haru_haru0704
2025-05-13 19:40:06
18649文字
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ぼくたちと、こどもたち

カカロ&哥舒臨(CPなし) 全年齢

カカロと哥舒臨が怪異と戦う話

幽霊猟犬の団員、3名。そこに幽霊猟犬の団長であるカカロを加え、計4名。
彼らは今州南部にある辺鄙な村を訪れていた。
森林と田畑の隙間に民家が立ち並ぶ様子はいかにも長閑といった様子で、しっかりと装備を整えたカカロ達の存在はかなり浮いている。
しかし、彼らがこの村に足を運んだことにはもちろん理由があった。村の住人から、夜帰宛に助けを求めるメッセージが送られてきたのだ。

『最近、村の住民が相次いで失踪しています。どうか助けていただけませんか』

夜帰の将軍である忌炎は、早速これの対処に人員を回そうとした。しかし間の悪いことに、当該地区担当の夜帰兵たちは直近に出現した無音区の対処に追われており、手が空いている者がいなかったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、幽霊猟犬というわけである。
忌炎から話を聞いたカカロは、契約や報酬の話もそこそこに現地へと向かった。彼にとって、忌炎は信頼のおける相手だからだ。
忌炎は、未払いや払い渋りをするようなせこい男ではない。カカロはかなり契約書のやり取りに拘る方ではあるが、契約相手が信頼に足る場合にはその限りではなかった。
「さて・・・お前たち、何か異常を感じたらすぐに報告するように。どんな些細なことでもいい」
カカロは団員に念押しすると、とある一軒の民家に用心深く近づいていった。そして玄関の戸を叩く。
ややあって、玄関が内側から開かれた。そして中から現れたのは、人のよさそうな顔をした中年男性だ。
「ああ、あなたが幽霊猟犬のカカロさんですね・・・!?お待ちしておりました!」
彼は、夜帰にメッセージを送った張本人だった。
まずはこの男性から詳しい話を聞くしかない。カカロたちは促されるまま、男性の家の中へと入っていった。

*
うすぐらく、じっとり湿った樹洞の中から。
ああ、あれは子供だね。
あたらしい子供。
くすくす・・・
あそぼう。てつだって。
いっしょに・・・
おいで。おいで。おいで。おいで。
くすくす。うふふ。
くすくす・・・

*
「すみません、私もあまりよくわからないんです・・・」
申し訳なさそうにしながらも、男性はカカロに一通りの説明をした。
彼の話をまとめると、こうだ。
2ヶ月前から、村人が失踪している。
今までに失踪した人数は5人。その5人の死体は見つかっていない。
村の付近で、強力な力を持つ残像の目撃情報はない。
失踪者のものと思われる足跡が畑に残っていたことがある。それを追っていくと、森に分け入った痕跡があった。折れた枝などを手掛かりに追っていったものの、やがて獣の通った跡と入り混じってしまって追跡不能になった。
「・・・と、いうくらいの情報しかなく・・・」
カカロは頷いた。
確かに情報は少ないが、手掛かりはある。それを地道に追っていこう。
「その足跡がついていたという方向を教えてくれ。まずはその方向に向かってまっすぐ歩いて、何かめぼしいものがないか探す」

カカロたちは、男性に教えてもらった地点から森に入った。
鬱蒼と生い茂る木々から飛び出た鋭い枝を斬り払いながら、進んでいく。
「これは、なかなかの森だな・・・」
カカロは独り言ちた。
枝や葉はかなり密集して生えており、昼だというのに陽光が届かず薄暗い。加えて、蔓性の植物が膝下あたりまでわさわさと生えていて邪魔だ。虫もあちこちにいるし、よく見えないがおそらく蛇もいるだろう。
幽霊猟犬の面々はきっちりと装備を着込んでいるため、多少の枝や虫や蛇はものともしないが・・・
以前ここを通ったであろう失踪者は、かなり難儀したに違いない。枝に傷つけられ、虫や蛇に噛まれても構わないと思うような何かが、この先にあったのだろうか?

そうしてしばらく進んだ先。
唐突に、カカロたちの視界が開けた。
「ここは・・・?」
そこは、ごく小さな村のようだった。
彼らの目前で、濃い桃色と白色の花弁を持つ花が咲き誇っている。花はしっかりと柵で囲われ、誰かが手入れをしていることを窺わせた。
その花畑の奥には、いくつかの古びた民家が見える。倒壊しかけている家屋もあるが、一部の家屋にはどことなく『まだ生きている』ような印象を受けた。ただの直感ではあるが、カカロには人間が住んでいるように感じられたのだ。
まずは、住民を探してみよう。もしかすると、失踪者に関する情報が得られるかもしれない。
カカロがそう考えた、その時だった。

「おれたちで、すごいそしきを作ろう」
「いいね、さんせい」
「名前はどうする?」
「ストレイ、なんてどうかな」
「かっこいい!」

それは色褪せた記憶。カカロが生涯忘れないであろう、大切な記憶。
彼は数瞬の間、その記憶に深く耽溺した。
仲間。かつての。対抗しようとした。大人に。
俺たちのやり方で──

「・・・ッ!」
カカロは白昼夢めいた『それ』から抜け出し、我に返った。
今のは何だ。なぜ今、思い出した?
なんだか目がぼやけている。
指で目を擦る。
少しクリアになった視界の中。
やけに丸っこくてやわらかく、小さい手が見えた。
「・・・?」
なんだこれは。俺の手か?まるで子供のような手だ。
カカロが己の手を呆然と眺めていると、団員たちの困惑した声が聞こえた。
「お前、こどもになってるぞ!」
「バカ、お前もだよ!」
「なんでこんな・・・!?」
団員の方を見る。
彼らはみな、小さな子供の姿になっていた。年齢は、10歳に満たぬといったところだろうか。
おそらく、いや十中八九、自身も同様の見た目になっているのだろう。
これは、何者かの攻撃?
とにかく、まずい。すぐにここから離れるべきだ。
だが、体が動かない。頭痛がする。
声が・・・子供の声が。脳内にわんわんと響く。
強い思念。どす黒く変色し、こびりついた。

