orikoriko1125
2025-05-14 23:09:25
6809文字
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put all one's eggs in one basket

夜のドームでたまごの孵化をするカキゼイ

フォロワーさんのお誕生日用に書きました

 カミツオロチのテラスタルジュエルが砕け、宝石のような破片が陽の光を受けたままエントランスロビーのバトルコートに落ちる。声援の中の落胆するような響きだけを今日も拾ってしまう。もう大丈夫だとわかってはいても、その瞬間だけは未だにゼイユの鼓動を速くして、握手で健闘を称え合うスグリとアオイの姿を見るまでは、ずっとうるさい。

「ねーちゃん!」
 ギャラリーの合間を縫って、転がるように駆けてきた二人は二頭のイワンコのようで、先程の痛いほどの緊張感が信じられないくらいだ。やっと落ち着いて弟を見られる。
「お疲れ様、今日もあんたたち楽しそうだったわね」
 いつも通りに言えただろうか、すっかり鼓動も整っているけれど。
「楽しいよ〜! ゼイユちゃんも戦る?」
 チャンピオンからのお誘いは悪くない、けれどもあいにく今日は締切の近いレポートがある。不戦敗は許せないので、後日の約束を取り付けることにした。その間、隣のスグリが気忙しくゼイユを見ていたのが小さな頃のようで、少しかわいい。
「アオイがねーちゃんに、渡したい物さあるんだって」
「もうすぐゼイユちゃん、お誕生日でしょ? 一足先にプレゼント贈っていい?」
 何か言いたげだった理由はあっさり、解けた。意外な申し出に驚くも、覚えていてくれたことが素直に嬉しい。
「気が利くじゃない! さすがあたしの舎弟ね」
 イワンコ二人が目を合わすと、スグリが背負ったままのアオイのカバンから、薄いブルーの布に包まれたなにかを取り出した。丁重に観覧席のテーブルに置き、結び目を緩めるのを息を止めて見守る。
……なにコレ」
「タマゴだよ! 知らない感じ?」
 生意気にも、いつぞや言った自分の言葉を揶揄ってきた。隣の弟が笑ったので、後で思い知らせることにする。
「それはわかるわよ! そうじゃなくて、なんのタマゴかって聞いてんの」
「孵ってからのお楽しみ! ゼイユちゃんに似てるなって思った子がいてね、この辺りじゃなかなか見ないポケモンだよ。お友達と交換した子のタマゴなの」
 自分に似ている、となれば華があって美しいポケモンであることだけは確かだ。
「へえ……カリキリとか?」
「ラランテス似合いそうだけどね、違いまーす! ヒントはドラゴンタイプ!」
 スグリは正解を知っているのか、にへらと笑いながら優しくタマゴを撫でた。幅が広すぎて全くヒントになっていない。
……全っ然わかんないんだけど」
「孵ったらかわいがってあげてね。じゃあわたしそろそろ帰るから!」
 颯爽と相棒のミライドンを出すと「またね!」とイッシュの空に消えていく。残された弟にしつこく問いても、何が孵るのかはついぞ漏らさなかった。やっぱりもうかわいくない。

