饂飩粉
2025-05-14 17:31:43
9781文字
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いつかは、エゴイスト

ブルーロック潔世一の夢小説です。
夢主が潔世一に恋しているかどうかは定かではありません。
よろしくどうぞ。



「来週の日曜新都心行かない? コクーンに行きたい店あってさ」
 昼休みに入った瞬間、私は振り返って後ろの席の友人に話しかけた。
 友人は一瞬の逡巡ののち、思い出したように言った。
「あー、日曜は無理。サッカー部の試合あるから」
 あっさり断られた。友人はサッカー部のマネージャーをしているのだ。私は漫研に籍を置いているが、ほぼ幽霊部員。毎週誰かが買って来ては放置してる週刊誌を読みに行くくらい。
「サッカー部? まだ試合してたんだ」
「そう。なんか県大会の決勝まで進んじゃって」
「すご、次勝ったら全国?」
「そ、全国! いやでも無理かなー。相手黒王だし」
「黒王って吉良君いるとこ?」
「そう。ちょっと間近で見てくるわ」
 いくら高校サッカーに疎い私でも、吉良涼介くんのことは知っている。日本代表?に飛び級招集がかかっていることで全国ニュースでも取り上げられたほどだ。
 てか、うちのサッカー部もわりといいとこまで進んでるんだ。
「へー、私も観戦しようかな」
「あんたサッカーのルール知ってる?」
「手ぇ使っちゃいけないスポーツでしょ」
「主審が両手を"前ならえ"のポーズみたくした時ってどういう時かわかる?」
 友人が両手を指先までまっすぐ前に伸ばした姿勢を取る。全くわからん。
「そこは普通オフサイドのルール聞いてくるとこじゃない?」
「オフサイドもだいぶメジャーなルールになってない?」
 そう言って友人が鞄から弁当箱を取り出したのを見て、私も自分が空腹だということを思い出した。
 友人に倣って弁当箱を取り出し、おかずやご飯をつつきながら話を続ける。
「てか今年の一難てサッカー強いの?」
「少なくとも去年よりは絶対強い」
「へー。どして?」
「卒業した先輩フォワードがヘボだったから」
「言い方〜」
「今年のフォワードは多田と潔なんだけど、去年もこの2人の方が強かったんじゃないかってレベル」
「多田……はツンツンヘアの男子でしょ? そっちはわかるけど潔……君って?」
 多田友也は顔と名前が一致する。隣のクラスのお調子者だ。少なくとも私とは笑いのセンスが合わないタイプ。
 潔なんて苗字の男子、同級生にいたっけ。多分向こうも私のこと、知らないだろうけど。
「潔はねー、一難の隠れたエースよ」
 友人は箸で小さいコロッケを持ち上げながら鼻高々に語る。
 潔君は多田とコンビで一難サッカー部のフォワード2トップらしい。周りがよく見えていて、部員同士の衝突をうまく収めるのが得意なんだとか。
 友人による潔君のプレゼンは、最後にこう締めくくられた。
「私さ、ちょっと潔のこと良いなーって思ってるんだよね」
「え、それって、恋愛的な意味で?」
 私は思わず小声になる。友人はニヤリと笑う。
「でも、吉良君好きなんじゃなかったっけ?」
「それとこれとは話が別よ。吉良君は鈴木園子にとっての怪盗キッド、みたいな?」
「自分のこと鈴木園子だと思ってるんだとしたらウケる。潔君は京極真ポジションなワケ?」
「いや潔は京極さんじゃないなあ」
「結局なんなの」
 私の中の潔君のイメージは褐色で柔道着を着てしまっていたのだが、どうやら違うらしい。
「まあともかくさあ、応援してよ、私のこと」
「別にいいけど、私潔君のこと全然知らないよ?」
「いいからいいから。とりあえず応援してくれるって気持ちだけ今は欲しい!」
「わかったわかった。応援する」
 友人が両手を合わせて懇願してきても、私には何が何だかさっぱりわからない。恋を応援するっていうのがどういうことなのかもそうだし、応援しても恋が実かどうかにそこまで寄与しない気がする。そんなこと言うと空気読めない奴だと思われる気がするから、絶対口には出さないけど。