くすくす・・・
にがさないよ。
あの子、とっても強そうだね。
なかまになってよ。

*
「・・・っ、ぁ・・・?」
カカロは目を覚ました。
背中が冷たい。どこかに仰向けで横たえられている。
ぱちぱちと何度か瞬きをした。
視界が薄暗い。まるで夜のようだ。
「団長、目がさめたんですか!?」
じゃらら、と音がして、子供の姿になってしまった団員が這い寄ってきた。
カカロは未だ正確な状況を把握できていなかったが、ひとつだけ確信していることがあった。
己は、下手を打ったのだ。

カカロは団員に話を聞き、状況を整理した。
起こったことを時系列順に並べると、こうだ。
カカロが頭痛により意識を失った後、残りの3人はカカロを担いで元来た方向と引き返そうとした。
しかし体が重く、引き返すどころか立ち上がることも困難だった。
そこへ、村人らしき数名の成人男性が通りがかった。
男どもはみな、異様に虚脱した生気のない表情を浮かべており、どう見ても正気のようには見えなかった。
団員たちは体を縮こまらせて隠れていたが、男どもに見つかり、カカロともどもとある家屋に運ばれた。
そこで装備をすべて剥がされ、簡素な服を着せられ、足に拘束具をつけられた。
そして、家屋内にある牢の中に入れられた。
その後、男どもは全員家屋から出ていった。
現在、牢に入れられてからおそらく3時間以上経過しており、ようやくカカロは目を覚ました──。
「すまない、おれのはんだんミスだ・・・」
「団長のせいじゃないですよ!」
「まさかこんなヤバい村だなんて、だれにもそうぞうできないですよね・・・」
「でも、なんとかなりますよ!おれたち、きけんにはなれっこだし!」
団員たちは強がった笑みを浮かべ、カカロを励ました。
こいつらだって、きっと心細いだろうに。強く、優しい奴らだ。
自分ばかりくよくよしているわけにもいかない。団長として、こいつらをしっかり導いてやらなければ。
「ああ、そうだな。ひとまず、数日いきのびることをもくひょうにしよう。おれたちからのれんらくがないのを、だれかしらがふしんに思うはずだ」

ひとまず、彼らは拘束具や檻の中の状況を詳しく調べることにした。
何事も、まずは情報収集が肝要だ。
情報を得ているか否かで、時に命が左右されることもある。
「あしかせはもくせいですね。がんばればこわせそうです」
彼らの足首には、木の板から作られた足枷が嵌められている。
両足の隙間がほとんどなく、足枷をつけたままの歩行は困難だ。ぴょんぴょんと跳ねれば、かろうじて移動はできるか。
「あしかせと、かべがくさりでつながってます。くさりは・・・こわせませんね」
足枷と壁を繋ぐ鎖は金属でできており、いかにも頑丈そうだ。
壁にもしっかりと固定されており、それを壊すのは不可能だろう。
そもそも、足枷を破壊すれば鎖については対処不要である。鎖の有無に関しては、あまり重要ではないだろう。
「ろうやのカギは、たんじゅんそうな作りですね。ピッキングできそうです」
牢の出入り口の部分に取り付けられた鍵は、昔ながらの南京錠だ。
何か細くて硬いもの、それから根気さえあれば開けることはできるだろう。
「きょうめいのうりょくが使えれば楽なんだが・・・」
カカロは牢の隅に移動し、共鳴能力の使用を試みた。
周囲に雷を散らすイメージを浮かべる。・・・が、何も起きない。
やはり、体の変化に伴って共鳴能力も使えなくなっているようだ。
カカロは何度かトライした後、諦めて牢の床を調べ始めた。できないことに拘っても仕方がないからだ。
「ん・・・」
床に何か破片のようなものが落ちている。
拾い上げると、それは貝殻を綺麗に磨いたものだということが分かった。牢の中のかすかな光を反射し、美しい虹色に輝いている。
床にはあとふたつ、カカロが拾ったのと同じくらいの大きさの貝殻が落ちていた。おそらく、元々はひとつだったのが割れてしまったのだろう。
この貝殻に、何か意味はあるのだろうか。
・・・分からないが、かさばるものでもないし一応持っておくとしよう。もしかしたら、何かに使えるかもしれない。
カカロはズボンのポケットに、その3つの破片をしまいこんだ。

*
不意に、家屋の扉が開く音がした。
「!」
4人は素早く反応し、その場に座り込んだり寝転がったりした。逃げ出そうとなんかしていませんよ、というアピールのためだ。
「・・・・・・」
無言の男2人が牢の前まで歩いてくる。団員たちの言っていた通り、生気のない顔だ。
彼らは、カカロたちのために食事を持ってきたようだった。盆の上にのせられた食器類がカチャカチャと音を立てる。
そのまま牢の前にしゃがみ込むと、彼らは鉄格子の隙間から食器を差し出した。
じぃ、と空虚な洞穴のような目で見られ、カカロはとんでもなく居心地の悪さを感じた。食べ終えるまで、ずっと見ているつもりだろうか。
「・・・おまえら、メシだ。食べるぞ」
カカロは団員たちに促した。
当然ながら、こんな得体の知れない食事を食べるのは嫌だ。だが今のところ、カカロたちが水分を摂取する手段はこの食事以外にない。
このまま水分を摂らずにいれば、2日後にはまともに動けなくなり、3日後か4日後には死亡するだろう。
それに、少なくともこの男どもの目的はカカロたちを殺すことではない。わざわざこうして牢に閉じ込め、その上食事を出すということはつまり、しばらくの間は生かしておきたいということだ。
この食事に致死性の毒などが入れられている可能性は、ごく僅かだと言えるだろう。