 ほぼ押し付けられたようなプレゼントではあったが、孵さないわけにもいかない。ただ手持ちにいないドラゴンタイプとなると、いくら優秀なゼイユとはいえ手に余りそうで。
 致し方なくいつも部室で暇そうに過ごしている、先輩だか後輩だかわからない男の眼前にタマゴを置いた。
「カキツバタ、これ見て」
……タマゴだねぃ」
 寝起きなのか、覇気のない眼でゼイユを見上げるとそのまま大あくびをする。
「アオイに貰ったんだけど、ドラゴンタイプの子のタマゴらしいの。孵化してもどうしたらいいかわかんないし、あんた暇だろうから孵化するの付き合いなさい」
 だるそうに頬杖をついてタマゴをつつく。少し揺れたタマゴを慌てて押さえる。
「え〜孵化したら見てやるよ。こう見えてツバっさん忙しいし、いちいち歩き回るなんてかったるいし」
 どう見ても忙しくはなさそうで、後半の言葉が嘘偽りのない本音だろう。再び惰眠へ赴こうと眼を閉じるのを阻止する。
「はあー!? 孵化した瞬間にあたしに襲いかかってきたら、あんた責任取れんの? ドラゴン使いの端くれならそれくらい付き合って、たまにはあたしの役に立ちなさいよ」
「いきなり襲いかかってくるほど、獰猛じゃねえって。万が一そうだったとしても、ゼイユの方がつえーから大丈夫!」
 どう見てもか弱い乙女を捕まえて、なんて言い草だろう。失礼な男の肩を揺らして訴えてやる。
「このあたしが頼んでるんだから、つべこべ言わずやんなさいよ!」
 これ以上やり取りをしても、逃れられないと伝わったのか面倒そうに頭をかくと「わーかった、じゃあ早速行こうとすっかあ」とのっそり立ち上がった。
「え、今からはヤダ。あんたと一緒にいるとこ見られたくないし」
……人に物を頼む態度じゃねえって」
 再び定位置の椅子に戻ったカキツバタが低く呟く。ゼイユからすれば、以前貸したノートが酷い有様で戻ってきた件の、借りを返して欲しいくらいなのだ。それになぜかこの男と一緒にいると、周囲が勝手に色めき立つので居心地も悪い。ただの友達、いやそれ未満なのに。
「夜中にして、その時間ならドームに誰もいないでしょ」
「待て待て、昼間一緒にいるのは駄目でなんで夜中はいいんだよ!」
 眉間の皺が深くなるのがわからない。なにもおかしなことは言っていないはずだ。
「そんな変なこと言った?」
「変なことしか言ってねえのよ」
 なにか言い淀んではいるが、付き合ってくれるなら何でもいい。カキツバタの気が変わらない内にしっかり約束を取り付ける。
「じゃあ、明日の夜はどう?」
「いいけど……
「決まりね! 十一時半にドームの入口で!」

 テラリウムドームには好きなとき、好きに出入りができる。しかし夜にわざわざ行くようなことはゼイユにはなかった。必要がなかったから。
 とっくに授業も部活も終わっている、わざわざ夜に制服を着る義理もない。部屋着に揃いのカーディガンを羽織って、バスケットにタマゴを入れてきた。
 スマホの時間は十一時半を五分ほど過ぎており、思った通り全てにだらしないカキツバタが遅れるのは想定内だ。
「わりー、お待たせしました」
 部屋着にいつものジャージを羽織った男が、一切の反省がない態度で現れた。出てる脛が寒そうだが、いつも薄着で雪山にいる姿を考えたらきっと問題がないのだろう。
「あたしを待たせるなんていい度胸してんじゃない」
「忘れ物しちまってな。夜のキャニオンは危ねえからコースト目指してくぞ」
 するりとゼイユの手からバスケットを奪い、遠くのブロックのであろう光を指さした。