———

 漫研の幽霊部員である私は週末もわりと暇な方なので、友人の誘いもあって一難高校のサッカー部の練習試合を観戦することになった。来週の県大会決勝を見据えた練習試合だ。相手は今年運悪く1回戦で松風黒王とあたって敗退してしまったらしいが、一難との戦績は勝率5割らしい。
 こう言う時、私は「大事な試合の1週間前にもし負けるとか、最悪選手の怪我なんてことがあったら士気下がるんじゃないか」と余計なことを心配してしまう。しかし友人曰く、相手は3年生が引退しているので一難が負ける心配はほぼないらしい。でも怪我の心配は残ってる気がするが「試合でもトレーニングでも怪我する時は怪我する」と言われれば反論はできない。
 試合は一難のサッカーグラウンドで行われた。私以外の野次馬——もとい観戦者もちらほらいる。私は一難メンバーのベンチの後方——ネットで仕切られたグラウンドの外側にある手頃なベンチに腰掛けて観戦することにした。
 マネージャーとしてネットの内側にいる友人が私に気づいた。軽く会釈すると、友人がネット側に駆け寄ってきたので私も立ち上がって近づく。
「ホントに来たんだ」
「え、アンタが呼んだんじゃん。潔君紹介するって」
「そうだったわ。今並んでて、多田の手前にいるのが潔。潔世一」
 グラウンドの中心では、一難と相手側とのスタメンが横1列になって審判(確かうちのサッカー部の顧問)の試合前の挨拶を聞いていた。
 潔君——潔世一君は、京極真には全然似てなかった。背丈は多田と同じくらいで、これといった特徴がなさそうな男子だった。そういう私もこれといった特徴とかないけど。唯一目についたのは頭のてっぺんから双葉の芽のように伸びている短い毛束だ。しかしこれも狙ってやっているのか、単なる寝癖かは判断しづらい。
 正直、ルックスだけならそんなにパッとしないなというのが、私自身を棚に上げた前提で印象だった。
 とりあえず背番号は11。よし覚えた。

 よろしくお願いします!という22人分の掛け声と共に、各校のメンバーがグラウンドに散っていく。潔君は多田と2人、グラウンドの中心に残っている。
 試合開始のホイッスルが鳴った。潔君が多田にボールを蹴渡したのを合図に、選手全員が一つの生き物であるかのように動き始める。
 友人はいつの間にかベンチ側に戻っていたので、私も元いたベンチに座って、ネット越しに試合を眺めることにした。
 事前に友人から聞いていたことを思い出す——曰く、ボールを目で追うだけじゃなくて、選手1人1人がどう動いているのかを見るのも楽しいと。
 だから、まあ、私はなんとなく潔君のことを見ていた。ボールが彼の元に来ても、彼の元を離れても、潔君だけを見ていた。
 前半戦が終わろうとしている頃に、気づいたことが1つあった。
 一難側が盛り上がるタイミングには、ほぼ必ず潔君が関わっている。潔君が誰かにパスを出したか、ボールを持った潔君が相手チームの人をドリブルで抜いたか。潔君はフォワードだから、そりゃ潔君がボール持ってればチャンスなのは当たり前なのかもしれないけど。
 それを検証したくて、後半は多田や他のチームメンバーもちゃんと見てみることにした。ちなみに前半のスコアは2-0で一難高校が大きくリードしている。潔君の1ゴール1アシスト。私の心配は杞憂だったらしい。

