河童の皿箱
2025-05-15 09:39:06
1534文字
Public 遊戯王:短め(2025年度)
 

眠る人々と起きてる神々

P.U.N.K.についてきてる付喪神的な神様たちと幽鬼うさぎが駄弁るだけ

 おやすみ。おやすみなさい。家主達がそう言い合って、それぞれの部屋に向かっては床に就く。すやり、すやりと寝息が立つ頃。誰かが、何かが、抜き足、差し足。忍びの足で、廊下を抜けて、居間に至ればふうと一息。真っ暗な床に座るのは、屋根裏に住む幽鬼の少女であった。
 恨みつらみを募らせているわけではなく、ただただ家主達を気に入り、家主達もまた幽鬼を気に入り、屋根裏に住み、住まわせては、友として時に触れ合い、時に語らう。たまには俗世の食べ物を土産にもらったり、髪や服を飾り付けてもらったりと。幽鬼もまた、そうした好意を受け取っては、留守の多いこの家の番を引き受けていた。

 さて、窓の外にはぽっかり浮かぶお月様。山の輪郭が空を削るもなお美しき夜空を眺めるは、束ねられし銀の髪。すこし、寝坊をしてしまった。もう少し早く起きていれば、お話しできたかもしれないのに、と。幽鬼がほんのり悔やむも束の間。家の中に、おぼろげな気配がひとつ、ふたつ。続々と現れたそれらは、家主たちの部屋にいるような。けれど、悪しきものでもないようだ。とはいえ、番を任されているのだから、ちゃあんと見に行くべきだろう。
 幽鬼はゆらりと立ち上がり、大鉈を背に携え、月の窓辺をあとにした。

 とてとてとっと。小さな足が歩んだ先には、集団の長たる浮世絵師の部屋。すうっと襖の隙間から中の様子を探ってみれば、目の前を通り過ぎるは尾と鱗。ひらり翻る黒くも鮮やかな色彩を帯びた優美な鰭が、くるり向きを変え、おやと幽鬼の目を覗き込んだ。少女が見上げれば、穏やかに微笑む男がしゃがみ込んだ。男の腕や首筋には黒を縁取る赤や青、けれど静やかな色彩の大振りな鱗が幾つも浮かび、地を這う鰭のついた尾はそう、まるで鯉のよう。幽鬼がその正体に気づくも束の間、鯉は口もとに人差し指をたて、けれど部屋へと迎え入れた。
 充電器に接続された筆はひとりでに輝きを放ち、その光の隙間から飛び出してくる大波小波と魚達。部屋の主人はそんな祭りにも気付かぬまま、すやすやと寝息を立て。そのそばに座る瓜二つの姿、いや、龍の如き角と尾のある男が、夜に似つかわしくない豪奢な、けれど着崩した着物を纏い、主人のどこかあどけない寝顔を眺めている。鯉がちょいと肩を叩けば、龍が振り返り、おぉ、小鬼じゃないかと喜色を満面に浮かべては、ようこそと尾を揺らした。その奥には、より体の小さな、子供のような姿の龍が二人。嬉しそうに、幽鬼を歓迎した。
 こら、静かにしないかと鯉が釘を刺せば、龍は頭を掻き、そうだな、と。子龍達も苦笑い。眠り、休息を取る主人を起こしたいわけではないのだ、この神々は。煌めく魚達が自由に泳ぎ遊ぶ中で、かの主人によって形を持った鯉と龍たちは主人を愛おしげに眺めて続ける。
 何も知らぬまま、眠る浮世絵師。普段の歌舞いた容姿からはなかなか想像つかぬ、綺麗な顔立ち。閉じた瞼に乗るまつ毛は長く、鼻筋もすっと通り、なんともまあ二枚目である。その立ち振る舞いが三枚目だがな、鯉が苦笑を零せば、幽鬼は頷く。やはり舞台上の姿と、こうした姿はまた違う。龍が徒らに鼻筋をつつつと指先で撫で、頬を撫で。んんん、と絵師が身動ぎすれば、愉快そうにけらりと笑い、今度は手を掬い上げ、握った。鯉が諌めようとするが、龍がほらと手を手渡せば、鯉もまた、うっとりと手を包み込み、その寝顔を静かに眺めていた。

 絵師に付き従う神々の表情は穏やかで。何故、彼をここまで慈しむのか幽鬼はその問いを投げかけようとして、やめた。己も似たようなものだ。現にこうして様子を見に来たのだって、彼ら神々が彼を愛おしむのだって、根本は同じ。

 神霊を尊ぶ、愛い人々なのだ、彼らは。