプテン・アメリカであるサム・ウィルソンだった。彼なら知り合いも多いし別アースに転送することのできる科学者を見つける手助けをしてくれるだろう。ついでにこっちのサムがどんな風なのかも気になるし、これは一石二鳥だ。世界に脅威が差し迫っているわけでもないので危機感はおろか、不安はなに一つなかった。

 サムの家に行ったが、誰も居なかった。留守にしているくらいなら、なにもおかしいとは思わない。妙に思ったのは、そもそも彼がそこに住んでいなかったということだ。時間軸が変わったからとはいえ、スパイダーマンはスパイダーマンだし、キャプテン・アメリカはキャプテン・アメリカなはずだ。ここでスパイダーマンの名前が出てきたのは少々癪だが今はどうでもいい。とにかく、風呂敷は広げすぎても意味がない。きっと家に帰ればこっちの世界にいるバッキー・バーンズが助けになってくれるだろう。大袈裟かもしれないが、それを信じるしか手は残されていなかった。

「で、どうしてお前がここに?」
 結論からいえばサムは見つかった。しかし事はもっと複雑で、家に入った瞬間、サムの熱烈なキスによって迎え入れられたのだ。相手が分かっていながら抵抗できなかった。むしろ、想像より柔らかい唇に自分からも少しがっついてしまったかのように思う。
「帰って早々ふっかけてくるやつがあるか? まあ乗ってやるけど」
 この世界線のサムは物凄く、バッキーは頭の中に浮かんだ言葉を音を立てて飲み込んだ。なにを考えてる。これはどう見積もってもこっちのサムじゃない。頭じゃそれを理解していても、ストリップのごとく服を脱ぎ捨てていくサムを見ていたら脳が麻痺していく。もしかするとこれが本当のサムなのかもしれない。俺が今まで関わってきたサムこそが偽物なのかも。壁に追いやられ、キスをされて、耳朶を甘く噛まれる。腰は擦り付けられ、興奮は最高潮にまで達していた。サムの唇が耳元で歌う。低音がよく響く音だ。
「で、おまえこそ誰なんだ? おっと、興奮してるところ悪いが少しでも動いたらその大事なブツをへし折ってやるからな」
 サムだ。それでこそサムだ。点と点が線で繋がった気がしてバッキーは長い息を吐く。そのままだ、と念を押して離れたサムはものの数秒で服を身につけた。なんだか勿体無い気分になって、もっと見ていればと後悔さえ混じる。
「変な顔をするな。バッキーに化けるなんてよく考えたもんだな」
「サム、俺はお前の言うバッキーじゃない。助けてほしい」
「へえ、お前が俺に助けを? 確かに、違うのかもな」
 これが皮肉なことは分かる。時間軸が違ってもサムはサムだ。こんなことを言ったら殺されるだろうから言わないが、彼の皮肉はこんなもんじゃない。
「別の時間軸から来た。原因は分からないが、おそらくは空からの雷……いや、今のは忘れてくれ」
 説明しようとして、なに一つ手かがりがないことに気付く。これじゃあ助けを借りようにも情報がなさすぎる。自分がもし助けを求められる立場だったら、情報のなさに呆れてものも言えないだろう。サムは真顔でこちらを見ながらパソコンの置かれたデスクに腰を下ろした。
「なるほどな、そういうことか」
 なにかを理解したように頷いて、サムはパソコンを触り始めた。今ので理解したというのだろうか。だとしたらこの時間軸のサムは天才だ。いや、こっちのサムも負けちゃいないが。
「これを見てみろ」
 サムがパソコンの画面をこちらに向けて見せてくれたのは、動画だった。そこには帰った途端ハグとキスをされて困っているサムが映っている。
「俺はこんなことをした覚えはない」
「そりゃそうだ、ここに映ってるバッキーは俺のだからな。そして、ここに映ってるサムはお前のとこのサムだ」
 いい加減頭がこんがらがってきた。つまり、バッキーとサムはそれぞれこの時間軸に飛ばされていたということだ。
「この映像はいつ録ったんだ」
「これは六週間前」
「あいつは一言もそんなこと…………
 サムはパソコンをいじるのをやめて立ち上がり、分かりやすくため息を吐いた。まるでそんなことも分からないのか、とでも言いたげに。
「相棒だと思ってたやつが別の時間軸では付き合ってるんだぞ。それも別人とはいえ顔も声もまったく同じやつにキスされて、そんなの複雑すぎて言えるわけがない。俺が同じ目に遭ったら間違いなく墓場まで持っていく案件だ」
「今すぐ俺のサムに会いたい」
「言っておくが、お前のサムじゃない」
「帰る方法を教えてくれ」
「聞けよ。……待つしかない。今、世界的に強い歪みが生じてるんだ。本来なら転送装置なんかを使えばいいんだが、歪みが不安定で正確なところへ送れるか分からないらしい。けど、お前も気付いてるだろ。ビリビリと視界が割れるような、それだ。見たところ頻度が高くなってるし、それがあるってことはそのうち戻れる」
「そのうちっていつなんだ」
 自分の体になにかが起こっているのは確実で、サムが言うようにこのビリビリと視界が割れるような感覚は、数分前よりも多くなっていたし、持続的で、眩暈もする。これが戻れる兆候なら喜ばしいが、もしこのまま戻れないなら──
 近くに雷が落ちたような眩しさと耳に響く不快な音から逃げるように耳を塞ぎ、座り込む。近くへやってきたサムの顔は、苦しむ自分のとは違って穏やかだった。
「俺にもっと優しくしろよ、約束だからな」
 顔も声も同じ。どこをどう見ても同じなのに、どこか違う。砂嵐のように視界が消えていくなかで、優しく笑うサムの顔をバッキーは最後まで見続けていた。