 後半が始まった。
 例えば多田に注目する。潔君と比べて、やけにもたついている気がする。他のメンバー——例えば相手チームの動きを見ても、同じだった。多田や他の選手が潔君より圧倒的に下手なわけではないはずなのに、この差はなんなんだろう。
 また潔君に注目する。というより、潔君以外は見ていてもどかしい感じがする。攻略方法を考えずに脳筋でゲームをプレイしてる実況動画見ている感覚に近い。潔君だけが、攻略方法を考えて常に動き方を変えている。
 だんだんとわかってきた。他の選手は、潔君と比べるとボールを持って立ち止まる時間が長い。長いといっても、1秒にも満たない時間だけど。パスを貰ってから、ドリブルを阻まれてから、そこでやっと味方を探している。潔君は他の選手が今どこにいるのかを常に探しながらプレーしている。
 みんな視野が狭い。あるいは、潔君の視野が広い。ともかく、その1秒に満たない差が、一難のチャンスに繋がっている。潔君は一難サッカー部の要(かなめ)だ。
 潔君がいなかったら相手チームとの戦いは、良くて互角になっていたんじゃないだろうか。サッカー素人の私でもそう思えるくらい、試合中の潔君は輝いて見えた。
 いつの間にか私は立ち上がって、グラウンドとを隔てるネットを親の仇か何かのように掴んでいた。お母さん、健在だけど。

———

 練習試合の結果は5-1で一難の圧勝に終わった。向こうは三年が引退した直後で、こちらは県大会決勝を控えた最終調整というのを踏まえれば、当然といえば当然なのだろうか。私にはよくわからない。
 潔君は1ゴール3アシストで、ほぼ全てのゴールに貢献していた。正直、見る前まではサッカーの試合がこんなに面白いものだとは思わなかった。今度漫研の部室にあるサッカーの漫画でも読んでみようかと思えるくらい、熱が高まっている。
 その興奮を伝えたくて、試合終了後の挨拶やら何やらしている間はもどかしさでいっぱいだった。はやくこの興奮を、友人に伝えたい。だから早くこっちに来い!