 ドームに来てからあくびが増えた気がする。カキツバタの一歩後に着いて歩調をなんとなく合わせた。ゼイユと違って、一歩一歩踏みしめるような歩き方。いつもなら早くして、と言いたくなるのに今夜は悪くないと倣ったがこれが眠気を誘うのだ。
「眠そうだねぃ」
……だっていつもなら寝てる時間だし」
 時折ポケモンの鳴き声や羽音がするくらいで、昼間よりも静か。あくびもバレていたのか、バツが悪い。
「マジ!? いつもスグリのことおこちゃまって言ってんのに、おまえさんもおこちゃまだな」
「美容のために早く寝てんの! あんたなんて昼寝ばっかして、夜寝れないくせに」
 夜ふかししてしまうと以前零していたが、確かに部室で居眠りしてる姿をよく見た。去年同じクラスだったときは、珍しく出席したと思えばここでも居眠り。我慢して夜寝ろと何度も言った気がする。
「いやー、とんだおこちゃま姉弟とはねぃ。早くねんねできるように、頑張れ頑張れぃ!」
「二つしか変わんないんだから子供扱いしないで! それに今はあたしの方が先輩だし」
 先征くカキツバタは愉快そうに「言っとけ」と夜のドームを引き続きのんびり進む。
 見上げたスクリーンの空はご丁寧に星空で、光度を落としたテラリウムコアが本物の月のようにぼんやりした光を届けている。
「夜のドーム、初めて来た」
「全然人いなくて楽しいぜ」
 野生のポケモンたちもこころなしか、昼よりイキイキとしている気がする。数メートル先にシママが発光しているのがよく見えた。突撃してくるサイホーンを避けるのも骨が折れる。
「毎日来てるのに知らない場所みたい」
……だな」
 カキツバタがぶら下げてるバスケットは揺れずにしっかり留まっている。それなりに重いのに、意外に力があるのかもとジャージから伸びた腕を眺める。
「スグ、昨日……またアオイに負けちゃったけど、楽しそうで……。良かったって思うのに、まだ不安になっちゃうの」
「あの試合も良かったよな。……入学したばっかの頃みてえに戻ってきたな」
 カキツバタも見ていたのは気が付かなかった、ずっとスグリの表情だけ見ていたから仕方がない。誰にも言えなかったことが、いつもと違う状況のおかげかぽんと口から出てきた。
「カキツバタには、そう見える?」
「おう。ゼイユが心配で不安になっちまうのは、しょーがねえ。でも、もう大丈夫だろぃ」
 少し歩を早めて、隣に並ぶ。スグリの心配をして気にかけているのは、ゼイユだけだけではない。カキツバタも、ネリネもリーグ部員たちだって。なのにふとした時に、コートに膝を着いたあの日のスグリが現れてしまう。
……なんか見守るのって難しいのね」
「そりゃあ弟かわいいからだろ。口出さねえように頑張ってんじゃねーか」
 良い意味で距離を取ろうと思ったのは自分なのに、姿を見掛ける度につい小言が出てしまう。それはスグリのため、というよりまた弟が変わってしまっていないか、不安な自分への確認作業。
「言ってるけどね……
「なんでもいきなりはできねえって、ちょっとづつにしとけぃ! ゼイユが卒業したらオイラが代わりに見守ってやるぜ」
「あんたは自分の心配しなさいよ! そろそろ進級したらどうなの」
「へっへっへっ、それに関しちゃゼイユの心配にゃ及ばんってね。スグリもゼイユも頑張っててすげーから、大丈夫だって」
 また適当に言っているだけだろう。けれどもカキツバタに大丈夫と言われると、なぜだか抱えている不安が去っていく感覚になる。誰かに話せただけでもよかったのかもしれない。またペースを落として、オラチフを追いかけることにした。
「コアの明かり、落とされてるけどそんなに暗くないのね」
「そうだねぃ、でも女子は夜は独り歩きあんますんなよ。ドーム内とはいえ危ねえから」
 実家でもよく言われる。今後、夜のドームに用事があるとは思えないが。
「ふーん、じゃあまた用事あるときはカキツバタ呼ぶわね」
 追いかけていたオラチフが止まる。足を出すタイミングがズレてぶつかりそうになった。
……なんで?」
「あたしの知り合いで夜ふかしなの、あんたくらいだし」
 スグリもネリネも声を掛けられそうな人は、ゼイユの知る限りではみな早寝早起きだ。カキツバタは「そっかあ」と漏らしてまた歩き始めた。
 先程、光だけ確認できたエリアの区切りのブロックが見えてきた。もうすぐコーストエリア。そう思ったとたんに波の音が耳に入って来る。
「ゼイユ、タマゴ持て。そろそろ孵ると思うぜ」
「わかるの?」
 重みより、ハンドルに残ったカキツバタの体温が指に届いて胸がざわつく。気の所為だろうけど。
「キョーダイからのヒントはドラゴンだけか?」
「そ、あとはあたしに似てるって」
 なんとなく気になって色んな地域の図鑑を見ながら、候補を考えるものの、これだと思えるポケモンがいなかった。アオイにはゼイユがどう見えているのか。
「なかなか懐かねえ、ってとこはドラゴンタイプっぽいけどねぃ」
「カキツバタにだけ懐いてないだけよ」
「はいはいっと。何が孵るか楽しみだな」