 アース616



 強く閉じていた瞼を持ち上げて、辺りを見る。そこはさっきと同じ部屋だが、どこか寂しげに思えた。考えてみれば、あっちの時間軸じゃサムとは同居していたようだし、そう思うのも無理はない。戻れたという実感が遅れてやってきて、バッキーはその足ですぐ家を出る。向かう先は決まっていた。サムが家に居るかどうかは分からない。居なくても、どこに居たとしても見つけるつもりだ。

 呼び出し音の後に聞いたサムの声は、さっきまで聞いていたはずなのに懐かしく感じて一瞬言葉に詰まる。俺だ、と短く答えて、そのすぐ後にドアが開ききるのを待たずに中へ入った。サムがいる部屋へとずかずかと進み、立ち止まる。
「バック、急にどうし……
 ニヤニヤと揶揄うつもりで振り向いただろうサムはこちらを向くなり一歩下がった。
「サム」
「待て、そこで止まれ。動くな」
 止まるよう強い口調で言われても、気にせず前へ進む。語尾が次第に弱くなっていく。やがて、触れられるくらい近くなると諦めたように息を吐いた。
「お前も行ったんだな」
「さっき帰ってきたところだ」
「そうかよ」
「ああ」
 じっとサムを見つめて、さっきのサムとの違いを探す。どこもかしこも同じに思えるし、今ここでやっぱり戻れてませんでしたと言われても信じるだろう。違いがなに一つないのだから。
「あっちの俺はどうだった?」
「分からない。けど、お前とは何かが違った」
「なんだよそれ」
 教えてほしいのはこっちだ。なにが違うって言うんだ? さっきからそればかりが頭でぐるぐると回っていて上手く考えが纏まらない。頭で考えるより、感覚に身を委ねた方が楽だと結論づけてサムの腕を引いた。抵抗されるかと思ったが、案外あっさり腕の中に収まった。
「キスしてもいいか?」
「断る」
「サム」
「いちいち聞くな、したいならしろよ」
「サム、キスしたい」
……こいよ」
 サムの手が後頭部に回って引き寄せられた。ゆっくり触れた唇は、さっきまで頭を悩ませていたことの答えをくれた。なにもかもが違う感覚で、初めてしたはずなのにしっくりくる。
「お前、浮気しただろ」
 唇が離れた途端、眉間に皺を寄せたサムに言われて内心ハッとした。
「浮気にはならない。明日同じことをしたら浮気になるけどな」
 つまりはそういうこと。
「向こうの奴らは浮気だよな」
「完全に」
 サムと目を合わせて笑い合う。向こうの二人がどんな風に今日の出来事を乗り越えるのかは分からないが、二人ならどうにでもなるだろうと思う。自分とサムのように。
「そうだ、サムが向こうにいた時のこと詳しく教えてくれ」
「断る」
「サム」
「お前、その言い方すれば俺がなんでも答えると思ってるだろ……っくそ! 分かったから離れろ!」
 嫌がるサムを引きずってソファーに座らせた。後ずさる男の上に乗り上げて逃げ場を塞ぐ。
「バック……
 サムの口から初めて聞くような甘い声がして、鏡を見なくても分かるくらい情けない顔をした。力が抜けてサムの胸元に顔を埋める。この気持ちを言葉にするのは難しい。どの言葉も当てはまらない気がして。

「    」

 しかし、サムは完璧な言葉をくれる。彼が持つ強さは力じゃない。いつだって真っ直ぐ向き合ってくれる心そのもので、バッキーはそんなサムの強さに惚れてしまったのだ。