「お待たせ! ちょっと休憩もらった!」
 試合終了後の、短いようで永遠のような正味五分程度の時間が経過したところで、友人がやってきた。
「ねえ、もしかして潔君が一番サッカー上手い?」
 友人が何かを話すよりも先に、思わずまくしたてる。
「えー、待って待って、もしかしてあんたも潔狙ってる?」
「狙ってるとかじゃないから、教えてよ。潔君が一番サッカー上手い?」
 口調が乱暴になってしまう。友人は悪い人じゃないんだけど、異性の話をすると必ず恋愛と結びつける悪癖がある。そういうつもりじゃない時も、そうと決まったわけじゃない時もあるというのに。友人にとっては違うんだろうか?
「んー、どうだろう。ミッドフィルダーやってる3年の方がさすがに上手いと思うけど」
「そうなの?」
「実際、ゴール数は潔少ないし」
「でも、アシストも多かったじゃん」
「それはフォワードのゴール前でのパスをどう評価するかよねー」
 友人は腕を組む。確かに一理あるし、サッカーと恋愛感情はちゃんと分けて考えてるんだなと勝手に感心してしまう。
 私が黙っていると、友人が話を続けた。
「もちろんチャンスメーカーだとは思うけど、フォワードなんだからもっとガンガンゴール狙ってもいいと思うんだよね、私は」
「なるほど……
「ま、そうしづらいのは監督の意向もあるんだけどさ。ほら、何度もヒロアカみたいなこと叫んでたでしょ?」
「あー、ワンフォーオール、オールフォーワンって……
「そ、監督あれが信条なのよ」
 確かに、試合中しきりに叫んでた気がする。
 正確にはヒロアカは「ワンフォーオール」と「オールフォーワン」なのだけど、それを言うのは野暮な気がしたのでスルーする。
「だからパス回し優先なんだ」
「うん。今の日本代表もパスサッカー中心に組み立ててるからね」
「へえー、詳しい」
「今、マネージャーモードだから」
「何それ」
 友人は存在しないメガネをクイっとする仕草で得意げに笑う。こういうノリの良さは可愛いんだけどな。でもマネージャーといえばメガネってのは、なんかモヤモヤする。実際に視力にハンデを抱えた人に対して、上手く言えないけど失礼な気がする。上手く言えないから、友人にも言えないのだけど。
 私が脳内でひとり相撲してる間に、友人はグラウンドの方に目をやっていた。そして何かに気付いた様子で、
「あ、潔! 今暇?」
 あろうことか、グラウンドにいた潔君を呼んだ。
「え、ちょっと、え?」
「いいからいいから、挨拶だけ」
 友人が何を考えてるのかさっぱりわからない。私のことさっき恋敵か何かだと思ってなかった?
 そうこうしてる間に潔君はわざわざ駆け足でこちらまでやって来てくれてしまった。
「マネージャー、なんか用?」
 ネット越しとはいえ、目の前にやって来た潔君は思ったより背が高くて、思ったより筋肉質だった。さっきまで試合してたのもあって、夏を過ぎたというのに額や頬に汗が伝っている。同じ汗なのに、私が蒸し暑い電車でかくような汗とはまるで別物のように見えた。
「こちら、今日試合見に来てくれた私の友達」
「ども……
 潔君は何が何だかわからない様子だった。どう見たって困ってんじゃん! 私も何話したらいいかわかんないし。
 とりあえず私も挨拶を済ませる。
 すると、潔君が何かを思い出したように「あっ」と声を漏らした。
「もしかして、学校来る時河川敷歩いてる?」
「えっ!?」
 突然通学路を言い当てられ、思わず身構える。
「あ、ごめん。実は俺も川沿いチャリ通してて、たまーに見かけるなって……
それを察した潔君が慌てたように身振り手振りを交えて話し始める。その様子がちょっと可笑しくて、あっさりと緊張は解けた。
 確かに私の投稿ルートは川沿いを歩いている。意外と人通りがあってお巡りさんもパトロールしてるし、信号もないから遅刻しそうな時は助かるから。たまに同じルートを一難生が歩いたり自転車漕いだりしてるのは気づいてたけど、普段は足元見ながら歩いてるからあんまり気にしたことはなかった。
「うん、私もあの川沿い途中まで歩いて登校してる」
「あそこ信号ないから、遠回りだけど実質近道なんだよね」
「わかる! それめっちゃわかる」
 潔君が私と同じこと考えてたのがなんとなく嬉しくて、私は柄にもなく声が上擦ってしまう
「登校ルートで盛り上がる人達初めて見た」
 友人が呆気に取られた様子だったが、その後私は潔君とさらに登校ルートの効率性について議論を交わし、練習再開までのわずかな時間に花を咲かせた。
 潔君が去った後の友人の視線が痛い。
「ねえ、本当に潔のこと好きじゃないの? 恋愛的な意味で」
「本当にそんなんじゃないよ。安心して」
 それは本心だった。人として、友達として、尊敬できそうな友達として、潔君のことはちょっと良いなって思っているだけ。
「私は別に、あんたが恋のライバルでも構わないからね」
「だから違うって。私応援するって言ったじゃん」
「どうかな〜?」
 ネット越しに友人が人差し指で私の肩をつんつんしてくる。
 ひとしきり友人とじゃれあってから、私は帰路についた。
 その日の帰り道、いつもより少しだけ上を向いて、私は川沿いの道を歩いた。

———

 高校サッカー埼玉県大会決勝当日。
 私は客席から潔君のことを見ていた。
 後半終了間際、1点差を追う一難のラストプレー。
 ボールを受けた潔君が相手チームのディフェンスを掻い潜った瞬間、一難側の盛り上がりが最高潮に達した。
 みんなが潔コールをする中、私は大声を出すのが恥ずかしくて心の中で応援していた。
 潔君がまた1人ディフェンスを抜いた。私の近くにいる観客たちが一層声を荒げる。
 あとはキーパーと1対1。ここで決めれば同点に追いついて延長戦。土壇場での同点ゴールは敵チームの士気を大いに下げるはずだ。
 でとキーパーを前にした潔君は、サイドから上がって来た多田にパスを出した。

 その瞬間、私は少し嫌な予感がした。

 遠くからであんまり見えなかったけど、潔君はキーパーに悟られないように多田に目をやっていたと思う。パスを出す瞬間も顔はキーパーに向いていたように見えたし、完全に潔君からシュートが来ると思い込んでいたキーパーの意表を突いていた。パス自体も多田の足に吸いこまれていくかのような丁度いい強さだった。
 それを多田が一回トラップ(ボールを足や手以外のどこかで一旦受け止めることをそう呼ぶらしい)してから、ゴールの右側を目がけたシュート。多田から見れば、ほぼ正面に向かってボールを蹴るようなものだった。
 嫌な予感は的中した。
 多田のシュートは相手キーパーが飛び掛かっても間に合わない速度でゴールに向かって行き——右側のポストに弾かれた。
 そのまま黒王ボールになって、吉良くんがダメ押しの追加ゴール。

