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夢篠
2025-05-14 01:25:34
3068文字
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「尊い」の上位互換
結局お互いの事がめっちゃ好きな山本陣内と奥方
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
▲
背後の小さな気配を時折確認する。
ナマエ
は本当に静かに草子を読んだり手芸をしたりと「一人で」過ごしている。本当に申し訳ない事をしたと思う。
今日は一日、休暇を取った筈だった。誰にも邪魔されず
ナマエ
と二人きりで過ごす予定だった。
ナマエ
の家からもそろそろややを、と匂わされている事もあり久し振りに夫婦水入らずで、と思っていた。それを、だ。
「本当に済まない
……
」
「い、良いのです
……
。だってお仕事ですもの。仕方ありませんわ」
自分の立場をこれ程恨めしく思った事はなかった。急に寄越された仕事は終わらせるには半日は掛かるだろう。休暇は改めて取るとしても、
ナマエ
は随分この日を心待ちにしてくれていたようで、殊勝な言葉を吐くその顔は贔屓目抜きでも悲しげに見えた。
「っ、なるべく早く終わらせる。
……
本当に済まない」
「
…………
あ、あの、陣内さま、」
ナマエ
の白くて小さな手が私の袖に絡む。大きくて丸い瞳が少し揺れていた。今頃きっと、この柔らかな存在を腕に抱いて幸せを噛み締めていた筈だったのに。柔らかい頬を撫でて言葉を促す。
ナマエ
は少し言い淀むように眉を寄せた後、小さく何か口にした。
「済まない、なんだ?」
「ぁ、の、一緒のお部屋にいてはだめですか?ぜったい、お邪魔はしないので
……
、」
おずおずとそう口にする
ナマエ
に心臓が強く収縮する。昆奈門はこの感情を「尊い」と呼んでいた。確かに言い得て妙だと思った。
ナマエ
は尊い。そう思う。
「何を言いだすかと思えば
……
。勿論構わない。邪魔だなんて思わないし、いつでも話し掛けてくれ」
ナマエ
の顔が光を当てたように明るくなる。その顔を見るにつけ酷く心苦しく思う。寂しがらせている。不安に思わせている。一瞬手を伸ばして抱き締めてそれから、と考えて止めた。キリがない。
それから私は文机に、
ナマエ
は私の部屋に読み掛けの草子ややり掛けの手芸を持ち込んで暫くはとても静かに時が過ぎた。最初の内は私の方が
ナマエ
を気にして声を掛ける事で会話が生まれていたが、何度かそれを繰り返した所でへの字口の
ナマエ
に「早く終わらせてから構ってください
……
!」と叱られてしまった。仕方なく目の前の仕事に集中する。元々集中は得意だ。しかしそうすると
ナマエ
の気配も見失ってしまう。その事が残念だった。
△
今日は久し振りに陣内さまが一日お休みの日だった。そのお話を聞いた時から私はとても楽しみで仕方なくて、来たるべきその日を指折り数えていた。少し期待もしてしまって少しでも陣内さまの目に可愛らしく映るように身体の手入れもいつも以上に欠かさなかった。
でも蓋を開けてみれば。
「本当に済まない
……
」
困ったように一生懸命に謝る陣内さまが悪い訳じゃない。大切なお仕事だもの。でもやっぱり楽しみにしていた気持ちは簡単には消えなくて。だからつい、我儘を言ってしまった。決して邪魔はしないから、せめて一緒のお部屋で過ごしたいと。
叱られるかも、と思ったけれど陣内さまは笑って私が共にいる事を許してくださった。少しだけ沈んだ気持ちが浮上した。
陣内さまが文机に向かうのをそっと盗み見る。大きな背中に触れたくなってしまうのを必死に抑える。その背中に背負っているたくさんの重たい物を、私も共に背負えれば良いのに。
「そんなに見詰められたら穴が開いてしまいそうだ」