 ワガママを言っても、面倒くさがりながら付き合ってくれる優しさに甘えているくせに、懐いてないなんて自分のことながら白々しい。おこちゃまだと言われるのも当然かもしれない。見透かされているのか、カキツバタは鼻歌を歌いながらコーストの黒い海を眺めていた。泳げないゼイユには、一層恐ろしいのに。
「なんでゼイユって泳げねえの? 運動何でもできんのに」
……わかんない。沈んじゃうのよね、子供の頃近所の川で溺れたことあるわ」
 今でも忘れない。野生のギャラドスが助けてくれたという逸話までついた出来事で、実家に帰るたびに家族やご近所さんの語り草である。
「生きてて良かったな」
「そうよ、あたしがこの世からいなくなるなんて、人類の喪失」
 再び黒い波の音が、鳴る。音の方へ進んでいくカキツバタが見えにくくなって、ぎゅっとハンドルを握ると、中のタマゴが光った。
「孵った!」
 砂を蹴って戻ってきたカキツバタにホッとする。置いていかないで、と言うこともできないのに。
「やったな〜! おお〜、クズモーかぃ」
 出てきたのは随分不思議な、草のような海藻のような、ポケモン。クズモーと呼ばれた子はコアの光の中で、ふんわり揺らめいている。
……初めて見た」
 どこが自分と似ているのか。見つめ合っていたら、図鑑を見るよう促され慌ててアプリを開く。スマホロトムの読み上げる説明に耳を凝らすと、隣のカキツバタはなんだか面白そうに画面を覗き込んできた。
「どく・みず、ドラゴンは?」
「進化したら付く、タッツーとかと一緒な」
 彼の仲間を思い浮かべ、どくとみずとどちらが残るのか考えていると、ロトムが耳を疑うようなことを言い放つ。
……泳ぐのが苦手!?」
 隣の男がもう耐えられないと大笑いし始めた。孵ったときから、わかっていたのかもしれない。大げさに砂浜に転がる様子がまた、苛立つ。
「わりぃ、無理! ……ゼイユに似てるか〜、キョーダイやるねぃ」
「今度ブルベリ来たら、たっぷりドームの土食べさせてやる!」
 あのチャンピオンは生意気さにどんどん磨きがかかる。何気なく話したことをこんな形で擦ってくるとは……。してやられたが、クズモーに罪はない。それによく見れば、ヒレも小さな手脚のようでかわいいのだ。
「よろしくね、クズモー」
「全然獰猛じゃねえだろ、育て方くれーは教えてやるから」
 やはり後輩への面倒見だけはいいな、と思う。後輩が困って悩んでいたら、すぐに気がついてさっきのように大丈夫と言うのだ。
「頼むわよ。……戻ろっか、遅くなっちゃった」
「もう日付変わっちまったか。ゼイユ、誕生日おめでとう」
 クズモーをボールに入れ、ついでに確認したスマホの日付は確かにそうであった。予想外だったのは、カキツバタの発した言葉だ。
「え!? あんた覚えてたの!?」
「あたりめいでぃ! 去年もプレゼント、あげたろ」
「プレゼントって去年も一昨年も、あんたの持ってた賞味期限不明のお菓子じゃない!」
 一年生の頃は、友人たちに部室で祝われていたとき、話を耳に入れたカキツバタが手に持っていた菓子をくれた。二年生のときは教室の机の上にメッセージとともに菓子が置かれていた。到底プレゼントとは呼べない代物だけれども、メッセージのメモは捨てられずに机の引き出しの中に今もいる。
「じゃあ今年もどーぞ」
 ジャージのポケットから赤くて小さい包みが二つ出てきた。
……これ、いつ買ったの?」
 普段からカキツバタから菓子は貰うな、と後輩たちに伝えているのに反射的に手を出してしまう。
「安心しろって、昨日の放課後! これ、持ってくの忘れてて遅れた」
「もう、そんなのどうでもいいのに。一応ありがと」
 見ことのない菓子だが、中身はチョコか。パッケージにはメスのミツハニーが描かれているため、はちみつ味であることはわかる。
「よくねえって、誕生日に一緒にいるのになんもねえのは寂しいじゃねえの。今年は一番に渡せてよかった、最後だしな」
 カキツバタは時折、ゼイユだけを特別扱いするような口ぶりをする。でもその度に、これは後輩たちみんなに同じだとあっという間に突きつけられるのだ。後から入学したのに、卒業するのはゼイユの方が先、そしたら会うことはもうない。
……いつまでここにいるつもりか知らないけど、卒業してもお祝いくらいさせてあげてもいいわよ」
 なぜこんな言葉が出てきたのか、たまにはそちらも振り回されろ、と思っただけかもしれない。不意をつかれたカキツバタが、丸くした眼でゼイユを見て「じゃあゼイユの好きそうなお菓子、用意しとくな」と立ち上がった。

「これは購買には置いてないですよ」
 買ったばかりという申告を信じて、恐る恐る口に入れたチョコははちみつの優しい甘さが美味しかった。たった二つはあっという間に無くなってしまい、少し癪だったが自分でも買うことにしたのだ。なのに学園内では買えないという。
 本当に特別扱いしているのか、証拠のパッケージを掴む指にあの夜の体温が戻ってきた気がした