 そのまま試合終了となり、0-2で松風国王の全国大会出場が決まった。

———

 試合が終わって、一難高校サッカー部は会場前で解散した。
 スタジアムの外で集まっているサッカー部を横目に、私はその場を後にした。話しかけられる雰囲気ではなかったし、引率の関係でサッカー部は学校に戻るらしい。

 私は、まっすぐ家に帰る気にもなれなかった。
 一難のラストプレーが、頭から離れない。
 あの時、潔君のパスは素人目から見ても完璧だったと思う。
 だけど、もし、潔君がそもそもパスを出さなかったら。
 もし潔君が、直接ゴールを狙いに行っていたら。
 自宅の最寄駅に着いてからも、そんなことばかり考えていた。友人の言葉も頭を過ぎる。フォワードならもっとゴールを狙いに行くべきだと。
 何が正解なのか、サッカー素人の私にはわからないけど。
 いつの間にか、日が暮れかかっていた。
…………あ」
 川の挟んで反対側の街並みに沈んでいく夕日を見て、私は登校ルートになっている川沿いの道を歩いていたことに気づいた。
 潔君は、今頃何してるだろう。スタジアム前で見かけた時は、潔君以外の部員全員泣いていた。もちろん私の友人も例外じゃない。
 その時、誰かの叫び声が前方から聞こえて来た。車のエンジン音すら遠くの方からしか聞こえない静謐な川沿いの通り道に響いた断末魔のような叫び声。心臓だけがバネで跳ねたかのような感覚。
 通り魔か何かが出たのかと思ったら、道の先の方に自転車のハンドルを握って歩いている人影が見えた。俯いているが、チェック柄のようなマフラーと一難高校の上下ジャージに身を包んでいるのがわかった。自転車のカゴからは大きなスポーツバッグがはみ出している。
 恐る恐る、近づいてみる。途中で、背の低い子供たちのグループとすれ違う。私とは反対に、叫び声の主から逃げているようだった。
 潔君だ。間違いない。
 あと数歩というところで声をかけようとして、俯いた潔君の顔から足元に向かって溢れているものに気づいた。
「クソぉ……
 潔君が、俯いたまま呟くのが聞こえた。
 私は今、ここにいちゃいけない気がした。
 踵を返してそっとその場を離れようとした瞬間、潔君が鼻を啜りながら顔を上げた。
「あ」
「あ」
 気まずい沈黙が降りたというのに、私は、潔君の目尻に溜まって震えている涙を見て、綺麗だなと、思った。