団員たちとカカロは、出されたパンとスープを完食した。そして、大人しく食器を檻の外に返す。
仮にフォークか箸を渡されていれば、どうにかして1本くすねる腹づもりであったが・・・残念なことに、カトラリー類は一切用意されていなかった。
食器もプラスチック製のものだったため、うっかり落としたフリをして破片を手に入れることも叶わず、だ。
カカロはそれとない雰囲気を装いつつ、男どもの様子を窺う。何か少しでも情報を得られないだろうか。
彼らは食器をまとめると、檻のすぐ外に香炉のようなものを置いた。それの蓋を開けて、火をつけた線香のようなものを中に入れている。
──何か、嫌な予感がする。
香炉からもくもくと煙が出てきたのを確認すると、男どもは食器を抱えて出ていった。
カカロは這って移動し、檻の外に向かって思いきり手を伸ばした。が、香炉には届かない。
「まずいな、手が届かない」
「これ、なんですかね・・・ヤバい薬とか?」
「・・・そのかのうせいはあるな」
カカロは香炉をどうにかする方法がないかと、必死に考えを巡らせた。
手は届かない。
檻の中に使えそうな道具もない。
ならば檻の外の人間に助けを求める?駄目だ、この村にまともな人間がいるようには思えない。
発想を転換する。香炉を直接どうにかするのではなく、煙を防ぐ方法はないか。
・・・駄目だ。完全に防ぐ方法もない。せいぜい、香炉から最大限距離を取るだとか、服で口と鼻を塞ぐだとか、それくらいしかない。
ああ、今ここに『兄弟』が居てくれたら。あんな香炉なんてどうとでもなるのに。
カカロは、普段彼と共にいる影のことを恋しく思った。

それから何時間が経過しただろうか。カカロは、ぼんやりと遠くを見つめて浅い息を繰り返していた。
「・・・っ」
頭が、ひどくぼんやりとする。息が苦しい。
きっと、あの煙のせいだ。
それは分かったが、じゃあどうすればいい。
防ぐ方法はない。逃げる方法もない。
今できるのは、ただ生き延びることだけ・・・

*
ガチャン。ガチャ。
牢の出入り口の開く音で、カカロは目を覚ました。
「ぅ、あ・・・?」
彼の視界は、ひどくぼやけていた。まるで、瞳そのものが薄いゼリーに包まれているかのようだ。
それでも彼は、理解した。
男どもが牢を開け、1人の団員を連れ去ろうとしていることを。
「やめ、ろ・・・そいつを、はなせ・・・!」
力の入らない手足を強いて、彼は男どもの足元に這い寄った。
そのまま弱々しく縋りつく。
縋りつかれた男は、煩わしそうに足をぶんぶんと振った。やがてカカロの手はほどけ、振り払われた勢いのまま牢の壁に叩きつけられる。
「ぐっ・・・!か、はっ・・・!」
カカロは痛みと衝撃に悶えた。強く叩きつけられたせいで、息ができない。
男どもは団員の足枷を外すと、そのまま牢を出て鍵をかけてしまった。
「だん・・・ちょう・・・」
男に抱え上げられた団員の、恐怖に震えた声が聞こえる。
駄目だ。あいつを守らないと。助けないと。それが俺の役目、なのに。
何も、できない。今の俺には、何も・・・!
カカロは己の無力に歯噛みした。
だが、せめて、彼に何か言葉をかけてやらねば。
「まっていろ・・・!おれが、かならず、むかえに行く・・・!どんな形でも、かならず・・・!」
「まってます・・・ずっと・・・」
団員の返事と、ガタガタという音が遠くから聞こえた。そして、静寂が訪れる。
カカロは怒りに震えた。
絶対に、許さない。どんな手を使ってでも、何をしてでも、この落とし前はつけさせる。
俺は、『■■たち』は、仲間を集めて、必ず──

*
それから二度、食事を摂った。
そのたびに、香を焚かれた。
団員は、ひとりずつ連れ去られていった。
カカロは独りになった。


「・・・・・・」
カカロはぼんやりと牢の壁を見ていた。
そして、不意に、おそろしくて堪らなくなった。
今の俺には、何もない。すべて、すべて奪われてしまった。
身につけていた装備も。武器も。
体格も、筋力も。
共鳴能力も。兄弟も。
頼れる仲間たちも。
思考力も。
そして、逃げるための足すらも。
今の俺は、武器あるいは力と呼べるものを、ひとつも持っていない。
「・・・ッ」
カカロは静かに恐慌した。
バクバクと激しく心臓が鳴る。
脂汗が滴り落ちる。
体が震え、カチカチと歯が鳴る。
じわじわと世界が歪んでいって、とうとう涙がこぼれた。
ひっ、ひっ、と引き攣った呼吸を繰り返す。
こわい。
こわい。どうしたらいい。
俺は、誰も守れずにこのまま死んでしまうのだろうか。
いやだ。
いやだ・・・!

ふぅ、とぬるい風が吹いた。
ひたり、
枯れ枝のような指がカカロの頬を撫でる。
腐った肉のにおい。
・・・ずる、にちゃ。
べとりとした何かが、頬にまとわりつく。
──うしろに、何かが、いる。
「ッ、は・・・!はぁッ・・・!」
泣いてるの?
背後から、幾重にも重なったような声が聞こえてきた。
オ゙オ゙、ゔゔゔ、という低く不明瞭な声の重なりの中に、子供の声が混じっているようだ。
こわいの?
こわいよね。
ぼくたちも、こわい。
「・・・だれ、だ・・・お前たちは・・・?」
ぼくたち、なかまをさがしてる。
いっしょに戦おう。
みんなで集まれば、こわくないよね。
ひやりとした小さな肉の塊のようなものが、カカロの右太ももに擦り寄ってきた。
それは冷たいのに、どこかあたたかい。まるで30分前に死んでしまった犬の死体のように感じられて、カカロはほっとした。
「なかま、がいるのは、いいことだ」
ああ、そうだ。仲間は多ければ多いほどいい。
仲間がたくさんいれば、怖いものはない。集まれば集まるほど、組織の力は増していく。
わかるよ。
ぼくたちも同じ。
同じことかんがえてた。
「・・・お前たち、なにと戦ってる?」
おとな。
ぼくたちをきずつける、おとな。
あいつら、ひどいことばっかりするんだ。
おおきな肉の塊のようなものが、カカロの左半身にもたれかかる。
なつかしい。まだネオユニオンにいた頃。弟がよく、こうやってもたれてきた。
カカロはそれを撫でる。撫でた手に、何かカサついた屑のようなものが付着した。
「ああ、わかる・・・おれも、おとなはきらいだ」
ぼくたち、気があうね。
なかまになろう。
おいで。
ぼくたち、木の中にかくれてる。
「ああ・・・でも、ほら。おれはここから出られないから・・・」
たすけてあげる。
たすけてあげる。
たすけてあげる。