「っ!?も、もう、気付いていらしたのですか
……
!?」
不意に声を掛けられて胸の中が裏返りそうになる。柔らかな瞳が悪戯っぽく歪んでいる。赤くなった顔を草子で隠して誤魔化せば、陣内さまはからりと笑った。
でもそんな事が何度も続けば逆に焦りが生まれてしまう。もしかしたら今日はもう、お仕事でおしまいなのではないかと。そう思ったら何だか凄く気持ちが逆立ってしまって、つい、「早く終わらせてから構ってください
……
!」と嫌な事を言ってしまった。陣内さまは笑っていたけれど、私は凄く、自分の矮小さが嫌になってしまった。お仕事だから仕方ないのに。本当は、私を優先して欲しかった、なんて。
(
…………
陣内さまの妻になる時に、覚悟した筈だったのに)
陣内さまが一番に考えるのは私ではなくてタソガレドキと忍軍の事なのに。頭では分かっているのに。本当はいつも感情は追い付いて来ていなかった。
(そうだ、)
こういう時、どうしたら良いか私は知っている。昔、まだ輿入れする前に陣内さまに教えていただいた。紙に自分の気持ちを認めると良いのだ。
早速なるべく音を立てないように紙や筆を引っ張り出してふと考える。私の気持ち、というより陣内さまへの想いを認めてみたらどうだろう?無論恥ずかしいから誰にも、陣内さまにだって見せるつもりは無いけれど。そうと決まれば話は早いと私は筆を走らせ始めるけれど、昨夜、今日が楽しみで眠れなかった事もあり、いつの間にか私は眠っていたようだ。次に起きた時、何故か陣内さまにぎゅうぎゅうに抱き竦められて褥にいたので、驚いて声を上げてしまった。
▲
ふと、集中が途切れた。ようやっと仕事が片付いた。思ったよりも早く終わって少しだけ満足だった。疲れた目を揉みながら振り返ると、しかし
ナマエ
は待ち草臥れたのだろう、床の上で丸くなって眠ってしまっていた。何か、書き付けていたようだ。
「こんな所で眠ると風邪をひくぞ」
とにかく彼女を抱き上げようとして、その書き付けが目に留まった。拾い上げて目を通す。それはただの文と言うにはあまりにも熱烈な、最早恋文であった。
*陣内さまがすき。ほんとうはおしごと、とてもさびしかったです。ずっとたのしみにしていたの。こっちをむいてくださったのだって、とてもうれしかったのに。すき。はやくおしごと、おわらないかしら。*
あまりの愛らしさに胸が痛くなってしまって続きはとても一息には読めなかった。これが、昆奈門の言う「尊い」なのだろうか。最早それを通り越した何か別の言葉でしか形容出来ない気がするのだが。
とにもかくにも愛おしさでどうにかなってしまいそうで、
ナマエ
を抱き上げる。寝顔をこれだけじっくりと見たのは久し振りだ。最後にその顔を見たのは閨の後で、
ナマエ
は気を失うように眠ってしまったから少し疲れた顔をしていた。今日は少し悲しそうな顔をしているような気がした。贔屓目かも知れないけれど。
彼女を抱え上げてから寝室へ向かう。その前に
ナマエ
の「恋文」は回収して確実に安全な場所に隠した。
ナマエ
にも見付けられない場所だ。後で押都にでも長期的に紙を保存できる術を聞いておこう。
ナマエ
に見られたら叱られるだろうが、足を使って障子を開閉する。腕の中の彼女が小さく身動ぎしたので少しばかり身体を撫でて寝かし付ける。昔、里の幼い子供たちにもしてやった。いずれは私と
ナマエ
の子にもしてやりたいと思う。
寝室で、褥に
ナマエ
を横たえた時、服に違和感があってよく見ると
ナマエ
に袖を掴まれていた。求められているようで今、きっと私の顔は際限無く締まりが無くなっているだろう。そのまま
ナマエ
の隣に身体を横たえた。二人とも呼吸をしている。その速度がぴったりと揃っている事がとても幸福に思えた。
嗚呼、愛おしく、幸福だ。これは「尊い」と言うよりも最早。そんな気がした。
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