———


「あー、はっずい。まさか見られてたとは……
「ごめん、本当に……
 潔君が照れくさそうに笑うので、私も口元が緩んだ。
 私と潔君は、なんやかんやで川沿いの道から河川敷へと続く坂の途中に並んで腰掛けていた。どういう流れでそうなったのかわからないが、なんだか青春ドラマのワンシーンみたいでこそばゆい。今時こんなこと、漫画だってしないだろうに。
「試合も、観にきてくれてたよね。ありがと」
「いや、そんな……でも、惜しかったね」
「うん、惜しかった……あーあ、多田ちゃんが決めてくれればなー!」
 潔君の口ぶりに、悪意はこもっていなかった。過ぎたことは仕方ないと言いたげな風に。
 潔君の中では、もうあの試合、あのラストプレーに後悔はしてないみたいだった。
 それなのに私は、どうしても聞きたいことがあった。
「潔君、1つ聞いてもいい? 嫌だったら、いいんだけど」
「うん?」
「最後さ、多田にパスするんじゃなくて、自分でシュート狙ってたら〜って、思わなかった?」
……
……
 潔君が目を瞬(しばたた)かせる。
 潔君が次に何かを言うか、行動するかまで、その真意が読み取れなかった。
「あー、びっくりした。俺もさ、さっきおんなじこと考えてたから」
 潔君は自分の心臓の音を確かめるように胸を撫で下ろしている。よかった、怒ってはいないみたい。
「多田ちゃんが右サイド上がってくるの気づくまでは、俺もそのつもりだった。でも監督の声がなあ」
「あー、ワンフォーオール〜ってやつ?」
「そうそれ。あそこで俺がシュート狙いに行ってたら、ゴール決まったとしてもなんか言われそうだなって思っちゃって……あとサッカーって11人でやるスポーツだし多田ちゃんにパスしなかったらしなかったでそれもなんか言われそうだし……
 潔君はブツブツと呟き、曲げた両膝の上に頭を乗せてため息を吐いた。
「私は、ゴール狙いに行くべきだったと思う。友人も言ってた。潔君はもっとゴール狙いに行くべきだって」
「え、マネージャーも?」
 潔君は意外そうな顔をする。あれ、ちゃんと言ってないのかな。
「うん。今日の試合見て、私もそうだなって思った」
 私は、そんな潔君を慰めたいのか、それとも嗾(けしか)けたいのか、自分でもわからないまま、話を続けた。
「監督の言うことなんか、聞かなくてもいいよ。実力で黙らせちゃいなよ。俺が一番だって」
「はは、そんな悪の大魔王みたいなの、柄じゃないって」
「私、本気で言ってるよ。サッカーのことはまだよく知らないけど、一難で1番サッカー上手いのは潔君だよ——って、私が言っても説得力ないか」
 言いながら、最後の方は尻すぼみになってしまった。
 でも、潔君なら本当に悪の大魔王みたいになれると思った。我ながら何言ってんだろって感じで、耳が熱くなるの感じた。
「いや、めっちゃ嬉しい。これ以上は恥ずいから、あんま言えないけど、ありがと」
 潔君が笑ってくれて、私は少しほっとした。目尻の涙は、もうすっかり乾いていた。
 それから潔君は、これ以上は恥ずかしくならないからと、将来の夢を話してくれた。ワールドカップの代表選手になって、日本を優勝に導くっていう夢。潔君は「アホみたいな」って前置きしていたけど、そういう夢とか将来の目標みたいなものがなんもない私からしたら、どんな夢も立派だと思えた。
 それに、潔君には目指して欲しかった。一難高校でダメなら、就職しても、大学に進学しても、それ以外でも、サッカーを続けてほしいと思った。
 私は祈った。
 私よりずっとサッカーに詳しくて、日本サッカー会をある程度好きにできる力のある人が、潔君の才能に気づいてくれますようにと。
 もしそんな人がいないなら、私がそういう立ち位置になるまで、潔君がサッカーを続けてくれますようにと。
 見つけた。私の夢。私の目標。

「ねえ、潔君」
 完全に日が暮れて、暗くなった空を見上げてそろそろ帰ろうかと立ち上がった時に、私は言った。
「ん?」
「次の試合も、観に行っていい? 応援、するから」
「もちろん! マネージャーにも試合の話ちゃんと伝えてって言っとく!」
 ——そうじゃない。私は……
「潔君の連絡先、教えて?」
 ほんの少しの我を出して、私は潔君と連絡先を交換した。このことは、後にも先にも友人には話していない。

————

 次に私が潔君の出場した試合を観戦したのは、川沿いで約束をしてから3ヶ月以上経ってからのことだった。
 その舞台の大きさは、私が想像していたより、ずっと、ずっと、大きかった。

 その時潔君が決めた決勝ゴールを、私は生涯忘れないだろう。
 潔君が、紛れもなく自分の力でもぎ取ったゴールだ。
 あのゴールを多田が「ごっちゃんゴール」と言っていたと友人から聞いた時は、ぶん殴ってやろうかと思った。

 でも、その活躍ぶりに、嬉しさと同時に切なさを感じたのも事実だ。
 潔君は、いつの間にかどんどん遠くに行ってしまっている。
 私も、立ち止まってはいられない。

 日本フットボール連合って、新卒採用しているんだろうか?