ガシャン、と音がした。
カカロは後ろを振り返る。
牢の出入り口が、開いていた。虚ろな目をした男がいつの間にかやってきて、開けたのだ。
男はそのまま牢の中に入ってくると、カカロの足枷を外した。
「・・・・・・」
カカロはゆっくりと立ち上がり、牢の外へと出た。
頭の中で、声がしている。
おいで。
こっちだよ。
おいで。おいで。
声の導きに従い、歩く。
家屋を出て、花畑を通り抜けて、『彼ら』のところへ。
獣が通った跡のような、道とも言えぬ道を辿って、森の奥へ。

やがて、カカロの前に1本の木が現れた。
その木の幹には、大きな樹洞がある。
ここだよ。
ぼくたち、この穴の中にいる。
もう少し、近づいて。
そうすれば、なかまになれる。
カカロは声に従い、その木に近づいた。
そして、樹洞の中を覗き込──
「おい、何やってる!そんなあやしいモノに近づくな!」
ぐいっ!と強く腕を引かれ、カカロはよろめいた。
彼の腕を引いたのは、白髪が特徴的な可愛らしい顔立ちの少年だ。少年の喉には、音痕が刻まれている。
「あ・・・?かじょ、りん・・・?」

振り返ったカカロは、浅い息を繰り返していた。瞳孔は開ききっており、焦点は定まっていない。
どこからどう見ても異常な状態だ。
「この場所はいやな感じがする。ひとまず、いどうするぞ」
哥舒臨はそう言いながら、今度は軽くカカロの手を引いた。しかし彼は歩こうとせず、ぶつぶつと何か呟いている。
「おい、カカロ」
「・・・──、──ッ」
カカロは首を振り、哥舒臨には理解できない言語で何かを言った。おそらくネオユニオン語だ。
哥舒臨はネオユニオン語の「こんにちは」と「ありがとう」くらいしか知らないが、それでもカカロが何か否定的なことを言ったのは分かった。
「・・・ここからいどうする。それをこばむ合理的な理由があるなら聞いてやる」
「──!──、ッ!」
カカロはまたもや首を振ると、逆に哥舒臨の手を引いた。まるで、こちらに来いと言っているかのようだ。
余程、この怪しげな木に執着しているらしい。
哥舒臨は左手を大きく振り上げる。そして、全力でカカロの頬を平手打ちした。
静かな森の中に、ばちん!という鈍い音が響く。
「・・・!」
「いいかげんにしろ!」
「・・・ッ、・・・・・・。・・・いたい・・・」
カカロは自分の頬に手を当て、さすさすと撫でた。
まあ、痛いのは当たり前だろう。思いきりやったからな。
「正気にもどったか?こうりゅう語も思い出したようだな」
「・・・木が・・・木に、よばれたんだ。今も、よばれてる」
「木?そこのやつか」
哥舒臨は、大きな樹洞のある木を指さした。カカロはこくりと頷く。
「あの穴の中に、『ぼくたち』がいる。こども・・・が、おそらく3人・・・」
カカロはある程度正気に戻ったようだが、その口調はまだ夢遊病患者めいてぼんやりとしている。
放っておいたら、またあの樹洞を覗き込みにふらふらと歩いていってしまいそうだ。
カカロの言う、『ぼくたち』とは何なのか。
その『ぼくたち』とやらが、この奇妙な状況を作り出した犯人なのだろうか?
「かじょりん、お前には聞こえないのか?おいでおいでって、大きな・・・声が」
カカロは何かに耐えるように、額に手を当てた。
聞こえないのかと言われても、哥舒臨にはさっぱりである。
耳を澄ませても、木の葉がざわざわと擦れ合う音しか聞こえない。
「聞こえんな」
「・・・そうか。ならお前は・・・なかまにえらばれていないのかもな・・・」
「まあ、なんでもいい。とにかく、その木がうすきみわるいモノというのはわかった。早くべつの場所にいどうするぞ」
哥舒臨はカカロの手を引いた。これで三度目だ。
しかし、カカロは動かない。
「おい!」
「わ・・・わかってる。ここからはなれるべきだ。でも・・・よば、よばれて、」
ハッ、ハッ、とカカロの息が荒くなり、手が震え始めた。
「なかまに、なろうって、うしろで、うしろに、」
「・・・わかった。おれが何とかする。何とかならなかったら、まあ・・・すまん」
哥舒臨はカカロを背に隠すように立ち、樹洞のある木と相対した。
やはり、哥舒臨には何も聞こえない。何も見えない。それでも、そこに何かがいるような気はした。
彼は右手の拳を握り、人差し指と中指を揃えて立てる。
その指で、空中を切った。左から右へ。
「りん!」
次は、上から下へ。
「びょう!」
左から右へ、上から下へ。
「とう!しゃ!」
少しずつ位置をずらしながら繰り返す。
「かい!じん!」
左から右へ。上から下へ。左から右へ。
「れつ!ざい!ぜん!」

哥舒臨がそれを唱え終わった瞬間、バンッ!!という激しい衝撃音に襲われた。そして、霞がかっていた思考が晴れていく。
カカロの頭の中に響く声は、不服そうにしながらも薄れていった。
・・・あきらめないよ・・・
ぜったい、ぜったい・・・
なかまにするからね──
「っ・・・かじょりん、足がうごくようになった!」
「よし!ひとまずにげるぞ!」
哥舒臨に手を引かれるまま、2人で走る。
さっきまでは気づく余裕がなかったが、今は昼だ。森の中といえどそこそこ明るい。
カカロは闇と影に親しみを感じる性分ではあるが、今この時ばかりは夜でなくてよかったと心の底から思った。
「でも、どこににげる・・・!?村人はみんな、正気じゃなさそうだぞ・・・!」
「いったん、人がいなさそうな家に入ってみるしかあるまい!」

2人は崩れかけた家屋に侵入した。そのまましばらく警戒していたが、『ぼくたち』や村人が攻撃を仕掛けてくる様子はない。
彼らは埃っぽいソファに腰を下ろすと、ようやく一息ついた。
「かんづめ食うか?本当はもっとたくさんもってきてたんだが、この体だと重くてな・・・8割ほどすててきてしまった」
「食べる」
哥舒臨はショルダーバッグの中をごそごそと漁り、缶詰とスプーンを取り出した。
バッグなど、彼は最初から身につけていただろうか?カカロは疑問に思った。
しかし、つい先ほどまで正気ではなかった自覚はある。きっと、気づく余裕がなかっただけなのだろう。
「水は?」
「のむ。のどがカラカラだ・・・」
「ん」
哥舒臨から水を受け取り、ごくごくと飲み干す。
うまい。乾いた体に染み渡っていくようだ。こうしてちゃんと水を飲むのは、何日ぶりのことだろうか。
「・・・お前がこの村にとうちゃくしてから、今日で4日目のはずだ。れんらくが取れなくなった、心配だ、ときえんがうるさかったから、わざわざこのおれが来てやったんだぞ」
哥舒臨はニッと笑いながらそう言った。
普段であれば、その偉そうな物言いに少しばかり呆れるところだが──
今は、これ以上ないほど頼もしい。
「お前のおかげでたすかった。かんしゃする」
カカロは缶詰を開けた。中身は、肉と豆のトマト煮込みだ。
スプーンですくって、食べる。うまい。さすが瑝瓏産の缶詰だ。
カカロは咀嚼の合間、哥舒臨に話しかけた。
「なあ、さっきのやつ、なんだ」
「さっきのやつ?」
「呪文みたいなやつだ」
「ああ、九字のことか」
哥舒臨は暇そうに足をぶらぶらさせながら、先ほどと同様に指で空中を切り始めた。
「こうやって、よこ、たて、よこ、たて・・・これを9回くりかえす。こうしじょうになるように。呪文も9つある」
「あくりょうをはらう呪文か?」
「まあ、そんなものだ。おれもくわしくは知らないが、じんをはって戦おうみたいな意味だった気がする」
「もう一回となえてくれ。覚えるから」
「りん、びょう、とう、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん」
カカロは豆を咀嚼しながら、もごもごと哥舒臨の言葉を反芻した。
「りん、びょう、とう、しゃ・・・ぶじに帰れたら、漢字もおしえてくれ」
「かまわないが・・・何だ、気に入ったのか?」
「おれは元から漢字が好きだ。こうりゅうにしかない文化だし、かっこいいと思う」
「そういえば、お前の服にはでかでかと『かげ』の文字が入っていたな・・・」
「かっこいいだろ、『かげ』」
「あー、かっこいいかっこいい」

缶詰で腹を満たしたカカロは、この村に来てから今に至るまでの経緯を話して聞かせた。
気づいたら子供の姿になっていたこと、村人に捕まったこと、団員を連れ去られたこと、妙な香を焚かれて正気を失っていたこと、『ぼくたち』に誘われたこと。
「村人は、『ぼくたち』の手先と見てまちがいないはずだ」
「ふむ・・・なら、つれさられた団員たちは、あの木のところにつれていかれたと考えるのが自然か」
「ああ。きっとあの穴をのぞきこんで、それから・・・」
カカロの表情が暗くなる。
『ぼくたち』に一度取り込まれかけたからこそ、直感的に分かるのだ。あれを覗いてしまえば、もう後戻りはできないということが。
「団員は、3人つれてきたんだったか」
「ああ」
「・・・あまり気に病むな。おれは、部下のこうせきだけをおぼえておくようにしている。それ以外のことは気にしない」
「お前らしい考え方だ。・・・わかっている。おれだって部下をなくすのには、なれているからな」
「そうか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人の間に、暗い沈黙が落ちる。
いや、しかしこんな空気になったのは逆に好都合かもしれない。この流れで、ずっと気になっていたことを訊いてしまおう。
「かじょりん、お前はここに1人で来たのか?」
「いや。10人ほどつれてきた。・・・が、いつのまにか後ろにいなかったんだ」
「つまり、迷子・・・」
「だれが迷子だ!おれを見失って、はぐれたのはあいつらの方だ!」
むきー!と怒る哥舒臨。
普段から彼は子供じみた仕草をすることがあるが、今は子供の体になっているせいで正真正銘、どこから見ても子供である。
「わかったわかった。ともかく、その10人がつかまっていないか、かくにんした方がいいな。後でろうやのある家に行こう」
「お前がつかまっていた家か。そうだな、そこなら何かじょうほうがえられそうだ」

*
村内を徘徊する村人たちを避け、哥舒臨とカカロは牢のある家屋に辿り着いた。
そっと窓から様子を窺うが、中に村人はいなさそうだ。香も焚かれていない。恐る恐る玄関を開ける。
・・・やはり、誰もいない。村人も、囚われた夜帰兵も。
それが喜ばしいことであるのか、今の2人には判断がつかなかった。
夜帰兵たちは、そもそもこの村の中に入っていないのだろうか?それとも、別の場所に囚われているのだろうか?
カカロはそこまで考えて、ふと気づいた。
「おいかじょりん、お前デバイスはどうした?お前は村人につかまらずにあの木のところまで来たんじゃなかったか?」
そうだ。なぜ今まで気がつかなかったのだろう。カカロと違って、哥舒臨は装備品を奪われていない。
彼はこの村に入ってすぐに子供の姿になり、重たい装備品をその場に捨て、そこらにあった子供服を盗んで身につけたと話していたはずだ。
「ああ、デバイス・・・兵とれんらくが取れないかためしたが、つながらなかっ・・・いや、・・・?ちがう気がする・・・」
「ちがう、とは?」
カカロは尋ねながら、家屋内の箪笥を漁る。何か役立つものはないだろうか。
哥舒臨は顎に手を当てて、何やらうんうんと唸り始めた。
「この村に入って、こどもになって・・・デバイスを、すてた・・・?それから、服をぬいで?くつも?バッグだけ持ったまま、ぜんらで村を歩いて、つごうよくサイズの合う服とくつを見つけた・・・?」
「なんだか、みょうだな。いわかんがある」
「うぅん・・・きおくがあいまいだ。細かいところが思い出せん。もしや、きおくのかいざんでもされているのではあるまいか」
「・・・ありえるかもな」
カカロは箪笥の中にめぼしいものがないことを確認すると、別の部屋に向かって歩き出した。
哥舒臨もとことこと軽い足音を立て、後ろをついてくる。
カカロは廊下を曲がった先、突き当りにある部屋のドアノブをそっと捻って開け、ドアの隙間から中の様子を窺った。
「やはり、だれもいないな。入ってみよう」
「ああ」
ゆっくりとドアを開ける。キィ・・・と軋むような音がした。
やけに狭くて暗い部屋だ。窓もないし、物置部屋だろうか。
部屋の中に足を踏み入れる。途端、強い頭痛がカカロを襲った。

『そこで反省しとけ!!このクズどもが!!』
背中を思いきり蹴られ、狭い部屋へと叩き込まれる。そのまま勢いよく棚に衝突したせいで、腕から嫌な音がした。たぶん折れている。
バタン!!と大きな音を立て、ドアが閉まった。部屋の外から、ガチャガチャという音が聞こえる。鍵をかける音だ。
『ったく、ふざけやがって・・・』
ブツブツ言う声は遠ざかっていく。やがて、何も聞こえなくなった。
彼らは息をひそめるのをやめ、暗い部屋の中で囁くように会話する。
『にいちゃん・・・ぼく、あしいたい・・・』
『ぼくは目がいたい・・・にいちゃん・・・』
彼は腕の痛みを堪え、2人を抱きしめた。
大丈夫。ここにいる。
ここに、兄ちゃんがいるからな。
『もう少しのがまんだ。となりの■■くんも、■■■ちゃんも、ぼくたちのなかまになってくれるって言ってた。もっとたくさん集めよう。なかまを集めたら、父さんと母さんを・・・』
──殺して、この家を出ていけるかも。
彼はその考えを、心の内に留めた。
大丈夫。仲間を集め続ければ、きっと。
ぼくたちを傷つける、ひどい大人なんか殺してしまえるからね。

「カカロ!」
「・・・ッ!」
哥舒臨に名を呼ばれ、カカロは我に返った。
今、頭の中に流れ込んできたものは。
『ぼくたち』の、記憶──?
「おい、だいじょうぶか」
「・・・ああ、もんだいない・・・」
カカロは軽く頭を振り、部屋の奥へと進んだ。
奥には、棚が置かれている。先ほどカカロが・・・いや、違う。『ぼくたち』の長男がぶつかった棚だ。
「今、『ぼくたち』の・・・生前のきおくらしきものが見えた。おそらく両親にぎゃくたいされて・・・ここに閉じこめられていたらしい」
「ぎゃくたいか・・・いやな話だ」
カカロは棚の引き出しを下から順番に開けていった。
空、空、空、空・・・小箱が、ひとつ。
「『ぼくたち』は、両親からのがれるためになかまを集めていたようだ。近くのこどもたちを集めて、両親を・・・ころそうとしたらしい」
カカロは小箱を開ける。中には、3本の乳歯が入っていた。きっと、『ぼくたち』のものだろう。
『にいちゃん・・・』
カカロは、痛みと恐怖に震える弟たちの声を思い出した。彼らはカカロの弟ではないが、それでもやるせない気持ちになる。
弟を守りきれない自身への怒り。そして、弟を脅かす存在への憎しみ。それはカカロにもよく理解できる感情だ。
「おい、あまりかんじょういにゅうするなよ」
哥舒臨が釘を刺す。カカロは小箱をポケットにしまいつつ、頷いた。
「ああ。『ぼくたち』には同情するが、だからといってむかんけいな人たちの命をうばっていいわけがない。彼らは、まちがっている。おれたちが終わらせてやろう」

*
哥舒臨とカカロは一通り村内を探索し終え、一番初めに逃げ込んだ家屋へと戻ってきた。
再度休息を取りつつ、『ぼくたち』への対処について話し合う。
「けっきょく、お前が見たというきおくと、3本のぬけた歯しか見つからなかったな」
哥舒臨はそう言うと、くわりとあくびをした。
小さな体で歩き回り、多少疲れが溜まっているようだ。
「そうだな。お前がすてたというデバイスとそうび品も見つからなかったし」
「むぅ・・・たしかにあの場所にすてたと思うんだが・・・」
「まあ、見つからないものはしかたがない。今あるものを使って、『ぼくたち』をなんとかしなければ」
哥舒臨はこしこしと目を擦り、何度か瞬きをした。それから、にやりと笑う。
「おれに案がある。まずはお前が『ぼくたち』をせっとくしろ。それでダメだったら、おれが何とかする」

獣道を辿り、2人は樹洞のある木と再び相対した。
風が吹き、ざわざわと木の葉が音を立てる。日は沈みかけ、闇が濃くなり始めていた。
もどってきてくれたの?
なかまになってくれる?
嬉しそうな『ぼくたち』の声が、カカロに問いかける。理由は分からないが、哥舒臨にもその声は聞こえるようになっていた。
「おれは、お前たちのなかまにはならない」
・・・どうして?
どうして?
きみも、大人にひどいことをされてきたんじゃないの?
ぼくたちときみは同じだよ。
きみも、なかまをあつめているんだよね?
「おれとお前たちはちがう。おれは、いやがっている相手をむりやりなかまにしたりしない。それに、なかまの命を自分かってにうばうこともしない」
・・・でも、だって、それは。
そうしないと、ぼくたちは大人をたおせないから。
「それはそうだろう。だが、それは人をころしていい理由にはならない」
・・・そう、だけど。
でも!
じゃあぼくたちはどうしたらいいの。
「自分たちのまちがいをみとめるんだ。そして、もう人をころすのはやめろ」
だって、だってだって!
ころさないと、ぼくたちが消えちゃうよ!
消えたくない!
こんなくらいところから出て、あそびたい!
自由になりたい!
ぼくたち、何もできないまま死んだんだよ!
それで、こんな穴の中にすてられて!
だから、ちょっとくらいゆるしてよ!
「だめだ。これ以上、罪をかさねるな」
カカロは自身のポケットを漁り、3つに割れた貝殻と、乳歯入りの小箱を取り出した。そして、樹洞に向かって差し出す。
「ほら、これ。お前たちの思い出の品だろう。せめて、これをもって安らかにねむってくれ・・・」
あ・・・あのときの、かいがらだ・・・
一回だけ、近くの海につれていってもらったときの。
3人でわけっこしたね。
それから、ぼくたちの歯・・・
にいちゃんが、はこにしまっておいてくれたんだね。
・・・・・・。
樹洞から、無数の小さな細い腕が伸びてくる。カカロは一歩、二歩、木に近づいた。
『ぼくたち』にそれを差し出す。『ぼくたち』の腕は、長く長く伸びる。そして、貝殻と小箱にそっと触れた。
ぼくたちの、おもいで。
ぼくたちの・・・
ぼく、たち・・・
いや。いやだ。しにたくない。このままきえたくない。もっとあかるいところにいって、ずっとずっとあそぶんだ。
そのために。
きみをころす。
『ぼくたち』の腕が、カカロに向かって伸びる。穴の中に引き込んで、仲間にするために。
「──せっとくしっぱい、か」
カカロの背後でずっと黙っていた哥舒臨は、ようやく口を開いた。そして、開いた右手を前に突き出す。
その瞬間、黒炎が『ぼくたち』の手を焦がした。哥舒臨の小さな手に似つかわしい、控えめな火力の黒炎だ。
「ふん。だまって聞いていれば、自分かってなことばかり言いやがって。お前らみたいなクズどもには、その穴がおにあいだ。おれがもう一度、ころしてやるよ」
あつい!
あついよ、にいちゃん!
ゆるさない・・・!よくも!
おまえなんか、なかまにしてやらない・・・!
おまえは、てきだ!
ぼくたちのてき・・・!
「ああ、そうだ。おれはお前らの敵だ。仲間じゃない」
哥舒臨の高く可愛らしい声は、低く迫力のある声へと変わっていった。彼の背丈はぐんと伸び、筋肉は逞しく膨らみ、黒炎はその火力を何倍にも増していく。
「つまり・・・大人だ」
ゴウ、と黒炎が燃え盛る。それは『ぼくたち』の手ごと、樹洞のある木を飲み込んだ。
ああ!あつい!あついあついあつい!
もえる・・・!いやだ!こわいよ!
たすけて・・・!
『ぼくたち』は、助けを求めるようにカカロへと手を伸ばした。しかし、彼がその手を取ることはない。
「・・・すまない。おれも、お前たちのなかまじゃないんだ」
ああ、あああ・・・!
うらぎりもの・・・!
ゆるさない、ゆるさない、ぜったい・・・!
哥舒臨と同様に、カカロも大人の姿へと戻っていく。それはきっと、『ぼくたち』が彼のことを敵だと認めたからなのだろう。
カカロは手に持っていた貝殻と小箱を、黒炎の中へと投げ入れた。
「せめて跡形もなく燃え尽きるがいい」
哥舒臨は、より一層激しく黒炎を滾らせる。静かな森の中に、『ぼくたち』の断末魔が響いた。
『ぼくたち』の傀儡であった村人たちが慌てて駆けつけるが、もう遅い。元の体に戻ったカカロは、あっさりと彼らを殴り倒して無力化させた。
『ぼくたち』は、成す術もなく燃えていく──。

「・・・さて、あらかた燃えたか」
哥舒臨は黒炎を収めた。超常の炎に焼かれた木はすっかり塵と化し、もはや跡形もない。
カカロはしゃがみ込んで、燃え屑を手でかき分けた。
「何を探している?」
「きっと、『ぼくたち』の遺体は木の穴の中にあったに違いない。だから、燃え残った骨がないかと・・・ああ、あった」
カカロは白い欠片を摘み上げた。それはきっと、『ぼくたち』3人の中の、誰かの骨。
・・・──。
カカロは、『ぼくたち』の幽かな声を聞いた気がした。摘んだ骨から、弱々しい周波数を感じる。
彼らは、存在の核を成していた“木”と“自身の遺骸”を破壊され、もう大した力は持っていないようだった。このまま放っておけば、やがて呆気なく消滅するだろう。
「このまま消えるか、それとも俺の周波数に取り込まれるか。選べ」
・・・──。
『ぼくたち』の返事を聞き届けたカカロは、胸のコアを光らせた。弱々しい周波数が、コアへと吸い込まれていく。
せめて、自身を通して外の世界を見せてやろう。


哥舒臨とカカロは、ひとまず村の外に出ることにした。哥舒臨が捨てたと言っていた装備品を途中で拾い、再び森へと入る。
目指すは、隣村──夜帰に助けを求めた男が住んでいる村だ。
カカロは木の葉を避けて歩きながら、背後の哥舒臨に話しかける。
「結局、俺たちは『子供になってしまった』と思い込まされていただけだったんだろうか」
「おそらくな。奴らにとっては、大人は敵。子供は仲間。裏を返せば、仲間にしたい奴は『子供でなくてはならない』・・・まあ、そんなところだろう」
大人の体に戻った時、2人は普段の戦闘服を身につけていた。腰布や武器などの装備品は無くなっていたが、それ以外は正真正銘いつもの服だった。
きっと2人とも、最初から最後までその服を着ていたのだろう。しかし子供になっている間、彼らにその自覚はなかった。
今の自分は子供の体。そして着ているのは子供サイズの服。そういう風に、思い込まされていたのだ。

*
「準備はいいな?行くぞ」
忌炎は10人の夜帰兵を引き連れ、森へ入ろうとした。その瞬間、森の奥からガサガサと草木をかき分ける音が響く。
「・・・!」
忌炎は警戒し、腰の長刃に手をかけた。
獣か、残像か。それとも、相次ぐ失踪の犯人か。
音はまっすぐ忌炎たちの方に向かってくる。そして、森の中から顔を出したのは──
「ん?忌炎?」
疲労を顔に滲ませたカカロだった。その後ろには、哥舒臨もいる。
「お前も来たのか、忌炎。・・・それと、後ろにいる10人は俺が連れてきた奴らじゃないか。お前ら、無事だったんだな」
「無事だったんだな、って・・・それはこっちの台詞です。カカロに加えてあなたまでどこかへ行ってしまったと聞いて、慌てて駆けつけたのに・・・まあ、無事で何よりですが」

哥舒臨、カカロ、忌炎、それから10名の夜帰兵は、焚火を囲みながら夕食の缶詰を食べていた。
カカロはよほど腹が減っていたのか、がつがつと勢いよく食べ進めている。
「もしよければ、これもどうぞ」
「ああ。感謝する」
村人が差し出した蒸かしたての肉饅頭を受け取ったカカロは、すぐにそれも胃の中へと収めてしまった。
哥舒臨は焚火の熱で缶詰が温まるのを待ちながら、夜帰兵たちに尋ねた。
「お前たち、なぜ俺とはぐれた?」
「はあ、それが私たちにもよく分からず・・・いつの間にか、哥舒臨副将軍のお姿が見えなくなってしまったのです。その後、不思議に思いつつもそのまままっすぐ森を進んでいったのですが・・・なぜかこの村に逆戻りしてしまいました。何度試しても、ここに戻ってきてしまうのです」
「なるほど。お前たちは『ぼくたち』の仲間には相応しくないと判断されたのだろう。今となっては、どういう基準で仲間を選んでいたのか知る術はないがな・・・」
「あの、哥舒臨さん。さっきから何度か『ぼくたち』という言葉が出ていますが、いったい何のことですか?」
忌炎の質問に、哥舒臨は頷いた。
「あの村で何が起こったのか、俺が知り得た全てを語ってやろう。よく聞いておけよ?」
そして、哥舒臨は語り始めた。カカロと彼の冒険譚を。『ぼくたち』の悲哀と罪を。
忌炎は真剣に、彼の話に耳を傾ける。
一方、満腹になったカカロは彼の声を子守唄にし、座ったまま寝入ってしまった。

*
翌日の昼。
カカロと忌炎は夜帰兵を引き連れ、『ぼくたち』のいた村を訪れていた。哥舒臨は隣村でぐうたら・・・もとい、留守番をしている。
2人がこの村を訪れたのは、村人の保護や幽霊猟犬団員の捜索、村内の調査などが目的である。
「ここに、『ぼくたち』がいた木があった」
「ああ、ここが・・・」
忌炎は、カカロが指し示した場所に近づき、しゃがみ込んだ。そして手を合わせ、目を瞑る。

十数秒後、忌炎は立ち上がった。
「──さて、団員たちの捜索をしようか」
「ああ。・・・あいつらは多分、もう死んでいる。死体があるとするなら、この付近にあるように思う」
彼らは手分けをして、付近の森の中を探し始めた。そして捜索開始から間もなく、1人の遺体が見つかる。
カカロは遺体の前に膝をつくと、団員の首にかかっていたドッグタグを外し、腰のポーチにしまった。
「約束通り、迎えに来た。遅くなって、悪かったな・・・」
団員は、瞼を開いたまま死んでいた。カカロはそっとその瞼を閉じてやり、子供を褒める時のように頭を撫でた。
「カカロ殿!こちらにもご遺体が・・・!」
少し離れたところから、夜帰兵の声がする。
カカロは無念そうに目を閉じた。しかし、すぐに開き直す。
「・・・ああ、今行く!」
カカロは立ち上がる。
団員の結末を見届けてやるのは、団長である己の責務だ。目を逸らすことも、瞑ることも許されない。

結局、3人の団員は全員死んでいた。だが、全員の遺体が見つかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
彼らは3人分の遺体と、ついでに近くで倒れていた村人たちを抱え、いったん隣村へと戻ることにした。
団員の遺体をおぶって歩いていたカカロは、ふと足を止める。彼の視線の先にあるのは、濃い桃色と白色の花弁を持つ花だ。
結局、この花は何だったのだろう。村人たちが手入れしていたようだったが・・・
「どうしたんだ、カカロ。その花が気になるのか?」
「ああ・・・この花は何のために植えられていたのだろうか」
カカロの言葉を聞いた忌炎は、その花の近くへと歩いていった。そして、花びらをじっと観察する。
「・・・これは、ケシの花だ。それも、違法な種類・・・つまり、幻覚作用のある成分を含んだものだ」
「幻覚作用・・・なるほど」
カカロには、それの使い道に思い当たる節があった。
そう。それは、あの香だ。
きっとあれを作るための原料が、この花だったのだろう。
「ありがとう。すっきりした」
「そうか。それは良かった」
カカロは再び歩き出す。
ケシの花たちは、彼の後ろ姿に手を振っているかのように、ざわざわと揺れていた。